原作世界を見事に再現、“よく知る登場人物”に再会したようなミュージカル「王家の紋章」

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

累計4000万部発行の歴史大作少女漫画「王家の紋章」が初めてミュージカル化され、2016年8月3日から8月27日まで、帝国劇場で上演されました。この公演のチケットは全日程が即日完売。絶大な人気を受けて、再演が2017年4月から5月にかけて帝国劇場と大阪の梅田芸術劇場メインホールで実施されることが決まりました。ここでは、熱気にあふれた8月のミュージカル「王家の紋章」の公演の様子をご紹介します。(※アイデアニュース編集部より:この舞台にメンフィス役で主演された浦井健治さんのインタビュー記事を、アイデアニュースに掲載します。王家の紋章の話はもちろん、目前に迫ったコンサートやデビュー15周年について、たっぷりうかがったお話を「上」「下」2回にわけて掲載します。「上」は9月23日、「下」は9月25日に公開し、抽選で有料会員3人に浦井さんのサイン色紙と写真をプレゼントします。ご期待ください)

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

「王家の紋章」といえば、細川智栄子 あんど芙~みん両先生著作の少女漫画。1976年に秋田書店発行「月刊プリンセス」で連載を開始し、今も絶賛連載中。今年は連載40周年にあたり、これまでに発行されたコミックスは61巻、累計発行部数4000万部を誇る、少女漫画界の金字塔的名作です。これ程世に知られた作品でありながら、今までアニメ化はおろか実写化もされず、今回初めてミュージカル化されるということで、私も小学生時代に作品の洗礼を受けた一人として、第一報を聞いて以来、あの超大作の何をどこまでどう表現?!と興味深々で観劇しました。

ワールドプレミアとなる今作のスタッフには、作曲・編曲に「エリザベート」、「モーツァルト!」などの作品で日本でもすっかりお馴染みの、ウィーンミュージカルの巨匠、シルヴェスター・リーヴァイさんを迎え、脚本・作詞・演出に宝塚歌劇団出身の演出家、荻田浩一さん。美術に二村周作さん。衣装に前田文子さんという布陣。そして気になるストーリーは、コミックスの4巻までを取り上げています。

■ターコイズ、コバルトブルー、染み入るような波の音、古代エジプトに紛れ込んだような心地

開演前の劇場内でまず目に飛び込んでくるのは、やわらかな碧い色調の照明に淡く照らし出された舞台。その上方にはターコイズとコバルトブルーの色合いも美しい、古代エジプトの遺跡から掘り出され、少し朽ちてしまった胸飾りを連想させる吊り物。波に揺らめき煌めくような、観客席を照らし出すやわらかな青と白の光。耳を澄ますと染み入るように聞こえてくる波の音。まるで水の中の世界でゆらゆら揺られながらまどろむような、不思議に美しい空間がそこに広がっていました。公式パンフレットに掲載された美術の二村さんのお話によれば、「ナイル河の水」が美術の大きなコンセプトなのだそう。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

舞台の両袖には、ヒエログリフが装飾された黒っぽい壁のセット。ナイルの水を意識してか、その断面は鮮やかに青く、壁面の暗色とのコントラストがキリリと美しく舞台を引き締めています。更にその左右外側には、オベリスクにも見える、白が基調の双柱が並び立ち、まるで自分自身が古代エジプトの世界に紛れ込み、巨大な建造物を見上げているような心地。

やがて開演時間となり、若林裕治さん指揮のオーケストラが紡ぎだした音楽は、世界を支配していた朝靄が徐々に晴れ、やがて明るい太陽が昇っていくようなイメージで静謐にして繊細。音楽の醸し出す世界に同調して、それまで舞台を彩っていた碧の世界は去り、遠くにピラミッドを臨む、鮮らかなオレンジ色の暁の空を頂く風景が出現。そこに、はるか悠久の古代へと観客をいざなうように、古代エジプトの王(ファラオ)メンフィスの姿が現れて去り、再び場面は一転して、巨大な力を連想させる、重厚な音楽と低音のコーラスが重々しく響き渡り、古代エジプトの人々と黒いフードを頭からすっぽりと纏った、女王アイシスが登場。いよいよ壮大な物語が始まりました。

■エジプトに留学中の考古学が大好きな少女キャロルは、三千年前の古代エジプトへとタイムスリップし…

ここで、今回のあらすじをざっくりとご紹介しますと・・・

アメリカ人富豪リードコンツェルン令妹のキャロル・リード(新妻聖子さん/宮澤佐江さん Wキャスト)はエジプトへ留学中の考古学が大好きな元気で明るいバイタリティある少女。リードコンツェルン総帥の優しい兄ライアン(伊礼彼方さん)の庇護の下、大好きな考古学に没頭する生活をしています。リードコンツェルンが出資するエジプトの遺跡の発掘現場で未盗掘の墓が発見され、その玄室を開く瞬間に立ち会っていた彼女は、墓に埋葬されていたファラオの姉、現代に蘇った女王アイシス(濱田めぐみさん)によって、弟の墓を暴いた者として”王家の呪い”を受け、三千年前の古代エジプトへとタイムスリップしてしまいます。忽然と姿を消した妹、キャロルをライアンは必死で探し続けます。

1人古代エジプトへ迷い込んだキャロルは、奴隷の少年セチ(工藤広夢さん)とその母セフォラに助けられ、そこで即位したばかりの時のファラオ、メンフィス(浦井健治さん)と出会います。金の髪と透けるような白い肌を持つ彼女を、”珍しい娘”として気に入ったメンフィスは、彼女を着飾らせ、奴隷として宮殿に軟禁します。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

キャロルは、そこで王の姉、下エジプトの女王アイシス、エジプトの賢者にして宰相イムホテップ(山口祐一郎さん)、メンフィスの乳母で女官長のナフテラ(出雲綾さん)その子息であり、王の信頼厚い側近ミヌーエ将軍(川口竜也さん)王に忠誠を誓う武官ウナス(小暮真一郎さん)等と出会います。

さらには客人として滞在中の、隣国ヒッタイトの王女ミタムン(愛加あゆさん)。彼女はメンフィスの男ぶりに心惹かれ、エジプト王妃となることを強く望みます。そして水面下ではミタムン王女の兄、ヒッタイトの王子イズミル(宮野真守さん/平方元基さん Wキャスト)と配下のルカ(矢田悠祐さん)が隠密裏にエジプトを訪問しており、今は同盟国であるエジプトをいずれは攻め滅ぼさんとして諜報活動をしていました。

当時のエジプトでは、王家の血の純粋性を護るために、兄妹、親子間の近親婚が通例で、幼い頃から弟メンフィスを愛してきたアイシスは、メンフィスに懸想したミタムン王女を邪魔に思い、秘密裏に王女を落としいれ、焼き殺してしまいます。

一方、メンフィスとキャロルは、互いの育った時代と文化が異なることによる価値観の違いから反発と衝突を繰り返しますが、徐々に二人の距離は縮まり惹かれあっていきます。キャロルは”21世紀の人間”として持つ知識のために、未来を語り、奇跡を起こす『ナイルの女神ハピの生みし黄金の娘』として、メンフィスの側近達だけでなく、エジプトの民からも絶大な信頼を得るようになっていきます。

妹ミタムン王女がエジプト滞在中に暗殺されたと察したイズミル王子は、その復讐のために、メンフィス王の弱点としてキャロルをヒッタイトへ連れ去ります。彼女を妃にと望んでいたメンフィスは激怒し、キャロル奪還のために、ヒッタイトとの戦端が開かれて・・・。

漫画や小説の作品がアニメ化や実写化となると、原作を愛すればこその何らかの違和感は、人それぞれに感じてしまうものと思います。しかし今年5月の制作発表で披露された、主要キャストの原作の雰囲気そのままのビジュアルは折り紙つき。こうして舞台になってみると、原作世界の再現ぶりは本当に見事で、エジプトの宮殿に集う人々などは、どの登場人物か遠目に見てもその立ち姿でわかる程!原作ファンとしては、自分が“よく知る登場人物”に再会したような慕わしさを覚えて、一気に舞台との距離が縮まりました。

<ミュージカル「王家の紋章」>
【東京公演】2016年8月5日~27日 帝国劇場
http://www.tohostage.com/ouke/

<ミュージカル「王家の紋章」 再演決定>
【東京公演】2017年4月 帝国劇場
【大阪公演】2017年5月 梅田芸術劇場メインホール
【出演】浦井健治、新妻聖子/宮澤佐江、宮野真守/平方元基、伊礼彼方、濱田めぐみ、山口祐一郎、愛加あゆ、出雲綾、矢田悠祐、木暮真一郎 ほか
http://www.tohostage.com/ouke/2017.html

<ここからアイデアニュース有料会員限定部分の見出しです>

■濱田めぐみさん、高貴で妖艶ながら恐ろしい一面も持つアイシスそのものの圧倒的存在感

■浦井健治さんが初めて言葉を発した瞬間、「ああ!メンフィスってこういう人だったんだ!」と納得

■キャロルを演じられる喜びが役作りに反映され、キラキラ、パチパチとはじけた新妻聖子さん

■悩み、考え、行動する、等身大の女の子。ギュッと抱きしめたくなる宮澤佐江さんのキャロル

■咆哮にも似た熱唱が素晴らしく、聴く者の臓腑を引きずり出しそうな、宮野真守さんのイズミル

■高貴にして孤高な印象の正統派王子。器の大きさを感じさせる歌唱の平方元基さんのイズミル

■現代パートを一身に担い、兄の深い情愛が感じられて胸に迫る、伊礼彼方さんのライアン

■流石の安定感と存在感で、物語を引き締めた山口祐一郎さんのイムホテップ

■“戦の女神”の如く舞い踊るダンスが素晴らしかった、愛加あゆさんのミタムン

■印象に残るダンス・演技、工藤広夢さん、出雲綾さん、川口竜也さん、小暮真一郎さん、矢田悠祐さん

■映像を使用しない演出で、独特な物語世界『場』を創り、説得力を与えたアンサンブルの皆さん

■胸をなでおろしたのもつかの間、シリーズ化への呼び水に違いない!と、期待が高まるエンディング

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■濱田めぐみさん、高貴で妖艶ながら恐ろしい一面も持つアイシスそのものの圧倒的存在感

艶にして力強い意思を感じる歌声で、観客を冒頭から古代エジプトの世界へと一気に取り込んだ女王アイシス役の濱田めぐみさんは、その美しい姿から発される雰囲気が、本当に原作からするりと抜けて出てきたのでは?と思えるほどで、原作での高貴で妖艶な美女ながら恐ろしい一面も持つ孤高の女王アイシスそのものの圧倒的存在感。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

そして、ミュージカル化最大の楽しみといえば、なんと言っても”歌”!リーヴァイ氏の生み出した、耳と心に美しく響く楽曲で、弟メンフィスへの想いを情感豊に切々と歌いあげ、観る者の心にうったえてきます。アイシスのソロ曲のひとつ『想い儚き』(製作発表での『Unrequited Love』と同曲)は、女であると同時に女王である彼女の心がにじむ、切ない歌詞と美しいメロディラインで、濱田さんのしっとりと艶やかな歌声に、客席はうっとりと魅了されました。かと思うと、ヒッタイト王女ミタムンを焼き殺すシーンでは、アイシスの恐ろしい面全開の、大迫力の歌唱で客席を圧倒!アイシスの人となりを感じると同時に、濱田さんの幅広い歌唱の魅力を存分に堪能しました。

■浦井健治さんが初めて言葉を発した瞬間、「ああ!メンフィスってこういう人だったんだ!」と納得

そのアイシスの愛情を一身に受ける、弟であるエジプト王メンフィス役の浦井健治さんは、初の帝劇公演座長として、若く猛々しい青年王を瑞々しく大熱演!「メンフィス」と言えば、少女漫画界の俺様系男子元祖と言っても差し支えないと思うのですが、浦井さんの今まで構築された”プリンス”なイメージと、俺様ワイルド系のメンフィスがどう融合するのか楽しみにしていました。果たして、メンフィスが初めて言葉を発した瞬間に、「ああ!メンフィスってこういう人だったんだ!」と、納得できる、確かな血肉を持った、古代の若き王者の姿が舞台上に在りました。メンフィスの、王故の、若さ故の、そして愛するが故の、キャロルに対する『オラオラ』っぷりの変化が、物語を通してとても愛おしく感じられたのも、浦井さんならではの細やかな表現の賜物ではないかと。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

1幕前半でメンフィスが歌う『今日のわたしに』と『ファラオとして』は、若い青年王らしい躍動感に満ちて高揚感のある歌唱で、生き生き溌剌とした浦井さんの魅力を堪能。かと思うと2幕では、キャロルへの愛を自覚し、人として奥行きが増したメンフィスの心に生まれた、護るべき愛する者を知った甘やかさや、しかしそれを守ってやれなかった切なさが滲み出る歌声で、1幕とはまた違った魅力が感じられました。原作ファンにとっても「メンフィスがキャロルへの愛で成長した!(嬉涙)」と、心震える展開です!(笑)。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

2幕終盤のヒッタイトとの戦のシーンでは、メンフィス自ら手に剣を振るい、野生動物の威嚇にも似た、アドレナリン全開の猛々しさも凄まじく、荒ぶる古代の王もかくや!と手に汗握るワイルドさ!それだけにその後、メンフィスをかばって傷を負い、息を吹き返したキャロルに、「もうどこへも行くな!これは命令だ!」と強く言い放ちつつ、彼女へ『哀願』している姿とのギャップがじんわりと感動的でした。

■キャロルを演じられる喜びが役作りに反映され、キラキラ、パチパチとはじけた新妻聖子さん

そして、『オラオラ』メンフィスと初めは反発、次第にお互いに無二の存在として愛し合うようになる、現代っ娘のアメリカ人キャロル。新妻聖子さんは、ご自身が『王族』(「王家の紋章」ファンのこと)と仰るほどの作品ファンだけあって、本当に原作のイメージ通り!新妻さんのキャロルを観ていると、原作のキャロルの姿が自然とダブり、そんなキャロルの一挙手一投足に、うんうんそうそうと心の中で頷いてしまう場面のなんと多かったことか!新妻さんのキャロルに感じられたキラキラ、パチパチとはじけるような印象は、ご本人のキャロルを演じられる喜びが上手く役作りに反映された結果なのだろうと、観ていて思わず嬉しくなってしまうキャロルでした。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

■悩み、考え、行動する、等身大の女の子。ギュッと抱きしめたくなる宮澤佐江さんのキャロル

宮澤佐江さんは、現代の女の子が古代にタイムスリップして、そこで悩み、考え、行動する、等身大の普通の女の子の姿がそこにあったように感じられ、新鮮な印象を受けました。現代に帰りたいと泣き出すシーンでは、古代でただ独りの現代人で、その教養も思想も周囲とかけ離れている違和感からくる孤独が本当に辛そうで、メンフィスならずともギュッと抱きしめたくなる風情でした。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

お二人とも、とにかくビジュアルがキャロルそのもので、それぞれに愛らしく、前田さんの手になる原作のイメージを見事に具現化した、蓮の花をデザインした衣装も清楚で似合っていて、これは作品中の男性キャラが総じて「(キャロルは)私のものだ!」と言いたくなるわ~、と納得してしまいました(笑)。2幕前半で、キャロルがメンフィスと再会するシーンで歌われる曲『いるべき場所へ』(製作発表での『Where I Belong』)この曲では、現代から古代を想うキャロルの心情が切ないほど溢れていて、聞いていて何故か郷愁をも誘われる、素敵に美しく優しい曲でした。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

■咆哮にも似た熱唱が素晴らしく、聴く者の臓腑を引きずり出しそうな、宮野真守さんのイズミル

ヒッタイト王子、イズミル役の宮野真守さんは、原作からチラチラと匂う王子の色香やキャロルに対する危うさが感じられる、ミステリアスでナイーヴなイズミル。『黒い翼が悲劇を運ぶ』では、血を分けた妹を失った悲しみと、妹の命を奪った者への憎しみが入り混る、咆哮にも似た熱唱が素晴らしく、聴く者の臓腑を引きずり出しそうな迫力には圧倒されました。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

■高貴にして孤高な印象の正統派王子。器の大きさを感じさせる歌唱の平方元基さんのイズミル

平方元基さんは、他人に心の動揺を悟られる事を嫌う、高貴にして孤高な印象の勝つ、正統派王子のイズミル。アップテンポの多いヒッタイト側の楽曲の数々を豊かに歌い上げ、イズミルの器の大きさのようなものを感じました。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

妹ミタムンの復讐の手段としてキャロルを拉致したイズミルでしたが、キャロルの英知に次第に惹かれ、自らの目的がキャロルを奪うことに変化している状況に気持ちが揺らぎ葛藤する姿や、キャロルがメンフィスを逃すために自身を謀ったと気付いた刹那に見せる傷ついた表情などがお二人それぞれにたまらなく魅力的なイズミルでした。

■現代パートを一身に担い、兄の深い情愛が感じられて胸に迫る、伊礼彼方さんのライアン

三千年前の登場人物たちの中で、ひとり現代パートを一身に担う、キャロルの兄ライアン役の伊礼彼方さん。妹を想い、幾度となくライアンがつぶやく「キャロル・・・」という台詞の、哀切を極めた響きとその姿は、兄としての深い情愛がひしひしと感じられて胸に迫ります。2幕冒頭で、現代へ帰ったキャロルが入院している病室で、眠る妹に向けて歌う『今はおやすみ』は、妹が帰ってきたことに安堵し、その身を気遣い護ろうとする兄の決意が痛いほど伝わってきました。

物語は圧倒的に古代メインで展開されるので、キャロルの現代人としてのアイデンティティを支えるバックボーンとして、この兄の存在がどう描かれるのか興味深々でしたが、ライアンは要所要所で短い時間ながらも登場。その度に妹を探すという状況は同じながら、ライアンの表情、纏う雰囲気は少しずつ変化していて、演出上物語では語られない、現代でライアンがキャロルを探す間にも、様々な出来事が彼に起こっただろうことが察せられ、古代世界のキャロルの時間が進むと同様、平行して現代のライアンの時間もまた同じように進んでいるのだと感じられました。

物語の終盤、戦のさなかにキャロルが自身の決意を歌う『命を掛けても欲しいもの』のシーンでは、ライアンはキャロルの心象風景として登場。キャロルに一瞬微笑みを向け、すぐに去っていきますが、その『微笑み』が、現代で兄妹共に暮らしていた頃の、日常彼女に向けられていたであろう『優しい兄の笑顔』を連想させ、キャロルがメンフィスへの愛を選び取るために手放すモノのの重さを象徴しているように感じられ、強く印象に残るシーンになりました。

またこれは余談ですが、原作ファンの間では、ライアンはメンフィスの輪廻転生なのでは?との噂があり、今作の舞台上でメンフィスとライアンが共に登場しているシーンで、二人の交錯する動線や同調した動きの演出に気付いたときは、よもやそこを暗示?!と、胸がざわめきました。

■流石の安定感と存在感で、物語を引き締めた山口祐一郎さんのイムホテップ

エジプト宰相イムホテップ役は山口祐一郎さん。諸国を検分し、帰国した宰相の歌う『帝国安寧』のシーンでは、流石の安定感とその存在感が舞台の空気をガラリと変え、文字通り物語をビシッと引き締めていました。メンフィスへの愛に破れて下エジプトへ帰ろうとするアイシスへ、テーベにとどまり、メンフィスとキャロルの結婚を認めて欲しいと進言するシーンでは、心の痛みを必死で抑え、女王たらんとする濱田さんのアイシスに対して、山口さんのイムホテップは、宰相としてエジプトの国益を優先する深謀遠慮な判断と、しかし王家の姉弟が幼い頃から見守り、かしづいてきた自身の情との間で葛藤する複雑な心情が表れていて、このお二人のこのシーンはとても繊細な、しかしギリギリまで張った糸のような緊張感で、食い入るように芝居引き込まれたシーンでした。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

また、物語の終盤でイムホテップの歌う『二人をつなぐ愛』は、戦乱の果てに訪れた平和を象徴し、メンフィスとキャロルの絆を寿ぎ、未来へ向けての希望を歌った歌詞で、山口さんの朗々とした、やわらかいけれどもはるか遠くまで響く穏やかな歌声に癒されるように、それまでに命を落とした登場人物(ミタムンやセチ)が、歌に導かれるように穏やかな生前の姿で舞台に現れ、彼らの魂も救われたのだろうか?と、こちらもホッと救われたような心地になりました。

■“戦の女神”の如く舞い踊るダンスが素晴らしかった、愛加あゆさんのミタムン

王女ミタムン役の愛加あゆさんは、登場の瞬間からメンフィスに恋する原作の王女ミタムンそのもので、アイシスに焼き殺される凄惨なシーンと、その死後に妹を想うイズミルや、戦うヒッタイト兵たちの背後で、さながら“戦の女神”の如く舞い踊るコンテンポラリー系のダンスが素晴らしく、炎に焼かれたままの痛々しい姿とは裏腹にその存在はとても美しく、目が放せませんでした。

■印象に残るダンス・演技、工藤広夢さん、出雲綾さん、川口竜也さん、小暮真一郎さん、矢田悠祐さん

また、ダンスで印象に残ったのはセチ役の工藤広夢さん。メンフィスがキャロルへの想いを歌うシーンの背後でのダンスはキレキレで、これからの活躍が楽しみなダンサーさんを知る機会になりました。

キャロルにとって”古代エジプトの母”とも言える、暖かい人柄がにじみ出ていた出雲綾さんのナフテラ。彼女の周りでは空気がふわっと暖かく感じられ、古代にひとりだったキャロルは、どれだけナフテラの存在に慰められたことだろうと自然に思えました。

思慮深さと軍人としての猛々しさが共存していた川口竜也さんのミヌーエ将軍は、アイシスへの思慕とメンフィスへの並々ならぬ熱くも篤い忠誠心が印象的でした。

キャロルの護衛役となる、小暮真一郎さんのウナスは、普段人懐っこい風情の純朴な好青年の姿と、キャロルの危機となると瞬時に眼光鋭い武官に変わり、単身敵地に潜入するほどの豪胆さを見せる職業軍人としての姿のギャップが素敵に魅力的でした。

矢田悠祐さんのルカは、徹底したイズミル王子への忠誠心と、その仕える主にも似た、シュッとして洗練された雰囲気に抜け目の無い密偵ぶりと、指先の豊かな表情が印象に残りました。

■映像を使用しない演出で、独特な物語世界『場』を創り、説得力を与えたアンサンブルの皆さん

そして作品が映像を使用しない演出であったため、独特な物語世界の『場』を創り出し、説得力を与えていた、各所で大活躍のアンサンブルの皆さんの活躍は、その存在なくしてこの物語は成立しないと断言出来る素晴らしさでした。

エジプト王宮の神官や侍女、殊に侍女たちは、茶色ベースに白のクロスの文様が印象的な揃いの長衣の姿で、その姿と所作で生きた人物でありながら、今日私達が目にする、古代エジプトの壁画を彷彿とさせる効果的な演出にとても興味をひかれました。

祭司でもあるアイシスの式神のような登場をしていた古代エジプトの神々の動きとダンスも、神秘さと力強さが同居して、なんとも神秘的かつ不気味な迫力を纏っていました。

エジプト兵たちは、メンフィスとキャロルを心から慕っているさまが、彼らの豊かな表情から切々と伝わり、拉致されたキャロルを救うべく、ヒッタイトに攻め込むシーンでは、彼らのひたむきなその想いに胸が締め付けらるほどでした。

『情』のエジプト兵との対比で、ヒッタイト兵たちはどこまでもストイックで武力的な存在で、そのダンスもより躍動的で力強く、両者が相対した剣舞のシーンは、照明や音楽など演出の効果も手伝って、白刃の煌めきにゾクッとくる緊迫感と緊張感で、クライマックスに相応しく大変見応えがありました。

■胸をなでおろしたのもつかの間、シリーズ化への呼び水に違いない!と、期待が高まるエンディング

物語のラストシーンは、黄金の婚礼衣装を纏ったメンフィスとキャロルの結婚式。美しく綺羅々しい二人の姿に、物語を見守った観客としては、安堵にホッと胸をなでおろしたのもつかの間、冒頭の再来かと思える、重々しい音楽を従え、黒いケープを纏ったアイシスの登場と、続いて姿を現した、いまだ諦めない様子のライアンの「キャロル・・・」のつぶやきで物語を閉じたこの演出には、ここが大団円のエンディングとは思われず、「王家の紋章」作品シリーズ化への呼び水に違いない!と、期待している私です。

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

ミュージカル「王家の紋章」公演より=写真提供:東宝演劇部

チケットの一般発売当日に即日完売した人気作品とあって、来年4月に東京・帝国劇場、5月に大阪・梅田芸術劇場での再演が決定しており、この壮大にしてロマン溢れる世界がどのようにブラッシュアップされて再び私たちの目の前に現れるのか?今からとても楽しみです。

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