大阪府大東市では2016年から、旧深野北小学校跡地を活用した文化活動プロジェクトが立ち上がっています。舞台芸術やエンターテインメントを体験できる「演劇ワーキングスクール」もその一つで、17年度は4つのイベントが開催されます。そのうちの戯曲講座は、昨年度に引き続き2回目の開催となります。去る17年3月には、「第1回だいとう戯曲講座~地域のドラマを書いてみよう~ 発表公演」が、この小学校跡地で開かれました。アイデアニュースの連載「地域演劇を作る」では、初回講座を受講し、体験リポートとして紹介してきましたが、連載4回目は公演から見えてきたことなどについてお届けします。
この講座は書いて終わりではなく、大東のまちで上演するところまで行うのが醍醐味。集大成の発表公演では5つの短編が朗読劇として上演されました。全く違う視点で書かれた個々の作品が、大東という共通項で一つにまとめて構成されたことにより、全体としてはまちの多面的な姿が浮かぶという見え方。観客からは「住んでいても、知らないことがありました」という声も聞きました。
受講者にとっても自分の書いたものが上演されるのは貴重な経験で、プロの役者の方々に読んでもらえたから立ち上がった世界観、生の空間で観客の反応を目の当たりにできたから感じられたことが確かにありました。受講者の一人、いまだゆうさくさんは終演後、「涙が出ました。自分で書いた戯曲なのに」とぽつり。初めて戯曲執筆に挑戦して「新たな扉が開いた」とも話していました。
いまださんの戯曲『だまって しねるか!』は言葉のリズムが独特で、朗読した役者の二人も「どう読めばいいのか難しかった。だからこそ読み甲斐があって面白かった」と口を揃えてコメントしていました。「終盤のセリフは、自分が伝えたかったことを押し通したんです」といまださん。一人ひとり、悩みあがきながら書き上げたからこそ、当日は純粋に笑ったり涙が出たりと、生きた感情を味わえた2日間の上演でした。
地域の知られざるストーリーを掘り起こすこと。それは、実は自分の中に眠っている心の揺れやひっかかりとつながっていて、それが結び付いた時に、その人ならではの物語が生まれるのだと感じました。「だいとう戯曲講座」は6月から、第2回が始まります。「これからも大人のクラブ活動のような感じで楽しく続けられたら」と講師で劇作家・演出家の高橋恵さん。新たな扉を開きたい人におすすめの講座です。
(この連載の「第1回だいとう戯曲講座」体験リポートは、今回が最終回です。)
※今回の発表公演で、「生きる力をもらいました」と感想をくださった観客の方がいました。その背景にあるエピソードを、アイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分で紹介します。
<有料部分の小見出し>
■張りつめた緊張がすっと解けた瞬間
■生の交流だからこそ味わった感情、たどり着けた地点
■演劇は「生きる力」につながっている
【2017年度 演劇ワーキングスクール予定(会場はいずれも深野北小学校跡地)】
お問合せ:大東倶楽部 TEL. 0570-001-962
Eメール:info☆daito-club.com (☆を@にしてください)
<シニアワークショップ>
内容:演劇の基礎練習、発表会
日時:2017年6月6日(火)~9月12日(火)全9回 隔週火曜日(午後2時~4時)
料金:入会金3,000円 各回1,200円
<第2回だいとう戯曲講座~地域のドラマを書いてみよう~>
内容:取材、戯曲の執筆と、制作した作品の上演
日時:2017年6月~11月 全12回 隔週火曜日(午後7時~9時)
料金:各回1,000円 通年10,000円(発表会付き)
<『河内キリシタン列伝』 朗読ワークショップ>
内容:歴史ドラマの朗読ワークショップ
日時:2017年6月~7月 全10回
料金:各回1,000円 通し10,000円(発表会付き)
<劇団●天八 公演「小金屋食品ものがたり」>
日時:2017年10月14日(土)~15日(日)
脚本・演出:福満“グリズリー”ヒロユキ
料金:前売1,000円 当日1,500円
- 地域演劇を作る(4)演劇は新たな景色を見せてくれる扉 2017年4月24日
- 地域演劇を作る(3)まちの5つの物語を上演、3月11日と12日に大東市で 2017年3月8日
- 地域演劇を作る(2)過程がドラマ 2017年2月3日
- 地域演劇を作る(1)見えてきた「地域演劇」の形、プロデューサー・山納洋さんインタビュー 2016年11月28日
※ここから有料会員限定部分です。
■張りつめた緊張がすっと解けた瞬間
実は、筆者には公演直前まで心配事がありました。それは、大東で出会ったある女性が「ここだけの話」として打ち明けてくださった大切な話を戯曲に書いてしまったこと。その方が観た時にどう感じるか……。戯曲はノンフィクションではなく物語を書くということで名前や店の設定などシチュエーションを変えて、知らない人からすればこういうストーリーなのだなという見え方になるのですが、ご本人が見たらそれは自分のことが書かれていると分かるものでした。
筆者自身、断りなく書いてしまったことに対する後ろめたさがあったのですが、断れば書けなくなってしまうかもしれない。そんな葛藤の中で、それでも書かないという選択ができなかったのは、その大切な話を聞いた上で今、このまちにその方が元気で暮らしていることが、かけがえのないことのように感じたから。結局、何を書いたかは打ち明けることができず、公演のチラシを渡して案内のみしていました。
すると最終日に、その方が観に来てくれたのです。終演後、まず謝りに行きました。「おことわりなしに書いてごめんなさい」。いろんな思いが交錯し、なかなか顔を上げることができず「今、ここにおばちゃんがお元気で、やさしい笑顔で生きていることがとても尊いことだと思ったんです」と自分の思いを吐露しました。しばらくの間の後、顔を上げると、遠い目をしたおばちゃんがいました。そして、こう話されました。
「生きる力をもらいました。おばちゃんも、もう少し頑張るわ」
思いもよらない言葉に、これまで張りつめていた緊張がすっと解けていくような思いでした。
■生の交流だからこそ味わった感情、たどり着けた地点
「生きる力をもらいました」という言葉をくれた、おばちゃんの気持ちの本当のところは分かりません。ですが、このまちで戯曲を書くという取り組みを最後までやり切れたから味わうことができた感情があり、たどり着けた地点があるのは確かで、それは、演劇という生の交流だったからこそ。
大東のまちでおばちゃんに出会い、講師の高橋さん指導の元で初めて戯曲を書き、悩みあがいた末にどうにか形になり、それを役者さんが読むことでフィクションの世界へといざなってくれた。5人の作品が一つの大きな集合体となって上演され、作品が合わさることによって発揮される力があった。そこにおばちゃんが観に来てくれ、今度は物語として彼女の元に戻すことができて「生きる力」として受け取ってくれた。そんな一連の出来事は、私にとって心震えるもので、自分の人生においてこんな経験ができるとは思いもよりませんでした。
■演劇は「生きる力」につながっている
演劇という扉があるとしたら、今回戯曲に取り組んでドアノブを回し、開いた先に見えたことがあります。それは、演劇は「生きる力」につながっているということ。
最終公演後、校舎の最上階から見えた茜色の空。地平に沈みゆく大きな夕日は、大東のまち全体を包むように、まばゆく輝いていました。