地域演劇を作る(1)見えてきた「地域演劇」の形、プロデューサー・山納洋さんインタビュー

「だいとう戯曲講座」お試し講座の授業の様子

連載「地域演劇を作る」(1)

「地域のドラマを書いてみよう」。そんなフレーズに魅かれて筆者は今秋から、戯曲講座に参加しています。まちを取材して、お芝居の台本を書く取り組みで、舞台は大阪府大東市。同じ関西に住む人でさえも「大東ってどこ?」と言う人も少なくないようですが、そこは大阪市の東部に隣接する衛星都市で、2016年に市制施行60周年を迎えたのを機に、廃校になった小学校跡を文化活動の拠点にする事業の一環として「演劇プロジェクト」が立ち上がっています。

アイデアニュースでは、この大東市を舞台に行われている企画のうちの一つで、大東ならではのドラマを地域の人たちが書き下ろし、大東のまちを舞台に上演するという実験企画「だいとう戯曲講座」に筆者自身が受講生として参加して、物語が立ち上がる過程を連載でお届けします。第1回の有料会員向け部分では、この一連の企画のプロデュースを行う大阪ガス株式会社近畿圏部・都市魅力研究室長の山納洋さんにインタビューをし、地域演劇の可能性について、演劇プロデューサーとしてのこれまでの経験を踏まえた独自の視点から、たっぷりと語って下さった内容を紹介します。

「だいとう戯曲講座」お試し講座の授業の様子

「だいとう戯曲講座」お試し講座の授業の様子

■「だいとう戯曲講座」の講師は、「虚空旅団」代表の劇作家・演出家の高橋恵さん

「だいとう戯曲講座」の講師は、大阪を拠点に活動する劇作家・演出家の高橋恵さん。高橋さんは「観客の気持ちを濾過し、生活にやさしく送り返すお芝居」を目指して活動を続ける劇団「虚空旅団」の代表を務め、2015年に「誰故草(たれゆえそう)」で、第22回OMS戯曲賞(大阪ガス主催)の大賞を受賞。受賞作品は12月2日から4日まで、大阪の心斎橋にあるウイングフィールドで上演予定。大東市との関わりにおいては、大東を舞台に戦国武将・三好長慶を描いた朗読劇「蘆州のひと」の作・演出を手がけ、この作品の上演と市民による朗読ワークショップを行っています。さらに、隠れキリシタンがテーマの大東の歴史劇第2弾「河内キリシタン列伝」の創作にも取り組んでいます。

「蘆州のひと」再演より

「蘆州のひと」再演より

■扇町ミュージアムスクエア(OMS)のマネージャーなどを務めた山納洋さんが仕掛け人

この戯曲講座を含む大東の「演劇プロジェクト」の仕掛け人は、大阪ガスの社員でありながら関西の小劇場のメッカ・扇町ミュージアムスクエア(OMS)のマネージャーなどを務め、現在は同社近畿圏部において地域活性化や社会貢献事業に取り組む山納洋さんです。山納さんはプロデューサーとして、関西に実在した人物を題材にドラマを製作し、ラジオドラマとして放送するとともに、人物ゆかりの地で朗読公演を行う「イストワール」というプロジェクトや、まちを歩いて参加者それぞれの見聞を共有する「Walkin’ About」というまち観察企画など、まちと演劇をつなぐ独創的な活動を展開しています。

山納洋さん

山納洋さん

さて、この「だいとう戯曲講座」ですが、いざ本講座が始まって周りを見渡すと、参加者は大阪・兵庫・京都から来た人たちのみ。あれ、大東市民が一人もいない!? そんなまさかのスタートとなりました。筆者自身、面白そうだからやってみようと勢いで踏み出したものの、お芝居の台本を書くという経験は初めてのこと。ましてや大東は、これまで縁もゆかりも無かった土地で、こんな機会でも無ければ足を運ぶことはありませんでした。地元の人にも「えっ、京都に住むあなたが大東のことを書くんですか」と訝しげに言われ、今さらながらたじろいでいると、「地元の人が直接台本を書かなくても、やりようはあります」と講師の高橋さん。「地元のことを深く知らない外の人が、まちの魅力を掘り下げてくれることで、面白いまちだったと気付くことがあるかもしれません。住んでいても分からないことが多いですから」と話してくれた住民の方もいました。

この取り組みでは台本を書くだけではなく、大東のまちを舞台に発表公演まで行います。さて、これからどうなることやら。体当たりのルポを現在進行形の連載でお届けします。(この連載は、随時掲載します)

※アイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分には、演劇プロデューサーとしてのこれまでの経験を踏まえた独自の視点から、山納洋さんにたっぷりとうかがった内容を、山納さんご本人の言葉でお届けします。

<有料会員限定部分の小見出し>

■大阪ガスグループが18年間運営、2003年に閉館した「扇町ミュージアムスクエア」

■作家を世に出し、作品を認めてもらう再演支援金の支給が2010年にスタート

■実在した人を題材に、その人ゆかりの地で朗読公演する「イストワール」も開始

■取り組みを続けていく中で、おぼろげに見えてきた「地域演劇」の一つの形

■大東市では、4つの演劇プログラムが動いている

■地域の誇りを取り戻し、小劇場演劇を支えてきた人たちの能力を生かす場に

<『誰故草(たれゆえそう)』>
近未来のとある郊外で共同生活をおくる女性たちの家に、妹が訪れる一夜のお話。私たちをとりまく生活の中に潜む問題や恐れを、日常的な会話の中から浮き彫りにし、希望と絶望をさりげなく描いている。
【大阪公演】2016年12月2日(金)、3日(土)、4日(日) 大阪市 ウイングフィールド
http://www.wing-f.co.jp/
作・演出:高橋恵 出演:得田晃子、杏華、つげともこ、竹田モモコ、イトウエリ、久保田智美

<朗読劇『芽吹きの雨』>
大阪ガス(株)と毎日放送で制作されたラジオドラマシリーズ「イストワールhistoire」第5話として、建築家・伝道家・「近江兄弟社」創立者のメレル・ヴォーリズさんとその妻で児童教育者の一柳満喜子さんの話を描いた作品。
【京都公演】2016年12月17日(土)、18日(日) 京都市 P-act(ぴーあくと)
http://p-act2009.jimdo.com/
脚本:高橋恵 原作:Grace N Fletcher「The Bridge of Love」、平松隆円監訳「メレル・ヴォーリズと一柳満喜子 愛が架ける橋」
出演:飛鳥井かゞり、得田晃子 作曲・演奏:三木万侑加

<関連サイト>
虚空旅団公演情報 http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~koku-ryodan/info.html
大阪ガス(株)都市魅力研究室ブログ http://blog.livedoor.jp/histoire2011/

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※ここから有料会員限定部分です。山納さんのインタビューをご本人の言葉でお届けします。

■大阪ガスグループが18年間運営、2003年に閉館した「扇町ミュージアムスクエア(OMS)」

かつて大阪には「扇町ミュージアムスクエア(OMS)」という劇場がありました。これは1985年から2003年まで、大阪ガスグループが運営していた複合文化施設で、移転後の古い支社の社屋を活用して、劇場や映画館、雑貨店、カフェ・レストラン、ギャラリーなどを運営していました。そこで1994年に「OMS戯曲賞」「OMSプロデュース」という事業が起こりました。前年に上演された応募作品の中から大賞・佳作を決めるのが「OMS戯曲賞」。そして「OMSプロデュース」は、大賞受賞作品をプロデュース公演として再演するものです。この2つが始まったことで、OMSは関西小劇場のメッカとしての地位を獲得していました。

「OMS戯曲賞」は現在も続いていますが、「OMSプロデュース」は運営予算の縮小から7回で終了。そして2003年にOMSは建物の老朽化により閉館しています。

■作家を世に出し、作品を認めてもらう再演支援金の支給が2010年にスタート

同戯曲賞の仕組みは、才能を見いだし、その才能を新たな形で世に問うことで、作品や作家が更に有名になる可能性を秘めていましたが、「OMSプロデュース」が終わったことで、大賞を受賞した作家を世に出す力は弱くなっています。そこで、作家をもっと世に出す方法はないか、才能や作品を認めてもらう方法はないかと、その後もずっと考えていました。この戯曲賞のあり方を見直す中、第16回(2010年)から仕組みを少し変えました。その一つとして、再演支援金の支給を始めました。これは劇団による大賞受賞作の再演を支援するもので、以降の受賞作品はすべて、この支援金を得て再演をしています。第22回(2015年)の大賞受賞作である高橋恵さんの「誰故草(たれゆえそう)」は12月2日から4日、大阪市ウイングフィールドで再演されます。

「誰故草」チラシ(表)

「誰故草」チラシ(表)

■実在した人を題材に、その人ゆかりの地で朗読公演する「イストワール」も開始

もう一つの新基軸として、最終選考作家が、関西に実在した人物、実際に起きた事件を題材にしたラジオドラマを書き下ろし、人物ゆかりの地で朗読公演を行う「イストワール」という企画を行っています。これまでに、神戸ゆかりの登山家・加藤文太郎さんの「山の声」、大阪ミナミ・アメリカ村のママと呼ばれた日限萬里子さんの「ループ」、奈良の宿・日吉館の女将・田村きよのさんを描いた「ちひさきもののうた」、和歌山出身の小説家・有吉佐和子さんが『華岡青洲の妻』を上演した時の思いを伝えた「秋茄子のススメ」、滋賀・近江八幡を拠点に活動した建築家のメレル・ヴォーリズさんと妻の一柳満喜子さんの「芽吹きの雨」、そして大東・飯盛山城を居城に天下を治めた戦国武将・三好長慶とその兄弟を描いた「蘆州のひと」の6作品を世に問うてきました。

■取り組みを続けていく中で、おぼろげに見えてきた「地域演劇」の一つの形

この取り組みを続けていく中で、僕の中で地域演劇の一つの形がおぼろげに見えてきました。それは、地域ゆかりのストーリーを紡ぎ、朗読劇として上演し、その後、地域の方々が作品を上演し続けるというものです。「蘆州のひと」は、大東市長(東坂浩一氏)が三好長慶と飯盛山城で地域おこしをしていこうという強い思いを持っていたところから始まっています。今から5年がかりで、飯盛山城の国史跡指定の認定を取ろうと動いておられます。

関西で上演される舞台の多くは、一度上演されればそれで終わりです。「OMS戯曲賞」では受賞作を本として出版し、また支援金の支給により再演を後押ししていますが、再演することを意識して作品を作っている劇団は多くありません。一方で、実在した人物のドラマでは、演劇に興味のある人と、その人物に興味のある人の両方に作品を訴求することができます。作っては消えるというものづくりとは違う、作品が語り継がれていくという手応えを、この朗読劇を通じて感じ始めました。

今回の「蘆州のひと」は、廃校になった深野北小学校跡を地域の文化活動拠点にしていこうという動きの一環で、2015年11月に上演しました。現在、大東市が建物の耐震改修工事を行っており、来年度には部分的にオープンする予定です。そこで演劇の稽古やワークショップ、ダンスやスポーツの教室、それにマルシェや、カフェ・レストランを作るというプランがあります。

地域のドラマを作れば、地域の人に受け入れられ、また住民が地域に愛着や誇りを持つきっかけになるのではという思いと、演劇の人たちがより多くの人たちに才能を認知され、彼らの作品が長く上演され続けるのではという思いがあり、その可能性をここで試しているのです。

「蘆州のひと」再演より

「蘆州のひと」再演より

■大東市では、4つの演劇プログラムが動いている

大東市では、小学校跡の地域拠点づくりとして、2016年度に、4つの演劇プログラムが動いています。

一つが「蘆州のひと」の再演。二つ目が同作品の市民ワークショップ。この作品を地元で語り継いでいただける人たちと出会いたくて、台本を読んだり、演劇メソッドを身に付けたり、衣装の着付けを学んだりしながら朗読発表まで行う全10回のワークショップを実施しました。

三つ目が「だいとう戯曲講座」です。当初は地元の人たちに、地元のドラマを短い戯曲作品として作ってもらうことを考えていました。しかし、ハードルが高かったようで本講座では地元の人が残っていないのですが、今5人の市外からの参加者が、戯曲の書き方、登場人物の置き方などの演劇メソッドを学び、一方で大東の歴史を調べ、地域に眠っているドラマを探し、最終的に10分程度のドラマを作ることに取り組んでいます。

そして四つ目が、「河内キリシタン列伝」という新作劇の上演です。この地にほとんど痕跡の残っていない河内キリシタンについて、作品の形できっちり残していこうという大東歴史劇第2弾の企画として動いています。

「蘆州のひと」市民ワークショップ参加者の皆さんと高橋さん(左から2人目)

「蘆州のひと」市民ワークショップ参加者の皆さんと高橋さん(左から2人目)

■地域の誇りを取り戻し、小劇場演劇を支えてきた人たちの能力を生かす場に

今、二つ目の市民ワークショップを終えた段階ですが、「劇団 蘆州のひと」を設立しようという動きが参加者の中から生まれています。地域には、演劇が自分にできるとは思っていないという人が多いけれど、そんな中で今回は、あるハードルを越えた人たちが挑んでくれました。なかなか火がつかないろうそくに、小さな灯火がともった段階です。

小さくても条件が整って一旦火が燃え始めたら、その火は絶えることなく続いていけるのかもしれないし、新たな文化活動がこの大東の地に根付いていくのかもしれない。これが大東でできるのなら、他の地域でも新たな形で地域の誇りを取り戻しつつ、文化活動が燃え盛っていく。そこに小劇場演劇を支えてきた人たちの能力、ノウハウが生かせる場が生まれるのではないかと考えています。

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