映画「with…若き女性美術作家の生涯」が生み出したもの:(5)映画×美術 終わらない物語がここにある…

23歳のころ、劇場でドキュメンタリー映画『with…若き女性美術作家の生涯』と出会った藤村保季(やすき)さんは10年来、この映画を大切に想い続けている。これまで地元の奈良県で3度、中学の同級生や仲間たちと共に自主上映会を開催してきた。一本の映画を「観て終わり」にせず、その後の人生の中で大切に育んでいる藤村さんと、中学の同級生の谷和典さんに話を聞いた。

藤村さんが『with…』を初めて観たのは2005年。京都シネマ(京都市)に行った時、映画の内容を詳しく知らないままに何気なく選んだ作品が『with…』だった。阪神・淡路大震災で自宅が全壊し、命拾いした大学生の佐野由美さんが卒業後、ネパールのスラム街でボランティア教師として活動した彼女の4年間を追った実話。観終わると、しばらく席を立てなくなった。「野球に例えれば、ストライクではなくデッドボールを当てられた」ように感じたほどの衝撃を受けた。藤村さんは当時、映像に映る主人公の由美さんの年齢と同じ23歳だった。「僕は、由美さんと同じ生き方はできない」と、自分自身に対する悔しさがあふれた。

「ならば自分にできることは何か、と考えました。そこで、一人でも多くの人に『with…』に出会ってほしいと思い、自分たちで上映会を開こうと思いました。当時は既に、全国各地で『with…』の自主上映の輪が広がっていましたが、若い年代の僕らが上映することで、伝わり方が違うと思ったのです」。

上映するなら地元の奈良県でやりたいと思い、すぐに谷さんに相談した。彼は二つ返事で快諾した。谷さんは、「藤村が勧める映画だったら、間違いない」と思った。谷さんが『with…』を観た第一印象は、主人公の由美さんについて「この人、何やねん!?」という驚きだった。「ネパールに行ってスラムの子どもたちに美術を教えて、こんな生き方をしている人がいるのかと思いました。でも、由美さんはきっとやりたいことを純粋にやっているだけ。自らの道を歩む由美さんに刺激を受け、僕も何かやりたいとスイッチが入りました」。

榛葉健監督(中央)と上映スタッフのメンバー(藤村さんは前列左から2人目、谷さんは前列右端)・2006年9月10日=藤村さん提供

榛葉健監督(中央)と上映スタッフのメンバー(藤村さんは前列左から2人目、谷さんは前列右端)・2006年9月10日=藤村さん提供

06年9月、二人は同級生や仲間たちに声をかけて、地元の奈良県河合町の近隣にある王寺町地域交流センターで上映会と榛葉監督講演会を開催。半年後の07年2月、同じ場所で二度目の上映会を開いた。再び一度目と同じ仲間たちが集まり、前回は観客だったが今度はスタッフとして関わりたい、と言って参加した同級生や仲間たちもいた。由美さんが好きだというひまわりを当日、会場の各所に飾った。2回の上映会を終え、「僕らにもできた」という満足感はあったものの、これで終わりにするつもりはなかった。いつか、これ以上のものをすると誓った。

「佐野由美作品展 in 河合町」より・2014年7月=藤村さん提供

「佐野由美作品展 in 河合町」より・2014年7月=藤村さん提供

その「いつか」を叶えるのに、彼らは7年の月日をかけた。14年7月、今度は地元の河合町での上映会を実現させた。7年前と同じメンバーに加え、たくさんの同級生や年の離れた中学の後輩、この7年間で出会った仲間、様々な人たちが協力した。20代から30代へ、人生の歩みとともに7年越しに育んできた想い。上映会に合わせて、由美さんがネパールで描いた絵画の作品展をやりたい。河合町のまほろばホールを会場にしたかったが、会場費が予算を超えていた。そこで、これまで育んできた町とのつながりが活かされた。

(※彼らと町とのつながりについては、有料会員向けページで紹介します。)

そうして14年7月、3度目の上映会が作品展とともに結実した。「映画×美術 終わらない物語がここにある…」と自分たちで考えたイベントのタイトルをつけ、手作りの横断幕を作品展の入口に掲げた。特設ウェブサイトを作り、藤村さんはブログに進捗や自身の想いをストレートに書き綴った。7月11日のブログには、こう書いてある。「監督は僕らの上映会を、『with…』の“甲子園”だと言ってくれた。全国でRoadして、また甲子園に帰ってくる気分だと。嬉しかった。あの時のコトバ、今でも僕は忘れていません。まだまだ『9回裏』じゃない。ここからだ。」

自分たちにしかできない作品展と上映会を作り上げたい、と無我夢中で走り抜けた。会期中は町外からも人が多く集った。イベントを開いたことで、河合町を知ってもらうきっかけにもなった。町の年配女性からは「あなたたちのような若者が地元でこんなイベントを開き、盛り上げてくれるのは嬉しい」と声をかけられた。上映会の7月19日。終演後、谷さんは一人の女性からアンケートを手渡された。中を開くと、感想欄にこう書かれていた。

「私は 癌で 余命 1年です 勇気を 貰いました ありがと」

その手書きの文字を目にして、心が震えた。「その端的な言葉を記すまでの背景にはきっと、葛藤や苦しみなど、いろんな想いがあっただろうと思います。『with…』が持つ力がその方の中の想いをかき回し、それにスタッフ仲間一人ひとりのサポートがあって、こんな言葉に出会えた。それは僕にとっての幸せでした」。

アンケートの感想を見た藤村さんも、熱いものがこみ上げてきた。自分たちの上映会が届けられたのではないかと実感した。「僕は、『with…』を観て喜怒哀楽の怒りと悲しみの感情が沸き、さらに優しさを味わい、自分たちの上映会で喜びと楽しみを感じています。僕はもしかして『with…』の上映会を行うことで、僕の理想を追い求めているのかもしれない。それは、仲間たちと力を合わせて楽しむこと、それで多くの人々に喜んでもらえることです」。

初めて『with…』を観て感じた時の悔しさについて、10年経った今は「悔しさの次元が変わった」と藤村さんは言う。「今はもう、由美さんと同じことはできない、という悔しさは無いです」ときっぱり。「由美さんに対して、今の自分は恥じない生き方をしているか。そう胸を張って言えるかといったら、まだまだ。そういう意味での悔しさはあります」。そして、由美さんや榛葉監督から感じる生きるエネルギーに対して、自分も全身全霊で生きることにぶつかっていく。これからも、そんな生き方をしたいと思っている。

藤村さんには、「『with…』を若い人たちに観てもらいたい」という想いがずっとある。「あの映画を観たら、何かが変わると思うんです。僕は何より、生きることにもっと真剣に向き合うようになりました。その何かは人それぞれですが、考えるという行為をするだけでも、変わっていると思います」。谷さんは「観た後に何か行動を起こしたくなりますね。できる、というスイッチが入るような感覚」と言う。

『with…』はこれまで、全国各地の学校で上映されており、中には毎年上映している学校もある。一方で学校上映は、映像教育に関する予算がつきにくく、さらに外部の人が学校にアプローチしても直接会って話を聞いてもらえない場合が多く、ハードルが高い現状があるようだ。しかし、そこを乗り越えて藤村さんは次に、母校の河合第二中学校での上映会を実現させたいと思っている。

谷さんは「あいつ(藤村さん)がやるんだったら、俺もやります」と言う。「俺らはこれまで、河合町に対して働きかけをして、上映会の他にもいろんなイベントを起こしてきました。それは、俺ら30代が立ち上げて道を作っておけば、その後、町でイベントを起こす時にスムーズにできるようになるから。母校での上映会も俺らが作りたいですね。俺らが『with…』でやりたい。卒業生が後輩に観てほしい映画となると、また生徒の受け取り方も違うと思います。そこで、どう作り上げていくか。いい方向にいくよう意見を出し合いながら、いいものが作れると思います」と目を輝かせた。

「佐野由美作品展 in 河合町」より(藤村さんは前から2列目右端、谷さんは一番奥)・2014年7月=榛葉監督提供

「佐野由美作品展 in 河合町」より(藤村さんは前から2列目右端、谷さんは一番奥)・2014年7月=榛葉監督提供

最後に藤村さんは、こう話した。「過去2回上映会を開いた時よりも、今がいい社会になっているとは思えません。だからこそ今、『with…』を一人でも多くの人に見てもらいたいんです。監督がよく話していますが、『with…』を多くの人が見たら、きっとこの世界は、今よりも良くなるのではないか、と僕も思います。『with…』はこの先50年、その後もずっと観続けられる映画。僕は僕なりにそのバトンをつなぎたい」。

※「with…若き女性美術作家の生涯」をめぐる連載の最終回は、10月1日(木)に掲載する予定です。

—————————————

◆今後の「with…若き女性美術作家の生涯」上映情報

<映画「with…若き女性美術作家の生涯」舞鶴上映会>

【開催日】2015年9月19日(土)2回上映

【時間】午前の部 11時~13時/午後の部 15時~17時

※榛葉 健監督との交流&シェア会17時30分~19時

【上映会場】赤レンガ2号棟 舞鶴市政記念館(京都府舞鶴市)

【チケット】一般 1,500円 学生・障害者 1,000円(当日300円増)(小学生無料)

【チケット販売所】舞鶴市総合文化会館 舞鶴市民会館 市内各所

遠方の方はメールで前売予約を受付中 utagokoro@impresslife.jp

【舞鶴上映会イベントページ】https://www.facebook.com/events/1627356667532685/

<映画「with…若き女性美術作家の生涯」ネパール支援特別ロードショー>

【期間】2015年11月末まで延長決定

【上映会場】「天劇キネマトロン」大阪市北区中崎西1-1-8

→ http://amanto.jp/groups/tengeki/httpamanto-jpgroupstengekiaccess/

【予約・問い合わせ】電話 06-6371-5840(カフェ天人〈あまんと〉)

【メール】with☆amanto.jp(メールアドレスの☆部分は@に変更してお送りください)

【申し込み方法】希望日時、代表者名、連絡先(電話、メール)、参加人数(4人~25人)を伝え、空いている日程の中からスケジュールを決める。

【上映可能時間】午前11時半から、午後10時まで。上映時間60分。

※スケジュールに「with上映会」と表示されている日時であれば、既に予約済みのグループに同席する形で、個人参加も可能。

→ http://amanto.jp/index.php?cID=152

【入場料】1500円+募金

◆ドキュメンタリー映画『with…若き女性美術作家の生涯』公式サイト → http://with2001.com/

—————————————

<アイデアニュース関連記事>

映画「with…若き女性美術作家の生涯」が生み出したもの(1)
→ https://ideanews.jp/backup/archives/6182

観客が上映日時を決めるシアター、「with…」が生み出したもの(2)
→ https://ideanews.jp/backup/archives/6451

家なき地に迫る豪雨と雪、ネパールの被災地は今 「with…」連載(3)
→ https://ideanews.jp/backup/archives/7117

「立ち位置の意識」が遠くのことを身近にする 「with…」連載(4)
→ https://ideanews.jp/backup/archives/7989

映画×美術 終わらない物語がここにある… 「with…」連載(5)
→ https://ideanews.jp/backup/archives/9105

背中から伝わった生きるエネルギー 「with…」連載(最終回)
→ https://ideanews.jp/backup/archives/10147

From Kobe to the World: The “Reality” of Art that a Young Artist Pursues in Her Life
→ https://ideanews.jp/backup/archives/13012

—————————————

<アイデアニュース有料会員向け>

3度目の上映会で藤村さんと谷さんは、なるべく経費をかけずにいいものを作れるよう様々な工夫をしました。そこには河合町とのつながりも活かされています。その取り組みを一部、紹介します。

上映会を企画した時、二人は真っ先に河合町からの推奨、河合町教育委員会の後援名義申請をしたそうです。「河合町が後援となれば、町内の各自治体にチラシを回覧板に挟んで回してもらえたり、体育館や派出所など町の所有施設の掲示板にポスターを貼ったりすることができます。そうすれば宣伝費をかけないで、広く告知できますから」と谷さんは説明してくれました。

『with…』ポスターを掲示板に貼り付け=藤村さん提供

『with…』ポスターを掲示板に貼り付け=藤村さん提供

また、子どもたちに観てもらいたいと思い、出身校の担任の先生や部活動の顧問の先生に直接話をしに行き、校長先生につないでもらえるように働きかけをしたそうです。つながりが無くても、生徒に告知をしたいからチラシを渡してほしいと周辺の小学、中学校の校長先生に直接会いに行った所もあるそうです。藤村さんは「話を聞いてくれる学校ばかりではありませんでしたが、中には先生やPTAの方々が来てくれることもありました。子どもたちに観てもらう本来の目標は、まだ達成できていませんので、これからの課題です」と話します。

藤村さんや谷さんは現在、河合町に住んでいませんが、町長や町職員との親交があります。きっかけは2011年の東日本大震災。当時、東京に住んでいた谷さんは3月11日の夜、中学の同級生たちに呼びかけて被災地に義援金を送ろう、と藤村さんに相談しました。集まった義援金は、これまで育ててもらった河合町を通して被災地に届けたいと考え、岡井河合町長に直接手渡しに出向きました。そのことがきっかけで町長から人の輪が広がって、町長や町職員の方々との交流が始まったそうです。

二人は12年1月、育った町を活性化しようと河合第二中学校卒業生有志で「Member of 2chu(メンバー・オブ・ニチュー)」を結成。成人式の日の午後に30歳の同窓会を開き、町長をゲストに迎えました。以後、藤村さんが後輩に働きかけ、30歳の同窓会は毎年続き、4年目には町を上げての恒例行事となっています。

また、河合第二中学校卒業生として、今後の町づくりについて町長や議会議員、町職員と意見交換をする場に呼ばれるようになりました。そんな中で、ホールや公園など、河合町が所有する施設をイベント用として無料で貸し出す「河合のまち貸します」という画期的なシステムが生まれました。その制度の活用促進を図るために「あなたの企画買います」という助成事業もでき、幾つかの事業の中で『with…』映画上映会と「佐野由美作品展in河合町」の企画も採択されました。

そんな町とのつながりは、意図的に行ったのではなく、それぞれの活動に全力で取り組む中で自然と築かれていったもの。「時間はかかりましたが、これまで取り組んできたすべての活動がつながっています」と藤村さんは言い、「『with…』が無かったら、ここまで膨らんでなかったかな」と谷さんはつぶやいていました。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA