2018年6月28日~7月22日まで、東京・DDD青山クロスシアターで上演される『フリー・コミティッド』。劇作家、女優、TV プロデューサーであるベッキー・モードさんが、1999年にマンハッタンのチェリー・レーン・シアターで上演した「一人芝居」の傑作コメディです。作中に入れ替わり立ち代り登場する全38役を演じる成河さんにお話をうかがいました。
――作品名の『フリー・コミティッド』の「フリー」を、日本語表記だけ見て「Free」かと思ったのですが、「Fully」なんですね。
いくつかダブル・ミーニングがあるそうで、レストランの「満席状態です」という場合にも使うようなんですね。
――「全力で頑張る!」みたいな意味も。
それがふたつダブル・ミーニングで合わさっていますね。劇中としては、すごくピッタリな。
――作品はご存知でしたか?
いえ、知りませんでした。プロデューサーの江口(剛史)さんから「すごく面白いものを観た! これを日本でどうしてもやりたい」というお話を3年前くらいからずっと言っていただいて。
――今回の上演は日本初演になりますね。
そうだと思います。こんな大変な作品演やろうと思う人いないですよ(笑)。イヤ、僕、江口さんじゃなかったら、これ断ってますよー!だって出来ないもん。
――38役の一人芝居なのでかなり…。
イヤイヤこれ出来ないっすよ! 出来ない出来ない。何考えてんの?!って思いましたよ。いろんなお芝居で「出来ない」っていうのはいろんなパターンがあるでしょうけど。…出来るかもしれないけど、これが面白くなるためのハードルって非常に高いので。例えば「『資本論』を演劇にします!」って言う人だっているわけですから「演劇」に出来ないものはないわけで、大変で難しいものはいくらでもあるんですけど、これに関しては38役が無謀なのではなくて、“翻訳劇で38役”であることが、やっぱりとても大変ですね。それで、現代劇の翻訳劇なので。
――では「翻訳劇」でなければ、38役はアリ?
例えばですけど、一番表現として近いのは、日本では「落語」があるんですよね。落語で38役なんて普通にあるでしょうから。
――確かに『居残り佐平次』とかそんな噺ですね。
ええ。だから問題は、これはニューヨーク生まれニューヨーク育ちの作品で、要するに“ニューヨークあるある”のお話なんですよ。ニューヨークのレストランのニューヨークで「居る居る、こういう人居る、こういうときあるよね?」っていうことが盛りだくさんなので。
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■引き受けた決め手は、1人の人間の成長物語としてすごく共感できる話だから
■成長と家族の物語。『魔女の宅急便』が好きな人は泣きます、これ
■向こうのまんまどこまで出来るんだろう?と。だから「翻訳」にこだわるんです
■翻訳劇として観て貰うときに出てくる余計な壁をなるべく取っ払いたい
<『フリー・コミティッド』>
【東京公演】2018年6月28日(木)~7月22日(日) DDD 青山クロスシアター
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■引き受けた決め手は、1人の人間の成長物語としてすごく共感できる話だから
――ジェシー・テイラーさんが演じられた2016年のダイジェストを映像で見ました。
1,000人規模で2ヶ月ロングランしたらしいですね。すごいですね、2100席を埋める作品なんだなぁとすごく思いましたけど。ただ、やっぱり相性が良いんだろうなと思ったのが、いろんな映像をいくつか見ましたけど、要するにベースになっているのは「スタンドアップコメディ」なんだなと思うんですね。お客さんの前でいろんな話芸を披露しながらいろんな人にもなるし、時にはものまねも入れたり、そんなことをしてお客さんを楽しませる「スタンドアップコメディ」の芸というものが1個そこにあって、それにドラマを複雑に被せていったということなのかなと思うんですが、そうなるとやっぱり日本には、代替としての「落語」があるわけですよね。
――まさしく落語ですね。
なので、この作品を日本で、大劇場でやるのは無茶ですよ。どうなるかは目に見えていて、良い悪いではなくて、要するに日本でこの翻訳を大きな場所でやると、おそらく…お笑い芸人さんのものまね芸の分野になる。それで質が高いものはたくさんありますし、絶対に楽しませられるものなんですけど。僕、最後結構ギリギリまで悩んだんですけど、引き受けた決め手はやっぱりとても良い本だったんですね。ドラマの部分がとってもよく出来ていて1人の人間の成長物語として、すごく共感できるお話です。
■成長と家族の物語。『魔女の宅急便』が好きな人は泣きます、これ
――主役のサムは俳優で、レストランのお客さんからの予約の電話を受けながら、父親からも電話がかかってきたり、そしてオーディションの結果の電話を待っていたりする状況なんですね。
そうですね。「俳優」って設定にしたのはひとつのちょっとした悪戯でしょうけど。まぁ、それよりも「成長」の物語です。成長と家族の物語。最初は俳優としてまぁ上手くいかない訳ですよ。鳴かず飛ばずの状態でオーディションの結果をずっと待ちながら、それでも駄目で駄目で。それである時にこう、パーン!と全部を諦めるんですね。もうどうでもよくなるわけです。そのときに福が舞い込んでくるという(笑)。そういうある種、王道的な部分ではありますけど、そこにお父さんが絡んだりして、すごくヒューマンドラマとして本当に良く出来ている。このベッキー・モードさんという方が、もともと演劇の劇作家ではなくて、テレビドラマの台本を書かれる方なんですね。なので、そういうショートストーリーとして、ものすごくドラマの起伏が良くできている。…結構ね、泣けますよ(笑)。僕なんかはわりと。
――泣けるストーリーなんですか?!
ジブリ映画で『魔女の宅急便』が好きな人は泣きます、これ(笑)。わかる人はわかるかなぁ『魔女の宅急便』みたいな話ですよ(笑)。イヤ、独断と偏見ですけどね(笑)。まぁ、成長する話です。成長する過程で何かを失ったり、人を傷付けたり、少し悪意が芽生えたりしていく中で、そういうものが全部もうどうでも良くなったときに、初めて一番欲しかったものが手に入る、というようなお話ですね。
――つまり、38人の入れ替わり立ち替わりを1人の俳優が演じる作品ではあるけれども…。
そう、決してそこに注目して欲しくはないなというのが、僕と千葉(哲也)さんの今の見解です。
――話の根底には1人の人間の成長物語が流れているんですね。
そうですね。もちろん表現方法としては1人で38人を演るということなので、でもそれはあくまでも「障壁」であって「ゴール」ではない。特に日本語翻訳でやった場合に、その壁をいかに美しく創るかに腐心しちゃうと、多分僕がやる仕事じゃないし、ベッキー・モードさんが書かれた本の本質ともズレていくかなと。それでもスタンドアップコメディとして、思いっきり演って楽しむことが出来るかもしれないですけど、それはニューヨークでの話ですね。
■向こうのまんまどこまで出来るんだろう?と。だから「翻訳」にこだわるんです
――日本人の感性、好むモノとは違うということですね。やはり「翻訳劇」は、台本に書かれている言葉と間で演じると、その本が生まれた土地では、意図通りのお客様の反応が得られるけれど、それをそのまま日本に持ってきても意図した反応が得られるとは限らないですね。今回の作品はそういうことがものすごく…。
ものっすごく多いです。それ以上に僕が引き受けたときの最初の直感でもありますけど、書かれている奥のキチッとしたドラマが日本人でも完全に理解できるとてもいいお話なんです。そこにちゃんとお客様を連れていけるような作品にしたいですよね。なのでそういう“ニューヨークあるある”で…、まぁ、日本人はそもそもドッカンドッカン笑わないですからね、構えちゃうんで。「吉本新喜劇なので今日はドッカンドッカンする日です。」ってならないと日本人はならない。
――「笑っていいんですよ!」ってアナウンスがあれば(笑)。
そうそう(笑)。悪い事じゃないとは思うんですけどね。で、これは断言しますけど、そういうモノではないですよ。そういうものだけである必要がないと言うか。もちろん1人で38役演るもの珍しさ、面白可笑しさはありますけど、ただその必死さ、俳優がやっている必死さっていうのとドラマがリンクして進んでいったりするところがとても上手く書かれているんです。でもあくまでそれは手段であって、伝えたいことはちゃんと『魔女の宅急便』の精神が(笑)すごく日本人としても掴みやすいカタルシスもありますし感動もありますし、誰かがどこかで思い当たるような、人生経験の中でのすごく大事な瞬間が描かれていますから。それを38人とてもキャラ立って、いかにもお笑い芸人のものまね大会かのように演っちゃうと「結局、何の話だっけ?」ってなりますからね(笑)。
――なりますね。
それを一番恐れているので。だったらやる必要がないので。
――ということは常田景子さんの翻訳では、脚本をストレートに訳す?
そうなんです。基本的にこういうものの場合ってあくまでも方法としては「潤色」「書き換え」なんですが、ドラマのプロットだけもらって、例えば場所を渋谷の高級レストランにして、日本人のいろんな人が来ました、いろんな人が居ますってものに完全に書き換えてやるという方法はアリだと思います。ただ、今回はそういうやり方をしないで、むこうのまんまどこまで出来るんだろう?ということです。潤色をしないです。だから「翻訳」にこだわるんです。
■翻訳劇として観て貰うときに出てくる余計な壁をなるべく取っ払いたい
――地下室での限られた空間に電話があって、そこで1人で演るわけですけど、それをそのまま。
もちろん!そのままですよ。そのかわり、そのままを伝えるための翻訳というものもすごく工夫に値するんですよ。何故かというと、一番わかりやすいところで言うと、日本語は主語が多様ですが、むこうは全部「I(アイ)」ですから。じゃ、その主語ひとつとってみても38人のキャラクターにつけると、これはもう、めまいがする。それを翻訳化するのがお仕事なんですけれども、そういうものを、千葉さんと常田さんと今3人で一緒に話し合いながらちょっとずつ創っている最中です。ニューヨークのこういう雰囲気を出すためには、日本語にすると“これ”しかないんだけど、“これ”をそのまま発語すると、いかにもものまね芸人だよね、っていうところを避けて通ろうとしたり、そういう細かな細かなとこまで。お客様に「そんなヤツ居ねェよ!」と思われてしまったら、演る意味がないので。
――むこうには居るかもしれないけど、日本では「そんなヤツ居ねェよ!」って。人間って自分に経験があるもの以外は受け入れ辛くて(笑)。
そうなんですよ(笑)。もちろん全員を日本人の設定でやるわけじゃないので、そういう意味では、翻訳劇として観て貰って全然良いんですけど、そのときに出てくる余計な壁というものをなるべく取っ払いたい。その作業ってやっぱり大変なんですね。そこにキチッと時間をかけてやったときに、翻訳劇ってどこまで出来るのかなぁっていうところには、ずっと興味があったので、そういう意味で今までやってきたものの中でも、いちばん無謀な翻訳劇だと思いますよ。
――設定を聞いたとき「これは翻訳に相当悩まれるんだろうな」と思いました。
そうです、そうです(笑)。そのために千葉哲也さんも、常田景子さんも居て助けてくださいますし。
――映像で見る本場の公演では、台詞はポンポンポン!とテンポよくつなぐ感じでした。
(笑)。ベッキー・モードさんがテレビ脚本というかシナリオライターの方なので、やっぱり1行に満たないものすごい短い台詞の応酬ですよね。ひとりでやらせるか?!っていう(笑)。
――そうですね(笑)。なのでその台詞の「テンポ」もそのまま生きる?
もちろんもちろん。尺といいますか、お芝居の1時間半は崩したくないと思っています。というのは、その「テンポ」も含めてドラマの構成要素になっているので。それはとっても大事だと思います。過剰に日本的にやろうとは思っていないです。
※『フリー・コミティッド』成河さんのサイン色紙と写真1カットを、有料会員3名さまに抽選でプレゼントします。有料会員の方がログインするとこの記事の末尾に応募フォームが出てきますので、そちらからご応募ください。応募締め切りは5月31日(木)です。(このプレゼントの応募は終了しました)有料会員の方はコメントを書くこともできますので、どうかよろしくお願いいたします。
単にコメディとして楽しめるだけじゃなく、サムの奮闘、決断から、見終わった時に何かを受け取れる作品になりそうですね。
90分の中でどんな人間ドラマが繰り広げられるのかとても楽しみです!
一人38役と聞いただけでは想像し難い舞台に思えます。
しかし、成河さんならばきっと、観客を惹きつけてアッという間に、その世界に引き込んでくれると期待しています。
観劇するのが楽しみで、待ちきれません。