オリジナルを崩さず新しいスタイル、映画版にない演出に唸らされた「TOP HAT」

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

「トップハット」といえば、シルクハットでタキシードにステッキを持ったフレッド・アステアが粋なタップダンスを見せ、女優のジンジャー・ロジャースとコンビを組んだ往年のハリウッド映画。こうイメージできるのは40代以上の人ではないだろうか。最近、若い人と話していると、マイケル・ジャクソンはもちろん知っているものの、アステアについてはピンとこないと言う人が多く、時代の移り変わりをつくづくと感じてしまう。

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

私の父は酔っぱらうと、無謀にも家でアステアの真似をして、(ダンスができないのに)踊っていたが、それほど、古い世代の人々にとってはダンスの神様だった。その「トップハット」が、2011年に英国で初めてミュージカルとして上演され、2013年には英国演劇界のトニー賞と言われる権威あるローレンス・オリヴィエ賞の3部門を受賞した。そんな話題を呼んだ英国版のミュージカル「トップハット」が、10月16日~25日まで梅田芸術劇場メインホールで上演された。大型ミュージカルの来日公演はどうしても東京止まりになってしまうことが多い中、大阪で華麗で豪華なタップダンス中心のミュージカルを堪能できるなんて、まさに夢のような体験だった。

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

外国人指揮者の指揮で生のオーケストラがオーバーチュアを演奏し始めると、もうそれだけでワクワクして、ウエストエンドかブロードウェイにいる気分になってしまう。「トップハット」の楽曲は「ホワイトクリスマス」で有名な音楽家アーヴィング・バーリンによるもので、ミュージカルをはじめジャズのスタンダードとして今でも歌い継がれている。指揮者が腕を左右にスイングさせて指揮棒を振っているのが、何ともジャズらしい。

アステアのようでアステアではないアラン・バーキットならではのダンス

舞台は1935年のニューヨークでブロードウェイのスター、ジェリーが、ピンストライプの派手なスーツに身を包み、ステッキを持って、さっそく「プティン・オン・ザ・リッツ」を歌いながらステッキをバンバンと床にたたき付け、群舞と一緒にタップを踏み出す場面から始まる。このジェリーを映画版で演じたのが、アステア。今回の舞台版のジェリーに扮した英国人キャストのアラン・バーキットは、チラシなどの写真で見るとそうでもないのだが、生で見ると、驚くほどアステアに似ている。とくに顔がにゅっと長いところ(失礼)と、そのひょろっとした長身が。こんなに似ている人を主役に選んだら、いやおうなしにアステアと比べられてしまう。いいのかなぁ…と心配するのもつかの間で、体重を感じさせない軽やかさ、回転の速いステップ、跳躍力、どれを取ってもアステアのようでアステアではない彼ならではのダンスがあっという間に立ち上がってくる。

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

アステアの、まるで羽が生えて、空を舞う天馬のようなステップを彷彿とさせながらも、バーキット自身の品の良さと個性もにじみ出る。アステアが天馬なら、バーキットはさしずめ白鷺といったところ。模倣で終わらないのは、バーキットのうまさと、アステアのスタイルを取り入れつつも、新しい振付を考え、ローレンス・オリヴィエ賞で最優秀振付賞を獲得した振付家・ビル・ディーマーの手腕だといえよう。とくに、アステアとは一線を画する黒人スタイルのタップ(地面に半円を描くように足を交互にスライドさせる)の技を所々に取り入れていたのには驚いた。

アフリカ系アメリカ人の香りを漂わせるビル・ディーマーの振付

「トップハット」のパンフレットによると、ディーマーはアフリカ系アメリカ人のタップの香りを漂わせるため、ニューヨークのハーレム劇場でリサーチを重ねたという。そんなダンスを軽々とこなすから、改めて、英国のキャストの層の厚さを感じる。昨年、日本で上演された、アダム・クーパー主演の「SINGIN’IN THE RAIN ー雨に唄えばー」も同じだが、オリジナルを崩さず、新しいスタイルを確立させる欧米人の手法に感嘆させられるばかりだ。これなら、往年の映画ファンも舞台ファンも両方満足できると思う。

ジェリーはリッチな英国人プロデューサーのホレスと、ロンドンのウエストエンドの高級ホテルに滞在する。自称「タップ病」のジェリーは、気が乗ったあまり、ホテルの部屋でついタップを踏んでしまう。映画ではこのシーンでアステアが「ノー・ストリングス(アイム・ファンシー・フリー)」を歌い、初めてタップを踏んで本領を発揮する名場面だ。ダンスのせいで、同じホテルの真下の部屋に泊まっている、モデルのデイルを起こしてしまい、物語のヒーローとヒロインが出会う場でもある。

 TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

ジェリーの「動」と、繊細な「静」の部分を同時に見せる

映画ではそのまま、アステアがジンジャー・ロジャース演じるデイルの部屋の上で踊るのだが、今作では舞台前方横でジェリー役のバーキットが踊り、奥の廻り舞台になったセットでは、デイルが眠る部屋の真上で、影の部分であるもう一人のジェリー(黒い服を着た違う役者)が踊るという、二重構造になっていた。光と影を演じる二人は、ダンスの手や足の動きもピッタリだ。ひたすらお茶目な性格のジェリーの「動」と、繊細な「静」の部分を同時に見せることで、名場面により深みをもたせている。うるさくて眠れないと文句を言いにジェリーの部屋を訪れたデイルの前で、さらに、ジェリーが、帽子掛けを人間に見立ててコンビを組んで踊ったり、メイドたちと4人でタップを踏んだりと、映画版にはない演出が楽しさを増す。これには唸らされた。

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

TOP HAT 公演より=撮影:花井智子

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シルクハットにタキシードを着こなした女性の群舞も登場

往年のハリウッド映画らしい、恋のドタバタ劇

カーテンコールでは通路でタップ、振動がズンズンと伝わってくる

雨の降る東屋で、ジェリーとデイルが「イズント・ディス・ア・ラブリー・デイ(トゥー・ビー・コート・イン・ザ・レイン?)」を歌いながら踊るシーンは、バーキットとデイル役のシャーロット・グーチが、腕と体を絡めて流れるようにタップを踏んでいく。いかにも技を見せつけるように、嫌みにはならず、ジェリーとデイルが恋に落ち、心を通わせていく姿が自然に表現される。バーキットはテノールのような深みのある声で、グーチもメゾソプラノ風の低音がよく通り、ダンスも歌声の相性もいい。エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロングらジャズ界の巨匠が歌ってきた有名なナンバーが、生の歌声とタップ付きで見られるなんて本当に贅沢だ。オーケストラのビッグバンド風のアレンジもよくきいていた。

シルクハットにタキシードを着こなした女性の群舞も登場

一幕目の最後は映画でおなじみのタイトル曲「トップ・ハット、ホワイト・タイ・アンド・テイルズ」が披露される見せ場となる。ジェリーと群舞が全員、シルクハットに燕尾服で決め、ステッキをトントンとたたきながらタップを踏む。一糸のみだれもなく全員揃っているのはさすがだ。また、全員で奏でる靴音も雨音のようで聞いていて心地がよい。途中から、シルクハットにタキシードを着こなした女性の群舞も登場し、踊りに参加する。女性の群舞のタキシード姿も映画にはなかったので、違いがあってニヤリとさせられた。

往年のハリウッド映画らしい、恋のドタバタ劇

ひょんなことからジェリーを既婚者のホレスだと勘違いしたデイルは、ジェリーに平手打ちをくらわせて、イタリアのヴェニスへと旅立つ。ジェリーもデイルを追いかけてイタリアへ行き、往年のハリウッド映画らしい、恋のドタバタ劇が二幕目では展開していく。高級リゾート地のボールルームで、既婚者と誤解しながらもジェリーに惹かれているデイルが、ジェリーと頬を寄せ合って歌い踊る名曲「チーク・トゥ・チーク」もワルツ風に二人が何回も回転し息をのむように美しい。さらに「レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス」など珠玉のジャズナンバーが、ジェリー&デイルのペアでひたすら優雅に綴られる。映画を見たことがない人も、何が起こるにせよ、ハッピーエンドのラブストーリーだと察しはついているはずだ。それがライトコメディのいい所でもあり、意表を突いた過激な展開や、ハラハラドキドキがない分、安心して歌とダンスに集中できる。ゴージャスなドレスを着た英国淑女と、英国紳士が優美に歌い踊る舞台は、ひたすら現実離れしている。現実にあったイヤなことを瞬時にして忘れさせてくれ、夢ならさめてほしくないと思ってしまう。

カーテンコールでは通路でタップ、振動がズンズンと伝わってくる

最後はめでたく誤解も解け、ジェリーとデイルが結ばれる。二幕目ではタップダンスのシーンがなく、タップ好きの私としては、腹八分目だと思っていたら、アンコールで、キャストが期待通りにこれでもかとタップを踏んでくれる。カーテンコールではフラッシュなしでの写真撮影が許可され、観客は、スマホでこの瞬間を収めようと皆、大喜びだ。さらに驚いたのは、群舞のキャストが会場に降りて来て、一階席の通路で踊りだした。これは日本公演のみのサプライズのフィナーレだという。私は幸運にも通路側の席だったので、真横でシルクハットにタキシード姿の男性キャストがタップを踏んでくれる。体が触れ合うほどの距離で見るタップダンスは想像以上に迫力があり、その振動が私のお腹にズンズンと伝わってくる。真横でも体重をまったく感じさせなくて、鳥のように軽やかだ。踊りの勢いのあまり、英国紳士の手が伸びて頭を叩かれたが、痛いのが苦にならない。私は舞台の観劇歴は20年以上にわたり、お祓いをしてもらったり、キャストに踊りながらお尻をすりつけられたりと様々な経験をしてきたが、今まで、英国紳士が真横でタップを踏んでくれたことは一度もない。今後も実生活も含めて、こんなことは二度と起こらないだろうと思うと、劇場の神様に感謝したくなる体験だった。アンコールとこの演出のおかげで、腹八分目だったお腹は、フルコースを堪能した気分になりいっぱいだ。最後にはシルクハットをかぶった指揮者が、キャストが去った後も演奏を続け、観客を送り出してくれる。お金と時間が許す限り、毎日でも劇場に通いたかった。2時間40分の束の間の夢だったが、幸せな気持ちは、数日たった今、この記事を書きながらも残っている。

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<公演案内>(この公演は終了しています)
「ミュージカル『TOP HAT』<来日公演>」
【東京公演】2015/9/30(水)~10/12(月・祝) 東急シアターオーブ
【大阪公演】2015/10/16 (金)~25 (日) 梅田芸術劇場 メインホール

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