古都・奈良で繰り広げる国際色豊かな映画の祭典「なら国際映画祭2016」が9月17日から22日まで、奈良市内で開かれる。奈良が舞台の新作のプレミア上映や、国内外の若手監督の作品のコンペティションを中心に、日本未公開のカンヌ映画祭招待作品、話題作、アニメーションなど約50本の映画が上映される。期間中には映画関係者や著名人が国内外から集い、監督舞台挨拶や、トークディスカッションなども充実。春日大社での奉納上映や、野外上映、生吹き替えなど様々なスタイルの催しも盛り込まれている。文化財に囲まれた風景の中、映画で奈良と世界がつながる特別な6日間だ。
■補助金全額カット受け、実行委が資金集めに奔走。カンヌとパートナーシップも
2010年から隔年のペースで開催され、今年で4回目を迎える「なら国際映画祭2016」。今回の開催に向けては、16年3月末の奈良市議会で突然、奈良市からの映画祭の補助金が全額カットされる事態が起きた。そこから実行委員会が資金集めに奔走し、映画祭を応援しようと国内外から多くの支援者が現れた。更には、カンヌ国際映画祭とのパートナーシップを結ぶという新展開もあって2016年は過去最長の6日間の開催にこぎ着けた。そうして迎える「なら国際映画祭2016」は、逆境を力に変えて進んだ先に広がる新たな景色を見せてくれそうだ。
奈良出身・在住の映画作家で、カンヌ国際映画祭での受賞をはじめ、作品が世界的な評価を受けている河瀨直美さんがエグゼクティブ・ディレクターを務める「なら国際映画祭」。特徴は、映画を作る映画祭であることだ。映画祭では初回から、世界の若手監督の作品を上映・審査する「インターナショナル・コンペティション」を開催している。そこで最高賞を取った監督は、河瀨さんがプロデューサーを務め、奈良をロケ地にした映画を製作することができ、完成作は次回の映画祭で上映される。この「NARAtive」という独自企画から誕生した作品の一つに、奈良・五條市が舞台の「ひと夏のファンタジア」(チャン・ゴンジェ監督)がある。この作品は2014年、同映画祭で初公開された後、韓国で公開され大ヒット、今夏に日本でも劇場公開を果たした。
■奈良県東吉野村を舞台に、ニホンオオカミを追い求める猟師を藤竜也さんが演じる
今回、「NARAtive 2016」でプレミア上映されるのは、キューバ出身のカルロス・M・キンテラ監督作の「東の狼」。奈良県東吉野村が舞台の劇映画で、絶滅したとされるニホンオオカミを追い求める猟師役を俳優の藤竜也さんが主演。東吉野村は1905年に最後のニホンオオカミが捕獲された地で、地域の人たちも撮影に協力している。
■若手を発掘する「インターナショナル・コンペティション」では、8本を上映
国内外から若手作家を発掘する「インターナショナル・コンペティション」では、8本の作品が上映される。今回選出されたのはアジアや欧州、中東の作品で、監督のルーツも多国籍にわたる。中国の田舎町で養蜂を営む家族を間近で追ったドキュメンタリー「養蜂家とその息子」や、末期の乳がんを患う、タフな性格の年配女性をブラック・コメディで描いたフィリピンのアニメーション「ビリンおばさん」など、テーマも多様だ。上映後に監督とのQ&Aもあり、映画を通した国際交流の機会が身近にあふれる。
また、日本の学生部門のコンペティション「NARA-wave」も開催。2016年6月には「なら国際映画祭」とカンヌ映画祭の学生作品を対象としたシネフォンダシオン部門とがパートナーシップを結ぶことが決まり、この「NARA-wave」に選ばれた作品を、英語字幕を付けてカンヌのシネフォンダシオンのディレクターへ直接届けることができるようになったという。
このように「なら国際映画祭」が若手育成に力を入れていることについて、実行委員長の中野聖子(さとこ)さんは、「母心」だと考える。「映画祭に関わる人たちの『育てたい』という思いです。河瀨さんは自らも母親で、映画作家として、ふと振り返れば後を付いてくる人がいないというのは、すごく淋しいんじゃないかなと私は思うんです。私自身は地元、奈良に住んでいる市民の代表として、映画に関連して次世代のために未来があるという状態にしておけたら、それは母心で嬉しいなと思います。『奈良県ゆかりの映画監督が活躍』という字面を見るだけでも、素直に嬉しい。奈良が、そういう新しいものが育つ土地柄であってほしいと思います」
■「尾花座 復活上映会」で13作品上映。奈良出身の井筒和幸監督作品「パッチギ!」も
「なら国際映画祭2016」は他にも、気軽に見に行ける作品やイベントが充実している。猿沢池近くのホテルサンルート奈良では、「尾花座 復活上映会」として、戦後にイタリアで公開された名作「自転車泥棒」から最新の映画まで13作品が上映される。ホテルが建つ地はかつて芝居小屋「尾花座」として、大正時代からは奈良市内で初めての常設映画館「尾花劇場」として地元の人々に愛されてきた娯楽場だった。上映のラインアップには奈良出身の井筒和幸監督の作品「パッチギ!」もあり、彼は高校時代に尾花劇場で映画を見て「将来映画を撮りたいねん」と話していたというエピソードがある。13作品の中には、紙芝居ライブ(「空飛ぶ紙芝居」スパイスアーサー702)や、コメディの芝居(短編集「ランドセル」中野劇団)も含まれる。
■自転車発電上映会、星空上映会、ならキネコ上映会、ならアートナイト……
親子で楽しめるプログラムも盛り沢山だ。子ども達が自転車を漕いで自ら発電しながら映画を見る「自転車発電上映会」は恒例の人気イベント。春日野園地の芝生の上で楽しむ「星空上映会」は開放感抜群だ。飲食などの屋台も出る。上映作品の一つ「鉄腕アトム・宇宙の勇者」は、アトム役声優の清水マリさんのトークショーも予定されている。子ども映画祭とタイアップした「ならキネコ上映会」は、俳優の高橋克典さんが目の前で生吹き替えをするライブシネマを繰り広げる。乳幼児から小学校低学年までが対象だ。会場の文化会館国際ホールは、千人以上収容できる空間で、子どもが泣いたり大きな声を出したりしても気にしないで親子で思いっきり楽しめる。
更には、アーティストチーム「ATWAS」による夜の猿沢池を光と音で彩る野外パフォーマンス「ならアートナイト」や、レスリー・キーさんによる性や生き方の多様性をスタイリッシュな写真などで見せる展覧会もあって、それぞれが単体イベントとしても十分に成り立つ充実したラインナップに、どこで何を見ようか、悩んでしまうかもしれない。
9月のシルバーウィーク、いにしえの奈良の都で、子どもから大人まで、映画に詳しい人もそうでない人も、奈良と映画の魅力にどっぷりと浸れる6日間になりそうだ。
<関連ページ>
「第4回 なら国際映画祭2016」 公式ページ http://nara-iff.jp/2016/
なら国際映画祭 フェイスブック https://www.facebook.com/naraiff/
なら国際映画祭 ツイッター https://twitter.com/naraiffnaraiff
河瀨直美さんのページ「組画」 http://www.kawasenaomi.com/kawase/
■奈良市が補助金を全額削減。「なら国際映画祭」は、この危機をどう乗り越えたのか?
第4回「なら国際映画祭」開催に向けては2016年3月、突然大きな柱を失う窮地に立たされた。奈良市は2016年度当初予算案に、映画祭と関連企画の「ならシネマテーク」への補助金計1860万円を計上。ところが、市議会がこれを全額削る修正案を出し、可決された。奈良市長が異議を唱え、同事業を含む12項目の予算について審議のやり直しを求めたが、修正案が覆ることはなかった。そんな議会の混乱の中、「なら国際映画祭」にとっては総事業費の3分の1にあたる資金支援が失われた。
それでも開催を決め、逆境を違う形に変えて力にしていこうと、同映画祭のエグゼクティブ・ディレクターで映画作家の河瀬直美さんや、実行委員長の中野聖子さんら実行委員会が協賛金など資金集めに奔走。そんな窮地の事態が全国的に知られたことで、「なら国際映画祭」を応援しようというムーブメントが起き、多くの支援者が現れて、このほど過去最長の6日間の開催にこぎ着けた。
※ここからアイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分です。突然の補助金全額削減から約5カ月。どのような流れがあって、例年以上に充実したプログラムで開催できる運びになったのか? 資金集めの経緯や、その道のりから見えた気づき、奈良という土地が育むものについて、「なら国際映画祭」の立ち上げから関わり、2016年の実行委員長を務める中野さんに詳しく語ってもらった内容を掲載します。
■ピンチが皆を発奮させた。地元の枠を超えて東京や大阪に出かけて協賛を呼びかけた
■本気で「やらなあかん!」と思ったのは、命懸けで作ったお金を寄付してくださった時
■レッドカーペットクラブに入会者が300人を超えた時点で、これはムーブメントだと
■企業様の中には、何らかの投資的な価値、新人発掘の価値を感じていらっしゃる方も
■カンヌ映画祭とパートナーシップ。ディレクターへ直接届けることができるようになった
■海外へ出ていく気概のある若者が、作家性の高いものを作れる環境を何とか作りたい
■ピンチが皆を発奮させた。地元の枠を超えて東京や大阪に出かけて協賛を呼びかけた
――今春、奈良市議会が映画祭開催の補助金の全額カットを可決してから、4月時点では映画祭の規模を大幅縮小せざるを得ない状況に追い込まれていました。しかし、実際には予定通り6日間の日程を確保し、充実したプログラムになりました。この5カ月ほどの間に、どうしてこのような展開に運べたのでしょうか?
今振り返ると、補助金全額カットのニュースが全国で大々的に報道されたことが、結果的に大きな広報になりました。あのピンチが、皆を発奮させたということに尽きるのではないかと思います。私は、まずはお金を集めないといけないと思い、協賛金集めを例年以上に頑張りました。これまでは、地元の奈良で協賛を募っていましたが、今回はその枠を超えて東京や大阪に出かけて呼びかけたことは大きかったです。私が行ったところでは、大変ですね…と判官贔屓的な気持ちで出資してくださったのが多い気がします。
■本気で「やらなあかん!」と思ったのは、保山耕一さんが命懸けで作ったお金を寄付してくださった時
個人的に、本気で「やらなあかん!」と思ったのは、(がんと闘いながら、奈良の映像を撮り続ける)映像作家の保山(ほざん)耕一さんがチャリティー上映会を開いて、入場料で集まった30万円を寄付してくださったことです。それは、保山さんが命懸けで作ってくださったお金だと感じ、そうして身を削って応援してくださった想いには絶対に応えないといけないと思いました。
■レッドカーペットクラブに入会してくださる方が300人を超えた時点で、これはムーブメントだと
また、レッドカーペットクラブという映画祭を支援する個人会員数が増えました。入会してくださる方が300人を超えた時点で、これはムーブメントだと思ったんです。それまで、何もしなかったら60人程しか集められなかったのが、軽々と300を越えてくるというのは、「なら国際映画祭」に対する期待値が高まっている表れではないかと感じました。
そこから今度は、東京方面における(河瀨)直美さんの快進撃がありました。5月にカンヌ国際映画祭の短編部門とシネフォンダシオン(学生映画)部門の審査委員長をされ、そこから広がる世界とのご縁がすごかったです。「なら国際映画祭」とカンヌのシネフォンダシオン部門がパートナーシップを結び、更に別所哲也さんが代表を務める「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」との連携が深まっていきました。それらは直美さんの力ですが、フィルムの世界で「がんばれ! なら国際映画祭」という機運が高まったのだと思います。
また「芸術文化振興基金」の助成金が、奈良市の補助金が全額カットされた翌週の月曜に下りたんです。この助成金は、日本国内で開かれる映画祭は大抵申請しているのですが、「なら国際映画祭」では初回に助成を受けられたものの、その後2回は下りませんでした。しかし、今回その助成金が下りたことが契機となり、「国際交流基金アジアセンター」の助成プログラム、そして「ジャパン・コンテンツ ローカライズ&プロモーション支援助成金」(J-LOP)と採択が続きました。申請書には、皆で手分けして熱い想いを込めた文章を書きましたが、3つも連続して助成金が下りたのは初めてです。
■企業様の中には、何らかの投資的な価値、新人発掘の価値を感じていらっしゃる方も
その時、私は気づきました。お金はお金のあるところが好きなのだと。この補助金が下りているというと、信頼のおける団体と見られるようになったのか急に箔が付いて、座敷わらし効果で協賛にもつながっていきました。他にもLGBT関連の企画をするのであれば、そこに対して協賛するという東京の企業様もいて、コンテンツの中身によって出資する/しないというのがあると何となくわかってきました。
東京の企業様の中には、何らかの投資的な価値を感じていらっしゃる方もいます。「なら国際映画祭」には、学生映画部門にも優秀な作品が集まります。他の映画祭でも学生部門はありますが、都会ではなく地方の奈良で、河瀨直美の目が入ったところで新人発掘をしているというのは大きな価値だと思います。今後、新しい才能を育てていこうとしている私たちの姿勢にお金を出してくれているのだと理解しています。
――「なら国際映画祭」をビジネスとして成り立たせる部分も同時に育まれてきている。
はい。この映画祭を継続していくためには、どこかでビジネスとして成り立たせないといけないと思っていました。皆でボランティアでやっていて美しいね、で終わらせるわけにはいかない内容だと思っていますので、ようやく軌道に乗ってきたのかなと思います。
■カンヌ映画祭とパートナーシップ。英語字幕を付けてディレクターへ直接届けることができるように
2016年6月には「なら国際映画祭」とカンヌ映画祭の学生作品を対象としたシネフォンダシオン部門とがパートナーシップを結ぶことが決まり、「なら国際映画祭」の学生部門「NARA-wave」に選ばれた作品を、英語字幕を付けてカンヌのシネフォンダシオンのディレクターへ直接届けることができるようになりました。世界へのゲートが開かれる道を映画祭で作りたいとかねてから思っていましたので、それがようやく実現します。
――「なら国際映画祭」が担う若手監督の発掘・育成が、この映画祭事業そのものをボランティアからビジネスへと上げていく中で、キーになる部分でしょうか?
そうだと思います。今回の映画祭では、若手映像作家12人と、ホスト役の河瀨さんと別所哲也さんが車座になって海外でも通用する作品作りについてディスカッションするイベント「Road to Cannes」もあります。河瀨さんには、映画界の未来を担う若き才能を育てたいという思いがあるから、ここから未来への種になる映像作家を見つけようとしています。
■海外へ出ていく気概のある若者が、作家性の高いものを作れる環境を何とか作りたい
海外へ出ていこうという気概のある若者に出会いたいというのが、私たちにはすごくあります。若い人たちが、作家性の高いものを作れる環境を何とか作ってあげたい。それは、作ってあげないと無いので。この先、映画を作る人が食べていけるのかとか、スポンサーの意向をてんこもりにした作品だけを作り続けていて、それが一体何になるのかと思うんです。そんな中で骨のある作品を作る若い人たちにちゃんと道を開いておいてあげないと未来がないから、といつも河瀨さんが嘆いています。
――奈良というと、その歴史の深さから昔からあるものを守り継ぐイメージが強いです。
守るイメージも強いですが、育むイメージもぜひ根付かせたいです。今ここに、お寺や神社があるということは、世代を越えて伝えてきた確かな技術があり、想いがある。だから続いてきたのか思うと、奈良は次世代を育てていくための場所なのではないかと思います。奈良にいると、そんな現場をまざまざと見る瞬間が多く、先人に思いを馳せることが簡単に出来ます。過去の記憶が常に手に取るようにそこにある、ということはつまり、未来もそのような場所であってほしいといえる場所。タイムカプセルの中に住んでいるようです。それに都会と比べて、時間軸が違うように感じます。奈良には、周囲に惑わされずに立ち止まって考えることができる場所がたくさんあると私は思います。
――2016年の映画祭のキャッチコピーは「映画なら、世界がつながる」。このコピーをどのように捉えていますか?
人間の世界観。映画を見ることで、スクリーンの中の世界を自分に取り込めて、それは体験として心の中に落ちていきます。この落ちた思いが積み重なり、横に広く繋がっていくのではないかと思います。阿頼耶識(あらやしき/人間存在の根本にある識)は繋がっていると言いますし。そうやって映画を見て、同じ思い、同じ感情を経験した人が増えていくことが、世界をつなぐ一つの方法ではないかと思います。