「せたがやこどもプロジェクト2016≪ステージ編≫」の一環として、8月5日~8月11日に東京・シアタートラムで上演された、音楽劇『兵士の物語』を拝見しました。世田谷パブリックシアターは、1997年の開館以来、子供たちにとって楽しく遊べる身近な劇場となることを目的に、子供たちと創造性あふれる舞台芸術との出会いの場となる公演・企画を行っており、今年も「せたがやこどもプロジェクト2016」として、多様なプログラムが展開されました。子供に親しんでもらえるプログラムという事で、劇場には子供たちの姿も多く、学校に上がる前の子供の比率も高かったように思います。普段私が観劇するほとんどの演目が未就学児童お断りのものですが、お父さん、お母さん、あるいは兄弟たちと楽しげに会話する子供たちの高い声があちこちで聞こえてくる客席はどこかほのぼのとしていました。
開演時間となり、客席は明るいまま「こんにちは~」と明るく優しい雰囲気でにこやかに舞台に登場した語り手(川口覚さん)と、声だけの登場の『天の声』(近藤良平さん)が、客席の子供たちに語りかけ、これから始まる「音楽劇」で演奏される楽器と演奏者の紹介が始まりました。今回の音楽劇の編成は、ヴァイオリン(三上亮さん)、コントラバス(谷口拓史さん)、クラリネット(勝山大舗さん)、ファゴット(長哲也さん)、トランペット(阿部一樹さん)、トロンボーン(玉木優さん)、パーカッション(西久保友広さん)の7種類の楽器。子供たちにそれぞれどんな楽器なのか、その音や形状、特徴的に面白いところなどを、面白可笑しく紹介していきます。また、通常はめったに聞く機会のない、クラリネットの非常に小さな音や、ファゴットのダブルリードだけの音、コントラバスの非常に高い音など、演奏者への質問というかたちの無茶振り(笑)で、ユーモラスに楽器を印象付けていきます。
ちなみに、どんな質問だったかというと、私の見た回では、今日のおなかの調子や、朝食に何を食べたか?好きなフルーツは?などの何気ない質問を、『演奏で』回答してもらうというもの。演奏者が工夫を凝らして出す音を聴いて、「答えのわかった人はいる?」という感じで客席の子供たちに水を向け、一生懸命考えて声をあげる子供たちの姿が、いかにも好奇心の塊という印象で、微笑ましい演出でした。7つの楽器全てを紹介し終え、舞台上に演奏者全員がそろうと、演奏者の皆さんの少し不思議な雰囲気の、白いゆったりとした服や白いふわっとした帽子に目がいきます。『天の声』の解説によれば、衣装のコンセプトはなんと「七福神」なのだとか!そんな感じで、子供だけではない、大人向けの要素もちりばめつつ、「音楽劇」が始まりました。
客電が落ち、新たに舞台に登場してきたのは兵士(北尾亘さん)。彼は10日間の休暇をもらって、故郷へ帰る途中なのだということが語り手によって語られます。背中にリュックを背負い、行軍よろしく手足を大きく振りかぶりながら元気にひたすら歩くその姿は、黄緑色のシャツ、水色のパンツ、緑のキャップに極彩色のタイツ、黄色のリュックという、おおよそ兵士らしからぬ、目にもまぶしいカラフルさ。
舞台セットが、演奏者たちが乗る、大小10個の白い円柱の台に、上方に吊られた白い3つのスクリーンという、シンプルなモノトーンの空間なので、兵士の衣装は視覚的によく映え、スクリーンに映し出されるイラストの背景とあわせて、まるで絵本の中の人物のよう。軽快な演奏と、それに合わせて兵士もダンスをしたりジャンプをしたりと、リズミカルだったりトリッキーな動きをしていたので、ひょっとしたら子供たちには、いつも自宅のテレビで観ている、子供向けの知育番組のアニメーションや人形劇を観ているような感覚になったかもしれません。いずれにしろ、先程まで客席から聞こえていた子供たちの声は驚くほど静まり、舞台に集中していることが伺えました。
≪あらすじ≫(プレリリースより)
兵士がひとり、歩いています。彼は短い休暇をもらい、母親と恋人が待つ故郷に向かっているのです。ひと休みして、リュックから古いヴァイオリンを取り出して弾いていると、老人にばけた悪魔が現れます。老人は兵士に、そのヴァイオリンが欲しいと言い、兵士が断ると、かわりに金持ちになる本をあげようと提案します。兵士は相手が悪魔とは知らず、大切にしているヴァイオリンと本を交換してしまいます。そして、老人の誘いにのって、老人の家で3日間を過ごし、ようやく故郷に着いてみると。なんと、3日ではなく、3年が過ぎていたのです。兵士はやっと、自分が悪魔にだまされたことに気づきます。金持ちになる本のおかげで財産は築いたものの、心は満たされず、兵士はまた歩きはじめます。そうして、彼を待っていたものは…?
<せたがやこどもプロジェクト2016《ステージ編》 音楽劇『兵士の物語』>
【東京公演】 2016年8月5日(金) ~ 8月11日(木・祝) シアタートラム (この公演は終了しています)
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カラフルにユーモラスに…子供も大人も舞台に集中、音楽劇「兵士の物語」
※ここからアイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分です。公演の内容を文字と写真で、詳しく紹介します。
■子供と大人の笑いのツボの差を意識した演出
■ユニゾンで聞こえる音の深さで、兵士の後悔に重みを
■コンテンポラリー系のコミカルな動きとバレエの優雅な動き
■子供たちが、おうちに帰って、どんな感想を漏らすのか、興味が
■子供と大人の笑いのツボの差を意識した演出
物語が進んでいく中、兵士の大切な持ち物である、「ヴァイオリン」を一枚の紙からはさみで切り出して創ったり、そのヴァイオリンの音色を聞いて登場する老人(実は悪魔:近藤良平さん)の家に行くときに兵士が乗せられる馬が「お盆」の際に、あの世とこの世を行き来するための乗り物として作られる、キュウリとなすの「精霊馬」であったりと、本編に影響を与えない範囲でいろいろと楽しい工夫がなされていて、次は何が?という興味を誘われます。
また、牛飼いの登場では、脚に車のついた、小さな牛の人形をたくさん引き連れて登場して、舞台を歩きまわるうちに、お約束で牛の何体かが倒れて転がる様子が子供たちの笑いを誘ったり、音楽や台詞の一定のテンポを急に崩すことで、やはり子供たちの笑いを引き出しているところがあり、子供と大人の笑いのツボの差というものを意識させられた瞬間がありました。また舞台効果に影絵を使っているところがあり、光源とスクリーンの間を人物が行き来して、光源に近くなると人物の影が大きくなったり、形がデフォルメされたりするのでその視覚効果がファンタジー要素を強調していて面白く感じました。
■ユニゾンで聞こえる音の深さで、兵士の後悔に重みを
悪魔にだまされ、大切なヴァイオリンを手放した挙句、3年という時間をも奪われて、故郷で彼を待ってくれる人が居なくなってしまった兵士。全てを悟った彼は後悔と大きな失望を言葉にします。ここでの兵士の台詞は、北尾さんと川口さんの息ピッタリのユニゾンの演出で、聞こえる音の深さで兵士の後悔に重みを与えていました。
悪魔を探し出した兵士は、悪魔からヴァイオリンと交換した「金を生む本」の使い方を教えてもらい、そこからひと財産築きます。しかしある日こう気がつきます。「僕はなんでも持っている。でも何にも無い。欲しい物はお金があれば手に入る、でもそれはタダのモノでしかなく、中身は空っぽじゃないか!」モノに囲まれることが幸せなのではなく、お金で買うことのできない、何気ない平凡な幸せこそが自分にとっての幸せなんだと気がついた兵士は、再び放浪。国境を越えてとある国へ入ると、誰も治せない病気になって苦しんでいるお姫様(入手杏奈さん)がいました。紆余曲折の末、悪魔から取り戻したヴァイオリンでお姫様の病気を癒した兵士は、お姫様と意気投合。お姫様との仲睦まじさをダンスで表現します。
■コンテンポラリー系のコミカルな動きとバレエの優雅な動き
このシーンのダンスは北尾さんのコンテンポラリー系のコミカルな動きと入手さんのクラシックバレエベースの優雅な動きの異種なコラボになっており、その違いがとても面白かったです。面白いと言えば、ダンスの最中、ちょこちょこ入手さんが北尾さんをリフトする場面があり、後に悪魔が復活した際にも、兵士をかばって前にでようとしたり、悪魔に対して蹴りをお見舞いしたりする、なかなか男前な一面を持つお姫様であったようです(笑)
その悪魔の再度の復活では、兵士はヴァイオリンの奏でる音色で悪魔の身を縛るような音楽を演奏し、悪魔の撃退に成功します。
万事上手くおさまって抱きあう二人。でも悪魔は去り際に、国境を越えたら姫は再び病になり不幸が訪れる、という負け惜しみにも聞こえる不吉な言葉を残します。悪魔が去り幸せなはずなのに、なぜか兵士とお姫様、二人以外の周りの表情は暗いまま。そのうち語り手が、「しあわせはひとつあればとてもしあわせ。ふたつあればないとおなじ」と、ポツリと語ります。このシーンの川口さんの台詞の間と空気の切り替えは流石で、この後の良からぬ展開を予想してゾワリとしました。
この後は、お姫様が兵士のことをもっと知りたい、生まれたところを見てみたいと言い出し、はじめは渋っていた兵士が、結局彼の故郷をめざす旅に二人で出発します。しかし、ふるさとへ向かう事が兵士にとって「二つ目の幸せ」にあたったのか、国境を越えたあと、気がつけば兵士はひとりぼっち。そして撃退したはずの悪魔が再び登場し、ラストは舞台奥へ二人で落ちるように消えていきました。
■子供たちが、おうちに帰って、どんな感想を漏らすのか、興味が
結局兵士は悪魔に呑み込まれてしまったのか?このラストを観て、大人たちは「二兎を追うものは~」という言葉や、お金で買えない、平凡なありふれた幸せが本当の幸せ、といった格言めいた言葉を連想したのでは?と思います。では、子供たちは、この作品を観てどんな気持ちになったのだろう?と、物語が終わった瞬間、大人に混じって手をたたいていた子供たちが、おうちに帰って、どんな感想を漏らすのか、少し興味がわきました。
語り手の川口さんは、物語の中で兵士と出会う様々な役を一手に引き受けて、その七変化ぶりは大変面白く、次回はガッツリお芝居を拝見したいと感じました。入手さんはダンスは勿論、その表情の豊かさがとてもチャーミングで、ステレオタイプではない個性的なお姫様を好演、兵士の北尾さんはその身体能力の高さが素晴らしく、お二人ともに目が放せませんでした。演出・振付・出演の近藤さんは八面六臂のご活躍で、演出のユニークな切り口がとても新鮮でした。