イラク人医師、戦争と平和を語る「日本の人々は平和のシンボルです」

2015年11月27日名古屋学院大学平和学研究会/セイブ・イラクチルドレン・名古屋主共催の講演会にて=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」と題された講演会が2015年11月27日、名古屋市で行われました。話をされるのは、アイデアニュースでも何度か記事にしている高遠菜穂子さんの友人で、とても優秀な小児科医。安保法の成立やフランスでの連続テロ事件など、ますます先行きに不安を覚える今だからこそ、イラクの人のお話を聞きたいと駆けつけました。おふたりから日本人に寄せていただいた期待と希望の言葉に感動し、励まされました。その報告です。

2015年11月27日名古屋学院大学平和学研究会/セイブ・イラクチルドレン・名古屋主共催の講演会にて=撮影・松中みどり

2015年11月27日名古屋学院大学平和学研究会/セイブ・イラクチルドレン・名古屋主共催の講演会にて=撮影・松中みどり

話をされたのは、イラクのアンバル州にあるラマディ母子病院で勤務されていたアルカン・ハディ・アフマド・アルアサフィ医師と、バッシム・ムハンマド・サルマン医師のおふたりです。名古屋のNGO「セイブ・イラクチルドレン・名古屋」の招きで9月末に来日、あいち小児保健センターなどで医療研修をおこなって、12月1日に帰国されます。この日は日本での最後の講演会ということで、時間いっぱい、とても内容の濃い話を聞くことができました。

左端がバッシム・ムハンマド医師、右端がアルカン・ハディ医師「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

左端がバッシム・ムハンマド医師、右端がアルカン・ハディ医師「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

まず、バッシムさんから中東に位置するイラクという国の歴史や背景が紹介されました。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「トルコ、シリア、ヨルダン、サウジアラビア、クウエート、イランと国境を接したイラクは、メソポタミア文明が栄えた地であり、石油をはじめ多くの天然資源を有する豊かな国でした。1991年以前のイラクは中東で最高の医療システムを持ち、教育システムも充実して優秀な科学者を輩出してきました。しかし、残念ながら現在は頭脳流出が続いています」。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「1991年の湾岸戦争前には世界第5位と言われたイラク国軍でしたが、多国籍軍によって壊滅状態になりました」。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「以前のイラクは、違う人種や異なる宗教・宗派の人々が一緒に学び、働いていた国でした。アメリカの政策によって2003年以降、分断が続いています。シーア派アラブ人、スンニ派アラブ人、クルド人の中で、現在シーア派が権力を独占している状態です。スンニ派アラブ人は政策決定に参加できず、社会的に抹殺されていると言えます。イラク戦争以降、およそ100万人のイラク人が命を落としています」。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「人々が分断され、紛争が続く中で、過激派組織ISIS(Islamic State of Iraq and Syria)が生まれてきました。Islamとはアラビア語で平和という意味です。私たちイスラム教徒は、あのような急進的テロリスト集団とは関係がありません。イラクのほとんどの人々がISISを嫌い恐れていることを知ってください。私自身も、ISISによって家や仕事を奪われたうちのひとりです。働いていた病院も破壊され、家族とともにイラク北部に逃れなければなりませんでした。左上の写真はラマディの公園で撮った私と息子の写真です。右上は、息子の誕生日に集まった家族の写真ですが、この家も破壊されてしまいました。思い出も何もかも、奪われたのです。下の写真が、現在暮らしているアルビルでの写真です。アメリカの政策と、そこから生まれたISISとが奪った平和を取り戻し、この悪夢を終わらせたいと願っています。私たちの状況を理解していただき、再び平和に暮らしていくためにみなさんのお力を貸してください」。

アルカンさんが勤めていたラマディの病院「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

アルカンさんが勤めていたラマディの病院「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

次にアルカンさんが、イラクの医療の状況について話をされました。アルカン・ハディさんは高名な小児外科医で、結合双生児の分離手術などアンバール州での困難な小児外科手術を引き受けている優秀なお医者様です。劣化ウラン弾とその影響について、数々の生々しい写真を使いながら説明されました。

「劣化ウラン弾は、イラクに残されたサイレントキラーでした」。アルカンさんは、劣化ウラン弾がアメリカによって使われたとはっきり話されました。1991年の湾岸戦争が短期間で決着がついた、その勝利の秘密が劣化ウラン弾であると指摘。2003年のイラク戦争でも、バスラ、アンバール、ファルージャなどイラク国内で再び劣化ウラン弾が使われましたが、その証拠をペンタゴンは隠匿しようとしました。しかし、中東の衛星テレビ局「アルジャジーラ」の調査報道など、今では多くの事実が明るみに出てきているということでした。放射線研究で有名な科学者の調査でも、白血病やリンパ腫、先天性障害の症例と劣化ウラン弾の因果関係がわかってきたことが説明されました。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「なぜイラク人は、このことを世界に知らしめないのかと疑問に思われるかもしれません。答えは簡単です。シーア派のイラク政府は、アメリカの命令を聞くだけだからです。そして劣化ウラン弾で最も影響を受けているのが、スンニ派の人々だからです。アメリカの劣化ウラン弾使用に関する調査活動は、シーア派が牛耳っているイラク政府によって妨害を受けます」。

実際、アルカン医師は、イラクの衛星放送局の取材に応じて劣化ウラン弾使用と腫瘍や先天性異常の関係について話をしたところ、イラク保健省から懲罰的な内容の文書を受けとったのだそうです。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「ラマディ母子病院で2011年から2015年までの4年間勤務してきた小児外科医としての意見を述べます。先天性異常を持って生まれてくる赤ちゃんの割合は非常に高い。3万5千人にひとりというような症例の赤ちゃん、名古屋であれば人口比から言って1年にひとりかふたりという重篤な症状の子どもが、ラマディでは毎年10件、通常の40倍の高い割合で生まれてきているのです。2012年、私のおこなった調査で出た重篤な先天性障害の出産率5%という結果は、世界でも類を見ないほど高いものです」。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

医師として何かをしたいと考えたアルカンさんは、高遠菜穂子さんと共に、ラマディ市内の病院で小児癌の調査を始めました。しかし、ラマディがISISによって襲撃され、データを全て残して避難するしかなかったそうです。

アルカンさんはモスル出身で、12年間モスルで小児外科医として勤務した経験がありますが、そこではこれほど高い割合の先天性疾患の子どもや、重篤な腫瘍患者を診ることはなかったと言います。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

アルカンさんの娘ラザーンさん。抗がん剤治療中「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

アルカンさんの娘ラザーンさんが、リンパ腫を発症したのは、アルカンさんがモスルからラマディに転勤してからのことでした。だからこそ、子どもたちのために何かをしたいという気持ちを抱かれたアルカンさんですが、見ているのもつらい写真の数々でした。

アルカンさんが、来日したら必ず訪ねたいと思っていたのが、広島の原爆資料館です。広島の被爆者に何が起こったのか、イラクの被害者の状況と比較したいと考えていたそうです。11月15日広島を訪れ、実際に展示資料を見た時には、感情がこみあげ、全部を見終わる前に退出しなければならないほどだったアルカンさん。被爆者の写真は、イラクで目にした被害者の写真と同じだったと語られました。

アルカンさんは言葉を続けました。「被爆者の方々も、イラクの被害者の方々も、同じような状況で同じ敵にやられたのです。私は涙がとまりませんでした」と。

しかし、資料館の外に出て、平和公園の花や緑、青空にはためく日本の国旗を見て、悲しい気持ちが変化したとアルカンさんは言います。「平和が戦争に打ち勝ったのだ。広島や長崎での絶望的な状況を乗り越えてきた日本の皆さんの強い意思が、成功例になっているではないか。平和は必ずやってくる」。

「イラクの人々は平和を愛し、平和のうちに暮らしたいと願っています。かつて私が医学生だったとき、スンニ派も、シーア派も、クルド人も、キリスト教徒も、ヤシディ教徒も、同じ場所で同じように学ぶことが出来ました。現在はそうではありません。アメリカの侵攻によって私たちは何もかも奪われてしまったのです。アメリカの侵略がなければ、ISISも生まれなかったし、イラクの国境がテロリストに向かって開かれることもなかった」。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

破壊された自分のアパートの前に立つアルカン医師「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

時に強い調子で、時に涙を浮かべながら、アメリカを始めとする強大な外国勢力によって翻弄されるイラクの現状が語られました。特に病気の子どもたちのことは本当に胸の痛むお話で、アルカンさんの娘さんは悪性リンパ腫を患い、バッシムさんの息子さんも心臓奇形をもって生まれています。そのような大変な中、そうであるからこそなお、イラクの子どもたちのために献身的に働いているおふたりの姿に頭が下がります。

アルカンさんは最後に、「日本に来て私は、平和の本当の意味を知ることができました。そして、愛とは何かを知り、敬意や人間性や思いやりを学ぶことができました。日本の皆さんには、これからも、世界における平和の象徴であり続けていただきたいと願っています」と締めくくられました。奇しくも帰国される12月1日は、アルカン医師のお誕生日だそうです。日本で生まれ変わったような気がしていると話されるアルカンさんが、日本人に寄せて下さった信頼と友情にふさわしい存在でありたいと思いました。

質疑応答では、湾岸戦争の時から多国籍軍に資金援助をし、イラク戦争でもいち早くアメリカ支持を表明した日本が、ますます平和憲法をないがしろにするような方向に進んでいる今、イラクの人たちから日本はどんな風に見られているのかという質問がありました。アルカンさんは繰り返し、「私たちは、日本政府ではなく、日本の人々の方を見ています。日本政府がどんな決断を下そうとも、日本人が平和的な人々であり、政府の方針に反対の人が多いことも知っています。日本人は平和のシンボルであると思っています」とおっしゃいました。希望の言葉をくれたことに感謝し、セイブ・イラクチルドレン・名古屋のような、息の長い地道な活動をしている団体の活動をこれからも紹介していきたいと決意を新たにしました。

<関連サイト>

セイブ・イラクチルドレン・名古屋

http://www.iraq-c.gr.jp/

名古屋学院大学平和学研究会

http://ngupeace.jimdo.com/

<アイデアニュース関係記事>

安保法制で世界と日本は平和になるか? 高遠菜穂子さん講演会レポート

https://ideanews.jp/backup/archives/7671

映画「ファルージャ」上映と、高遠菜穂子さん講演会レポート

https://ideanews.jp/backup/archives/3440

イラクで実際に起きたこと、起こっていることを知るために、この動画を見て下さい

https://ideanews.jp/backup/archives/8638

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講演会での質疑応答で出たお話を報告いたします。

質疑応答も活発におこなわれました「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

質疑応答も活発におこなわれました「イラク人医師 戦争と平和を語る」より=撮影・松中みどり

Q 劣化ウラン弾の影響では、白血病や先天異常以外に、心臓の疾患などはおこっていないでしょうか?

A バッシム医師:ラマディ母子病院で、循環器の医療に携わりましたが、2014年の1年間で先天性心疾患の症例が約1000件ありました。非常に高い割合で、私の息子も先天性心疾患をもって生まれました。放射能の影響と考えられます。心臓の病気は増加していると言えます。開胸手術など、イラクでは対応できない症例が多いので、将来日本からの援助を受けられれば助かります。

A アルカン医師:湾岸戦争では、主にクウエートとバスラの間に駐留していた軍に対して劣化ウラン弾が使用されました。イラク戦争では、劣化ウラン弾が使用されたのは、戦闘地域となったラマディです。先天性異常が確認された場合は、父親や母親が被爆したからだと考えられます。私たちがモスルにいた時は、問題がありませんでしたが、ラマディに引っ越して1年半で娘がリンパ腫になりました。原因は放射能被爆にあるのだろうと思っています。イラク政府はこうした被害の状況を調査することを許していません。国際機関や高遠菜穂子さんのようなボランティアの方々に、私たちの声をイラクの外に届けてほしいと願っています。

Q 1991年、2003年に続いて、米軍は2014年ISISにも劣化ウラン弾を投下したのでしょうか?

A アルカン医師:ISISに対して劣化ウラン弾を使用したとは思っていません。アメリカが本気でISISを壊滅させたいなら、一か月で足りるのではないでしょうか。60師団を有する世界第5位のイラク国軍を21日で壊滅させたのが1991年の湾岸戦争です。ISISは、軍隊ではありません。おそらくISISは、アメリカが武器を売る口実になっているのではないかと思います。2003年、サダム・フセインも強大な軍隊を持っていました。この時も20日間で勝敗が決まっています。なぜ正規の軍隊でもないISISを排除するのにこんなに時間がかかっているのか。劣化ウラン弾は使われていないと考える所以です。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」講演後の様子=撮影・西浦愛子さん

「イラク人医師 戦争と平和を語る」講演後の様子=撮影・西浦愛子さん(アイデアニュース会員)

アルカンさんと話をしているのは、この講演会を聞くために福井から駆けつけたという医学生の方です。30代になって学び直しているという彼は、初めは国境なき医師団のような形で、自分が紛争地域に出かけることを想像していたのだそうです。しかし、講演を聞くうち、イラク人の医師が自分の国のために働くことと、次の世代を育てることの重要性を感じたと話していました。医師の育成に関わる教育機関がどうなっているのか、質問をしていました。

A アルカン医師:戦闘地域やISIS支配地域から逃れてきた医学生は、避難先のバクダットなどの医学部に転入することが認められています。しかし、難民の状況は大変厳しく、300万人から400万人いると言われている難民は、教育はおろか、コレラなどにかかって治療が間に合わず命を落としているのです。

「イラク人医師 戦争と平和を語る」講演後の様子=撮影・松中みどり

「イラク人医師 戦争と平和を語る」講演後の様子=撮影・松中みどり

講演後、アルカンさんと少しだけ言葉を交わすことができました。高遠菜穂子さんの友人だと話すと、「それならあなたも私の大切な友人です」と言ってもらいました。まずはひとりの人間として、大切な友として出会い、平和に向けて一緒に協力していきたいと感じた講演会でした。

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