極限状態でもなお芝居をし続ける意味とは? 「紙屋町さくらホテル」公演評

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から松角洋平、伊勢佳世、七瀬なつみ、石橋徹郎、高橋和也、神崎亜子、松岡依都美)=撮影・田中亜紀

こまつ座の舞台はいつも面白いけれど、今回はとくに「舞台好き」にとっては特別な思い入れができそうな一作だ。何故か? それは、この作品自体が、極限状態の中でひとつの舞台を生み出していく過程を描いているからだ。

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から伊勢佳世、松岡依都美、高橋和也)=撮影・田中亜紀

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から伊勢佳世、松岡依都美、高橋和也)=撮影・田中亜紀

だが、良く考えてみれば、観客の多くは「舞台好き」なわけだから、結局のところこの作品はほとんどの人にとって特別だということなってしまう。井上ひさしが、新国立劇場のこけら落としという記念すべきタイミングでこの作品を書き下ろしたのは、じつはそんな狙いもあったのかもしれない。

物語の舞台は昭和20年5月の広島だ。「紙屋町さくらホテル」に滞在する移動演劇隊「さくら隊」の面々は、本土決戦が叫ばれる中で今日も芝居の稽古を続けている。その大義名分は国威発揚である。それでも役者にとっては演じる場があることが幸せなのだ。

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から松角洋平、伊勢佳世、七瀬なつみ、石橋徹郎、高橋和也、神崎亜子、松岡依都美)=撮影・田中亜紀

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から松角洋平、伊勢佳世、七瀬なつみ、石橋徹郎、高橋和也、神崎亜子、松岡依都美)=撮影・田中亜紀

稽古で交わされる濃密なコミュニケーションの中で、にわか隊員たちの素顔が次第に明らかになり、その間にはかけがえのない仲間意識も生まれてくる。いかめしい特攻の刑事・戸倉(松角洋平)は、監視の対象であったはずの日系二世の神宮淳子(七瀬なつみ)を次第に理解するようになり、天皇陛下の密命を果たすべく薬売りに身をやつしている海軍大将・長谷川清(立川三貴)もいつしか芝居の魔法にかかってしまい、この公演を何としても成功させてやりたいと思うようになる。

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から立川三貴、石橋徹郎)=撮影・田中亜紀

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から立川三貴、石橋徹郎)=撮影・田中亜紀

一座を率いる「新劇の団十郎」こと、丸山定夫(高橋和也)のリーダーシップがとても頼もしい。ちなみに「新劇」とは「旧劇」と呼ばれた歌舞伎に対する言葉で、明治以降に西欧から入ってきた「近代リアリズム演劇」のことである。この新しい演劇のスタイルを日本に取り入れるべく奮闘した先人たちの努力も、丸山の語りからは伝わってくる。また、彼に誘われるがまま、にわか役者となった面々が見せる「大根役者ぶり」も、この作品のユーモラスな見どころだ。

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から神崎亜子、松角洋平、立川三貴、松岡依都美、相島一之、石橋徹郎、七瀬なつみ、伊勢佳世)=撮影・田中亜紀

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から神崎亜子、松角洋平、立川三貴、松岡依都美、相島一之、石橋徹郎、七瀬なつみ、伊勢佳世)=撮影・田中亜紀

<こまつ座「紙屋町さくらホテル」>
【東京公演】2016年7月5日(火)〜24日(日) 新宿南口・紀伊國屋サザンシアター
http://www.komatsuza.co.jp/program/index.html#225

<関連サイト>
こまつ座 ⇒ http://www.komatsuza.co.jp/index.html
紀伊國屋サザンシアター ⇒ https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/theatre.html

<ここからアイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分> ⇒会員登録の検討はこちらら

■タカラヅカファンとして注目してしまう園井恵子(松岡依都美)

■果たして「さくら隊」の舞台の幕は無事に上がるのか?

■「芝居をすること」が人々に与えるパワーは底知れない。が…

■タカラヅカファンとして注目してしまう園井恵子(松岡依都美)

タカラヅカファンとして注目してしまうのは、かつて宝塚スターであった園井恵子(松岡依都美)だろう。宝塚時代からその演技力が高く評価されていたが、広島で原爆に遭って命を落とした悲運のスターとして知られる人である。宝塚風の芝居に飽き足らなくなって新劇の道を志したという、彼女の役者魂が描かれるのが興味深い(ただし、今の宝塚歌劇のお芝居は、園井がやってみせる「ヅカ調」からは格段に進化している。今は男役の登場の仕方にも様々なバリエーションがある)。劇中劇の中で「すみれの花咲く頃」がたびたび歌われるのも、ファンとしては嬉しいところだ。

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から石橋徹郎、松角洋平、伊勢佳世、松岡依都美、七瀬なつみ、神崎亜子)=撮影・田中亜紀

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から石橋徹郎、松角洋平、伊勢佳世、松岡依都美、七瀬なつみ、神崎亜子)=撮影・田中亜紀

■果たして「さくら隊」の舞台の幕は無事に上がるのか?

本読みから始まり、立ち稽古、衣装をつけた通し稽古と、空襲警報をものともせず、着々と芝居はできあがっていく。だが、その裏では、本土決戦を叫ぶ陸軍の針生武夫(石橋徹郎)と、これを何としても阻止したい海軍の長谷川との丁々発止のバトルが水面下で続いている。果たして「さくら隊」の舞台の幕は無事に上がるのか??

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から立川三貴、七瀬なつみ)=撮影・田中亜紀

『紙屋町さくらホテル』公演より(左から立川三貴、七瀬なつみ)=撮影・田中亜紀

■「芝居をすること」が人々に与えるパワーは底知れない。が…

……結末はどうあれ、客席の私たちには一つだけ確実にわかっていることがある。それは、物語の舞台である広島には、3か月後の8月6日に原爆が投下され、街は灰燼に帰すということだ。

「芝居をすること」が人々に与えるパワーは底知れない。演劇の可能性について改めて考えさせられる。だが、原爆はそれらを全て一瞬にして消し去ってしまった。そう気付く時、客席の私たちは慄然として言葉を失う。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA