「自分の女性性も考え直さなくてはいけなかった」、『恋とボルバキア』小野さやか監督インタビュー(下)

小野さやかさん=撮影・伊藤華織

新作ドキュメンタリー映画『恋とボルバキア』が全国で順次公開されているなか、監督の小野さやかさんのインタビューを2回に分けてお届けします。(下)では、出演者との具体的な関係性や、制作を支えた動機とその価値観の変化、さらに今後の計画について聞きました。

小野さやかさん=撮影・伊藤華織

小野さやかさん=撮影・伊藤華織

——出演者の方々の自己演出を尊重しながら撮影を進めたとのことですが、一子さんと連絡がとれなくなって、家へ押しかけるといった局面もあったそうですね?

一子さんはテレビ番組の時から出演していましたが、映画の撮影をしていた時期には母親の介護などがあって、女装をやめてしまっていたんです。でも、一子さんの存在を映画から外すということは考えられませんでした。王子、あゆ、みひろ、樹里杏、はずみ、魅夜という面々は、わかりやすく、若さやかわいさを表しているのですが、一子さんは違った要素を持っていました。一子さんは、女の子になりたかった自分を捨てて、男性として結婚して家族を作っている人です。それなのに、時に揺り戻されて女の子になろうとする部分があって、そこに「かなしさ」を合わせ持っていました。

——たしかに、一子さんのパートは、女装そのもの以上にその日常生活や何気ない言動がとても印象に残りました。

一子さんが銭湯に行くシーンを見ていてホッとするのは、一子さんが自分の姿を意識していないということにポイントがあります。これは私の勝手な仮定ですが、社会のルールがなければ、出演者たちが「女装」する必要もなかったのではないか、という気がするんです。私たちの社会が人々を「男」「女」という型にはめようとするからこそ、「女装」することに意味が生まれているように思います。一子さんと私の関係性では、どちらの彼/彼女も肯定し合っているという感覚があったので、あのシーンにはどんな一子さんでも受け止める、というこちら側の姿勢と、裸の素顔を見せてくれた、一子さんがいます。

——一度は接触を拒否されたこともある一子さんと、あのように親密なシーンを撮るほど関係を修復できたのはなぜでしょうか?

家に押しかけた時には、ものすごく怒られました。でも、その時に一言だけ伝えたいことを決めていて、その一言を一子さんが受け入れてくれたのだと思います。それ以降は、仕事中の様子なども撮らせてくれるようになりました。ただ、魅夜さんの恋人の一件も含めて、ドキュメンタリーを作るなかで出演者との関係性が壊れるというのは、監督としての信用にかかわる問題です。それ以上に、4年間の関係性づくりもあるので、どこまで人を信用できるか、もうドキュメンタリーを作れなくなるんじゃないかというところまで追いこまれました。

※アイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分には、「今回の劇場公開を経て、いったんドキュメンタリーから離れてみようかなと考えている」と話された小野さんにその理由などを伺ったインタビュー後半の詳細と写真を掲載しています。

<有料会員限定部分の小見出し>

■私自身の女性としての劣等感が大きく関わっています

■今は、自分の性があやふやな方が良いと思っているんです

■いったんドキュメンタリーから離れてみようかなと……

<映画『恋とボルバキア』>2018年4月5日以降の上映劇場
【京都】3月17日(土)~終映未定 出町座
【新潟】3月31日(土)~4月6日(金) シネ・ウインド
【北海道】4月6日(金) シアターキノ
【兵庫】5月26日(土)~6月8日(金) 元町映画館
【福岡】6月12日(火) KBCシネマ1・2
劇場情報はこちらでご確認下さい
http://koi-wol.com/theater/

<関連リンク>
映画『恋とボルバキア』公式サイト
http://koi-wol.com/
映画『恋とボルバキア』公式ツイッター
https://twitter.com/koi_wol
小野さやかブログ「Blue Berry Bird」
http://sayaka-ono.jugem.jp/
小野さやかツイッター
https://twitter.com/ducklingahiru

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映画『恋とボルバキア』より=(C)2017「恋とボルバキア」製作委員会

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■私自身の女性としての劣等感が大きく関わっています

——魅夜さんの恋人の出演NGがあった上に、一子さんもNGになったら……と考えてしまって追い込まれたということですか?

そうです。でも、そういうお互いに身を削るような経験があったことで思い入れは増して、編集段階で出演者たちに対して余計な遠慮をしなくなりました。『アヒルの子』(2005/小野監督のデビュー作)は自分と家族を撮影対象にしていたので、ここまでやっていいだろうという塩梅がわかっていましたが、今回の対象は他者なので、傷つけあうことで関係性を深める必要があったのかもしれません。

——当初は「女装」という切り口で周囲から提案された企画だったとのことですが、結果的に小野監督自身がここまでのめり込んで撮り続けた理由は何だったのでしょうか?

実は、私自身の女性としての劣等感というものがとても大きく関わっています。なぜ男性の方が女性よりも生きやすい社会なのに、わざわざ女性になりたがるのか?ということが疑問だったんです。でも、今回の撮影をしていく中で、男性ならではのコンプレックスもあるということに気づかされました。魅夜さん、みひろさん、それに井戸さんなども、男性としては叶えられない自己開示の願望を「女装」に投影しているのではないかと思います。そういうねじれた感情を知って、私自身のセクシュアリティの価値観も変わりました。

映画『恋とボルバキア』より=(C)2017「恋とボルバキア」製作委員会

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■今は、自分の性があやふやな方が良いと思っているんです

——たしかに、『恋とボルバキア』を見ると、実は自分が社会的な規範に囚われているということに気づかされますよね。私自身も、男性が好きで結婚して子どもを産むという人生設計を持って生きてきましたが、それが偏った考え方なのではないかと感じました。

それはすごくありますね。たとえば年輩の男性だったら、子どもがいるだろうと思って接していた自分にハッとさせられます。今までは無意識に聞いていたことも聞けなくなりました。それに、出演者たちと飲みに行ったりすると、私よりも出演者たちの方が「かわいい」と言われるので、生まれながらの性よりも努力の差の方が反映されるんだなということも分かりました(笑)。正直に言って、私がいわゆる「美人」ではなかったおかげで、撮れたところもあったと思います。

今は、自分の性があやふやな方が良いと思っているんです。元々、社会的な面で男性に憧れを持っていたこともあって、女性らしさと男性らしさの中間にいる自分に心地よさを感じるようになりました。そういう意味で、自分の女性性について、考え直さなくてはいけなかったという点がとても大きかったです。

映画『恋とボルバキア』より=(C)2017「恋とボルバキア」製作委員会

映画『恋とボルバキア』より=(C)2017「恋とボルバキア」製作委員会

■いったんドキュメンタリーから離れてみようかなと……

——現在、『恋とボルバキア』は地方都市での上映が続いていますが、映画監督として、あるいは小野さやかさん個人としての、今後の計画を教えてください。

正直なところ、今までドキュメンタリー制作にかなり依存してきて、ドキュメンタリーさえ作れば自分はうまくいくと思ってきました。でも、今回の劇場公開を経て、いったんドキュメンタリーから離れてみようかなと考えているんです。その理由の一つは、『恋とボルバキア』が自分で想像していたよりも集客につながらなかったということで、ドキュメンタリー以外の選択肢もあるのかなと感じるようになりました。

今回は映画としての面白さよりも、生きている出演者たちの人生を優先しました。不思議なもので、この作品は集客とは違った形の手応えがありました。この映画を通して出演者のひとりには恋人ができました。この映画を通してオリジナリティのある性をカミングアウトした人もいます。ある意味で、ドキュメンタリーを通じて自由になれた部分があるのかもしれません。私自身も、次は別の表現ジャンルにも挑戦してみて、殻を破ってみたいと考えています。

——意外な回答で驚きました。小野監督の新たな表現活動も楽しみにしています。

小野さやかさん=撮影・伊藤華織

小野さやかさん=撮影・伊藤華織

(了)

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