「演じる本人がにじみ出ちゃう方が良い」、「狂言このあたり乃会」インタビュー(下)

(写真左から)飯田豪さん、岡聡史さん、内藤連さん、中村修一さん=撮影・伊藤華織

「万作の会」若手狂言師による研鑽会『第二回 狂言このあたり乃会』が、2019年8月17日(土)に、東京・矢来能楽堂にて開かれます。「このあたり乃会」同人、岡聡史さん、中村修一さん、内藤連さん、飯田豪さんに、狂言でのお稽古の様子などについてお話いただいたインタビューの後半です。

(写真左から)飯田豪さん、岡聡史さん、内藤連さん、中村修一さん=撮影・伊藤華織

(写真左から)飯田豪さん、岡聡史さん、内藤連さん、中村修一さん=撮影・伊藤華織

――狂言ではキャラクター性はあまり出さないというお話がありましたが、「このあたりのもの」と冒頭で名乗る太郎冠者や次郎冠者に代表される世間代表の名前のない人々と違い、『朝比奈』に登場する「朝比奈三郎義秀」は実在の人物です。狂言の場合、この実在の人物という要素は、なにか影響があるのでしょうか?

中村:やはりお能の場合は、お客様もある程度深い段階まで人物の背景を知っていた方がより楽しめます。たとえば『平家物語』なども、この人物がこの後どうなるのか、結末まで知った上でその部分を観ると、深みが全然違うわけですね。だから人物を掘り下げれば掘り下げるほど楽しくなってきますが、狂言で固有名詞が出てくる場合というのは、ほとんどキャラ付けのためなんです。だから、朝比奈三郎も鎮西八郎も、ただ “強い人” を出したかったから、その人を使ったというだけであって、その “強い人” という以上のことは、そんなに必要じゃないんです。ある意味で、深くその人のことを知ってしまうと悲劇になっていく。悲しい劇になっていって、逆に知らない方はコメディになる、というのが鉄則としてはあるんですけど、そういう意味でも、そんなに朝比奈自身について詳しく知る必要はないと思います。萬斎先生はよく「アーノルド・シュワルツェネッガー」と例えるんですけど、とにかく “筋骨隆々で強い人が出てきた” というイメージだけあれば、お楽しみいただけると思います。その上で、演じる僕ら狂言師ではなく、原瑠璃彦先生に学者目線で解説もしていただいて楽しめる会なので、またべつの視点を加えていただけるかもしれないです。

――史実ではこんなことがあった人だけど、狂言ではちょっと違うね、みたいなこともあるかもしれないですね。

中村:だから、お能のシテ方とかは、実際にどういう土地でどういうことがあったのか、物語の舞台となった場所を本当に巡られたりすることが多いんですけど、あんまり狂言方はそういうことはしないですね。

※アイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分には、今回は地謡の方と囃子方もいらっしゃるなど、ご出演者も多くなったことについて、狂言が「三遍稽古(さんべんけいこ)」と言われることについて、舞台では鏡板(かがみいた:舞台中央奥の壁)の松に神様が宿っているとされることや、来年のオリンピック・パラリンピックについてチラッと語ってくださったインタビュー後半の全文と写真を掲載します。

<有料会員限定部分の小見出し>

■(今回は地謡の方と囃子方も)飯田:前回、囃子入っていたら謡負けてたなぁ(笑)

■岡:狂言は「三遍稽古(さんべんけいこ)」。三遍でできないと駄目だと言われる

■中村:予習ってあまり良くないんです。まっさらな状態で先生の気合いを受けとめる

■内藤:比較的若いお客さまが多い会。一緒に育っていきたいなと思っています

<『第二回 狂言このあたり乃会』>
【東京公演】2019年8月17日(土)14:00 矢来能楽堂
お問合わせ先:万作の会(TEL:03-5981-9778)
チケット:全席指定 2,000円
一般前売発売日:7月16日(火)10:00より
お求め先:Confetti(カンフェティ)
(TEL:0120-240-540 ※携帯・PHSからはTEL:03-6228-1630(平日10:00~18:00受付))
※売切の場合、キャンセル待ちを万作の会(TEL:03-5981-9778)にて承ります

<関連リンク>
万作の会
http://www.mansaku.co.jp/index.html
中村修一 FaceBook
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(写真左から)内藤連さん、飯田豪さん、岡聡史さん、中村修一さん=撮影・伊藤華織

(写真左から)内藤連さん、飯田豪さん、岡聡史さん、中村修一さん=撮影・伊藤華織

※ここから有料会員限定部分です。

■(今回は地謡の方と囃子方も)飯田:前回、囃子入っていたら謡負けてたなぁ(笑)

――演じる演目のために、史跡を巡ってみました、みたいなことはされないんですね。

岡:役作りのためにとかはしないですね。普通のお芝居と違うので。

中村:だから、ある意味で自分がにじみ出ちゃうんです。『朝比奈』だったら、萬斎先生と深田さんが朝比奈と閻魔を演じられれば、それぞれのなにか、例えば、閻魔といっても、その中にどこか深田博治さんが出てくる。そういう、その演じ手がどこかに見えている方が、狂言って良いんですよね。ただ、お能では、ある程度 “面をつけてなりきる” という部分がありますから、そういう部分でも違いがあります。

――それぞれ演じる方のひととなりが漏れ出ているくらいが、観る方も面白いと。

中村:そうです。“このあたりのもの” ですから、基本的に(笑)。

――フライヤーを拝見しますと、今回は地謡の方と囃子方もいらっしゃるので、ご出演者も多くてゴージャスですね。

内藤:『朝比奈』の「責メ」の部分と、それから最後に謡(うたい)があるんですが、そこで地謡が入るところを囃子方に囃していただきます。

中村:今回は松尾芸能振興財団に助成をしていただいて、囃子の入った豪華な演目ができることになりました。囃子方は同年代とやや上の先輩方なんですが、初めて僕ら自身で出演のお願いをしました。

――やはり囃子方が入る演目は気分が違いますか?

内藤:昨年、『末広かり』をさせていただきましたけど、あれは囃子なしで演ったんです。演ってる方としては、やっぱりちょっと寂しいものがあるんですよね(笑)。

――囃子が入らないのはちょっと寂しいなと(笑)。

内藤:もちろんあった方が、にぎやかにもなりますし。

――演じる上で、囃子に助けられるということはありますか?

内藤:それはもちろんありますよね、大いにあると思います。観ている方もそうですし、我々ももちろん、囃子が入った方が気持ちも乗りますしね。舞台としての印象が全く変わってくると思います。

飯田:前回、もし囃子が入っていたら、絶対謡負けてたなぁ…(笑)。

内藤:囃子があった方がにぎやかになっておめでたい感じがでていいんですけどね。

中村:全く変わりますよね。

飯田豪さん=撮影・伊藤華織

飯田豪さん=撮影・伊藤華織

■岡:狂言は「三遍稽古(さんべんけいこ)」。三遍でできないと駄目だと言われる

――狂言師の日常についてお聞きします。狂言では、普段どのようなお稽古をされているのでしょう?

中村:岡先生お願いします。

一同:(笑)。

岡:僕の場合は、最初入門したときは書生として先生に付きっきりで、先生が空いた時間に「稽古やるぞ」と言われ(笑)。役もまだ付いていなかったので、基本的な謡、舞などをずっと稽古してました。時間は決まってないですね、先生次第です。

――お稽古の日時があらかじめ決まっているのではなく、先生の空く時間をみつけてお稽古をされるんですね。

岡:そうですね。それが30分で終わる場合もあれば、1時間~3時間って(笑)、昔はありましたね。そういうのを経て、ある程度基礎ができて役が付いた場合に、「何月何日に、このような役が付いているので、稽古をお願いできますか?」と先生にお願いしにいくわけです。そしたら先生も、「じゃあ、してあげますよ」となって、そこからまず、ことば(台詞)の稽古になります。狂言は「三遍稽古(さんべんけいこ)」と言って、稽古は大体3回で終わるんですが、もちろん最初の頃はそんなことはできませんけど、だんだん慣れてきたら、三遍でできないと駄目だと言われているんです。ことば(台詞)を習って、次に動きを習って、さいごに「申合せ」というリハーサル。そして本番、とは言われているんですが…、なかなかそういう風にはいかないです。

中村:三遍稽古って、その三遍だったんだ。

岡:いろいろですね。ことばにしろ、動きにしろ、三回目でできないといけないというか、まぁ、解釈はいろいろあるんですけど。あと、稽古回数は人にも因ります。先生がもうできたと思ったら「よし」となりますし、できなかったら永遠にやらされるときもあります。

中村:できるまで。

岡:本当にできるまで、です。なので心がもう…。

中村:「このあたりのものでござる」という台詞で始まる狂言が多いんですけど、下手すると「このあたりのものでござる」だけで、気付いたら30分ぐらい経っているな、みたいなのもありましたね(笑)。

岡:日にもよります。先生の予定や自分たちの出来にもよります。

中村:合格ラインは先生の中にありますから、そこを満たせば、サッといくときもあります。

飯田:自分では、できてるかできてないか、わからないですからね。「ホラいまできた! もう一回やってみろ」って言われて、「いまできたのか…」って思ったり。

一同:(笑)。

――とても緊張感のあるお稽古ですね。先ほど「三遍稽古」の言葉もありましたが、そこに持っていくために、先生に見ていただく前の自主練習といいますか、そういうのがかかせないのでは?

飯田:自主練っていうのが難しい言葉でして。(先生の)真似をしなきゃいけないわけなので、その中で自分でこうだと決めつけて練習するのも問題ですし。

――なるほど。先ほど、ことばを習い、というお話がありましたけど、もしや口伝で?

中村:そうです。一句ずつ、先生が「このあたりのものでござる」と言ったら、僕らが「このあたりのものでござる」と繰り返す。声の抑揚や高さが違ったらもう一回同じことばを繰り返されて、という。もちろん稽古は一曲全部していただくので、僕らも大変なんですけど、先生も、稽古はものすごい大変なんですね。同じ声量というか、気合いで先生がなさったのを、おうむ返しに返していくわけですから。万作先生は、まず僕らだけでも4人いる上に、さらに先輩方も、と弟子をたくさん抱えていらっしゃいます。すごく大変です。しかも「このあたり乃会」は、全員初役なので、全員1から教えていただくわけで、そういう意味でも、本当に先生のおかげで成り立っている会なんです。

岡聡史さん=撮影・伊藤華織

岡聡史さん=撮影・伊藤華織

■中村:予習ってあまり良くないんです。まっさらな状態で先生の気合いを受けとめる

――たとえば、通常の演劇ですと、まず台本があって自分で台詞を覚えて、キャラを組み立ててと、演出家の前に立つ以前に、ある程度自分で準備できることがあるのですが、狂言の場合は…。

中村:もう1からですからね。ある意味で予習ってあまり良くないんですよね。

――予習が良くない!

中村:あんまり良くないんです。先入観を持って挑むよりも、ある意味まっさらな状態で、とにかく先生がおっしゃることばを、おうむ返しにしていくうちに後天的にというか、先天的になにか考えているよりも、だんだんわかってくる方が重要視されるので。

――まずは形を造り、そこにだんだんと中身が満ちていくイメージですね。

中村:もちろん古典芸能ですから、大体はすでに観たことがある演目を演じることになるので、なんとなくのイメージはあるにはあるんですけど、稽古をつけていただくときには、そのときに先生が発する気合いを受けとめなければいけないんですね。

――先生の直接の気合いを受けとめつつ、その場で同じ気迫で返しながら、かつ自分の中に蓄積させていく、とても大変な手順を踏んでのお稽古なのですね。それを日々公演をこなしつつですから。

中村:もちろん何度か演らせていただく役、一度教えていただいた役は、基本的に、もう自分の形になっていなきゃいけないので、その上で先生に見ていただきます。もちろん直される部分はたくさんあるんですけど。ただ、初めてやる役に関しては、1から教えていただくということになっています。だから大変なんですね、この会は。

岡:普通のお芝居と違って、我々は「型」が決まってますので、それを組み合わせます。最初にことばにしろ動きにしろ基本的なことを教えていただくので、そういう基本が体に入った上で、いろいろお稽古をお願いしていくんです。

中村:だから、小舞とか謡とか、すり足だったりとか、いろんな細かい型があって、そういうもので身体表現の技術を養った上でやっているので、ゼロからというわけではないんです。

――骨組みとパーツはできているので、それを組み合わせていく、ということですね。

中村:はい。

――そうなんですね。では、1回やったことがある演目は、ことばも動きも入っている!

岡:…本当はそうです(笑)。

一同:(笑)。

中村:建て前と本音はありますけど(笑)。

岡:台本に、自分で型とか抑揚とか書き込んであるので、それで復習します。本番前に先生にもう一度確認のために「(稽古を)見ていただけますか?」と、お願いしたりですね。それで、習ったことがないものは、まずことばを習って、次は動きをやるからそれまでに台詞覚えてこいよ、という風になって、台詞を自分で覚えて、動きを習って、次は申合せがあるから、それまでに全部できるようにしてこいよ、という感じですね。

――申合せが三遍目。

岡:基本的には、ですね。

――お話ありがとうございました。最後に『狂言 このあたり乃会』第2回公演への意気込みやお客さまへのメッセージをおひとりずつお願いします。

飯田:やはりまず、この会をやらせていただけるということは大変有難いことですし、今回、いままで何度も見てきた役を演らせていただけるということも、大変光栄であり、なおかつ、いろんな恐怖もあります。その中で自分なりに、いまの自分にできることをやりたいと思っております。あとはその、お酒を太郎冠者に飲ませる型があるんですけど、そこを個人的には頑張りたいなと(笑)。いつもは “こういうところを頑張りたい!” とは、あまり思わないんですけれども、今回そこの型は、ちょっと頑張りたいと思っておりますので、あまり期待せずに(笑)、観てください。ありがとうございます。

岡:会全体のことを言えば、能楽堂も前より広くなりますし、お囃子方の力もお借りして、華を添えていただいています。そういう面でも徐々にステップアップしているので、その意味でも、さらに自分たちが頑張っていかなくてはいけないなと思っております。自分のことで言えば『棒縛』の太郎冠者を、本当に自分にとってはヒーロー的な存在なので、そんな花形的な役を自分ができるのかなという不安はありますけど。

中村:棒の長さは足りるのかな?

岡:足りなかったら、記念に作るか(笑)。

中村:『棒縛』で使う棒があるんですが、「万作の会」では、岡さんが一番の高身長ですから、もしや棒の長さが足りないんじゃないかと。

――なるほど!

岡:あとはやっぱり体調ですね(笑)。心身ともに「岡に万全あり」で臨みたいです。

一同:(笑)。

内藤:今回は、これまでよりもずっと大曲なんですね。前身の「狂言研鑽会」から何回目かわからないですけど、この大曲がこんなタイミングで来るとは思わなかったですね。

飯田:そうですね(笑)。

中村修一さん=撮影・伊藤華織

中村修一さん=撮影・伊藤華織

■内藤:比較的若いお客さまが多い会。一緒に育っていきたいなと思っています

内藤:今回は、お囃子が参加できるということで、選んでいただいた曲だと思うんですけど、本当にこれまでに比べて大曲でして、まだ縁遠いなと思っていたんです。やはり朝比奈、つまり人間と閻魔。でも閻魔の方が実は人間味がある、人間ぽさがあるというところの対比を上手く出していきたいなと思っています。あとは比較的若いお客さまが多い会ですので、なるべくこの会だけじゃなくて、ほかの会も含めていろいろと見続けてもらえるようなお客さまが育って欲しい、一緒に育っていきたいなと思っています。もちろん我々が教えているお弟子さんたちも観に来てくれると思いますので、恥じないように(笑)、努めたいなと思っております。特に中村さんと私は都内の大学で狂言サークルの指導もしていますので、興味を持ってくれた学生さんは声をかけてくれると大変嬉しいですね。

――客層はお若い方が多いですか?

内藤:他の会に比べれば若いですね。

飯田:そうですね。我々が呼びますから。

内藤:友人とかにも声をかけますから、どうしてもそうなりますね。

岡:初めて観に来る方も多いかなと思います。そういう間口を広げるというか、敷居を低くして、まずは見ていただきたいな、というところもありますので。

――その意味では、昨年おっしゃっていた、「裾野を広げて」というところは、達成されていらっしゃいますね。

中村:アイデアニュースさんは、現代演劇やミュージカル等がメインで、扱っているジャンルが狂言とは毛色が違うので、そういうところの方々が、僕らの記事を読んでなにを思うのかな? という興味もあるんですけど、また逆にそういう方々が、初めて能楽堂に来る機会にしていただけたら、とても嬉しく思います。値段の方もかなり、狂言の会というか、能楽の会にしては抑えておりますので、本当に気軽に観に来ていただければと思います。

岡:インスタ映えもするよね。

中村:あら! いまどきなことを。

岡:いま多いですよ。能舞台の写真とか。

中村:神楽坂にある矢来能楽堂は、立地もおしゃれですけど、歴史ある能舞台です。そういう部分も含めて、めったにない機会として、能楽堂に足を運んでいただくのもいいのかなと思います。

――ちなみに、インスタ映えは能楽堂の建物でしょうか? 能舞台の撮影はだめですよね?

飯田:できますよ。

岡:上演中ではなく、舞台が終わった後ですね。終わった後、撮っている方もいらっしゃいますよ。

中村:いまは能楽堂が許可していればいいのかな?

飯田:おそらく。楽屋から客席とか舞台が見えるモニタがあるんですけど、見ていると、結構女性の方が、こう(おすましポーズをして)誰かに撮ってもらったりとかされてますね。

中村:もちろん舞台には上がれませんけど、一段上に舞台があって、舞台と客席の間に白州があるので、その手前からでしたら、多分撮っていただいても大丈夫だと思います。能楽堂によるかとは思いますけど。舞台では鏡板(かがみいた:舞台中央奥の壁)に松が描かれているんですが、僕らの精神としては、そこに神様が宿っているという考え方なので、「ピース!」「イェーイ!」みたいなノリではなく、こう、なにか善いものがいらっしゃるなという厳かな気持ちで撮っていただければいいのかなと思います。

――鏡板の松に神様が…。みなさん、普段神様を背負って狂言をなさっているのですね。

中村:本来は後ろではなく舞台の前にあったわけですね。舞台の前に「影向(ようごう)の松」があって、そこに神様が降りるとされていた。その松が鏡のように後ろに映ったので、鏡板という風に呼ばれるらしいのですが、諸説あります。

飯田:その話だと、元来は後ろの松に向かって演じていて、見てる人たちはこっち(背中側)から見ていたっていう話もあります。

中村:まぁ、いろんな説があります。

飯田:いろんな話になりますね(笑)。インスタ映えから、松から(笑)。

中村:で、いよいよ来年、オリンピック・パラリンピックがありますけど、「このあたり乃会」の由来である「このあたりのものでござる」というのが、すごい重要な意味を持つ可能性があるらしく…(笑)。

飯田:大丈夫ですか、その話?

内藤:ちゃんと話のゴール見えてますか?

一同:(笑)。

中村:ゴールは見えてないけど(笑)。大事な意味を持つかもしれないんだそうです。もしかしたら、そういう光栄な名前を背負った会になるかもしれないので、「このあたりのもの」代表として、今後とも頑張っていきたいなと思っております。

――来年に向けてもとても楽しみですね! いろいろなお話をありがとうございました!

内藤連さん=撮影・伊藤華織

内藤連さん=撮影・伊藤華織

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