エッセイ:「Holly You and Me」(7)心にいつも星の朝

堀内優美さん=写真提供・堀内優美さん

フリーライター・堀内優美さんに7回にわたって書いていただいた自伝的エッセイ「Holly You and Me」。いよいよ最終回を掲載します。テレビなどでリポーターの仕事をするようになった堀内さんは、ある時「声帯結節」患い、声を出すことが困難になります。「本番中に声が出なくなったら、どうしよう」と不安を抱えた日々。朝4時に起きて週1回のレギュラー番組に通う彼女に、母親は「絶対に大丈夫や! 確信持って、がんばっておいで」と声をかけたそうです。連載最終回は、そんな母親との思い出を書いてくださいました。なお、堀内さんのエッセイ「Holly You and Me」は、全回をまとめた電子書籍にして、アイデアニュースで販売する予定です。(アイデアニュース編集部)

本州よりのぞむ橋の向こうの故郷=撮影・堀内優美

本州よりのぞむ橋の向こうの故郷=撮影・堀内優美

明け方前に訪れる星の朝が好きだ。星々が一つひとつ消えて、朝陽の光を受けた空の色が碧白く変わりゆく光景は、どこか寂しげながらも希望に満ちていて、清々しい。

リポーターの仕事をするようになって3年が経った頃、声帯結節を患った。風邪を引いたようなしわがれ声が続き、声を無理に出そうとすると喉が痛く、血のかたまりのようなものができ、会話するのも辛い状態だった。喉にいいとされる薬もいろいろ試してみたが、医師からは「かさぶたのようなものだからしゃべらないことが治療だ」と言われた。そのためいくつかの仕事を失い、半年間ほど島で療養することになったが、週1回のレギュラー番組だけは朝4時に起きて通っていた。

声帯結節を患っていた頃の筆者=提供・堀内優美

声帯結節を患っていた頃の筆者=提供・堀内優美

その頃、島には24時間運航のフェリーがあり、乗り場までの1時間の距離を母の車で送ってもらっていた。まだ薄暗い明け方の空の下、ラジオから流れる夜明けの番組をBGMに海岸線を走らせていると、空がうっすら明るくなりはじめ、星たちが次々と消えてゆく。港に到着する頃には、水平線から朝陽が昇り、海を幻想的な橙色に染めていった。車のボンネットを照らす陽光は、優しくキラキラと輝いていた。

車中ではいつも、運転する母の横顔を伺いながら、出づらい声を絞り出し、その日の台本を下読みした。「大丈夫かなぁ……本番中に声が出なくなったら、どうしよう」当時は常にそういった心配を抱えていたので、私は母に確認するかのように、何度もたずねた。すると母は「大丈夫。絶対に大丈夫や!確信持って、がんばっておいで」と、強く励ましてくれた。受験の時も、風邪で寝込んでいた時も、母が口にする「大丈夫」は、まるで魔法の言葉のように私を勇気づけてくれた。

写真提供・堀内優美

写真提供・堀内優美

母は長年、地方新聞社の記者として勤めていた。昼は取材で島内の各地へ赴き、夜は父と共に地域ボランティアのリーダーとして活動した。阪神淡路大震災を機に第一線からは退いたものの、その後は地元の雑誌社や出版社で編集アシスタントとしても働いた。そんな母の背中を見て育った影響で、私の幼い頃からの夢は物書きになることだった。

声帯結節をきっかけに、もしも声が出なくなってしまったら……そんなことを考えながら、ひょんなきっかけでご縁をいただいたライターの仕事に力を入れるようになった。第一号読者は、言うまでもなく母だった。母は新聞や雑誌に掲載された私の記事をキレイにスクラップしてはファイリングし、細かいところまでチェックする。文章は残るから責任がある、読み手に希望を与えるような文章を心がけ、決して主観だけで物事をとらえてはならない……等々、時には厳しくアドバイスしてくれた。

そんな中、正しい日本語を学ぼうと、東京にある大学の日本語教員養成課程に編入学、仕事をしながら2年間、社会人大学生を経験した。大学の卒業式には母も一緒に出席し、その夜、宿泊した新宿のホテルで夜景を眺めながら乾杯した。遠くまで続く宝石のような光世界を窓ガラス越しに眺めながら、母は「百万ドルの夜景みたいね」とうれしそうな表情を浮かべた。

この日の母はめずらしくおしゃべりだった。若い頃に自分の書いたシナリオがラジオドラマの題材になったことや、庭先にいたカエルを題材にして書いた童話が入選したこと、私が生まれた朝に雪が降っていたこと……昔話をゆっくりとした口調で語ってくれた。窓の向こうに見える都会の街は眠ることなく、明け方近くになっても、ビルの明かりは24時間営業でにぎやかだった。それでも夜明け前にさしかかると、島の空と同じように、空がうっすら碧白くなり、月星たちが次々と消えてゆく。

遠出に疲れたのか、ソファから腰を上げた瞬間、母の身体がふらついた。とっさに腕をつかんで支えると、手のひらで隠れてしまうほど細くて華奢だ。もともと身長147センチと小柄ではあったが、昔に比べるとさらに小さくなった気がして、老いゆく母の姿に戸惑った。母は「大丈夫」と言いながら私の手をつかみ、よっこいしょと、ゆっくり立ち上がった。

子供の頃、先生よりも母に褒めてもらいたくて、作文や小論文だけは力を入れていた。母の背中を追いかけて、母のような強くて優しい大人になりたくて、母の笑顔を見るのが楽しみでがんばってきた。なのに、いつも 自分の前を歩いていたはずの母が、今では私の手で支えなければまっすぐ立てない年齢になってしまっている。

卒業式の席で恩師から「親孝行をするんだよ」と言われたばかりだったので、「今まで親孝行らしいことをできてなくて、ごめんなさい」と、聞こえるか聞こえないかのような声で言ってみた。すると母は、「大丈夫。こうして元気でいてくれることが親孝行だから」と言って微笑んだ。

朝陽がビルの谷間から光を放ち、空を白く照らしはじめた。夜明けとともに、新しい1日がまた始まろうとしている。

写真提供・堀内優美

写真提供・堀内優美

「Holly You and Me」第7回「心にいつも星の朝」 おわり

堀内さんのエッセイ「Holly You and Me」は、全回を1冊の電子書籍にまとめて、アイデアニュースで発売する予定です。

<「Holly You and Me」これまでの掲載分(隔週木曜日に掲載中)>

第1回 紅葉色の春、訪れて   → https://ideanews.jp/backup/archives/2891

第2回 月に願いを        → https://ideanews.jp/backup/archives/3397

第3回 丘の上から青空見つめて → https://ideanews.jp/backup/archives/3885

第4回 海の向こうへ       → https://ideanews.jp/backup/archives/4406

第5回 阪神電車の車窓から   → https://ideanews.jp/backup/archives/5131

第6回 夕陽に祈りをこめて  →https://ideanews.jp/backup/archives/5764

第7回 心にいつも星の朝  →https://ideanews.jp/backup/archives/7114

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ご感想・ご希望などございましたら、こちらからお寄せください。

→ https://ideanews.jp/backup/kansou

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<アイデアニュース有料会員向けおまけ的小文>

最終回によせて…筆者の母が書いた童話「おうめさん」を全文公開

この連載も最終回を迎えました。当初、橋本編集長から連載のお話をいただたときは「幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会人と時代順に計6回で」とのことでしたが、最終回で母のことを書いてはどうかとご提案をいただいたので、書かせていただきました。

ただ、父や母のことを書くとなると、涙が溢れるほどの思いがこみ上げてきて、何も書けない状態が続き、掲載日を延期してもらい、創作にかかりました。(余談ですが、父が登場しないのは、今回書くにあたり「おまえのことで一番心配して苦労してきたのはお母さんだから、私のことよりもお母さんのことを書いてあげて」という話になったからです)

母は今や70を過ぎたおばあちゃんになり、かつて記者としてカメラを担いで走り回る面影はなくなりましたが、母の書いた文章や作品は今でも色鮮やかに残されています。

そんな中で、母の幼少時代の思い出から生まれたという作品をご紹介させていただきます。母の書いた童話の中で、私の一番のお気に入りで、コンクール入選作品でもあります。

タイトル:「おうめさん」

作・ホリウチ タチコ

正男とトオルとたみは、いつものように公園で遊んでいた。学校から帰ると宿題もせずに夕暮れまで遊びほうけていた。たまりかねた正男の母ちゃんが「正男、はよ家に帰らんとおうめさんに言いつけるぞ」と怒り出した。トオルもたみも「おうめさん」ときくと、飛んで家に帰った。このあたりではおうめさんという名を知らない子どもはいない。けんかしていても、ワーワー泣いていても「おうめさんに言いつけるぞ!」と言うとおとなしくなる。おうめさんは子どもたちにとって、ただただ恐ろしいばあさんなのだ。

その夜、正男は「なあー、母ちゃん。なんでおうめさんは鬼ばばなんや」と聞いた。母ちゃんは、「わけはよう知らんが、みんな影では言うとるらしいな」と言うだけ。「おうめさんにさらわれた子はあるのか」と聞いても母ちゃんは面倒くさそうに、「おうめさんのことはもうええから、はよ寝な」と台所に立っていった。

あくる日、正男は公園には行かずに、町はずれに行った。前に母ちゃんから「ここがおうめさんの家や」と聞いていたところだ。庭には松の木と柿の木があり、枝におおわれて屋敷が薄暗かった。古びた縁側で三匹の猫とおばあさんが座っていた。こっちを見たそのおばあさんはおうめさんに違いない。白髪を一つに束ね、顔色は黒くて、もんぺの下から出ている二本の足は細くて、まるでごぼうのようだった。正男の方を見て、おうめさんはニタッと笑った。正男ははっとして、家に逃げ帰った。

あくる日もまた、正男はおうめさんの家をのぞいた。井戸から水を汲み上げているところだった。おうめさんは歌を唄っていた。「からす、なぜ鳴くの、・・・」。だが唄いながら、ため息を何べんもついた。正男に気がついたおうめさんは、大きな声で「こら!坊主。毎日、わしの家をのぞいて、何の用だ。入ってこい」と言った。そう言うが早いか、正男の腕をつかんでいた。正男は逃げようとしたが体が動かない。おうめさんは「何か用か」と乱暴に言う。正男は観念して「おうめさんは鬼ばばとみんなが言うので、見に来た」と正直に言うと、とつぜん「ハハハ・・・」とおうめさんは笑い出した。「まあ、座れ。お前は蔭山とこの坊主やな。そうか世間は、まだわしのことそない言うとるのか」とおうめさんはさみしそうだった。

「わしには一人息子がおった。武男と言うてなー・・・。その武男が兵隊にとられて、戦死。父ちゃんも病気で死ぬ。一人になったわしは、毎日泣きながら、死んだはずの武男がまだ生きとると信じながら、フラフラと探し歩いた。武男に似た子を見ると腕をつかんだり、後をつけたりしたんで、世間からおかしなばばあと言われはじめた。でもな、そのうちに気を取り直して、まるで男みたいになって働いた。武男のこと忘れるために働いた」

そう話すおうめさんを見て正男は涙ぐんできた。「坊主、あした、また来い。うまい餅作っとくからな。連れも呼んで来い」。おうめさんが言った。

あくる日、正男はいやがるトオルとたみを連れて、おうめさんの家に行った。縁側の盆の上にかしわ餅やさくら餅が乗せてあった。「ほら、皆で食え。毒が入っとるぞ」とおうめさんが言った。正男は「毒入っとってもええ」と餅を口に放り込んだ。トオルもたみも、「うまい。こんなうまい餅食うたら死んでもええわ」と、餅を平らげた。

「Holly You and Me」おわり

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