2021年6月18日から27日まで世田谷パブリックシアターで上演される「狂言劇場 その九『武悪(ぶあく)』『法螺侍(ほらざむらい)』/『舟渡聟(ふなわたしむこ)』『鮎』」に出演する野村萬斎さんと野村裕基さんのインタビュー、後半です。シェイクスピア劇を狂言にした『法螺侍』と、池澤夏樹さんの小説を狂言にした『鮎』についてのお話のほか、裕基さんのドラマ出演など、狂言以外のジャンルの作品に出演することについても伺いました。
――新作狂言『鮎』では、演出と補綴(ほてつ)をされるんですね。
萬斎:池澤夏樹さんという芥川賞作家の小説を狂言の形に直しました。『法螺侍』も高橋康也さん作になっていますが、我々の手もずいぶん入っているんです。やっぱり小説は小説で読んだ方が面白いので。そして、狂言の台本はスカスカな方がいいと言われていて、それは多分ほとんどの演劇がそうではないかという気はします。あまり書き込まれていると「本を読んだ方がいいじゃない」という話になるわけです。
そのあたりは、池澤先生も狂言のファンで理解してくれていたので、程よく余白を作ってくださって、遊びの要素を入れてくださるようお願いもしました。一番その中で重要なことは、本来食べられるだけの存在だった鮎が、登場人物になっているというところです。狂言のいいところは、人間だけを描かない。狂言の冒頭の台詞の「このあたりのもの」とは、どこにでもいる「人」だけではなくて「モノ」も描いています。日本的な森羅万象に対する自然との共生感みたいなものを守っているわけです。
しかも鮎は綺麗な水でないと育たないと言われています。濁っているといなくなっちゃうという、非常に自然の象徴的な存在と、都会で一旗揚げようという若者、どちらかというと濁った世界に行こうとしている若者とのせめぎ合いのようなことが描かれています。地方と都市、過疎化の問題など、新作狂言では古典にないジャンルを新たに話題にして取り上げてストーリーを作ることができます。
『法螺侍』は、シェイクスピアという西洋の古典を、いかに日本の古典で料理するかが見どころですが、『鮎』は、若者が都会に出てどう人格が変わっていくのか? という現代人とも重なるちょっとした問題定義の作品になっているんです。そういう意味で、「狂言の幅ってこんなに広いんだ」ということがおわかり頂けるのではないかと思います。
※アイデアニュース有料会員限定部分には、裕基さんのドラマ出演など、狂言以外のジャンルの作品に出演することなどについて伺ったインタビューの後半の全文と写真を掲載します。
<有料会員限定部分の小見出し>
■萬斎:古典でも「700年前も人間は変わらないよ」という普遍的な意味で
■裕基:(ドラマ出演は)やっていいなら、やろうかなという感じで父や祖父に相談して
■萬斎:他ジャンルに出て初めて「狂言と違う」と気付いて、自覚的になる
■裕基:現代的な劇場で観て、狂言を知って頂けるきっかけになったら
<狂言劇場 その九 『武悪』『法螺侍』/『舟渡聟』『鮎』>
【東京公演】2021年6月18日(金)~6月27日(日) 世田谷パブリックシアター
万作の会 公式サイト
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世田谷パブリックシアター 公式サイト
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■萬斎:古典でも「700年前も人間は変わらないよ」という普遍的な意味で
――古典は、曲が生まれた当時の “このあたりのもの” を描き、新作は、今現在のこのあたりのものを描くという感じでしょうか?
萬斎:そうですね。でも古典と言っても、700年前の人が出てきてるわけではなくて「700年前も人間は変わらないよ」という普遍的な意味で私たちはやっています。新作である『鮎』では、700年前にこんなに都市と田舎で差があったのかはわかりませんが、今はものすごく都会と地方で差が生じていて、本当に田舎は過疎化して都会に一極集中しているというこの現状の中で、「若者はみんな都会に行きたがるよね」というテーマも含めた話になっています。
それをどうジャッジするかは、観てのお楽しみで、観る方の想像にお任せなのです。狂言は単純な構造だから、観る人によってどうにでも解釈できる、そこがいいところかなという気はします。
■裕基:(ドラマ出演は)やっていいなら、やろうかなという感じで父や祖父に相談して
――2017年に『三番叟(さんばそう)』、2020年に『奈須与市語(なすのよいちのかたり)』を披かれて、次は『釣狐(つりぎつね)』を目指していらっしゃると思います。狂言師としてこうありたいというイメージはありますか?
裕基:将来どうなりたいというビジョンは、今はまだないです。父や祖父がやってきた背中を見て学んで、いずれ見えてくるものがあるのかなと思っています。父が、能舞台でやるだけじゃないという選択肢を提示し、祖父もそういう選択肢を示してきたと思います。そういう選択肢を僕も一つ作ることになるのかもしれないけれど、そのために今何をするべきなのかとなったとき、今は基礎を学ぶべきだろうと思っています。
まだやってない役もいろいろありますし、回数をこなしていないものもあります。そういうところで、今は選択肢を考える上での材料を一つ一つ作っていくときなのかなと思っています。
――ドラマ出演もその一つでしょうか?
やれるものはやっておこうじゃないですけど、やっていいんだったら、やろうかなと。そんな感じで、父や祖父に相談して出演を決めました。
■萬斎:他ジャンルに出て初めて「狂言と違う」と気付いて、自覚的になる
萬斎:我々は、あまり特別な意識がなく演じ始めているので、演じることに対して意外と幼いところがあるんです(注:萬斎さん、裕基さんの狂言の初舞台は共に三歳)。他ジャンルに出始めて、初めて「俺、何やってるんだろう」とか、「これ、狂言と違うんだな」と気付いて初めて自覚的になる。そういう意味で言うと、外国に出て初めて日本を知る、ということとちょっと似ていると思います。
“我に返る” ためにも古典と違う狂言をやったり、他のジャンルに出ることで、己を内から見たり外から見たり、いろんな視野を持つことを伝えていくことができると思います。それが野村家の新しい伝統かな。
いろいろな狂言のお家があります。狂言しかやらないお家もある中で、私が世田谷パブリックシアターに居ることも含め、意識を持っていくことが重要だと思っています。彼自身、もっと自覚的になるまでには、まだ何年か必要でしょうが、今はやらされてるところから毛が生えているような程度かもしれません。気がついたら狂言の家に生まれていたわけですから。『鮎』もそうですけど「都会に行ってスターになる」というのとは全く違うんです。
――気がついたら狂言の家に生まれていたわけですからね。
萬斎:それを苦ととるか楽しんでいるかということですし、自覚的になれず「親に教わった通りにやってます」だけでは、だんだん先細っていくかもしれない。その時代に対して、どう伝統の味を加えていくか。ただ変えればいいということではなくてね。
■裕基:現代的な劇場で観て、狂言を知って頂けるきっかけになったら
――最後に、お客様へ向けてのメッセージをお願いします。
萬斎:本当に楽しいことがあまりない鬱々とした雰囲気の漂う今日この頃ですが、狂言は楽しいし笑えますので。劇場は笑っていいところなんです。飛沫を飛ばしちゃいけないけれど、感情を出していいのです。1人で泣いたり笑ったりするよりも、やっぱり数百人と一緒にドッと笑う、悲しむ。そうすると、エネルギーの大きさが違うわけです。そこで発散して欲しいと思います。
――それでは、裕基さん、最後にひとこと、お願いします。
裕基:古典と新作と言われる二つのものが、それぞれAプロ、Bプロであるわけですけれど、劇場でやるということは、普段の能舞台でやること以外にできる可能性があるわけですし、「狂言ってどういうものなんだろう?」という初めてのお客さまにも、現代的な劇場で観ることによって、狂言をより深く知って頂けるようなきっかけになったらいいなと思います。
――「狂言劇場」、楽しみにしています。ありがとうございました。
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狂言劇場「法螺侍」・「鮎」、生で拝見しました。
インタビューを読んで今まで演じていた萬斎さんの太郎冠者のイメージを裕基さんがとても意識して演じられていたということに感慨深いものがありました。
これから回を重ねていき、裕基さん自身から滲み出るもので出来上がる新たな太郎冠者像も楽しみです!
今はまだまっさらな裕基さんがいろんなことに触れて自分の色を見出していく姿を楽しみにしつつ、萬斎さんとお互いに触発し合ってこれからも素敵な作品を生み出していってほしい。
万作さん、萬斎さん、裕基さん、それぞれ親であり師匠の背中を見つめながら、それぞれ狂言を一歩引いた視野から見つめている姿がとても素敵だと思いました。
読み応えのあるインタビューを有難うございました!
既に狂言劇場の「鮎」を観てきたのですが、観る前に読んでおきたかったと思うほど濃い内容でした。今週末、「法螺侍」を観るのですが、大変参考になりました!
いつも読み応えのあるインタビューと素敵なお写真をありがとうございます。
「狂言は単純な構造だから観る人によってどうにでも解釈できるのがいいところ」という、萬斎さんのお言葉に、正しく意味を汲み取ろうとしなくても、自分なりの解釈でいいんだと思い、人によって色々な見方ができて面白いな、と思いました。
コロナ禍が終わり、また萬斎さん達の狂言を劇場で観て大笑いできる日が待ち遠しいです。