鯨井康介さん、オレノグラフィティさん、原田優一さん、小柳心さんの4人によるユニット「PAT Campany」が送る第一弾のミュージカル『グッド・イブニング・スクール』が、2020年12月17日から12月20日まで、本多劇場で上演されました。出演は、横田龍儀、中井智彦、黒沢ともよ、谷口ゆうな、オレノグラフィティ、小柳 心、鯨井康介、コング桑田のみなさんで、演出は原田優一、音楽はオレノグラフィティ、脚本は小柳 心、プロデューサーは鯨井康介のみなさんです。アイデアニュースにインタビューで登場してくださったオレノグラフィティさんは、流れる黒髪にフリルのスカート姿で、定時制夜間クラスに通うミキ役を熱演。カオスな場面も多い中、キャストが歌い出すと、とにかく耳福、物語の厚さと安定の歌唱が二重に楽しめました。すでに公演は終了していますが、開幕直前に実施されたゲネプロのルポをお届けします。
やわらかいオレンジ色で彩られた夕暮れ時の教室。窓の外には満開の桜。下校時刻を告げるチャイムの音色が遠くで優しく鳴り響く中、薄いグリーンの作業着を身に着けた用務員(鯨井康介さん)が、下校する生徒たちに声をかけながら「次」に使う生徒たちのために教室を整えます。舞台上手では、この名門進学校に着任したばかりの新任教師、若林典隆(横田龍儀さん)が登場。モノローグで父へ語りかけながら、自らの来し方を語り始めます。
彼は教師である厳格な父の薫陶を受けて成長し、父のような立派な教師になるため、その教え「生まれてから20年頑張れば、その後の80年順風満帆に過ごせる」の通り、この20年をがむしゃらに、恋愛にうつつを抜かすこともなく生きてきました。恋とは縁遠かった彼は今、同僚の特進クラスの担任、真田菜々(黒沢ともよさん)に対して淡い恋心を抱いています。憧れの父と同じ教師生活のスタート、そして初恋、まさに人生の順風満帆ターン到来! 迷える生徒たちの声に耳を傾け、教師として導いていくのだという意気込みで臨んだ若林ですが、初の担任は定時制夜間クラス、そして、彼の初の生徒たちは皆年上の、海千山千、一癖も二癖もある大人たちばかりなのでした。
腹にさらし、上体にフィットした半纏を素肌に羽織り、ニッカポッカに地下足袋と、ある種任侠な空気をも纏わす鈴木源(中井智彦さん)。パチンコ大好きで、生活と人間関係に支障が出るほどのめり込み、これではいけないと思いつつもなお、パチンコがやめられない福巻久美(谷口ゆうなさん)。 長身で広い肩幅の男性らしい体躯に、姫カットの流れる黒髪、やわらかいドレープを描くフリルのスカート、キュートなピンクのスニーカーという出で立ち、見た目のギャップが激しいミキ(オレノグラフィティさん)。 七三でぴっちりなでつけた髪にスティーブ・ジョブズを彷彿とさせるコーデ、理知的な雰囲気を醸し出しながらも、言動が異世界じみて得体のしれない岡島悟(小柳心さん)。 白いものも入り交じるグレーなセミロングのウェービーヘアに、学ラン、赤いゴムの縁取りがついた白い上履き姿、関西弁でイマドキのJK言葉をも操る還暦の山田宗一郎(コング桑田さん)。
仕事の後に学校に通う彼らは、「学生生活の前に私生活があり、高卒の資格さえ取れればいい」という態度で、なかなか勉学に身が入りません。そんな彼らを、あくまでも学生として扱い、教師として向き合う若林。そうこうするうち、教師としての熱量の衰えない若林に、生徒たちは勉強が「面白い」と感じるようになってきました。
そんな矢先、若林が特進クラス担任の真田先生に好意を抱いており、恋愛の場数を踏んでこなかった悲しさ、どうにも攻めあぐねているところを、生徒たちに目撃されてしまいます。若林の恋を応援しようと、これまでてんでバラバラだった彼らのベクトルが一致します。真田先生の若林への好感度を上げるために、自分たちがテストでいい点を取ればいいんじゃないかと、俄然盛り上がる生徒たち。自主学習会や、学校での合宿を経て、生徒たちのこれまでの背景や今の状況を知り、彼らと本音でぶつかりあい、交わした言葉を反芻し、少しずつ自分に落とし込んでいく若林。クラスの成績はなかなか上がりませんでしたが、生徒たちとの距離は縮まり、彼らの頑張りを嬉しく思い、クラス運営も円滑に行っていたそのとき、尊敬してやまない父の訃報が飛び込みます。
※アイデアニュース有料会員限定部分には、それぞれの出演者の演技などについて紹介したルポの全文と写真を掲載しています。
<有料会員限定部分の小見出し>
■「父にこっちを向いて欲しい」と頑張ってきたが、父の死後に見つかった手紙に…
■オレノの自由自在な音楽、中井智彦、谷口ゆうな、コング桑田ら実力派の美声
■可愛いだけで終わらせない、芯を持った理想の女性像として表現した黒沢ともよ
■主人公・若林典隆役の横田龍儀、台詞の説得力がハンパなく、場の支配力が圧巻
<ミュージカル『グッド・イブニング・スクール』>
【東京公演】2020年12月17日(木)~12月20日(日) 本多劇場(この公演は終了しています)
公式サイト
https://www.marv.jp/special/pat_company/
<関連リンク>
PAT Company 公式 Twitter
https://twitter.com/stage_project_4
PAT Company 公式 YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCoezmdJTc9zQhm3H4b5JYkg
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■「父にこっちを向いて欲しい」と頑張ってきたが、父の死後に見つかった手紙に…
それまで、父の言いつけ通り教師となり、飽くなきポジティブさで進んできた彼の心の鎧が崩壊し、魔法が解けたように、本当の姿「父の自慢の息子になりたくてなれなかった、できそこないの自分」が表出します。 彼は小学生のころ、小さな田舎町の神童と呼ばれていました。当然のように一流名門進学校に進学しましたが、成績はクラスで最下位。成績が悪いことでいじめにもあいました。それまで神童と呼ばれていた息子の姿に相好を崩していた父の表情は、諦念で曇ります。やさしかった父の変化は、悲しさと、見放されてしまったという恐怖に変わります。「父にこっちを向いて欲しい」この一念で、これまで頑張ってきた若林でしたが、父の死後に見つかった彼への手紙には、期待をかけ過ぎてしまったことへの謝罪と、楽しく生きて欲しい、失敗してもいい、たくさん笑って生きて欲しかったと綴られていました。
父に「教師になりなさい」と言われたと思っていたのは、すべて自分の思い込みだったのもしれない。では、これまで父に認められたくて教師を目指して努力した自分は、いったいなんのために頑張ってきたのか? 見舞いに訪れた真田先生の存在さえ、いまは若林のコンプレックスを刺激します。彼女は特進クラスの担任で資産家の娘。対して、自分は夜間クラスの担任で田舎のしがない教師の息子。「ぼくが欲しいものを、あなたはすべて持っている」と、劣等感をぶつけながらも、「あなたが好きです」とポロリと恋心を告げ、続けて父の期待と理想の教師像、なりたい自分になれなかった心の澱をぶつけ、激情のままに彼女にひどい言葉を投げつけて追い返してしまいます。なにもかも自分で壊してしまった、空っぽな若林を救ったのは、真田先生から送られてきた一本の動画。そこには彼の生徒たちから届いた、彼らなりのあたたかい励ましの言葉と、若林のお陰で学校が楽しいと感謝を伝えるメッセージでした。
■オレノの自由自在な音楽、中井智彦、谷口ゆうな、コング桑田ら実力派の美声
父の背中に憧れ、成長した純粋培養のポジティブな青年が、夜間クラスの生徒たちとの交流を経て、生徒を学問へ導き、自らも人として、教師として成長していく物語、と一言で纏めると、そういう言葉になるのかもしれません。しかし、この物語の情報量は、とても多くて多面的。心に刺さる印象的なフレーズが多く、観劇中はいろいろな感情に襲われましたが、観劇後は、いわゆる元気をもらえる作品。もっと言うと、心にできた自覚のない僅かなささくれからも、じんわりと温かく染み入ってくる人のやさしさや癒しでした。
こう書くと、しんみりした作品のような印象ですが、内容はとにかくアップテンポ。小柳心さんの脚本が持つ情報量と多彩な世界観に、見事に寄り添い具現化した、耳に馴染む音と新しい音が混在する、オレノグラフィティさんの自由自在な音楽。その音楽を、これまた縦横無尽に歌い、余す事無く表現する実力派キャストの美声。特に、1児の父という設定の鈴木源役の中井智彦さんが歌う息子への歌は、清々しい力強さに溢れ、パチンコ依存という設定の福巻久美役の谷口ゆうなさんが「パチンコ is My Life」とパチンコへの愛を熱唱する曲は、歌詞の面白さと複雑なメロディーラインが融合して、これまた耳に残りました。山田宗一郎役のコング桑田さんの、客席を巻き込む不思議な吸引力を持つ歌声には終始圧倒されました。
■清楚な印象を崩さない範囲でギリギリのダンスが印象的だった黒沢ともよ
芝居の面では、真田菜々役の黒沢ともよさんは、世の一定層が抱く理想の女性像を、可愛いだけで終わらせない、しなやかでありながら芯を持った女性として表現。清楚な印象を崩さない範囲ギリギリの、生身を感じさせるキュートなダンスは印象的でした。用務員役の鯨井康介さんは、本編の出番は少ないながらも、瞬間瞬間の得体の知れなさが効いていて目を引き、岡島悟役の小柳心さんも、ただのオタクなのか、それともホンモノの異世界人なのか、周りと違う空気を醸しながらも不思議に馴染んでいる存在感が面白いと感じました。ミキ役のオレノグラフィティさんは、女性(?)役は初めて拝見しましたが、所作が普通に可愛らしくて自然で女性に見える瞬間と、場面によってゴリッと男らしさを前面に出してくる自在さが芸達者! と、新たな一面を堪能させてもらいました。
■主人公・若林典隆役の横田龍儀、台詞の説得力がハンパなく、場の支配力が圧巻
そして、なんと言っても主人公、若林典隆役の横田龍儀さん。冒頭のモノローグから台詞の説得力がハンパなく、後半の父親の訃報を起点とした、それまでの空気感を一変させた場の支配力は圧巻の一言。真田先生への八つ当たりと同時の告白という、若林の混乱している複雑な心の動きを確実に客席に伝え、台詞として表出している感情のサブ・テキストの部分までをも表現する素晴らしい演技でした。そして、この個性豊かなキャストがのびのびと演じる、でこぼこなキャラクターたちをひとつに融合させ、見所満載なエンターテインメントに仕上げ、届けてくださった演出の原田優一さんに、心からの拍手を送りたいと思います。
物語の終盤、若林が生徒たちに向かい「僕はあなたたちが大嫌いだ!」という第一声から、最初の20年を頑張らなかった生徒たちが楽しそうな姿が悔しい、でもいまはそれが羨ましくてたまらないと吐露するシーンは、彼がいまの自分を受け入れ、生徒たちへの一種のリスペクトも感じられる台詞であり、その一見攻撃的な言葉の裏の想いを感じ取り、両の手でやさしく包み込むように受け止める生徒たちの、若林を見つめるあたたかい表情はとても印象的で、もっとも心に残ったシーンでした。