自分の思いが伝わると人はどんどん変わってゆく、「指談・筆談」の現場から

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

これまでもアイデアニュースでは、指談・筆談についていくつかの記事を掲載してきました。まだ一般的には知られていないコミュニケーションの方法ですが、病気や事故で言葉を発することが出来なくなった人、様々な障害のために「この人には言葉はない」と思われていたり、遷延性意識障害(いわゆる植物状態)であったりする人の思いを知る手段として有効であることを、筆者も何度か目の当たりにしています。今日は、指談・筆談の「お話」がとても上手で、たくさんの方々から言葉を引き出している牧野順子さんの活動をご紹介したいと思います。

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牧野順子さん =撮影・松中みどり

牧野順子さん=撮影・松中みどり

合氣道指導員で、氣圧療法士でもある順子さん。短時間で指談・筆談が上達された理由のひとつが、合氣道によって培われた「相手の心を知り、相手の氣を尊ぶ」姿勢ではないかと、このたび順子さんとお話をして思いました。今では指談の講習会で講師もされている順子さんは、昨年、かっこちゃんこと山元加津子さんの毎年恒例のイベントで、指談・筆談のやり方を説明するときに、合氣道のことから話を始めたそうです。それがとても分かりやすかったと好評で、見えないものを感じるという体験ができたという人がたくさんおられたそうです。例えば、こういうことなのね、と順子さんが話してくれました。

「氣が出ている状態って、リラックスして心が鎮まっている状態。心が鎮まっていると、相手の動きを瞬時に察知できるのね」。ホテルのコーヒーラウンジで、順子さんは私に「手を出して」と言いました。順子さんが自分の手のひらを私の方に向けて、窓を拭くような動きをしました。「ほら、打ち合わせしていないのに、私の動きについてこれるでしょ」 コーヒーカップの上で、お遊戯のような動きをした私たち、確かに、ぐるぐると円を描く相手の手の動きについていくことは、すぐに出来ました。

「でも、力を入れると氣は滞るのね」 順子さんは、動かしていない方の手をぎゅっと握ってみてと言いました。するととたんに、順子さんの手についていくことが難しくなったのです。

「指談も筆談も、相手の微妙な手の動きを感じて、相手の動きを邪魔しないようにして、丸を書きたいのかバツを書きたいのか感じとるでしょう。同じだなと思ったのね。力を抜いて、リラックスして、大丈夫だよと思うと出来る」

もう一つ教わったのは、順子さんが指を2本おでこのあたりで構えて、上から下に降ろす動きをするので、自分も指を2本構えておいて同時に降ろすというもの。相手が指を動かしたのを目で確認してついていくと、どうしてもタイムラグが出ます。次に、順子さんが「今!」と言葉で降ろすタイミングのヒントをくれると同時に降ろせました。

「じゃあ、言葉には出さないよ、でも、目で見るんじゃなくて、私のヒントを感じたら指を降ろしてみて。ほら、できたね!」ホテルのラウンジが、その瞬間、合氣道の道場になりました。

言葉を介さないコミュニケーションや、目には見えないものを感じとることを、実は私たちは普段の生活の中でやっているのです。なぜかわからないけれどこの人といると楽しい、なんとなく虫が好かない、嫌な予感、センスオブワンダー……筋肉を動かせない人の手を取って、その人の脳がイメージした言葉の信号を感じ取る。それは、今はまだ「常識」ではないかもしれませんが、順子さんは「未常識はいつか常識に変わる」と話してくれました。

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

順子さんは今、指談・筆談でその人の思いを引き出して欲しいという依頼や紹介を受けて、施設や病院や個人のお宅を訪問されています。筆者もその現場に立ち会うことが出来ました。

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

この日は、複数の方と順子さんが指談で話をしました。ペンを持って字を書いてもらう筆談はしませんでした。障害も様々で、言葉が全く出せない人もおられれば、口から出る言葉は「自分が今本当に言いたいことと違う」、という人もおられます。指の持ち方も、その人の指を順子さんが持つやり方以外に、順子さんの指をその人が握るやり方もされていました。順子さんと以前指談をしたことがある人が大半で、また自分の思いを言葉にしてもらえるのをとても楽しみに待っていた人が多かったです。順子さんが数か月前に初めてお話をしたMさんも、順子さんと指談を通して話が出来る順番を、今か今かと待っておられたおひとりです。Mさんのお母さんも来ておられて、私に話をしてくださいました。

「この子は自閉症なんです。小さい時から育てるのに本当に苦労しました。男の子だから力も強いし、私も必死だったし、今なら児童虐待って通報されるかもしれないくらい、厳しくきつく当たってしまって……だから、指談っていう方法があることや、この子にも言葉があって思いを聞けるかもしれないってことを教えてもらったときに、すごく心配でした。きっと憎まれてるって思ったから」とお母さん。

「でも、息子は、お母さん大好きと言ってくれたんです。そのときは厳しくしないといけなかった事情も分かるから、もうその頃のことを思い出して苦しむのはやめてほしい。もうその頃から卒業しましょうと指談で伝えてくれた。もう嬉しくて、泣けて」 お母さんはまた涙を浮かべておられました。

そして、「この子は何にもわかっていないと思っていたときと、今では全然違います。今は、今日の予定はこうですよ、とかちゃんと伝えるし、なんだか敬語を使ってしまうときもあるくらい、大人扱いしたりして」と笑顔を見せてくれました。

Mさんご本人がこの日、順子さんを通して一番伝えたかったことは、指談で思いを伝えて以来、「お母さんの表情が明るいのが嬉しい」ということでした。お互いを思いあって、穏やかな笑顔を見せるお二人に心打たれました。話が出来ると、ご本人もご家族にも明るい前向きな変化が出てくることが多いのだそうです。

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

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<関連リンク>

白雪姫プロジェクトのページ →http://shirayukihime-project.net/

指談の練習の仕方 →http://shirayukihime-project.net/yubi-dan.html

<アイデアニュース内の関連記事>

指談の新しい本、かっこちゃん&順子さんの「指談で開く言葉の扉」が出ました → https://ideanews.jp/backup/archives/11961

自分の思いが伝わると人はどんどん変わってゆく、「指談・筆談」の現場から →https://ideanews.jp/backup/archives/8508

書評:「体当たり白雪姫と指筆談のこと」 優さんと良平君の思い →https://ideanews.jp/backup/archives/4201

「意識がない」と思われてきた人の意思を伝える白雪姫プロジェクト、指談実演 →https://ideanews.jp/backup/archives/1900

「大切な花を心にひとつ」 かっこちゃんの「星の王子さま」のひみつ →https://ideanews.jp/backup/archives/1837

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<アイデアニュース有料会員限定コンテンツ>

初めて思いを言葉にしたとき、多くの人が伝えることは

言いたくないことは言葉にせずに心の中にしまっておく

牧野順子さんの活動、ここからは「全文閲覧権」を購入くださっている方だけが読める部分です。

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初めて思いを言葉にしたとき、多くの人が伝えることは

指談や筆談を使って思いを言葉にしたとき、多くの人が「ありがとう」という感謝を伝えています。「お母さん、大好き」「お父さん、ありがとう」「幸せです」と。それはなぜなんだろうと考えたとき、こう思ったのです。長い間言葉を持たない(使えない)と思われていたり、まして植物状態で何もわかっていないと思われていた人が、順子さんと出会い、自分の思いを言葉にしてもらう。それは、まるで砂漠で水を見つけた時のように嬉しくて、ありえないと思っていたことが実現した至福の時間。少しずつ出来る人が増えてきたとはいえ、順子さんくらい上手に読み取ってくれる人はまだまだ少ない現状で、貴重な指談の時間を、例えば昔の嫌だったことの恨みつらみを伝えることで費やすのはもったいない。今一番伝えたいことが、家族や周りにいる人たちへの「大好き」「ありがとう」なのだとすると、人間ってなんて優しくて温かくて素敵なんだろうと思います。

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

順子さんもご自身のブログの中でこう書いておられます。

~~指先に文字を伝え始めた時に 愚痴や不満の言葉を書いた仲間は この一年間には一人も いませんでした。仲間の中には 「今のままで(指談を使わなくても)いい」といた方もいました。

「言葉がなくても 人として認めてもらいたい。言葉がないと人として認められないなら指談は嫌です」、と話した仲間や「お母さんが『(指談が)できなくてごめんね』と謝まって悲しい氣持ちになるくらいなら指談はしたくない」と話してくれた勇者もいます。今はその仲間も少しずつ指談・筆談でお話を始められました。

意識障害の方のところにお伺いしても ご家族への愚痴や不満をお聞きすることはほとんどないのです。

言葉はある日、急に伝わるようになる感じがします。その時の伝わった!というお互いの心が震えるような瞬間を楽しい、素敵な瞬間とイメージして迎えて欲しいと思うこの頃です。~~

言いたくないことは言葉にせずに心の中にしまっておく

また、指談・筆談に関わる大切なこととして、順子さんはこうも話しておられます。「指談は伝えたくない心の中を読むものではなく、ご本人の伝えたい言葉が伝わるもの、感じられるもの」私たちが、言いたくないことは言葉にせずに心の中にしまっておくように、その人の伝えたいこと、話したいことが指先に伝わってくるのだそうです。最も大事なのは「指談が出来るようになること」ではない。どんな人にも思いがあって、言葉があることを理解する。そして、その方のことを分かりたいという気持ちで接して、もっと仲良くなる、もっともっと大好きになること。指談は、「ご本人のため」という基本が大事だよと教えて下さいました。

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

指談をしている順子さん=撮影・松中みどり

指談・筆談を通して自分の思いを分かってもらった人が、どんどん変わっていく様子を筆者も見ました。2年前まで言葉を持たないと思われていた女の子Rちゃんが、先日の講習会では、指談・筆談を正しく伝えたいから自分を練習台として体験してほしいと参加。表情は明るく、笑顔もたくさん、指談でお話が出来るのはもちろんですが、Rちゃんに思いがあることが当然だと、温かく見守る雰囲気が後押ししたのだと思います。

指で〇や×を書く練習をしているとき、〇と書く前に「そう!」と発話があったり、ちょうど筆者がRちゃんの指を取ったとき、離して欲しいような「氣」を感じたので、「筆談の方にする?」と聞いたら「ペン!」と発話。お母さんも驚かれる成長ぶりでした。指談・筆談をきっかけに自分の可能性を信じられた本人と、周りの人たちの温かい理解と協力が、Rちゃんのこれからの日々をますます輝かせることでしょう。

指談・筆談講習会のRちゃん=撮影・松中みどり

指談・筆談講習会のRちゃん=撮影・松中みどり

「難しそうだなあ、できないんじゃないかなと思ったら、やっぱり出来ないのね。あ、出来そう、大丈夫だとリラックスしたら出来るのよ。心を鎮めて、心の耳を澄まして、自分のことも相手のことも肯定して、I’m OK、You’re OKだという気持ちで練習していけば、ある日言葉がさーっと入ってくると思う」と順子さんは話されます。

筆者は今も、〇と×と1,2,3がなんとか感じられるところで足踏みしていますが、コツコツ練習をしていきたいと思っています。英語を勉強していて、これまで言葉と思えないような音のかたまりだったものが、ある日急に言葉として理解できたときのあの感じなのだろうと、想像しているところです。

目が悪くなればメガネをかけ、足が不自由になれば車椅子を使うのと同じように、口から発話できないときのコミュニケーションの手段の一つとして、指談・筆談があたりまえの方法になる。「未常識が常識になる」日がきっとくると、筆者も願い、信じています。

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