ブロードウェイ・ミュージカル『レント』の原作として知られるオペラ『ラ・ボエーム』。19世紀のパリを舞台に、屋根裏部屋で暮らす若いアーティストたちの愛と死を描いた名作です。通常はイタリア語で歌われますが、2017年に日生劇場が新しい日本語訳詞で上演。大評判だったこのプロダクションが、2021年6月12日(土)と6月13日(日)に、新しいキャストでNISSAY OPERA 2021『ラ・ボエーム』として上演されます。この作品に、ショナール役で出演する北川辰彦さんにインタビューしました。北川さんは、オペラ界のスター歌手として数々の作品で活躍しているかたわら、東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』司教役や、ミュージカル座などにも出演しています。インタビューは上、下に分けて2日連続で掲載し、「上」では、ショナール役について、『ラ・ボエーム』と『レント』の関係、プッチーニ作品について、東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』に司教役で出演して思ったことなどについて話してくださった内容を紹介します。「下」では、オペラ歌手の飲み会とミュージカル俳優の飲み会の違い、オペラ歌手を「武士」に例える理由、若者へのアドバイス、読んでいる漫画と演技の関係などについて語ってくださった内容を紹介します。
——北川さんは6月12日(土)、日生劇場の『ラ・ボエーム』公演にショナール役で出演されます。『ラ・ボエーム』は詩人のロドルフォ、画家マルチェッロ、音楽家ショナール、哲学者コッリーネの四人がパリの屋根裏部屋で繰り広げるストーリーで、やがてロドルフォがミミと恋に落ち、マルチェッロは元恋人のムゼッタとよりを戻し、この二組のカップルを中心に物語が進みます。芸術家たちの青春群像を描いた作品の中で、北川さんが演じるショナールの役割について、紹介していただけますか?
詩人や哲学者などと比べると音楽家というのは身近に感じやすい役どころかもしれませんね。わかりやすく言うと、ショナールはボケもツッコミも両方やる男です。一方、詩人のロドルフォはどちらかというと天然のイメージで終始そのまま(笑)。画家マルチェッロは“怒り芸”みたいなところがあっていつもワーワー言ってる。哲学者コッリーネはちょっとシュールな役といいますか。そう考えると、ショナールがいないと成り立たない四人組なのかな、という感じはします。ある意味4人グループの漫才というか、コント集団みたいな感覚があるんです。
——ショナールは四人の中では一番現実的でしっかりしていますよね。劇中で唯一ちゃんとお金を稼いでくる人でもあり(笑)。
そう、みんなショナールを頼っていますね。四人のキャラクターの違いは、演出の伊香修吾さんと話をしながら、声以外の演技の部分を作っていきたいと思っています。
——『ラ・ボエーム』をミュージカルの『レント』と比べるといかがですか?
ショナールは『レント』で言えばゲイでドラァグクイーンであるエンジェルにあたる役なんですよね。『レント』はLGBTについてかなり描かれている作品だと思いますが、僕が最初に観た時には衝撃的でした。同じようにオペラ 『ラ・ボエーム』も発表された当時は、貧乏な芸術家たちの恋愛を描くことは当時のお客さんにとって衝撃的な作品だったと思うんです。貧しくて夢を常に持ち続けている、けれども努力すれば報われるかというと、その思いだけではどうにもならない人生観が『ラ・ボエーム』にはあると思っています。
——若くして病に冒されているミミの運命にはやはり涙してしまいます。
『ラ・ボエーム』は、ロドルフォとミミの大恋愛の物語、命をかけて愛し死んでいった女性の物語だと思います。オペラの中にはショナール自身についてはそれほど書き込まれてはいませんが、『レント』でエンジェルのような描かれ方をした理由はやはりあるのかなと…。例えばショナールが自分で自分のことを「俺様のこの美貌を使ってメイドを口説き落として…」と歌うところがありますが、ショナールは女性に対するアプローチを強くできる人なんですよね。だからミミに対して、状況をよく分かった上で、何か別の感情なりを持っていたら彼の人物像が深くなるかもしれません。
※アイデアニュース有料会員限定部分には、NISSAY OPERA 2021『ラ・ボエーム』で共演するロドルフォ役の宮里直樹さん、マルチェッロ役の今井俊輔さん、コッリーネ役のデニス・ビシュニャさんとのコミュニケーションの取り方や、プッチーニの作品について、ミュージカルに出演して自分の表現の幅を自分で狭めてはいけないと思ったことなどについて話してくださったインタビュー前半の全文と写真を掲載しています。5月11日(火)掲載予定のインタビュー「下」では、オペラ歌手の飲み会とミュージカル俳優の飲み会の違いから、オペラ歌手を「武士」に例える理由、オペラ歌手になりたいという若者へのアドバイス、コロナ禍になって物事の考え方が変わったことや、読んでいる漫画と演技の関係などについて語ってくださったインタビュー後半の全文と写真を掲載します。
<有料会員限定部分の小見出し>
■日本語訳の良いところは、出演者同士のやりとりが通じやすいこと。その場でツッコミ合える
■プッチーニ作品は音楽の良さが一番。『ラ・ボエーム』は初めてオペラを観る人も楽しめる
■ミュージカルは、稽古場でどれだけインスピレーションを出せるかを考えている
■オペラは劇場の空間全てを生の声で満たすように歌う。声をいかに遠くまで飛ばすか
<NISSAY OPERA 2021『ラ・ボエーム』>
【東京公演】2021年6月12日(土)・6月13日(日) 日生劇場
公式サイト
https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2021_info/la-boheme/
<関連リンク>
NISSAY OPERA 2021『ラ・ボエーム』
https://www.nissaytheatre.or.jp/schedule/boheme2021/
北川辰彦 Twitter
https://twitter.com/tatyan1129
ザ・ジェイドTwitter
https://twitter.com/TheJADE9
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※北川辰彦さんの写真1カットとサイン色紙を、有料会員3名さまに抽選でプレゼントします。有料会員の方がログインするとこの記事の末尾に応募フォームが出てきますので、そちらからご応募ください。応募締め切りは6月10日(木)です。(このプレゼントの募集は終了しました)会員の方はコメントを書くこともできますので、どうかよろしくお願いいたします。
※ここから有料会員限定部分です。
■日本語訳の良いところは、出演者同士のやりとりが通じやすいこと。その場でツッコミ合える
——北川さんのショナールがミミにどのような感情を抱いているのか注目ですね。ところで先ほどおっしゃっていたコント集団というか、四人の芸術家たちのドタバタのお芝居の楽しさはこのオペラの大きな魅力だと思いますが、今回の共演者の方々との掛け合いはうまくいきそうですか?
マルチェッロ役の今井(俊輔)さんは一度、二度、オペラで共演させてもらっています。ロドルフォ役の宮里(直樹)さんは初めてですが、コッリーネ役のデニス(・ビシュニャ)さんともすでに一緒にやっていますし。楽しいものが出来上がりそう、という予感はあります。和気あいあいとなるんじゃないかと(笑)。
——キャスト同士の交流はどのように深めているんですか?
リハーサルの休憩時間などだとやっぱりオペラの話になるじゃないですか。“ここの歌はこうやって合わせようよ”とか、“あそこの立ち位置がさ”とか。そういう話じゃないものを、稽古の後でみんなで一杯飲みながら、リアルな恋の話なり何なりするほうが舞台は奥が深くなりやすいと思っていて。僕は飲みニケーションってやっぱりとても大事だと思っているので、そこは困ったなと…。
——飲み会の代わりの方法が何かあるといいですね。
そうですね。だからこそよく人を見るようになったということもありますね。リハーサルの合間など、短い時間でできるだけ仲間を理解しようと努めるとより面白くなりますから。ひとつの受け答え、ほんの少しの会話からでも人を見る力を養えることがありますよね。それからSNSを利用することもひとつです。LINEのグループをつくるとか、出演者みんなで交代しながらTwitterでつぶやいてみたりすると、雰囲気が明るくなりやすいですよね。
それはキャストにとって、舞台の宣伝にもなりますし、広報にも前向きになるという効果もあると思うんです。特にオペラ歌手はそういうのが苦手というか、僕も含めてできれば歌だけ歌っていたいと思う人たちが多いので。でも何か発信した方がお客さんは喜ぶんですよね。そういうのはミュージカルの世界ではより普通に行われていると思います。
——今回の日生劇場のプロダクションは日本語訳詞による上演であることが大きな特徴です。イタリア語上演との違いはありますか?
プッチーニの音楽はとてもメロディックなので、他の作品よりも言葉と音楽の関わり合いでうまくいかないところが出てきた場合の処理が難しいところはあると思います。そこは皆の音楽と合わせながら、指揮の園田(隆一郎)マエストロと一緒に作りつつあるという感じです。
日本語訳の良いところは、出演者同士のやりとりが通じやすいこと。これが外国語のオペラだと、セリフの解釈に齟齬が出たりすると噛み合わなくなる場合があるんです。そうするとやはりインスピレーションも湧きにくくなります。日本語訳だと相手が思っていなかった出方をしたり、もしくは何か間違えたりした時に、その場で分かってツッコミ合えると、結局舞台は人と人とのつながりだと僕は思っているので、それだけでも音楽は深まりやすくなります。
■プッチーニ作品は音楽の良さが一番。『ラ・ボエーム』は初めてオペラを観る人も楽しめる
——オペラ『ラ・ボエーム』について、まだ観たことがない方に魅力を発信するとすればどうなりますか?
プッチーニの作品はとにかく音楽の気持ち良さが一番だと思います。『ラ・ボエーム』はプッチーニならではの音楽の作り方を一番わかりやすく、かつ身近に感じられる作品だと思うので、初めてオペラを観に行くという方はとても楽しめる作品だと僕は思います。また、男4人の和気あいあいとした、嬉し恥ずかしみたいな関わり合い方が、なんとなくノスタルジックでもあるし、すごくリアルでもある。ヒロインのお二人はとにかく美しいので説明はいりませんし、男性陣の楽しい瞬間も観に来ていただければ幸いです。
——ところで北川さんは、どのようにしてオペラ歌手になったのですか? オペラとの出会いを教えてください。
内緒なんですけど(笑)、僕はオペラが大好きでオペラ歌手を目指したわけではないんです。両親ともに武蔵野音楽大学の声楽科を卒業し、父は歌を歌っていて、今では合唱指揮を中心に活動していますし、家ではピアノのレッスンをやっています。姉はピアノ科を卒業して音楽療法士になった、という音楽一家なんです。だからクラシック音楽に対する敷居が低かったのは確かですね。親からは音楽大学に行くなら予備校に行かなくていいよ、と言われたので、音大を受験してみたら入れた。だからクラシック音楽だけに対するこだわりって実はそれほどないんです。
でも逆に言えば歌はなんでも好きで、演技も大好き。だから選んだ先がオペラだったんです。でもオペラはその人の声の種類で歌う役が決まるんです。男声はテノール、バリトン、バス。僕らがソプラノの歌を歌うことは一切ないですし、テノールの歌を歌うこともやっぱりはばかられるんです。
——オペラの役柄としてバリトンはカッコいい男性か、もしくは嫌な性格のライバルとかが多いですね?
そうですね。僕はバス・バリトンなので、王様とか悪魔とか僧侶とかも。おじいちゃんとか。それはそれでとても楽しいんですけれども、色々と考えていた時に、ミュージカルの人たちと出会ったんです。それで自分の表現の幅は自分で狭めてはいけない、と思うようになりました。
■ミュージカルは、稽古場でどれだけインスピレーションを出せるかを考えている
——表現の幅は自分で狭めてはいけない…。
声の種類で役柄がある程度決まってしまうオペラと違ってミュージカルは自由ですごいな、と思ったのは『レ・ミゼラブル』で、ジャン・ヴァルジャン役の人の演技を見た時でした。ジャン・ヴァルジャンは物語の中で歳を取るじゃないですか、でもある方の役作りでは、もう老人になった彼のはずなのに飛び跳ねたり、肉体的に若くてエネルギッシュなままに僕には見えたんです。それが正解なのかどうか分からないですけれど、それが舞台の上でありえる世界なんだ、と感じました。そういう意味で、表現の幅を自分で狭めてはいけない、と思ったのです。
“オペラ歌手はオペラだけを歌うのがあたりまえ”と思っていたのが、ミュージカルを体験してからは、その垣根をちょっと外せるようになりました。たとえば、演歌やアニメソング、ミュージカル、映画音楽、ポップスなどをコンサートで歌うようになりました。姉が音楽療法士なので病院でのコンサートに出演したことがあるのですが、昭和初期の歌謡曲や演歌の方がオペラよりも断然盛り上がるんですよね。「このヤロー!(笑)」って思ったりしましたけど。
——知っている曲をコンサートで聴くのは確かに嬉しいですね。
僕が活動している男声ユニットThe JADE(ザ・ジェイド)でも幅広い曲を取り上げています。それから、オペラのリハーサルの場は、役について家で自分が勉強してきたものを稽古場で切磋琢磨する、すり合わせる、という作業が中心ですが、ミュージカルの方たちは、もちろん台本を読み込んで覚えてはくるんですけれども、稽古場でどれだけインスピレーションを出せるか、ということを考えている人がすごく多いんです。そういう意味ではミュージカルの人たちは電波がたくさん出ていて、なんでもキャッチしようとみんな思っている。例えばアンサンブルでも、誰かが突然何か新しいことを始めた時に、じゃあ俺はこうしよう、こいつは隣でこんなことやり始めた、じゃあこうだ、みたいに反応する力を皆が持っている。
公演数もオペラよりずっと多いですから、上演している期間中でも毎回違う舞台になるし、キャストのキャラクターによって違う結果を生みやすい。そういうところが僕には面白かったし、とても勉強になりましたね。
■オペラは劇場の空間全てを生の声で満たすように歌う。声をいかに遠くまで飛ばすか
——オペラのスター歌手の北川さんが、ミュージカルに進出したきっかけは?
僕はもともと国立音楽大学でミュージカル部に入っていたんです。部を作った創成メンバーでした。だから興味はあったんですね。その後、オペラ歌手として活動するようになってから、僕の所属する東京二期会の先生から連絡が来て、「あるミュージカルで役を探しているそうなので、ぜひオーディションに行ってくれないか?」と。それが東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』司教役でした。その後も、ミュージカル座などのいくつかの作品に出演しています。
——オペラとミュージカルの発声の違いはどこにありますか?
基本的にマイクがあるかないかが決定的な違いです。オペラの場合は劇場の空間全てを生の声で満たすように歌うのですが、そうすると声の方向性はいかに遠くまで飛ばすか、ということになります。でもミュージカルで歌う時にはマイクは自分のすぐそばにあるので、オペラの発声で歌ってしまうとマイクには乗らないんです。スピーカーから出る声がいい声になるようにマイクに向かって歌う必要があります。
——演技面での違いはありますか?
大きな違いは無いのですが、音楽と演技の関係が少し違うように思います。音楽に振りをつけるのがミュージカルだとすると、音楽より先に演技をするのがオペラだ、というか。たとえば、「アイ・ラブ・ユー」という演技をする場合、ミュージカルはその言葉と動作が一致するのですが、オペラでは先に動いてそこにセリフが乗ってくる、というような感じです。僕はそのやり方をミュージカルでも使うことがあり、先行して動くとお客さんの目が自分に来やすい、というのは結構あると思います。オペラの場合、楽譜で音楽を分析することが多いので、それが動きにも使えるのかもしれないですね。
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記事はとても読み応えのある内容で、北川さんのお考えや思いが伝わりました。コロナ禍の中で、公演ができるか不安定な状況が続いていますが、ラボエームで北川さんのお声を聞いて元気をもらいたいと思います!