巨匠の人生を名曲・名場面で、「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演レポート

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

舞台を見ながら、巨匠ハロルド・プリンスのこだわりに思わずニヤリとさせられる。ブロードウェイで60年以上ものキャリアを築き「オペラ座の怪人」「エビータ」「キャバレー」などで知られる演出家、ハロルド・プリンス。現在87歳の彼の人生を、自身が演出した作品の楽曲や名場面で綴るミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」(以下POB)が、今年10月23日~11月22日に東急シアターオーブで、11月28日~12月10日に、梅田芸術劇場メインホールでワールドプレミアとして上演された。

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ブロードウェイミュージカルが世界に先がけ、日本で初演されるなんて、かつてあっただろうか。このニュースを初めて知ったとき、ブロードウェイを長期にわたって観劇している私の驚きは大きかった。プリンス自らが演出し、しかも共同演出と振付はスーザン・ストローマンだ。ストローマンといえば、日本でもおなじみのミュージカル「クレイジー・フォー・ユー」や「プロデューサーズ」を手掛けた、ブロードウェイの女性演出家・振付家の第一人者といっても過言ではない。そのプリンスとストローマンのもと、集まったのは現役のブロードウェイスターたち。昨年、ブロードウェイで上演した「レ・ミゼラブル」に主演し、日本でもファンが多いラミン・カリムルーや、今年9月に現地で惜しくもクローズしたミュージカル「オン・ザ・タウン」での歌と踊りが素晴らしかったトニー・ヤズベックら、旬の俳優たちだ。はっきり言って、ブロードウェイスターが日本まで遠征してくるケースは滅多にない。数ある来日公演は、例外もあるが、オリジナルキャストではないツアー用のキャストに変わってしまう。こんなドリームキャストの来日が実現したのもプリンスとストローマンというビッグネームの鶴の一声と、彼らの初演の作品には、多分、ほかの仕事は蹴ってでも参加したいという、キャストの情熱によるものが大きいと思う。それほど、ブロードウェイファンにとっては、日本では20年に一度あるかないかのドリームチームの公演なのだ。

オーケストラが「屋根の上のバイオリン弾き」「スウィーニー・トッド」などのプリンスが手掛けた作品をメドレーにしたオーヴァーチュアを演奏しはじめる。心の中で、どのミュージカルか〝イントロあてクイズ〟をして密かに楽しんだが、それだけ有名なミュージカルを全てプリンスが演出、または、プロデュースしたという事実に改めて驚かされる。そのミュージカルのタイトルが次々とスクリーンに現れ、最後にプリンスの禿げ頭(失礼!)の横顔のイラストが浮かび上がる。いよいよショーの始まりだ。

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ブロードウェイスターが次々と歌いながら、ステージに登場して来る。その圧倒的な歌唱力は、私は聞き慣れているはずなのだが、改めて大阪で聞くと度肝を抜かれる。声の艶も張りもパワーもケタ違いで、梅田芸術劇場の屋根が吹き飛びそうだ。そして、日本を代表して参加した柚希礼音が登場すると観客の歓声はひときわ大きくなる。宝塚歌劇団退団後の初舞台だから、観客の大半は柚希を見に来たファンたちだ。柚希は早くも3曲目の「くたばれ!ヤンキース」で、キャラクターのローラをレオタードのような下着姿で歌って踊る。ローラはお色気たっぷりの役どころで、セクシーな女優が演じることが多いのだが、柚希のローラはキュートで健康的。いやらしすぎないのに好感が持てた。

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

「ウエスト・サイド・ストーリー」「シー・ラヴズ・ミー」「フォーリーズ」などから、それぞれ数曲ずつ楽曲が披露されていく。しかし、「ウエスト・サイド・ストーリー」の「トゥナイト」など誰もが知っている名曲を除くと、選曲が地味で渋い。例えば、「フォーリーズ」「リトル・ナイト・ミュージック」など、スティーヴン・ソンドハイム作詞・作曲のミュージカルは、ニューヨークの演劇界ではファンが多いのだが、日本の観客は知らない人のほうが多数だろう。さらに、興行的には失敗し、すぐに打ち切られたミュージカル「イッツ・ア・バード…イッツ・ア・プレーン…イッツ・スーパーマン」からの楽曲「ユーヴ・ガット・ポッシビリティーズ」が演奏されたときには鳥肌が立った。私はこの曲が入ったCDを持っているのだが、超マイナーなミュージカルが聞けるなんてすごく得した気分になり、懐かしくて涙が出た。そこが、自分が気に入り、観客に聞かせたい楽曲を選んだプリンスのこだわりだろう。「日本のファン誰もが知っているような…」というお客さま目線で迎合していないところが芸術家らしくていい。曲の合間合間にプリンス役で市村正親が声の出演をし、作品が生まれたきっかけや経緯を語る。舞台でも、今作のプロモーションで来日し、私が取材した記者会見でもプリンスは言っていた。「ビッグヒットに繋がったからといっていい作品とは限らない。ヒットしなかったミュージカルこそ、素晴らしい作品が多い」。その視点で見ると、POBの作品の選択はうなずける。

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

一幕目の後半には、「キャバレー」「オペラ座の怪人」と、観客が喜ぶおなじみのミュージカルナンバーが続いた。とくに、「オペラ座の怪人」では、ファントム役を演じるラミン・カリムルーと、大学在学時にブロードウェイでクリスティーヌ役に抜擢された、新星ケイリ―・アン・ヴォ―ヒーズが同役で「ファントム・オブ・ジ・オペラ」「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」を熱唱する。会場にはスモークがたかれ、アンドリュー・ロイド=ウェバーの美しい旋律で、あの名場面が蘇る。観客も熱くなっているのが分かる。この後、インターミッションになり、会場で「もう一回、『オペラ座の怪人』が見たくなった」とため息交じりに観客が話しているのを聞いた。そう、もっともっと見たい。数曲だけではなく、通して全部やってほしいという気になるのだ。

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

2幕目はブロードウェイのスター8人が集結して歌う、ミュージカル「カンパニー」で幕を開けた。「カンパニー」は日本でも上演されているので知っている人も多いと思うが、「オペラ座の怪人」ほど有名ではない。8人もいるから「サイド・バイ・サイド・バイ・サイド」という歌とダンスが華やかなビッグナンバーを演奏するのかと思えば、ここでも「レディース・フー・ランチ」など、マニアが喜ぶ渋い選択だ。8人が次々に歌うと、先ほども述べたが、誰が一番とは言えないほど、皆、卓越してうまい。存在感も個性もあり、さすが第一線に立っている俳優たちだなと思わせる。ブロードウェイでもたまには、今一歩と感じる人はいるので、今作の歌のレベルは本当に高い。

「カンパニー」をはじめ、「ローマで起こった奇妙な出来事」と、ソンドハイムの楽曲が続き、プリンスがいかにソンドハイムと作った作品に愛着があるのかが分かる。そして、ロイド=ウェバーの有名な「エビータ」からの楽曲で観客が沸いた後、柚希礼音のために、ストローマンが特別に振付をしたダンス「タイムズ・スクエア・バレエ」が始まる。ニューヨークのタイムズスクエアをバックに、ブロードウェイスターを夢見る女性に扮した柚希が踊り出す。ストローマンの振付は、バレエの優美な踊りをベースに、コケティッシュさや、可愛らしさを次々とエッセンスのように加えていくのが特徴だ。バレエを幼いころから習っていただけあって、柚希の踊りはダイナミックで、ストローマンの振付が映える。ストローマンお得意のジャズエイジに流行ったチャールストンなどのダンスも飛び出し、会場は盛り上がった。

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

その後は、「メリリー・ウィ・ロール・アロング」「パレード」などの佳品や、大ヒットした「スウィーニー・トッド」「ショウボート」の楽曲が歌われる。ソンドハイムをはじめ、バーンスタイン、ロイド=ウェバー、ジョン・カンダーら偉大な作曲家の作風の違いを、生の歌とオーケストラで聞き比べできたのも贅沢だった。欲を言えば、プリンスの人生の光と陰をもっと突っ込んで描いてほしかったし、ストローマン振付のダンスもたくさん見たかった。

最後は今作の音楽スーパーバイザー、アレンジメント、編曲を担当したブロードウェイの中堅どころの作曲家、ジェイソン・ロバート・ブラウンが書き下ろした「ウェイト・ティル・ユー・シー・ワッツ・ネクスト」で幕を閉じる。プリンスは「いい時代に、いい場所に生まれ、好きなことを仕事にし、誰かと出会えたことは幸運だった」と語る。そして、カンパニーが「次は何が起こるのか。新しい物語を待っている。壁の向こうに行こう。想像もできない何かが起こる」と歌う。来日時の制作発表では、取材が一日中続き私はヘトヘトだったが、関係者によるとプリンスは「What’s next?(次は何)」と言い続け、一番元気だったそうだ。この言葉は、プリンスの口癖で、人生哲学なのだろう。来春には、オフ・ブロードウェイで新作も開幕予定だという。厳しいショー・ビジネスの世界の中で、87歳でも新しい芸術の芽を見つけて、育て、開花させていく。なんて素晴らしい人生だと思う。せめて心意気だけでも見習いたい。

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」公演より=撮影:RYOJI FUKUOKA(GEKKO)

POBは、まるで、ミュージカルの一大絵巻を見ているようなショーだった。プリンスの作品と人生そのものがブロードウェイの偉大な歴史だ。ブロードウェイスターたちによって、それぞれの作品が再現されると、私が何歳の時で、どんなことを考え、過ごしてきたかが克明に思い出された。私もプリンスの作品と共に生き、励まされ救われ、育てられたと実感した。POBを機会に、大阪でブロードウェイをはじめ、海外の舞台の来日公演が数多く増えることを願いたい。

<筆者プロフィール>
米満ゆうこ(よねみつゆうこ)大阪府出身。「アート」をテーマに国内外の舞台を中心に取材・執筆をしている。ブロードウェイの観劇は長期にわたり、脚本家や演出家、俳優たちに現地でも取材。作品を追っかけたり、芸術家にインタビューしたりすることが、原動力であり、救いにもなっていると最近、実感する日々。

<公演情報>

ワールドプレミア ミュージカル「プリンス・オブ・ブロードウェイ」

【東京公演】2015年10月23日~11月22日 東急シアターオーブ (この公演は終了しています)

【大阪公演】2015年11月28日~12月10日 梅田芸術劇場メインホール (この公演は終了しています)

公式ページ → http://pobjp.com/

※この記事には有料会員向け部分はありません。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA