マスコミ編集講座の2回目は、朝日新聞社と産経新聞社の違いについて私の経験から少し説明したいと思います。路線的に産経が右、朝日が左とよく言われますが、なぜ産経が右で朝日が左なのかについて両者の記者を経験した立場から説明させていただきます。読売は右、毎日は左とも言われますが、それも同じ理由だと思います。また、産経と朝日、読売、毎日、日経などは給与や待遇面でも大きな違いがありますので、そのへんも合わせてご紹介したいと思います。この記事の本文はアイデアニュース会員限定です。
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■産経が右で、朝日が左になった理由
なぜ、産経が右で、朝日が左なのか。その原因のひとつは、会社ができた時期です。
日本の大手新聞社は、まず毎日新聞ができて(1872年に東京日日新聞として創刊)、1874年に読売新聞、1876年に日経新聞(中外物価新報)、1879年に朝日新聞ができ、産経新聞は1933年に「日本工業新聞」としてスタートします。
ということで、日本の新聞としては、産経はかなり遅いスタートだったわけです。産経が本格的にスタートした頃には、日本の論壇は左側を朝日と毎日がガッチリ押さえ、真ん中からちょっと右寄りを読売が押さえ、経済は日経が押さえていたので、空いているのは一番右しかなかったわけです。
そんな簡単なことなのかと言われるかもしれませんが、新聞というものは「読者あってこそ」なので、読者が求めるものに路線が近くなるのは当然のことで、各社ともに「どういう記事をかけば売れるか」を気にしているので、自分の顧客層として確保した人に向けた論調が多くなるのです。
それが良くわかるのはスポーツ面で、プロ野球セ・リーグで言うと、同じ新聞社の紙面でも、東京で発行している紙面では巨人やヤクルト、横浜の記事の扱いが大きくなり、中部圏では中日、関西では阪神や広島の扱いが大きくなります。サッカーでも同じです。
もちろん会社ですから、読者以外にもいろいろつきあう相手はあります。経営基盤がしっかりしていれば、読者だけを向いていられるのですが、経営が傾いてくると広告主や金融機関の影響力が強くなってきます。
■記者に表現の自由はないのか
個々の記者は、政治的な問題について右だったり左だったり、上だったり下だったり、さまざまな意見を持っていますが、会社の方針と違う意見を紙面に掲載するのは難しいのが現実です。
「ジャーナリストたるものが、そんなことで言いのか」と怒られそうですが、どうしても自分の意見を書きたいなら、新聞社から独立してフリーランスになったら? ということになります。そうして独立しても雑誌に記事を載せようと思えば雑誌の方針に合った記事を書かなければ掲載されないとなると、いったいどこで自分の意見を表明すれば良いのだ?ということになるわけです。
ただ、新聞社の中にいても、自分の意見に沿った記事が全く書けないというわけではありません。私が産経新聞社にいたころ、ある人から「明石電車区で小さな事故が多発していて非常事態宣言が出された」という話を聞きました。たしかに明石電車区に行くと「非常事態宣言」と書かれた張り紙が出ており、それをパシャッと写真に撮って記事にしました。労働組合の「国労」にコメントを求めると、当時は国鉄解体で急激な異動が各地で行われており、現場に慣れていない人が多くいるので、小さな事故があちこちで発生しているのだということでした。
「国労」と言えば、産経が攻撃していた対象なので、記事が出るかどうかドキドキしましたが、1面トップに掲載され、「産経やるじゃん」と思いました。今にして思えば、若い記者が取ってきた特ダネを大きく扱うために、上層部の人たちが頑張ってくれたのだと思いますが、産経でも新事実をつかんで記事にすれば大きく扱われることはあるのだと、その時は思いました。
ただ、とはいえ、記者が自由に自分の意見を外部に表明できるかというと、そんなことはありません。多くの場合、記者は残業手当が「打ち切り制」で、仕事をしている時間帯と業務外の時間が区別しづらく、休みの日も微妙なので、「これはプライベートな時間の活動だから自由だ」と主張しにくいので、自分の意見を表明することが難しいのです。
■新聞各社の給与の違い
私は新聞社の入社試験では、読売新聞社と産経新聞社を受験しました。朝日は試験問題を見ただけで難しすぎてとてもダメだから来年受けようと思い、読売は実際に受験したけれども一次の筆記試験で不合格。産経は筆記試験が驚くほど簡単で、面接試験はトントンと進んで合格しました。
私は、もともとは司法試験を受けて弁護士になりたかったのですが、なかなか司法試験に合格しない状況の中で、新聞社を受験しようと考えて、ほとんど準備なしに受験した結果、産経だけ合格したのでした。自宅ではずっと朝日新聞を読んでいたのでどうしようか迷いましたが、「まあ、産経がどうしてこんなにも右なのかを内部から見てみるのも面白いだろう」と思って入社したわけです。
入社した時の産経の給与は20万円程度で、朝日も少し金額は多かったけれど、それほどの差とは思いませんでした。しかし、産経の場合は残業手当や住宅手当などが少なかったので、「夜討ち朝駆け」という警察関係者への夜中や明け方の取材をこなして休みは月に2回ほどしかとれない状況でも、手取りは十数万円で、家賃と食費、そして警察関係者への手土産代などを入れるとほとんど貯金は残らない生活でした。
当時、私は結婚を考えていたのですが、今は家賃3万円ほどの部屋に住んでいるけれども結婚したら最低でも6万円ぐらいの家賃が必要となる状況で、産経の場合は結婚しても手当がほとんど増えないと聞き、朝日への転職を考えたのでした。当時、産経はボーナスが40万円ほどで、一緒に警察を回っている朝日の記者に「朝日のボーナスっていくらぐらいなの?」と聞くと、「60万円ぐらいだったかな~~?」と苦笑いされたのですが、朝日に入ってみて、その人が本当のことを言っていないというか、同じような仕事をしているのにあまりにも差があるから言えなかったのだなとわかりました。
産経には4年間勤めて、退職金が1万6千円ほどでした。ひとケタ間違っているのかとも思いましたが、退職金を受け取ったという領収証に判をつきました。その後、朝日に移ると、入社前に「引っ越し代」として渡された封筒の分厚いこと。40万円ほどが入っており「あなたは途中入社になるので、1カ月分の給与を引っ越し代としてお渡しします」と言われ、びっくりしました。
正確な数字ではありませんが、産経の給与と朝日の給与を比べると「倍ぐらい違う」というのが実感でした。朝日は「時間外手当」などの手当てが大きいので、基本給は少なくても手取りが多くなります。私は産経を4年間しか経験していないので、その後、年齢を重ねると給与の差がどうなっていったのかはよくわかりませんが、組合活動などで配られる各社の妥結額などを見ても、産経と毎日がだいたい同じぐらいで、朝日と読売と日経はその倍ぐらいという印象でした。(労働組合のベアの要求額や獲得額は「○歳モデル」という風に年齢などがバラバラなので単純には比べられませんが、だいたい同年齢ならこれぐらいという印象です)
少し前の2008年のページですが、この記事はだいたい正確だと思います ⇒格差歴然 新聞52社「ボーナス一覧」
■朝日と産経の取材の違い
朝日に入って「違うなぁ」と思ったのは、取材にかける時間の差でした。今は朝日も人べらしが進んで大変ですが、私が入社したころは、まだ今よりは人が多く、じっくり取材する時間が確保されているところもありました。これは管理職の人の姿勢にもよると思いますが、私が最初に朝日でお世話になった支局のデスクは「支局に出て来て仕事をしているかのようなフリをするな。出てこなくていいから、外できちんと取材しろ。日曜日に支局に顔出しなんか、絶対するな」という、素晴らしい管理職で、のびのび取材させていただきました。(あとになって朝日でもこんな素敵なデスクは数少ないと知りましたが…)
たとえば、午後6時半から8時までの催しがあった時、朝日のその支局では、記者はその催しの最初から最後まで取材して記事を書くのが普通でした。その日の締切に間に合わなければ翌日きちんと書けばいい、そういうムードでした。
ところが、他社の記者は、催しが始まる前に資料をもらってだいたいの参加人数を聞き、冒頭の10分ぐらいだけを取材して写真をパシャパシャとって引き揚げてしまう、というのがほとんどでした。そして「こんな催しが開かれ、約〇人が参加した」という短い記事を書くわけです。私も産経時代はそうしていました。ところが、朝日の先輩記者は「最後まで聞くのが当たり前。だって最後まで聞かないと中身はわからないから」と言うのです。これには驚きました。それから、私が催しものなどを取材する時に最初から最後まで居るようになったのは言うまでもありません。
朝日もその後は、支局で原稿をチェックする「支局校閲」という仕組みが導入され、当番の人は自由に取材に行くことができなくなったとも聞きましたが、それでも若干でも他社より余裕がある分、取材にかける時間は多いのではないかと思っています。
■フリーランスになると自由になるのか?
自分の書きたいことを書くということで言えば、新聞社を辞めてフリーランスになるという道があり、そうした同僚もたくさんいますし、私も朝日を辞めて「アイデアニュース株式会社」を設立したのは「自由に書きたい」という思いがあったからです。
ただ、フリーランスになって自由に書くのは簡単なことではありません。今は、インターネットの時代なので、ブログやSNSで自分の思うことを書くことは比較的自由にできますが、それをビジネスとして成り立たせることができるかどうかは別問題です。
特に、インターネット上には無料情報が溢れていて、有料サイトは難しいということになると「多くの人に読んでもらって広告で稼げばいい」となりそうですが、このインターネットの広告というのが、くせものなのです。
インターネット広告は、「ページビュー」というページの表示回数が基本的なデータとしてあり、ページについている広告が何回表示されたか、また何回クリックされたか、またそのクリックから実際に商品がいくら購入されたかなどのデータが瞬時にわかる仕組みになっています。
でもって、ページビューを稼ぐために一番良い記事は「エロティックなものとスキャンダラスなもの」と相場が決まっているのです。だから載せたくもないエロティックな写真を掲載し、書きたくもない記事を書いている人たちがたくさんいます。広告頼りのビジネスモデルになると、どうしてもそうなってしまうのです。
そしてさらにくせものなのが「編集タイアップ広告」という名前の、記事か広告かわからないようなページがウェブ上に充満してきたことです。「編集タイアップ広告」は、多くの場合、「広告」と明示することはなく、あるいは明示していたとしても、隅っこに小さく出ているだけで、それがお金をもらって書いている記事なのか、もらわずに書いている記事なのかわからない状態になっています。
「広告の担当部署にはお金が入っているけれど、それと関連した記事を書く編集部署にはお金は回っていないから、この記事は広告ではない」というのですが、会社全体として1円でもお金をもらえば、それは広告です。そして1円でもお金をもらえば、それに見合った、広告主の意向に沿った記事を書かなければなりません。それは本来、「記事」と呼べるものではなく、「広告」だと思います。
最近増えている編集タイアップ広告(記事広告)については、こちらに詳しく出ています ⇒記事広告・タイアップ広告とは?メリットとデメリットを解説
■アイデアニュースが目指すもの
ということで、アイデアニュースは広告を一切掲載せず、「編集タイアップ広告」でお金を受け取ることもなく、自由に取材し、自由に編集した記事を掲載する媒体として運営しています。2015年4月にスタートして、1年目の決算は330万円ほどの赤字になりましたが、フリーランスのライターさんたちに、それなりの原稿料をお渡ししたうえで、自由に書いていただくサイトとして、運営を続けてゆきたいと考えています。2年目はもう少し赤字幅を縮小して、「持続可能な有料会員モデルの独立系ニュースサイト」としての実績を作り、他のみなさんが「これなら自分にもできる」と続いて下さることを期待しています。
最後は宣伝になってしまいましたが、これからもアイデアニュース、ならびに「マスコミ編集講座」をよろしくお願いいたします。
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橋本さんは最初に「産経新聞」に在籍されておられたのですか。私の叔父が産経新聞に在籍していたのはそれよりだいぶ前と思いますが,なんとなく懐かしく思い出します。(叔父は産経Gの勢力争いに負けた派で、その後ラジオ大阪に移動しましたが、左遷?されたのだと思います。)もう亡くなって随分になりますが、やはり「産経系」らしく考え方は私とは真逆でした。でも人間的には優しい心の持ち主だったと思います。私も定年後十五年を過ぎた高齢者、お役には立てませんが、「アイデアニュース社」を少しでも応援していきたいと思います。これからも宜しくお願いします。