終わったと思い込んでいた恋心に気づいた2人は…、文劇喫茶『それから』

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

「気軽に文学と演劇に触れられるものを!」と立案された、CLIEの新企画「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』(原作:夏目漱石)が、2017年5月3日~5月14日まで、東京六本木の俳優座劇場で上演されました。主人公・長井代助役に、ミュージカル『さよならソルシエ』や『ハンサム落語』などにご出演の実力派俳優、平野良さん。ヒロインの平岡三千代役に、2015年に宝塚歌劇団を退団された帆風成海さん。主人公の友人の平岡常次郎役に、お笑いコンビ・エレキコミックの今立進さん。演出に「ロ字ック」の山田佳奈さんを迎え、たっぷり濃密な約2時間の三人芝居。その様子をレポートします。

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

夏目漱石の前期三部作のひとつ『それから』という、日本近代文学史上有名な作品が原作のためか、座席数300の俳優座劇場に集った観客の年齢層はまさに老若男女。年配男性の姿や、ミドルエイジ以上と思われるご夫婦連れも散見され、普段私が観劇する芝居の客層とは一風変わった客席の雰囲気でした。

舞台下手は書斎風な拵えのテーブルがあり、卓上には複数の蕾をつけた紅椿。その背後の壁には鏡と電球色の灯り、テーブルの横は様々な舞台衣裳が掛けられたハンガーラックが置かれ、まるで「楽屋」のような風情。

舞台中央は円卓のような丸い板の八百屋舞台で、その上に畳を敷き詰め、背後に障子を設えた和室。部屋の端には一輪挿しの紅椿が飾られた文机がひとつ。

舞台上手は土間台所のようなセットになっており、「衣・食・住」を表現したと考えられる構成で、物語が進むにつれ、この「場」が、代助の自宅や実家、そして親友平岡の家。時には代助が見合いをした芝居小屋や平岡との待ち合わせの喫茶店と、照明の効果もありつつ様々な場所に変化していきました。

※アイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分では、『それから』公演の様子を詳しくテキストと舞台写真で詳しく紹介したレポートの全文を掲載します。

<有料会員限定部分の小見出し>

■食うための職を持たず、父や兄の経済的援助で生活する「高等遊民」の代助

■金持ちのボンボンながらも、「憎めない男」を表現した代助役の平野さん

■帆風さんは三千代の姿のまま代助の父親役も。宝塚男役経験を生かした演出

■平岡役、代助の兄と兄嫁を熱演した今立さん。空気をガラッと変える様子はさすが

■血潮のようにふりそそぐ赤い紙吹雪のなかの代助のその後は? まさに「それから」

<文劇喫茶シリーズ第一弾『それから』>
【東京公演】2017年5月3日(水・祝)~5月14日(日) 俳優座劇場 (この公演は終了しています)
公式サイト http://www.clie.asia/sorekara/

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「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

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■食うための職を持たず、父や兄の経済的援助で生活する「高等遊民」の代助

主人公長井代助は、この時代に現れてきた「高等遊民」であることを自認し、いずれは独立する計画があると言いつつも、「食うための職業は誠実にはできにくい」と、今この瞬間は自ら食うための職を持とうとしません。父や兄の経済的援助で生活することにもさほど負い目を持たず、さらには親友平岡夫婦の借金の肩代わりを請け負い、その金の無心を兄にしようとする。そんな自らの状況をシニカルに自嘲しながらも、食べるためにあくせく働く友人の姿を捉えて「僕はあのように人と犬の境を漂泊する乞食となれるだろうか」と独り言ちる。

平野良さん、「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

平野良さん、「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

口は達者だがその実自ら生活力を持たないために、本人が事に際して責任を負おうとした時には、それを担える術を持ってはいない現実があります。代助が青春の一時に義侠心から親友に譲ってしまった愛する女性への恋慕を自覚し、行動に移したために、親友と、父や兄の経済的援助と戻る家を失ない、さらには最愛の女性の生死すらわからないという、とどのつまり彼は自らの身体以外の「すべて」を失ってしまったという作品の結末は、冷静に見れば「自業自得」という思いも過るのですが、しかし代助が今まで歩んできたその一瞬一瞬は、彼なりに思考し、自分自身に確かに正直に選んできた道の結果なのだろうという気持ちもあって、何とも複雑な思いにかられました。

■金持ちのボンボンながらも、「憎めない男」を表現した代助役の平野さん

代助役の平野さんは、約2時間の上演中ほぼほぼ出ずっぱり。このかなり難物で、観る人によって好き嫌い割れそうな代助という人物を、表層で感じられる口が達者な金持ちのボンボンという線は明確に出しつつも、その横顔からチラチラと垣間見える、代助のシャイでナイーブな傷つきやすい内面であったり、人を惹き付ける愛嬌であったりを程よく滲ませていて、「カチンとくることもあるけど、憎めない代助という男」をとても魅力的に表現されていました。

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

また、この作品には代助の友人、寺尾役として日替わりゲストがいらっしゃったのですが、その寺尾が登場するシーンは、物語としての台詞はありつつもほぼアドリブの構成で、「代助と寺尾」という役と「中の人たち」の人格が乱れ交じり、どちらかというと緊張感ただよう作品世界に、ホッと息をつける面白可笑しいシーンになっていました。そしてアドリブ構成なだけに、どこに漂着するか分からない“舞台上の空気感”を、次の場面ではちゃんと元の作品世界へ観客を誘って戻っていった、平野さんの力量は本当に素晴らしかったです!

■帆風さんは三千代の姿のまま代助の父親役も。宝塚男役経験を生かした演出

代助の想い人、平岡の妻、三千代。若き日に兄の友人であった代助と知り合い、互いに言の葉に乗せられぬ淡い想いを抱いていたようなのですが、二人を近づけた兄の菅沼と母の病死によって、彼女の運命に変化が起きます。北海道へ行く父に連れ添い、遠くへ行ってしまう三千代を引き留める意図もあったのでは?と思われる、代助が親友平岡の三千代への恋慕を彼女に告げ、そうして彼女は平岡の妻におさまるのですが、平岡との間に授かった子供を亡くし、彼女自身も心臓を病み、夫に顧みられなくなってしまいます。そこの相談をポツリポツリと代助に打ち明けているうちに、二人は心に仕舞い込んで終わったと思い込んでいた恋心に気が付く、といった顛末。

帆風成海さん、「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

帆風成海さん、「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

三千代役の帆風さんは、可愛らしい容貌に凛とした気品を感じさせる、しっとりとしたやわらかい印象の女性をたおやかに演じられていて、代助が姦通罪の存在する当時でありながら、親友の妻とわかりつつも三千代に惹かれてしまうその理由がわかるような気がしました。

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

また、帆風さんは三千代の姿のまま代助の父親も演じられ、その言動や立ち居振る舞いは本当に威厳のある男性といった風情で、ここは帆風さんの宝塚の男役というご経験が生きたキャスティングで、とても新鮮でした。そして、三千代と父親という、代助にとっては言わば泣き所である二人を帆風さんおひとりが演じるという演出の妙も大変面白いと感じました。

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

■平岡役、代助の兄と兄嫁を熱演した今立さん。空気をガラッと変える様子はさすが

代助の親友、平岡常次郎はとてもエネルギッシュな人物。代助の取り持ちで恋した三千代を妻にした彼は、意気揚々と銀行マンとして精力的に働いていたのですが、とある不祥事の責めを被って職を辞してしまいます。借金を抱えて帰郷した彼と妻三千代の間は冷え切っていて、彼は外出がちになるのですが、ここのところの詳しい経緯は物語中では語られないので、そうなってしまった平岡の心情はわかりません。

今立進(エレキコミック)さん、「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

今立進(エレキコミック)さん、「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=(C)文劇喫茶ライブラリー

平岡役の今立さんは、気心の知れた親友として、他愛ない世間話や互いの主張に対する議論を、代助との丁々発止の小気味良い会話を通して二人の親密さを伝える一方、互いの境遇の違いによる価値観の違いも隠そうとせず、時に代助への虚勢とも取れるような態度や弱い面を晒したりと、実にでこぼことした人間味ある平岡を表現されていました。ほかにも代助の兄誠吾とその妻梅子、ことに兄嫁梅子を大熱演! 義弟を案ずる優しい義姉の顔と今立さんのコメディセンス光るコミカルな面が不思議にマッチして、愛嬌たっぷりの暖かみのある梅子でした。また、場面の空気をガラッと変える様子はさすがでした。

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

■血潮のようにふりそそぐ赤い紙吹雪のなかの代助のその後は? まさに「それから」

代助と三千代の関係は、直接事の顛末を告げた平岡はもちろん、代助の父や兄の知るところとなり、時を同じくして三千代の病が篤くなった様子も語られます。三千代に会いたいと願う代助のイメージの中で表れた、はにかんだ微笑みをたたえた彼女の姿は、次の瞬間、勘当を言い渡す父親の姿に変化し、父が怒りにまかせて代助に投げた椿の花が畳の上に落ちるさまは、原作冒頭の、赤ん坊の頭程もある大きな八重椿を連想させ、ふと三千代の命を暗示しているようにも見えました。

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

ラストシーンは赤の世界に狂乱し、自らの心臓が噴き上げる血潮のようにふりそそぐ赤い紙吹雪の中の代助はその後どうなったのか? まさに「それから?」と、舞台に問いかけたくなる、強烈な印象を残すラストでした。

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

「文劇喫茶」シリーズ第一弾『それから』公演より=撮影・達花和月

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