2021年3月30日(火)に銀座ヤマハホールで『麻実れい芸能生活50周年記念コンサート 三重奏~Rei Asami Trio~』を、4月4日(日)に宝塚ホテルで『麻実れい芸能生活50周年記念ディナーショー 三重奏~Rei Asami Trio~』を開催する麻実れいさんにインタビューしました。上、下に分けてお届けします。「上」では、芸能生活50周年記念コンサートへの思いや、宝塚音楽学校に入った時の話、初舞台の頃に火が点いた理由、宝塚OGの特訓を受けて人生が変わっていったことなどについて話してくださったインタビュー前半の内容を紹介します。3月26日(金)掲載予定のインタビュー「下」では、ひとつのものをクリエイションしていくなかで大事にしていること、2020年に出演した『アナスタシア』について、歌について、今後について、そして、年を重ねてそれぞれが旅立っていくけれども、旅立っていったらまた絶対に会えると思うというお話などをしてくださったインタビューの後半の内容を紹介します。
――50周年でコンサートをするというのは、どんな思いですか?
定期的に、リサイタルなどもずっと続けていたのですが、お芝居が忙しくなってしまって、大掛かりなものは難しくなってきて、コンサート形式になっていました。45周年まで無事にきて、45周年の千秋楽の時に「じゃあ皆さん50周年の時にお会いしましょうね」なんて言ってしまったから、もうお客様が期待してくださって。こういう世界なので、50周年の時に、自分がこの世界にいるかな?と思っていたら、あっという間に50周年を迎えました。去年開催する予定でしたが、コロナ禍で今年に延期になりました。まだまだ大変な時ですが、できることでしたら多くの方に観ていただきたいです。50周年といっても、私の演劇生活の、道の過程なので、50周年だからどうのというのもないですね。気張りもなくて、ただここでちょっと足を止めて、ちょっと見回して、また一歩踏み出そうかなぐらいの感覚で、皆さんと集おうかなと思っています。
――「三重奏~Rei Asami Trio~」というのは?
10年ちょっと前になりますが、寺井尚子さんというバイオリニストの方が、リサイタルの時に参加してくださいました。それまでは、演出家から、「麻実さんの舞台は、女性は起用しません。麻実さんが女に見えないから」と、男性コーラス、男性ダンサーと、男の人に囲まれていました。その時は、どうしても構成上バイオリンの音が必要だったので、初めて寺井さんとお会いしました。世界も違いますし、多分彼女も、“麻実れい”と会ったのは初めてだったと思うんです。
今回は、寺井さんのほうから、出てくださるということで、その時は言葉を失うぐらいに嬉しくて。その10年ちょっと前のリサイタルから彼女がすごくブレイクなさって、今は日本のジャズ界のトップクラスで、世界的にも著名な方なので、だったら「麻実れいコンサート」じゃなくて、私のコンサートのアレンジをしてくれて、また寺井尚子さんのお仕事の仲間である北島直樹さんの3人で、トリオで舞台を作ろうと。春の時期に、大人っぽく、洒落たコンサートができたらいいなと思っています。
寺井さんのファンの方も、北島さんのファンの方も、たくさんいらっしゃいます。みんなジャズ界の方だから、キーさえ分かっていれば自由になさる方なので、その辺がまた大人っぽくて良いかなと思っています。ただ、シャンソンというのはジャズの世界とはまた違うので、そこに入っていただいて、また新しい感覚のシャンソンをお客様に聞いていただけたらなと思います。
――もう選曲などは進んでいるんですか?
選曲はアバウトにできましたが、どういう風に進めるのかは、やはりコロナ禍で、演出家との対話がまだなので、もうちょっと落ち着いたら、ゆっくり話そうかなと思っています。でもせっかくだから、余韻のある、明るく、大人っぽい舞台ができたらと思っています。
――3月30日は、春の桜の時期ですね。
そうですね。3月30日ならば、まだ50周年だからと(笑)。4月4日にはディナーショーもさせていただくのですが、宝塚ホテルが劇場のところに新しくできたそうで、そこの杮(こけら)落としというか。ファンの方に「大阪でもしやるならどこがいい? 舞台がいい?」と聞いたら、皆さんが宝塚ホテルがいいと言うんです。
――そうなんですか!
懐かしいんでしょうね。多分私のファンの方だから、並行して同じように年を重ねているので、東京から行くのも多分最後じゃないかなと思われている方が多かったみたいです。だから、きちんとホテルに宿泊までお願いして、みんなの希望を叶えて、宝塚ホテルにしましょうと決めました。ホテルの杮落としはやっているのですが、OGは私が初めてだそう。もう現役の生徒さんは開催なさっているみたいですが、どんなホテルなのか。昔のホテルはとても素敵でしたね。
――そうですよね。私もよく泊まらせていただきました。
やはり私たちにとっては下級生の時に、コーヒーショップで、ホットケーキかなにかで時間潰しをした、楽しい思い出がありますね。今は多分、大人っぽい宝塚ホテルじゃないのかなという感じはするのですが、新しい宝塚“ムラ”も見てみたいなと楽しみです。
※アイデアニュース有料会員限定部分には、宝塚音楽学校を受験したきっかけや入学してからのお話、自分の中で「火が点いて」いった過程、自分を特訓して人生を変えてくれた人との出会いなどについて話してくださったインタビュー前半の全文と写真を掲載しています。3月26日(金)掲載予定のインタビュー「下」では、ひとつのものをクリエイションしていくなかで大事にしていること、2020年に出演した『アナスタシア』について、歌について、今後について、そして、年を重ねてそれぞれが旅立っていくけれども、旅立っていったらまた絶対に会えると思うというお話などをしてくださったインタビューの後半の全文と写真を掲載します。
<有料会員限定部分の小見出し>
■宝塚を全く知らず、姉の勧めで受験。入学式に遅れて中に入ると、全員の目が私に
■お役を頂いて、少しずつでもファンの方がついてくれて、変わりました
■初舞台の頃、トップさんの横にいる私が真っ暗の写真を頂いた。それで火が点いた
■宝塚のOGで、演劇学校を開いていた方との出会いが、人生を変えた
<『麻実れい芸能生活50周年記念コンサート』>
【東京公演】2021年3月30日(火) 銀座ヤマハホール
公式サイト
https://www.umegei.com/schedule/896/index.html
<関連リンク>
麻実れい|アーティスト|梅田芸術劇場
https://www.umegei.com/system/productions/detail/1
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※ここから有料会員限定部分です。
■宝塚を全く知らず、姉の勧めで受験。入学式に遅れて中に入ると、全員の目が私に
――麻実さんの50年の歴史をお伺いするのは、大変だと思うのですが(笑)。
長いものねぇ(笑)。
――コンサート、ディナーショーに向けたお話を伺うなかで、宝塚の話も出ましたが、今振り返って、特に印象に残っていることなどお聞かせください。
私は宝塚を全く知らないで、姉の勧めがあって受験をしましたが、東京の成績一番で入ったんです。大阪の一番は小柳ルミ子。トータルでは、私は上から3番目でしたが、入学後には成績が急降下して(笑)。酷いことになってしまいました。入学式の時に、有馬温泉に泊まったんです。有馬と宝塚の位置関係がわからなくて、たまたま真ん中の姉が、有馬はちょっと知っている所があるからと、母と姉と私で泊まったんです。当時は宝塚など全く知らなくて。宝塚に着いたら、同じようなグレーの鉄兜みたいな帽子をかぶって、グレーの制服を着た人と会ったの。私はその帽子を、変な帽子と思ってゴムで振り回して歩いていて、挨拶もしなかったのね。
――もしや、本科生だったんですか?
(小声で)本科生だったの。
――(笑)。
そうしたら向こうから、父兄さんみたいな方がやってきて「あなた待ちですよ」と。私は完璧に入学式に遅れているわけです。入学式が私待ちだから、急いでいったほうがいいですよと。それで講堂まで辿り着いて、中に入っていくと、全員の目がブワーッと私のところに。すでに本科生は立って、予科生は座っているので、「後ろでいいです」と言ったら成績順だから一番前で。
――そうですよね!
もう辛い、刺されるような視線のなかを歩いていったのが、私の宝塚の一番初めなんですよね。
――有馬温泉に泊まっていたから、宝塚までが遠かったんですね。
遠い上に、宝塚市内がわからない。どこに音楽学校があるかもわからない、何もわからないの。それが私の宝塚での初日なんです。
■お役を頂いて、少しずつファンの方がついてくれて変わりました
――武勇伝がまだまだいっぱいありそうですね(笑)。
研1(研究科1年)になってからは、お役のほうが先行して、だいぶまともになりましたね。やはり責任感だけはあったんです。そのうちにどんどんお役を頂いて、もっと責任感を持たなくちゃいけない。そうすると今度は少しずつでもファンの方がついてくれる。やはり、その辺から変わりましたね。
――自ら変わることができるのはいいですね。
そうよ。それは偉かったと思う。
――逆に、遊んだ時間があったから。
音楽学校の時に、時間が出来ると本当にいろいろな所へ行きました。同期とは研1になってからは私が忙しくなってしまって、一緒に行動できなくなって。それでも淋しくなかったのは、もう遊び果たしたから。自分の舞台のことだけ考えていればいいことになったんです。研3、4ぐらいになり、その頃は、バウホールで私を芯にしたドラマがたくさん上演されたんです。でも、勧められて宝塚に入ったので、なんとなく「もういいかな」と考えていたんじゃないかな。そうしたら、観に来てくれた母と、大橋をふたりで渡っていた時に、「辞めたければいつでも辞めて帰っておいで」とさりげなく言われて、冗談じゃないわと今度は思ったんです(笑)。
――(笑)。
「そんな簡単に辞めろなんてよく言うわ、お母さん」なんてね(笑)。そこから少し火が点いたかな? 徐々に宝塚本来の、宝塚全体、各組の上級生・下級生がひとつの作品をみんなで作り上げていく姿勢にどんどん引っ張られていきました。
■初舞台の頃、トップさんの横にいる私が真っ暗の写真を頂いた。それで火が点いた
宝塚は素敵な上級生が多かったんです。劇場地下の奈落のところに診療所があって『ウエスト・サイド・ストーリー』の時に、そこで並んで待っていたら、すごく素敵な上級生が、舞台の上下(かみしも)の入れ替わりや早替わりのために通るんです。私は全然宝塚を知らないから、男役とかじゃなくて、「うわぁ、素敵なお姉さんたちだな」って(笑)。すごくカッコいいなって、火が点いた。やはり、宝塚に入ってしまったのなら、歴史あるこの宝塚の雰囲気を身につけたいと思いました。
もう1回火が点いたのは、ファンの方から写真を頂いた時に、主役のトップさんの横に私がいたのですが、トップさんは光量の強いピンクライトが当たっていたの。下級生だし、私のほうはライトが当たっていないから真っ暗け。なんだこれはと。私は宝塚を知りませんでしたから、素敵な衣裳を着たいんですよ。きれいに写るためには、やはりライトが必要だとわかって、そこで完璧に気持ちが上昇志向になりました。こんな真っ暗けは嫌よ!ってね(笑)。
――それはいつの時ですか?
ゴンちゃん(上月晃さん)のだから、初舞台の頃だと思う。
――わりと最初の頃に火がいくつか火が点いたんですね。
初舞台からその次ぐらいだから、『ノバ・ボサ・ノバ』かな。やはり、火が点くのと同時に、どんどん同期と離れて役が付くようになったのね。同期と遊んでもいられないし、そうなったら責任感だけで、なんとかこなしていかなくちゃいけない。でも本当に、我関せずでやってきた生徒ですが、上級生からも下級生からも支えてもらえて、どんどん作品もこなしていけたんです。
■宝塚のOGで、演劇学校を開いていた方との出会いが、人生を変えた
その時に、宝塚のOGで、演劇学校を開いていた吉川雅恵先生が、うちの同期を通じて、「もしあの子が勉強したいのなら、いらっしゃいと言ってあげて」と言ってくださいました。吉川先生との出会いが、人生を変えたなと思います。その後だいぶ経ってから、宝塚の現役中だったと思いますが、新聞の交遊抄にそのことを書いたら喜んでくれました。とにかく初主役から特訓特訓で、引っ張ってくださった。あまり厳しいから、畳の目を睨みながら、もう本当に悔しくて(笑)。特訓してくれました。それがあったから今があると思います。だから、吉川先生とご主人の愛情には本当に感謝しています。
そこからは、どんどん人との出会いですね。外国からの演出家との出会いでもう1回叩き直されました。あとは素晴らしい作品との出会い、演出家との出会い、共演者との出会い、スタッフとの出会いがあって今があります。
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去年から待ちに待った50周年記念コンサート、ディナーショーともに楽しみにしています!