マスコミ編集講座(3):特ダネのつかみ方と、その弊害

橋本が使っているカメラとレンズ=撮影・橋本正人

マスコミ編集講座の第3回は、「特ダネ」および「特オチ」について説明したいと思います。メディアのうち1社だけが他社に先駆けて「ニュース」を報道する「特ダネ」はどのようにして生まれるのか、そしてその弊害は何なのか。また各社が一斉に報道しているのに1社だけが報道しない「特オチ」はどのようにして生じて、その弊害は何なのかについて、私の経験から紹介します。この記事の本文はアイデアニュース会員限定です。

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■「特ダネ」の3つの種類
■「夜討ち朝駆け」と守秘義務
■「捜査員の足元から火が…」
■「独自ダネ」こそが本当の特ダネ
■「特オチ」を恐れる時代は終わった

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■特ダネの3つの種類

「特ダネ」には、大きくわけると3つのタイプがあると思います。1つは「公務員らから非公開の情報を聞き出して報じる特ダネ」、もう1つは「他社に先駆けて事実をキャッチして報じる特ダネ」、そして3つめは「他社が報じていない街の中の情報を発掘する特ダネ」です。

一番オーソドックスな特ダネは、(1)の「公務員らから非公開の情報を聞き出して報じる特ダネ」です。日本の国家公務員や地方公務員は、法律で「職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない」と定められており、簡単に秘密を記者にしゃべったりはしません。自分が責任を問われて、場合によっては罰金刑などを受ける可能性があるからです。各官公庁には「広報課」あるいは「広報室」があり、そこには大手メディアでつくる「記者クラブ」あるいは「記者室」が併設されています。広報を担当するのは、おおむね各官公庁の「次長」クラスで、簡単なものは広報課員が紙などを配る形で記者クラブ加盟社の記者に伝え、大きな話は記者会見を開いていずれも「公平に」発表します。

■「夜討ち朝駆け」と守秘義務

「公平に発表する」ので、1社だけが報じる「特ダネ」など、本来は生じない仕組みになっているのですが、記者たちはあの手この手で、公務員らと親しくなって、自分だけに「こっそり」情報を教えてもらうようにしようとします。記者たちは役所の中を常にウロウロしているので、親しくなった公務員から「ちょっと」情報を教えてもらうこともありますが、人目につく場所で記者と親しくしていると「情報を漏らした」と疑われますから、庁舎の外で記者は公務員に近づこうとします。最大の現場は、公務員の自宅です。いわゆる「夜討ち朝駆け」で、公務員の自宅を訪れ、玄関先や家の中で「あの事件、その後、何か動きありまっか?」なとど聞き出すわけです。

もちろん「何か動きありまっか?」と聞いて「じつは容疑者が浮かんだんだ」などと簡単に教えてくれるような、警察官は、いません。それでも警察官も人の子、せっせと自宅に通い、酒を酌み交わし、家族同然の付き合いをするようになってくると、「××ですか?」と聞いた時に「俺は何も言えない」と話してくれるぐらいのことはあります。信頼関係が生まれた人は、間違っている時は「違う」と言ってくれるものです。そうした人が「何も言えない」という時は、「否定はしない」という意味だと受け取り、「肯定という可能性がある」と考えて、さらに取材を進める。そんなことの繰り返しでした。

しかし、純粋に記者と警察官の信頼関係で秘密を話してくれたのか、警察側にとって都合がいい情報を「リーク」したということなのか。その判断は非常に難しいところがあります。記者が非公式ルートで入手した情報は、それだけをすぐに報道しては間違いになる可能性があるので、官公庁の幹部に情報の真偽を確かめて(これを幹部に「当てる」と言います)、その反応を見た上で報道するかどうかの判断をします。幹部が明確に否定した場合は報道しないこともありますが、ウソをつく幹部もいますから、そこは微妙なところです。

■「捜査員の足元から火が…」

2つめの特ダネである「他社に先駆けて事実をキャッチして報じる特ダネ」は、なかなかお目にかかれませんが、それを実行できた時は、記者はとても良い気分になるものです。自慢話のようで恐縮ですが、若かったころの私は、ある日、なんとなくだけれども警察本部内の捜査員らの足取りがいつもより早いような気がして、ある警察官に「何かありましたか?」と聞きました。「何もないよ。でもなんで?」と聞かれたので、「なんだか、捜査員の足元から火が出てるように見えたもんで」と言うと、「ほお~~、火が見えたか」とその人は笑いました。「これは何かある」と直感した私は、別の警察官のところに行って「何がありましたん?」と聞くと「何って?」「いや、何かあったのはわかってるんです。殺しですか?」とたずねると「まだ出てきてないねん」と。私は内心、よっしゃ~~とガッツポーズをしました。「まだ出てない」というのは「遺体が出てない」つまり「遺体が出てくるはずなのにまだ出ていない」つまり「誰かが殺人事件を自供してどこかに埋めたなどと自供したけれど、まだ遺体が出ていない」つまり「殺害を自供した」という特ダネだからです。

大急ぎで先の警察官のところに戻った私は「わかりましたよ。殺人の自供ですね」と言うと「誰に聞いてん?」「そりゃ蛇の道はヘビでんがな」といつものように話すと「ははは、相変わらずやな」とその人。「で、被害者は男ですか?」「いや」「じゃあ女ですね。若い女ですか」「そんなん俺が言うわけにいかんやろ」ということで、どうやらあまり若くない女性が殺された事件について容疑者が逮捕され、殺人を自供した可能性があることが見えてきました。それからは記者室に戻って自社のブース内でスクラップを調べて、過去の未解決事件の中で若くない女性の行方不明事件をピックアップ。そして先の警察官のところに戻って「これでっか?」「いや」「これ?」「う~ん。俺は何も言わんよ」「ありがとうございました!」。もう一人の警察官のところでは「わかりましたよ。この事件ですね」「ほお~~、さすがやな」「ありがとうございました!」という調子で、行方不明になっていた資産家の高齢女性について容疑者が逮捕され、容疑者が遺体を山中に埋めたと自供、遺体の捜索が始まったという記事が1面トップに掲載されました。もちろん、他社の新聞には1行も出ていません。

夕刊が届く時間になると記者クラブの各社の電話が一斉に鳴り始めます。他社の記者たちは、何食わぬ顔をしながらこちらをにらみつけてから広報担当者の詰問に向かいました。顔には「このやろ~」と書かれています。やがて記者会見が開かれることになり、行方不明になっていた資産家の高齢女性殺害容疑者が逮捕され、供述どおり遺体が山の中から見つかったという発表がありました。

■「独自ダネ」こそが本当の特ダネ

3つめの特ダネである「他社が報じていない街の中の情報を発掘する特ダネ」は、通常、メディア社内ではあまり評価されず「特ダネ」ではなく「独自ダネ」と呼ばれます。しかし、この「独自ダネ」ことが本当は一番大切な特ダネだと、私は思います。

ある地方支局でいた時に「昔、朝鮮人が処刑されて道路の下に埋められて、その上を人が歩いた」という話をしている人がいると聞きました。何のことやらよくわかりませんでしたが、あれこれ調べてみると戦争中に日本軍の式典に爆弾を投げ込んで逮捕された男性が日本に連行されて処刑され、その遺体が山の中の道の下にこっそり埋められたということでした。戦後、遺体が発掘された時の写真などが見つかり、写真に写った周辺の建物などから遺体が埋められていた山道の場所を特定することができました。その場所には県のゴミ焼却施設が立っており、処刑された人の遺族がゴミ焼却炉に向かって手を合わせている写真もありました。処刑された男性は「ユン・ボンギル」という名前で、韓国では独立闘争の英雄として教科書にも大きく出ている人物だということがわかってきました。

ゴミ焼却炉を管理している県の担当者に取材すると、ユン・ボンギルのことなどは全く聞いたことがないということで、ただそれだけでは記事になるような「新しいニュース」にはなりませんでした。ところが、ある日、県の担当者から「例のゴミ焼却炉の建っている場所が、県の所有地ではなく市の所有地であることがわかったので、焼却炉を撤去することになりました」という連絡が入りました。それならということで、そうした由来のある場所に立っていたゴミ焼却炉が撤去されることになったという記事を書いて出稿しましたが、韓国側から見れば独立闘争の英雄でも、日本側から見れば日本軍の式典に爆弾を投げ込んだテロリストということですから記事の扱いがどうなるかと気にしていましたが、記事は写真つきで社会面のトップに掲載されました。

今でも大手メディアの中では、特ダネといえば(1)の公務員から聞き出した情報を元に報じるものを指すことが多いですが、そもそも守秘義務との関係で微妙ですし、リークで利用される可能性も高いので、公務員から情報を聞き出す競争のようなことは、もう止めてはどうかと思います。メディアが新聞しかなく、朝刊に特ダネが出ると他社はその日の夕方まで「追いかける」(同じ情報を掲載する)ことができなかった時代は終わり、今やネットなどでいくらでも特ダネを追いかけることはできるのだから、そうした特ダネの経済価値自体が落ちていることを、メディアの関係者は良く知っているはずなのに、まだ「特ダネ幻想」から抜け切れないでいるように思えます。

■「特オチ」を恐れる時代は終わった

そして記者が最も恐れる「特オチ」。これは他社が一斉に報道しているのに、自分の社の媒体にだけ情報が掲載されないことを言い、記者は上司から「なんでお前は知らなかったんだ」と罵倒されることになりますが、これだって、ネットの時代なのだから特オチだって、すぐに追いかけることはできるので、昔のように目くじら立てて怒られるようなことではないのです。それよりも、「特オチ」は「1社をのぞいて他社みんなが特ダネ」となるので、リークする側から言えば1社だけを攻撃する最大の武器となるのです。たとえば某社の報道姿勢について気にいらない幹部がいれば、その社の記者以外の全社に「非公式に」情報を流せば、その社だけが特オチすることになり、そうしたことが相次げば、その記者は「特オチを連発した取材力のない記者」という烙印を押されてしまうのです。

今でもそうですが、若い記者はだいたい警察にまず配属されます。そして否応なしに「特ダネ競争」に巻き込まれて「鍛えられて」ゆきます。でもほとんどの人は「何かおかしいんじゃないか」と思っているはずです。特ダネで報じなくても翌日になれば発表されるようなネタの特ダネ競争はやめて、その記者が書かなければ誰も書かない「独自ダネ」の競争を、メディアはしなければならないと心から思います。

「マスコミ編集講座」は、アイデアニュースに月1回ペースで連載しています。過去記事一覧は ⇒ここをクリック

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