「感情のない人形に思いを込める、深い境地がある」、豊竹英太夫インタビュー(下)

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

2017年4月に、六代「豊竹呂太夫」(とよたけ・ろだゆう)を襲名される豊竹英太夫(とよたけはなふさだゆう)さんインタビューの「下」です。

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

6)あのとき「雄治!」と呼ばれなかったら僕は今ここにいなかった

――どうして辞めなかったんですか?

僕、何度も辞めようと思ったですけどね、そういう時に何か事件が起こるんですよ。 一番最初に竹本春子太夫の内弟子を2年ほどしたんですが、内弟子って四六時中師匠と一緒やからしんどいんですよ。「もうこりゃあかんわ。ほんまに辞めよう」と思って師匠に言いに行こうと襖に手をかけた瞬間に、「雄治!」(英太夫さんの本名)と呼ばれたんですよ。で、「はーい」と師匠のところに行って、何かを頼まれて、それでもうやめる気がなくなった。あの時「雄治!」と呼ばれなかったら、僕は今いないね。

――運命の分かれ道がそんなところに……。

飛び込み自殺をする人も、意志を持って飛び込むんじゃなくて、ふらふらっと行ってしまうらしい。僕も同じで、辞めようと思った時は「うわー、もうイヤやー」という感じだった。それから越路師匠(竹本越路大夫)のところで内弟子をしてた時も1年ぐらいでイヤになってね、今度こそ辞めようと思っていた時に竹本貴太夫が入ってきた。それが良かった。

――内弟子が2人になったから?

そうそう。楽になったんですよ。

――文楽は世襲制ではないですが、英太夫さんの場合、お祖父様が偉大な太夫さんでいらっしゃいます。お祖父様のDNAみたいなものをご自身の中に感じる事はありますか?

やっぱりありますね。

――どういう時に?

うーん、何だかブワーッと行く時があるね。感情の破裂と言うか、常識をちょっと超える感じ。お祖父さんの義太夫を聞いていても、「わかるわかる」っていう感じはありますね。

――それが受け継がれているんですね。

そう。型を破るっていうかね。だからこそ型ができてなきゃあかんけどね。

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

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<有料会員限定部分の小見出し>

7)今考えたら、東大すべって文楽に入って正解やったやないかなあ

8)70近くになって勉強するってイヤやで〜! でも、勉強せんとしゃあない

9)文楽好きな感性を持った人は100人に1人、そういう人を動かさないと

10)「三位一体」でなくて「四位一体」、人形に感情を込めるのはお客さま

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<2月文楽公演>
【東京公演】2017年2月4日(土)~2月20日(月) 国立劇場 ※この公演は終了しています
http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2016/21039.html

<4月文楽公演>
【大阪公演】2017年4月8日(土)~4月30日(日) 国立文楽劇場
http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2017/41029.html
【展示】「豊竹呂太夫 -代々の魅力-」2017年4月8日(土)~5月28日(日) 国立文楽劇場 資料展示室
http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku/event/6076.html

<5月文楽公演>
【東京公演】2017年5月13日(土)~2017年5月29日(月) 国立劇場
http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2017/6045.html

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7)今考えたら、東大すべって文楽に入って正解やったやないかなあ

僕ね、入門してから今年の8月で50年なんです。で、今年の4月に70歳になります。去年か一昨年ぐらいから、義太夫の語りはこうじゃないかなって、何か見えてきたように思うんですよ。50年目にして。

――50年目で見える世界なんですね!

それでちょうど襲名の話があったのは、僕にとっては非常にタイムリーだと思ってます。

――出身高校も進学校だったそうですが、東大に行った人生と今の人生とどちらが良かったですか? もちろん今の人生だとは思うのですが(笑)。

僕の高校は皆東大を目指して、それですべり止めで早稲田や慶応を受けるような学校だったんです。この間も同窓会があったんですけど、東大に行った同級生はみんなもう会社やめてます。悠々自適といっても、もう人生終わった感じなんですよ。でも僕はこれからでしょ。太夫は70から、70代でまた一つステージアップできるんです。

30代や40代の頃は、同級生は皆ええ会社行ったり税務署長になったりして、ええ給料取ってるから羨ましいなあと思ってたんですけどね。給料も、会社辞めたら退職金だけでしょ。でも、僕らは毎年もらってますし、立場もだんだん上がってきてる。今考えたら、東大すべって文楽に入って正解やったんやないかなあと思いますね。

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

8)70近くになって勉強するってイヤやで〜! でも、勉強せんとしゃあない

でも、自分の立場を維持するのはやっぱりしんどいです。今でも新しいものをやる時には、1日6時間から7時間ぐらい勉強します。それぐらいしなきゃ追いつかないんですよ 。

――勉強というのはどういうことをされるんですか?

師匠方のテープを聞いて、床本を読んで 書き込みを入れたりします。1枚の半分を覚えるのに3時間ぐらいかかります。 それが100枚あったらどれだけ時間がかかるか。僕、高校の時にこのくらい勉強してたら東大の理3にストレートで入ってました。

――(笑)

この年になってこんなに勉強しなきゃ追いつかないなんて、イヤになりますよ。この2、3年は切場語り(最も重要な場面を語る太夫)の人がやる役を当てられてるでしょ。それが初役の場合、何とか消化してお客様を納得させないといけないじゃないですか。今日だって平日にもかかわらず満員ですよ。そうやって来てくださるお客様を納得させるためには、勉強しないとしゃあない。別に僕、全然勤勉なわけじゃないのにね。

――山登りでいったら、今何合目ぐらいですか?

「胸突八丁」っていう言葉があるでしょう。まさにそれです。おそらく頂上は近いんですよ。でも、今までは平坦に来ていたのが、今こんな急勾配なんです。

――頂上近くになって急に傾斜がきつくなったんですね。

今、落ちたら終わりじゃないですか。70近くになって勉強するってほんまイヤやで〜! でも、立場を維持するためには勉強せんとしゃあない。

――健康管理で気を付けられていることはありますか?

睡眠は8時間 。6時間で目が覚めてもあと2時間は寝る。体を横たえているだけでも免疫力が高まるんです。朝はジャガイモのとぎ汁を飲む。 それは50年続いています。

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

9)文楽好きな感性を持った人は100人に1人、そういう人を動かさないと

――文楽の未来についてもお聞きしたいと思います。文楽の世界の今の一番の課題は何だと思われますか?

文楽は知られなさすぎですよ。もちろん誰でも文楽を好きになるわけじゃないです。ただ、世の中にはまだまだまだまだ文楽を見て感動してハマる可能性のある人はたくさんいる。文楽好きな感性を持った人は100人に1人とするでしょ。そういう人を動かすのが大事なんですよ。そのために若手のイケメンがテレビのドラマに出るとか、話題になる新作をやるとか、そういうきっかけを作って何でもいいから文楽に来させたらいいと思うんです。文楽って意外にトラウマがある人も多いんですよ。 「学生時代の鑑賞会がしんどかった」とかね、 あれは逆効果です 。

――確かに(笑)。

お祖父さんが文楽をやってた僕でもそうでしたから。「文楽? もうええわ」ってね。でも、改めて文楽見たときに「すごいなあ」と思ったんや。別に感動したわけじゃない、「なんじゃこの芸能は?」と思ったんですよ。白昼堂々とこんなわけのわからんことがよく成立しているなと度肝を抜かれたんです。だいたい江戸時代の庶民の感覚で聞かないといけないわけでしょ。

――そう言われてみればそうかも……。

その頃の大阪の朝日座は、名人がたくさんいたのに、お客さんは30人とか40人で、舞台に出ている人の数の方が多いぐらいだった 。ところが今や大阪でもものすごい数のお客さんが入ってる。例の橋下氏の文楽に対する発言が物議を醸したでしょ、でも、そのおかげで今まで文楽を知らなかった人が興味を持って、それで新しい人が来始めた。

――じゃあ良かったのかも?

良かった。だから、何が幸いするかわからないんですよ。 あの人のおかげで、今お客さんは増えてきているんですから。

―― 私は新作ももっとできたらいいなと思うのですが、難しいのでしょうか。

最近ではシェイクスピアの「フォルスタッフ」を元にした「不破留寿之太夫」(2014年)をやったし、井上ひさしさんが作った「金壺親父恋達引」(2016年)もやりました。新作をやるから見に行こうという人もいますからね。

――新作ができるためには何が必要だと思いますか。

やっぱりお金もかかるから、国立劇場の制作の意識改革でしょうね。でも制作も色々と試みてます。僕もイエス・キリストの生涯を描いた「ゴスペル・イン文楽」をやってます。去年も長崎に行ってきましたけど、いつもすごくお客さんが入ってますよ。

――英太夫さんのライフワークですね!

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

豊竹英太夫さん=撮影・伊藤華織

10)「三位一体」でなくて「四位一体」、人形に感情を込めるのはお客さま

――では最後に、この記事の読者に一番お伝えしたいことをどうぞ!

文楽のライブを見にきてください。わけわからんけれども何か面白いところがあります。 江戸時代の庶民が聞いたのと同じ言葉で僕たちは語るし、人形もそういう振りをしてます。だけど、古典と言いながらすごく新鮮です。その新鮮な感覚を受け取ってください。最初は「なんじゃこれは?」と思うかもしれないけれども、太夫とか三味線とか人形遣いには若いイケメンもいますから、是非来てください。

――先ほどおっしゃっていた「100人に1人」の文楽好きな感性を持った方々に対しては?

文楽では、奥さんが旦那の浮気相手を許してエール送ったりするでしょ。「心中天網島」のおさんにせよ「艶容女舞衣」のお園にせよ。自分を犠牲にしても相手を愛するというテーマが、 文楽の中には散りばめられてる。それは江戸時代の人でもできなかったことで、理想として作者が描いているのかもしれない。でも、そういう本当の愛とか奉仕の精神を芝居の中だけでも感じ取って欲しい。そして、それを自分の生きる糧にして欲しい。

お園にしてもおさんにしても、本当の愛情を与えているからヤキモチなんか焼けへん。もしヤキモチ焼いて痴話喧嘩したら、こんな名作となって残らない。俊寛にしてももそうじゃないですか。

――そうですね……。

普通の人にはできないことをテーマとしてズドーンとお客さんに伝えている。だからお客さんも何かを感じるんですよ。 そんなテーマを僕らと一緒に共有して欲しい。あくまで人形は人形だから、そこに感情を入れるのはお客さまなんです。

――そうなんですよね。

お客さまの感情が物語を描くんですよ。太夫と三味線と人形遣い、そしてお客さまが一緒になって、感情のない木の人形の中に思いを込める。「三位一体」じゃなくて「四位一体」なんです。きっと喜怒哀楽とかそういうものを超越した深い境地にはまります。

――なぜ私自身が文楽に惹きつけられるのかも、よくわかった気がします。
今日はいいお話を、ありがとうございました!

読者プレゼント用に色紙にサインをしていただきました=撮影・伊藤華織

読者プレゼント用に色紙にサインをしていただきました=撮影・伊藤華織

※抽選で有料会員3名さまに豊竹英太夫さんのサイン色紙と写真1枚をプレゼントします。この下の応募フォームからご応募ください。応募締め切りは3月28日(火)です。※このプレゼントの募集は終了しました。

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