2021年11月6日(土)に、大阪大学のミュージカルサークル・みーあキャットの冬公演として、ミュージカル『ウィキッド』が、兵庫県のなるお文化ホール(西宮市)で上演されました(入場無料)。みーあキャットは、2018年4月に大阪大学に入学した学生が中心になって結成したミュージカルサークルで、同年12月には旗揚げ公演『美女と野獣』を上演しています。その後も、2019年7月に『ロミオとジュリエット』、同年12月に『1789~バスティーユの恋人たち~』、2020年11月15日に『レ・ミゼラブル』、同年12月19日に第5回公演『ノートルダムの鐘』、2021年3月には『The Sound of Music』と、本格的なミュージカルを上演してきました。旗揚げ公演の『美女と野獣』(2018年12月)の動画はみーあキャットのホームページから、第4回公演『レ・ミゼラブル』(2020年11月)と第5回公演の『ノートルダムの鐘』(2020年12月)の動画はアイデアニュースから見ることができます。どの動画を見ても、そのクオリティに驚きました。今回は、第7回公演となる『ウィキッド』を、動画でのダイジェスト版と、テキストと画像によるレポートで紹介します。
■『ウィキッド』を、見事に作り上げたみーあキャットのみなさんを紹介
今回の『ウィキッド』公演は、3回生(2020年入学の大学2年生)を中心にメインキャストが配役され、総勢39人が舞台に立ち、10人のスタッフが裏方を担当しました。今年の7月から約4ケ月間の練習を経て、今回の公演へと至りました。
エルファバ役…髙部黎子さん
『オズの魔法使い』の悪い西の魔女であるエルファバ。この作品の主人公であり、オズの国の悪政に一人で立ち向う革命家、オズの魔法使いと対峙する裏の「正義」として、髙部さんは堂々たる演技を見せてくれました。自らの出生や謎の力に対するコンプレックスから、次第に人間的成長を遂げ、第一幕のラストに「自立」を敢然と宣言する楽曲「自由を求めて」は、圧巻の一言に尽きます。髙部さんは特にメゾソプラノを得意とされているようで、エルファバの難しい楽曲を見事に歌いこなしました。今後もセンターを務めるキャストとして、髙部さんの飛躍に大いに期待したいと思います。
グリンダ役…塩見さらさん
この作品で王道をいく「プリンセス」ポジションで、エルファバと並ぶ主人公の一人。天性のオーラを持つ塩見さんのパーソナリティが、この役で遺憾なく発揮されました。見栄っ張りでそれほど賢くない少女が、エルファバと出会い当初は対立しながらも、次第に友情を深めながら、正義の魔女として祭り上げられ、最後は大どんでん返しのキーマンとなるメリハリのある演技に、客席はすっかり魅了されました。またソプラノを得意とした安定感のある歌唱力も見事なものでした。塩見さんはみーあキャットの代表を兼ねながら、この難役を演じており、この劇団における彼女の存在の大きさを垣間見ることが出来ます。
フィエロ役…小川銘さん
この作品のいわゆる「プリンス」ポジション。小川さんは、本番1週間前に急きょの代役となりましたが、2期生(大学3年生)からの助っ人であり、代役とは思えないほどの素晴らしい演技でした。何も考えていないキザでハンサムな王子様が、グリンダとエルファバとの三角関係を経て、その人間性や姿そのものまで変えて深めていく姿を、その深い演技力で遺憾なく表現しました。第二幕でエルファバとの激しい愛を歌う「二人は永遠に」では、髙部さんとの見事なデュエットに、時の流れを忘れる思いがしました。フィエロをめぐる三角関係は、1期先輩の小川さんの安定した演技があってこそ、見事に表現されたのではないかと思います。
ボック役…坂巻雄飛さん
この作品で随一の「肉食系男子」とも言うべきボック。お人よしで、良いようにあしらわれながらも、ついにその不満が爆発して衝撃の「変身」を遂げる濃淡の激しい役を、坂巻さんが見事に演じました。ボックはマンチキン国の小人という設定ですが、坂巻さんが長身であるため、ヘアスタイルやネクタイといった細かい点で、他のアンサンブルとの違いを表現していました。また、舞台上でのグリンダに対する終始変わらぬギラギラとした視線は、「怖さ」すら感じるほどの見事な演技でした。また、二幕では坂巻さんが、群舞でセンターを務めている場面もあり、今後の活躍に大いに期待したいと思います。
ネッサローズ役…高見優梨子さん
エルファバの妹のネッサローズ。エルファバの出生の故に、自らもハンディキャップを持って生まれ、父親に溺愛されたか弱い女性が、「恋心」をきっかけに変貌する姿を、高見さんが見事に演じました。ボックに対する一途な愛は、ある意味グリンダを超えるとも言えます。ボックに対する終始変わらぬ愛情表現は、ボックのグリンダへの視線と対をなし、とても素晴らしい演技力でした。
オズの魔法使い役…井本隆太さん
この作品の最大の悪役ともいうべき、オズの魔法使い。テレビドラマで例えれば、メインキャストの最後に出てくる重量級の役どころ。この役には2期生から井本さんが助っ人で入りました。自らをオズの国父と名乗り、その実はペテン師であり、エルファバの出生の鍵を握る重要な役を、抜群の演技力と歌唱力で表現しました。最後には全ての事実を知らされ、ペテン師から無気力になっていく様は、井本さんの演技の集大成とも言えるでしょう。また、ヘアスタイルをロマンスグレーにするなど、老け役としての細かい工夫も好印象でした。井本さんがメインキャストに入ったことで、全体のレベルの底上げになったのは間違いありません。
マダム・モリブル役…小坊鞠果さん
オズの魔法使いと並んで、この作品の悪役であるマダム・モリブル。教育者としてエルファバの才能を見出した表の姿と、オズの国の悪政を動かしていく報道官としての裏の顔を持つ難しい役どころを、小坊さんは見事に演じられました。二幕でネッサローズの死を訝しむグリンダに対して恫喝するシーンは、悪徳政治家も顔負けの迫真の演技でした。また、のびやかな歌唱力は大変素晴らしいものでした。小坊さんは、みーあキャットの広報も兼ねており、渉外担当として舞台の外でもその実務能力を如何なく発揮しておられました。客席からも小坊さんの迫真の悪役ぶりに評価の声が聞こえ、その演技力に末恐ろしさを感じながらも、今後の活躍を大いに期待したいと思います。
ディラモンド教授…大澤悠さん
ディラモンド教授は、エルファバたちを暖かく見守る山羊のシズ大学教授。一見、穏やかな役に見えますが、さまざまな人生経験を内包した人間性の表現を求められます。実年齢が大学生の演者にとっては、実は最も難しい役どころでしたが、大澤さんはなるべく感情表現を抑えることをあえて演じることで、この難役をこなされたように見受けられました。フィナーレで山羊の仮面を外した大澤さんのオーラに、今後の更なる活躍も楽しみになりました。
ダンサー役のアンサンブルと圧巻のコーラス
この作品ではダンスによる表現が様々な場面で見られますが、特に難しいシーンの一つは第一幕の「エメラルドシティー」です。劇団四季では、自転車やバク転も登場する派手なシーンですが、みーあキャットでは、緑を基調とした衣装と照明に加え、統一感のある群舞と圧巻のコーラスで、この場面を新たな形で表現しました。またバレエの素養のある方も何人か見受けられ、ダンスにおいても客席を十分に満足させる出来栄えでした。また、サル役は全員が女性で、キレのある動きをしていたのが、印象的でした。『ウィキッド』では随所でコーラスがありましたが、その実力はプロ顔負けの「圧巻」の一言に尽きます。見事なコーラスは、みーあキャットの強力な武器であるとも言えます。アンサンブルのソロを歌われた方々の歌唱力も見事でしたので、今後の活躍を楽しみにしています。
監督・演出…松山優芽さん
ディレクター(総演出・監督)を務めた松山さんは、照明や音響、セットなどの裏方の監督としても、この本番のために一番に動いておられました。みーあキャットでは外部からコーチやプロの方を招聘することはなく、キャスト・スタッフ、その他演出や振り付けなど作品にかかわるすべてを学生だけで行っています。松山さんの脚本は、オリジナルと比べて若干の違いがありましたが、むしろ観客にとって分かりやすくなったと思います。みーあキャットの飛躍の影の立役者は、まさに松山さんと言っても過言ではありません。
■2022年は『エリザベート』上演決定!『ロックオペラ モーツァルト』なども
ディレクターの松山さんが初めて見たミュージカルが『ウィキッド』であり、その後の人生を変えた作品だったそうです。実はこの観劇批評を書いている私自身も、松山さんと同じく『ウィキッド』から舞台の世界へと誘われ、エルファバのように私は研究の世界へと飛び出していきました。この感慨深くも思い出の作品である『ウィキッド』を、ディレクターとして見事に再現された松山さんに、心から感謝を申し上げたいと思います。そして、今回の公演に何らかのかたちで関わられた方、みーあキャットのみなさんを支えられた全ての方に、惜しみない拍手を送ります。
みーあキャットは、2022年1月30日(日)には『アラジン』を豊中市立ローズ文化ホールで、2022年5月21日(土)には『ロミオ&ジュリエット』 を池田市民文化会館(アゼリア小ホール)で、そして2022年夏ごろに『エリザベート』を上演する予定です。最新情報は随時、みーあキャット公式ページやtwitterでご確認ください。
※アイデアニュース有料会員限定部分には、みーあキャットのみなさんの大学生らしく微笑ましい素顔の魅力、みなさんのパフォーマンスから感じられた舞台作りに挑戦される姿への賛辞、ミュージカル『ウィキッド』の誕生背景、『オズの魔法使い』にまつわるエピソードなどについて紹介した全文を掲載しています(有料会員限定部分に写真や動画はありません)。
<有料会員限定部分の小見出し>(有料会員限定部分はこのページの下に出てきます)
■大学生ならではの素顔が垣間見えた、カーテンコールの楽しそうな姿が印象的
■『ウィキッド』などの前日譚が生まれるほど愛される物語、『オズの魔法使い』
■「正義とは何か」を問いかけるミュージカル『ウィキッド』誕生の時代背景
■広く愛され続けてきた『ウィキッド』日本上演史に、名を連ねたみーあキャット
<大阪大学ミュージカルサークルみーあキャット第7回公演『Wicked』(ウィキッド)>
【兵庫公演】2021年11月6日(土)開場 16:30 開演 17:00 なるお文化ホール(西宮東高校ホール)
「みーあキャット」公式サイト
https://handaimusical.miiiacat.work/
「みーあキャット」Twitter
https://twitter.com/handaimusical
「なるお文化ホール」住所:兵庫県西宮市古川町1-12
https://nishi-bunka.or.jp/naruo/
※阪神線の甲子園駅または鳴尾・武庫川女子大前より徒歩10分
※公演時間:約3時間(休憩・カーテンコール込み)
<「みーあキャット」今後の予定>
2022年1月30日(日)『アラジン』 豊中市立ローズ文化ホール
2022年5月21日(土)『ロミオ&ジュリエット』 池田市民文化会館(アゼリア小ホール)
2022年夏ごろ『エリザベート』
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■大学生ならではの素顔が垣間見えた、カーテンコールの楽しそうな姿が印象的
みーあキャットの舞台は、演じているのは20歳前後の大学生であることを忘れさせる程のクオリティの高いものです。学生たちが舞台の上では、常に「大人」を意識しながら、一生懸命取り組んでいることが、非常に伝わってきます。その一方で、舞台が始まる前に幕内で若者らしい掛け声が聞こえてきたり、舞台が全て終わって幕が下りる時には、全員が大学生の顔に戻って楽しそうに手を振っていることが、とても印象的でした。
みーあキャットのメンバーは、手を伸ばして届くかどうか分からないレベルのものを、何とか自分のものにしようと、「舞台」という形で挑戦しているようにも見受けられます。この心がけや経験を一生忘れずに頑張っていただきたいと思います。
■『ウィキッド』などの前日譚が生まれるほど愛される物語、『オズの魔法使い』
今回、上演された『ウィキッド』は、アメリカ発の作品であり、『オズの魔法使い』の前日譚の物語です。『オズの魔法使い』にも出てくる、ブリキ男、カカシ、ライオン、東の悪い魔女、銀の靴が、誕生秘話も含めて登場します。原作となった『オズの魔法使い』は1900年に作品が上梓され、1902年にミュージカル化、1939年に映画化され、楽曲「虹の彼方に」は現在でも愛好されています。アメリカ人にとって『オズの魔法使い』は、「古き良き時代」の琴線に触れる昔話であり、最も愛されるおとぎ話とも評されています。2013年には同じく前日譚のディズニー映画『オズ はじまりの戦い』が公開されました。これも、若き日のオズの人間的成長に焦点を当てた感動的な作品です。
■「正義とは何か」を問いかけるミュージカル『ウィキッド』誕生の時代背景
『ウィキッド』では、主人公として北の良い魔法使いグリンダと西の悪い魔法使いエルファバの2人の魔女に焦点が当てられています。2003年にブロードウェイで幕を開けたこの作品は、湾岸戦争をきっかけに製作されたという説もあります。「アメリカにはアメリカの正義があり、イラクにはイラクの正義がある」といった「表の正義と裏の正義」、「正義とは一体なにか」という製作者の思いがあるとも言われています。最後には大どんでん返しも用意されていて、バッドエンドで終わると思ってみていた観客にとっては、一服の清涼感を感じさせながら、静かに幕を閉じる作品です。
■広く愛され続けてきた『ウィキッド』日本上演史に、名を連ねたみーあキャット
『ウィキッド』は、このように裏話性や政治的なメッセージも込められ、なおかつ二人の魔女を主人公とする「女性の友情と三角関係」を描いている作品なので、その感情表現は極めて難しいでしょう。また、完全なハッピーエンドではないので、いわゆる日本人好みの作品とは言い難く、超大ヒットには至らないのではないかと言われてきました。
しかし、この『ウィキッド』を劇団四季は2007年から2016年まで約10年間にわたり断続的に全国各地で行い、好評を博しました。また、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでも、2006年から2011年まで約5年間にわたり、アトラクション『ウィケッド』として35分のダイジェストバージョンの公演をしていました。難しいながらも、そのメッセージ性に心打たれた人は多く、広く愛されてきた作品だといえるでしょう。今日、この作品の魅力を伝えてくれたみーあキャットは、ウィキッドの上演史に見事にその名を連ねたのです。