ストラヴィンスキーの『兵士の物語』、コンドルズの近藤良平さんが新しい「音楽劇」に

音楽劇「兵士の物語」

「火の鳥」「春の祭典」などで知られるロシアの作曲家、イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲の「兵士の物語」が、ダンスカンパニー「コンドルズ」を率いる近藤良平さんの演出・振付で、全く新しい舞台として生まれ変わります。2016年8月5日からシアタートラムで上演される音楽劇『兵士の物語』を紹介します。

『兵士の物語』は、第一次世界大戦末期の1918年、ロシアの民話をもとにC.F.ラミューズが台本を書き、作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーが音楽を手掛けた作品で、世界各国で上演されてきたほか、日本国内でもたびたび上演されています。最近では、2009年に白井晃さんが演出し、石丸幹二さんが出演した『言葉と音楽のシリーズによる三重奏版 兵士の物語』が上演され、2009年と2015年にはアダム・クーパーさん出演の英国・ロイヤル・オペラ・ハウス版『兵士の物語 The Soldier’s Tale』が上演されています。

『兵士の物語』では、休暇をとって母親と恋人が待つ故郷に向かっていた兵士が老人にばけた悪魔に出会い、持っていたバイオリンと交換に「金持ちになる本」を受け取ったことから始まります。兵士は、本のおかげで財産は築いたものの、心は満たされず、また歩きはじめます。そして、兵士の身の上にさまざまなことがおきてゆきます。

近藤良平さん

近藤良平さん

今回の公演で演出・振付を担当する近藤良平さんは、NHK教育テレビ「からだであそぼ」の「こんどうさんちのたいそう」や、NHK総合「サラリーマンNEO」の「サラリーマン体操」などに出演し、ユニークな「体操」がお茶の間でも知られています。

近藤さんが率いるダンスカンパニー「コンドルズ」は、2014年の「せたがやこどもプロジェクト」では『ガリバー旅行記』をモチーフにしたダイナミックな新作『GIGANT~ギガント~』を上演しています。2016年に結成20周年を迎えた「コンドルズ」は、学ラン姿でダンス・映像・コントなどを展開することで知られ、9月9日と10日のNHKホールをはじめ、8月から11月にかけて全国で公演を行います。

今回の『兵士の物語』には、川口覚さん、北尾亘さん、入手杏奈さんのほか、近藤良平さん自身が出演します。演奏は、 三上亮さん(Vl)、谷口拓史さん(Cb)、勝山大舗さん(Cl)、長哲也さん(Fg)、阿部一樹さん(Tp)、玉木優さん(Tb)、西久保友広さん(Perc)が担当します。

川口覚さん

川口覚さん

北尾亘さん

北尾亘さん

入手杏奈さん

入手杏奈さん

第一次世界大戦の時代に生まれた『兵士の物語』が、近藤良平さんの演出・振付でどのような舞台作品になるのか、楽しみです。

音楽劇「兵士の物語」のフライヤー

音楽劇「兵士の物語」のフライヤー

<せたがやこどもプロジェクト2016《ステージ編》 音楽劇『兵士の物語』>
【東京公演】2016年8月5日(金) ~ 8月11日(木・祝) シアタートラム
おとな5,000円、こども(4歳~小学生) 1,000円 、中学生~高校生 2,500円 、U24(⇒事前登録が必要) 2,500円
詳しくは⇒https://setagaya-pt.jp/performances/20160805heishi.html
お問い合わせ:世田谷パブリックシアター チケットセンター TEL:03-5432-1515

『兵士の物語』は、王女と一緒に故郷に帰って母と暮らそうとした兵士が、国境を超えた瞬間に悪魔に捕らえられるシーンで終わります。悪魔は「いまの幸福に昔の幸福を加えようとしてはならない。幸福はひとつで十分。2つでは、幸福などなくなったのと同じ」と話し、これは「二兎を追うものは一兎を得ず」ということの教訓を語ったものとされています。しかし、この悪魔の言葉の背後には、第一次世界大戦の原因となった「サラエヴォ事件」があるという説があります。あまり一般的ではない説ですが、有料会員向けに解説します。

私が、『兵士の物語』とサラエヴォ事件の関係について知ったのは、『兵士の物語』と「二兎を追うものは一兎を得ず」の2つのキーワードでネット上を検索していて、「アリスの音楽館」というブログに書かれていたことからでした。この「アリスの音楽館」ページには以下のように書かれています。

【兵士の物語の語るメッセージ】

最後、グランド・コラールにのせてナレーターが喋る台詞は印象に残る。いまの幸福に昔の幸福を加えようとしてはならない。全てを手に入れる権利はない、それこそ禁断。幸福はひとつで十分。2つでは、幸福などなくなったのと同じだという部分である。これは、国外に出るなという悪魔の警告とともに、明らかな反戦へのメッセージだ。やや立場が入れ替わるものの、王子が妃とともに「過去」を訪れるのは、ハプスブルクの皇太子がチェコ生まれの妃をともなって、妃の生地にちかいサラエヴォへ行ったことが原因で起こった、第一次大戦の引き金となった事件と同じ構図でもある。

だが、そんなことはおくびにも出さないほうが、芸術的には高い価値を得るのかもしれない。西村は、この物語で語られているテーマが、あたかも我々の隣にあるような問題であるように喋っている。確かに、二兎を追う者は一兎をも得ずということわざがあるくらい、この台詞はいたって素朴で、寓意的な教訓も含んでいるのだ。そのことをむしろつよく押し出すことには、多分、作曲者も賛成ではなかろうか。ストラヴィンスキーは決して、反戦のメッセージを押しつける意図はないが、その言葉はどうしたって、荒れ地に暮らす人たちにはダイレクトな反戦の叫びとして届いたはずだ。だが、それを拒否したい人には、もっと古典的な寓意劇としてみる権利を認めている。

「アリスの音楽館(2009年7月23日付)『ストラヴィンスキー 兵士の物語 アンサンブル of トウキョウ with 西村恵一 7/22』」より http://queen-alice.air-nifty.com/blog/2009/07/of-with-722-d0a.html

第一次世界大戦の原因となった「サラエヴォ事件」とは、1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国の皇帝・国王の継承者フランツ・フェルディナント夫妻が、サラエヴォ(当時オーストリア領、現ボスニア・ヘルツェゴビナ領)を視察中、ボスニア出身のボスニア系セルビア人の青年ガヴリロ・プリンツィプによって暗殺された事件です。(⇒ウィキペディアの記述はこちら

暗殺されたオーストリアの皇太子、フランツ・フェルディナントは、もともと皇位継承者(皇太子)になる可能性は低い人でしたが、オーストリア皇帝のフランツ・ヨーゼフ1世(妻はミュージカルなどで良く知られているエリザベート)の息子、ルドルフが「マイヤーリンク事件」で死亡するなどしたため、皇位継承者になった人です。

フランツ・フェルディナントの妻、ゾフィー・ホテクは低い身分の出身でしたが、フランツと恋に落ち、フランツは周囲の反対を押し切ってゾフィーと結婚します。ただし、この結婚に対してオーストリア皇室は「ゾフィーが皇族としての特権をすべて放棄し、将来生まれる子供には皇位を継がせないこと」を条件にしています。

1900年7月1日にフランツとゾフィーが結婚してから14年たった1914年6月28日、2人は訪問先のサラエヴォ(当時オーストリア領、現ボスニア・ヘルツェゴビナ領)で、青年ガヴリロ・プリンツィプによって暗殺され、第一次世界大戦が勃発します。

ゾフィーはボヘミア(現在のチェコの西部)出身で、民族的にはスラヴ系民族と言われます。そしてフランツとゾフィーが暗殺されたサラエヴォは、スラブ系の人やムスリムの人、カトリック信者ら、さまざまな民族・宗教の人たちが暮らす都市です。

『兵士の物語』で、兵士と王女が国境を超えた途端に悪魔にとらわれたことを、自らの出身と深い関係のあるスラブ民族が多く住む都市に足を踏み入れたゾフィーとその夫のフランツが暗殺されることに結びつけるのは、あながちおかしなことでもないと私は思います。

そして私には、『兵士の物語』で兵士が「金持ちになる本」を手に入れて裕福になったことが、皇太子になどなるとは思われていなかったフランツが皇位継承者となって世界中から急に注目を浴びるようになったことに重なり、裕福になった兵士がその虚しさに気付いて苦悩したあとに王女と結ばれることが、フランツとゾフィーの結婚を想起させ、そして兵士が故郷に向かって王女とともに旅立って国境を越えたとたんに悪魔に捕らわれる結末が、サラエヴォでフランツとゾフィーが暗殺された事件に重なるのです。

もちろんブログ「アリスの音楽館」の筆者が書いているように、「確かに、二兎を追う者は一兎をも得ずということわざがあるくらい、この台詞はいたって素朴で、寓意的な教訓も含んでいるのだ。そのことをむしろつよく押し出すことには、多分、作曲者も賛成ではなかろうか。ストラヴィンスキーは決して、反戦のメッセージを押しつける意図はないが、その言葉はどうしたって、荒れ地に暮らす人たちにはダイレクトな反戦の叫びとして届いたはずだ。だが、それを拒否したい人には、もっと古典的な寓意劇としてみる権利を認めている」のであり、はサラエヴォ事件とは全く関係がないロシアの民話をもとにした物語と考えた方が、正しいかもしれません。

私は宝塚歌劇やミュージカルに長く触れてきたので、ミュージカル「エリザベート」を何度も観ており、エリザベートの息子のルドルフの死についても詳しく知っていましたが、ルドルフの死などで皇位継承者となったフランツ・フェルディナントとその妻、ゾフィー・ホテクについてはあまり知りませんでした。今回、『兵士の物語』の紹介記事を書こうとして、フランツとゾフィーが暗殺されて第1次世界大戦が勃発した当時のことをあれこれ調べながら、「スラブ人」について学び(⇒こちらを参照)、第1次世界大戦の時代に生きたストラヴィンスキーの曲を聴きながら、当時の人々を取り巻く状況に思いを馳せるよい機会となりました。

今回の近藤良平さんの演出・振付による『兵士の物語』は、「せたがやこどもプロジェクト2016《ステージ編》」として上演されるものですし、なんといってもNHK教育テレビ「からだであそぼ」の「こんどうさんちのたいそう」で子どもたちにも人気の近藤さんの舞台ですから、きっと観て楽しいものになるに違いありません。今回の公演のホームページ(⇒こちら)には、「一兵士より」と題された以下のようなコメントが掲載されています。

<コメント> チャップリンの映画を観るように、日本昔話の語りを聞くように、ディズニーアニメに浸るように、音楽の調べに耳を傾けるように、「兵士の物語」は色んな切り口から、我々を楽しませてくれます。もうテレビよりも本気で「舞台」「生演奏」が好きになるかもしれません。ぜひこの、新たなる手料理を味わっていただけたらと思います。ストラヴィンスキーさんありがとう! ~一兵士より~

お子さまと一緒に公演を楽しんでいただきながら、そういえばアイデアニュースにサラエヴォ事件のことがなにか書かれていたなぁ、と思いだしていただければ幸いです。

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