私が出会ってきた猫たちを思い返してきた連載「私と猫たち」。ここからは、現在我が家で暮らす猫たちについて綴る。全員保護した猫たちだが、それぞれに数奇な物語を持っている。
2006年3月12日。深夜2時頃、弟から「車に轢かれた猫がいる!」と電話が鳴った。私は電話帳で夜中でもやっている動物病院はないかと調べ、母はタオルなどを用意して現場へ向った。幸い、車で30分程度のところに24時間対応の病院を見つけることが出来、母と弟は、病院へ猫を担ぎ込んだ。見たところひどい状態で、母は助からないだろうと思ったそう。すぐに手術になり、先生の腕の良さもあって命をとりとめた。そして、我が家に迎えることになった。弟は、片目をなくした白黒の猫を「政宗」と名付けた。もちろん片目の武将「伊達政宗」にちなんで。
推定5歳ぐらい、先生は2000年1月1日生まれとした。顔にキズがあるから強い猫だっただろうと言われた。ノラ猫の平均寿命は3年というから、荒波を生き抜いてきたのだろう。ノラ猫だった政宗は、元気になってからもゲージの中で叫んでいた。母は、怖いからと皮の手袋をして世話をしていた。1カ月もすると人に慣れ、次第に人間大好きな猫へとなっていった。
政宗の写真が、なぜ全てエリザベスカラーをしているか。交通事故の影響だと思うのだが、後ろ足で血が出るまで耳周りを掻いてしまい、毛がなくなるぐらいに毛繕いをしてしまう。洋服を着せたり、スカーフをして保護していたときもあったのだが、今はエリザベスカラーだけになった。
今、我が家では一番年上のおじいちゃん猫。しゃらファミリーの老猫たちが旅立つ前になると、寄り添って看取ってくれた。見た目は片目で強面だが、甘えたで心優しい猫だ。ちょびひげ模様もチャームポイント。
2012年。1年半前にせりを亡くした私が出会った雌猫がいる。現在の仕事場近くはノラ猫が多く、色々な猫たちに出会う。その猫も近所でたまに会う猫だった。びくびくしながらも、人間に触ってもらうと嬉しそうにする。友人に「近くに住んでいた外国人が、帰国の際置いていった」と聞いた。元飼い主さんが大好きだったんだろうなと思い、不憫に思った。人間に慣れず、自由に生きるノラ猫を保護しようとは思わないが、「触ってほしい」と願うその猫のことが頭から離れなくなった。連れて帰ってあげたいと思うようになり、母に頼み込んだ。
我が家に連れて帰ったのは10月6日。母にキャリーケースを持ってきてもらう間、空き地でふたりで待った。膝で眠る猫を撫でながら「せりちゃん。この子連れて帰ってあげていいよね」と今は亡きせりに語りかけた。なんとなく、許してもらえるような気がしたのだ。うめ吉の次にやってくる猫なので、「桃」を使おうと思い、「すもも」と名付けた。推定5歳だった。
母はすももを見て「面白い顔! ハクビシンみたい」と言った。鼻筋に白の模様がはいり、口周りに色が入っている、面白い模様。置いていかれてしばらくノラ猫だった頃、「どろぼうちゃん」と呼ばれていて、「確かに……」と笑ってしまった。さらに目つきがちょっと悪い。。。ま、そこがすももらしいけれど。
すももが他の猫たちと一緒に生活するようになってわかったのは、「猫嫌いの猫」だということ。他のどの猫とも仲良くなることはなかった。やんちゃなうめ吉は、嫌がるすももを追いかけまわした。それは、うめ吉がせりを追い回す光景と同じだった。人間が大好きなすももは、べったりくっついてくる。布団の中で一緒に寝るのも大好きだ。一緒に暮らすようになって、せりに似ていると思った。死んだせりが、すももの中に入っているんじゃないかと思うぐらい。たまに「せりちゃん入ってますかー?」と話しかけたりしてしまう。
2014年、2月後半。うめ吉の急死から7カ月を過ぎた頃だった。母から相談を受けた。隣の家の人から、猫を貰ってもらえないかと相談されたという。家庭の事情が変わり飼えなくなり、うちに貰ってもらえないなら保健所に連れていくという。そう言われたら断れないじゃないか。その猫を不憫に思い、結局引き取ることになった。我が家にやってきたのは3月6日。出張先で「美猫だよ」と連絡を受けた。そして、その夜、以前から弱っていたしゃらが旅立っていった。しゃらと入れ替わりでやってきた猫だ。
「ぽんちゃん」という名前だったので、「ぽんず」と名付けた。以前、ベランダの柵の隙間からみたことがあったのだが、青い目がとても印象的な猫だった。白地に茶系のぶち模様。てんてん三郎を思いだすような毛色、顔はぶち太郎のような美形だった。さらに、手足が短く、ぬいぐるみのような可愛さだ。じーっと見ていると、目が揺れているのに気がついた。眼震だった。他に異常はないが、眼震があるということは、脳に少し障害があるのかもしれない。8歳になるシニア猫なのだが、おもちゃが大好きで、子猫のように遊ぶ。おもちゃが欲しくて、ケースの前に座り、ガリガリする姿はとても可愛い。
一方、触ったり、抱っこしようとすると、大きな声を出して暴れる。開くまでガリガリと引っ掻き続けるふすまはぼろぼろだ。今まではおだやかな猫ばかりだったので、驚きだった。
ぽんずは何かを枕にするのが大好き。置いてあるもの何でも使われてしまう。ついにはカメラも枕にされていた……。そして、神経が高ぶってくると、机の上でひっくりかえり、くねくねと踊りだす。ステージの上で躍っているみたいで、面白い。寝方も独特で、股関節を開き、完全に仰向けになる。その安定感は抜群だ。
ずっとひとりで育ってきたぽんずは、猫とのコミュニケーションがへたのようだ。政宗はぽんずに取っ組み合いのじゃれあいを求められ、本気で怒る。もうおじいちゃん猫だから、遊びにはつきあえないらしい。
政宗、すもも、ぽんずの3匹になり、猫達は代替わりした。仲がよく、触っても抱っこしても全く危険がなかったしゃらファミリーとは違い、大人で保護した猫たちには気を使う。特に、猫嫌いのすももと、永遠の子猫ぽんずは、天敵のような関係になった。ノラ猫の喧嘩かと思うような叫び声があがるのもしばしば。私達はうちわを持って仲裁に入る。
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しゃらファミリーのときには考えられなかった出来事がいろいろありました。
すももとぽんずは爪を切るのが本当に大変。すももの騒ぎようは獣医さんでも手を焼くほど。こんなに嫌がる叫び声は、はじめて聞く猫の声だ。「殺される〜!!!」と叫んでいたんじゃないだろうか。母は、すももは特異体質で爪に神経が通っているんだと本気で考えていた。
さらにはふたりとも抱っこは絶対にNG。飼い猫なのに……。友人の猫を触らせてもらって欲求不満を解消していたぐらいだ(笑)。
しゃらファミリーは獣医さんに驚かれるぐらい丈夫な歯だった。しゃらのお腹にいるときから食べ物に気をつけていたからかもしれない。ところが、大人になってからやってきた子は、元の生活環境が色々で、今までになかったような事がおきる。すももはひどい歯周病にだった。よだれをたらし、独特の臭い口臭があり、いつも舌を出していた。口の中が痛いらしく、ご飯を食べるのも辛そうだった。まだ6歳なので、この先大変だからと手術をすることに。結局、上下の犬歯を残して、他は全て抜歯になった。
入院して帰ってくるときに、病院から冊子が渡された。どんな手術をしたかを写真つきで解説してあるものだった。表紙には、入院中に撮影された、怒ったすももの写真が、さらに桜の季節だったからか、桜やお団子の切り絵まで貼ってあるなんとも可愛い冊子。すももは大変だったろうが、その冊子を見て母と笑った。
育った環境で猫も色々だ。しゃらファミリーは何をしても怒ることはなかったので、3匹にものたりない思いもあった。ぎゅうって抱っこしたい……この欲求不満はこの後解消されることになる。
※岩村美佳さんのエッセイ、「私と猫たち」は隔週月曜日(月曜祝日の場合は火曜日)に掲載しています。
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