音楽さむねいる:(17)華燭の典と音楽 (上)友人の結婚パーティーでBGMに贈りたい曲

音楽さむねいる
連載:音楽さむねいる(17)

『劇付随音楽 夏の夜の夢』より「結婚行進曲」(1843年)

フェリックス・メンデルスゾーン(※1)作曲

『ローエングリン』より「婚礼の合唱」(1850年)

リヒャルト・ワーグナー(※2)作曲

『抒情小曲集 第8集 作品65』より「トロールハウゲンの婚礼の日」(1896年)

エドヴァルド・グリーグ(※3)作曲

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■ 友人の結婚パーティーのために

普段より親しく付き合っている友達が入籍した。お二人とも、私とは定期的に食事会等でご一緒しており、とても素敵なご夫婦だと思っていたが、ずっとパートナーとしての関係であったらしい。それが、今回正式にご夫婦になられたわけで、友人としてもとても嬉しく思っている。そこで、お二人から、新年早々に開催する結婚パーティーへのご招待を受けた。同時に、パーティーで流すBGMの選曲も仰せつかってしまった。私が、このような音楽エッセイを書いているのと、音楽家の友人が少なからずいるとのことが理由らしい。

慶事ゆえ大変光栄なことであり、喜んで引き受けてはみたが、いざ構想を練り始めると、大変なプレッシャーを感じ始めている。レセプションとか、新郎新婦入場などの場面で使用する単発の音楽ではなく、式全体を通じて流すBGMを選んでほしいとの依頼である。選曲については私の趣味が色濃く出るのはやむをえないが、お二人の結婚パーティーのコンセプトに合ように、約2時間のパーティーを演出すべく選曲しなければならないのは、まことに責任重大である。ということで、今回は、結婚パーティーのBGMを探すのと同時に、結婚式の音楽について考えてみることにした。

■ 結婚パーティーの音楽ランキング

まず、結婚式の音楽ランキングを紹介しているウィーム(Wiiiiim.jp)で、実際に結婚式で使用されたクラシック音楽を調べてみたところ、上位10位は次のようになっていた(「ジャンル別クラシックの曲」として10位以内に入っており、類稀な美しさを持っているが、クラシックではないため、Liberaの歌う二曲は除外した)。

1位(125組が使用):「パッヘルベルのカノン」(ヨハン・パッヘルベル)

2位(54組):「主よ人の望みの喜びを」(ヨハン・セバスチャン・バッハ)

3位(22組):「G線上のアリア」

4位(20組):「結婚行進曲」(フェリックス・メンデルスゾーン)

5位(16組):「愛の喜び」(フリッツ・クライスラー)

6位(14組):「愛の挨拶」(エドワード・エルガー)

7位(9組):「花のワルツ」(ピョートル・チャイコフスキー)

8位(7組):「夜想曲」(フレデリック・ショパン)

9位(5組):「交響曲7番 第1楽章」(ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン)

10位(5組):「水上の音楽」(ゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデル)

有名で美しい曲が見事に上位を占めているのがわかる。しかし、これは単にBGMとして使われたものも含めたランキングの一部であり、“結婚”を曲名に冠したクラシックの名曲は、4位の「結婚行進曲」、10位からは外れているが、16位に登場する『フィガロの結婚(主に序曲が使用される)』(ヴォルフガング・アマデウス・モオツァルト)と18位の「婚礼の合唱」(リヒャルト・ワーグナー)がランク・インしているに過ぎない。

■ 新郎新婦入場の音楽

こと、新郎新婦にスポット・ライトが当たる入場の音楽としてまず取り上げたいのは、何と言ってもメンデルスゾーンの「結婚行進曲」であろう。新郎新婦入場の場面で、トランペットのファンファーレが高らかに演奏される(流される)曲の出だしは大変有名である。この「結婚行進曲」は、シェィクスピアの『夏の夜の夢』を題材に求め、『劇付随音楽 夏の夜の夢 作品61』の9曲目で演奏されるハ長調の華やかな曲である。

メンデルスゾーンは、1826年、若干17歳時に『夏の夜の夢 序曲』を作曲している。それを聴いて感動したプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の命により、彼が1843年に付随音楽として作曲したのが、「結婚行進曲」を含む12曲からなる『付随音楽 夏の夜の夢 作品61』である。ただ、この有名な曲を、全曲聴く機会はあまりないのではなかろうか。幸いにして、シャルル・デュトワが、かつての手兵モントリオール交響楽団を指揮した卓越した演奏が聴けるのでご紹介しておこう。

新郎新婦が入場した途端、この曲を途中で終了してしまうのはいささかもったいない気がする。せっかくの機会なので、年末のジルベスタ―・コンサートのように、フィナーレと同時に新郎新婦が着席するような趣向があってもよいのではないか、と思う。その場合、全曲を流す間二人はずっと行進していなくてはならないかも知れない。よほど大きな会場でもない限りそれは難しいので、逆に冒頭のファンファーレの部分で新郎新婦が入場しないとなると、列席者が長い時間待たされることになり、それはそれで新たな趣向が必要になってくるであろう。

もう一曲、これもメンデルスゾーンの「結婚行進曲」と並んで非常に有名な曲に、リヒャルト・ワーグナーのオペラ『ローエングリン』中、「第三幕の序奏」に引き続き連続して演奏される「婚礼の合唱」がある。この曲も、新郎新婦入場のBGMとしてあまりにも有名である。もともとはその題名の通り、主人公である白鳥の騎士と、ブラバント公国の王女エルザの結婚式に歌われる合唱曲であるが、この曲を結婚式の曲として独立して演奏する場合には、合唱は滅多に使用されないし、勇壮な「第三幕の序奏」も先行して演奏されることはない。これも劇的効果を考えるなら残念なことだと言わざるを得ない。しかし、名手アンドリス・ネルソンス指揮のバイロイト祝祭管弦楽団による名演を聴くことができる。

実は、この物語はいわゆるハッピーエンドでは終わらない。エルザは禁門の掟とされたにもかかわらず騎士の素性を問うてしまい、その結果騎士は去り、エルザは悲嘆にくれたあげくに息絶えるという、悲劇的結末が待っている。よって、この曲を擁する『ローエングリン』は結婚式に相応しくない、と主張する人もいるようだ。しかし、このオペラの内容をそこまで勘案する必要はないであろうし、またそれを知っている人は少数であろう。何よりもエルザと白鳥の騎士が入場し、婚礼を言祝ぐこの華麗な祝典曲は、やはり結婚式の音楽として欠かすことができない古今の名曲なのだ。

■ “結婚式”をその名に持たない名曲たち

“結婚”をタイトルに持つクラシックの曲として私が思いつくのは、浅学ゆえに以上二曲と『フィガロの結婚』くらいのものである。それに対して、結婚式で演奏(使用)したい曲というと、「パッヘルベルのカノン」や、バッハの「主よ人の望みの喜びを」、「G線上のアリア」がウィームのランキングで上位を占めるのは分かる気がする。それらは決して結婚式を彩るために作曲されたものではないが、その旋律の美しさや荘厳な印象から、普段クラシックになじみのないカップルにも重宝されているのは納得できる。このような厳かな曲が奏でられる中で、ケーキカットやキャンドル・サービスを行うというのは、人生最高の式典を盛り立てるための、よく考えられた演出の一つなのである。

変わったところでは、9位にランク・インしたベートーヴェンの『交響曲7番』第1楽章がある。“結婚”とか“愛”とかには無縁だと思われるこの曲が、意外にも結婚式で使用されているのは、やはりそれをテーマ曲にしているドラマ、『のだめカンタービレ』の影響が大きいのであろう。“舞踏の神化”とも称されるイ長調のこの曲は、ベートーヴェンの交響曲の中でも人気が高く、カルロス・クライバー指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の“LP”レコードが発売された時は、私が通っていた田舎の高校でも大きな話題となったのが思い出される。それはともかく、厳かさが欠かせない結婚式であれ、とかく重厚な雰囲気が伴うベートーヴェンの曲を使用するというのは、それはそれで勇気のいることかもしれない。

“愛”をテーマにした曲があまた存在するのと比べると、“結婚”を標題にした曲が意外に少ない感じがしなくもない。しかし、「結婚行進曲」、「フィガロの結婚 序曲」、「婚礼の合唱」の3曲に比べれば、結婚の音楽としてはさほど有名ではないが、自分たち夫婦の結婚記念日を祝う曲や、友人の結婚式のために作曲された素晴らしい作品が幾つかある。ここでは、グリーグの『抒情小曲集 第8集 作品65』より「トロルドハウゲンの婚礼の日」と、フランクの『ヴァイオリン・ソナタ イ長調』第四楽章を取り上げてみたい。いずれも、結婚式を鮮やかに彩る音楽として、私が友達の結婚式に是非とも贈りたい名曲である。

※アイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分には、ノルウェーの国民的作曲家グリーグが友人の結婚式のために作曲した「トロルドハウゲンの婚礼の日」についての解説を掲載しています。また、1月11日に掲載する予定の「音楽さむねいる(17)~華燭の典と音楽(下)~」では、ベルギー出身でフランスで活躍した作曲家、フランクが後輩の結婚式のために書き下ろした『ヴァイオリン・ソナタ イ長調』より第四楽章を、紹介します。

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■ 大作曲家グリーグが妻に捧げた銀婚式の音楽

■ 「トロールハウゲンの婚礼の日」の特徴ある様式

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■ 大作曲家グリーグが妻に捧げた銀婚式の音楽

ノルウェー第二の都市であり、13世紀には旧首都でもあったベルゲン。『ペールギュント』や『ピアノ協奏曲 イ短調』で有名なノルウェーの国民的作曲家グリーグが、古都ベルゲンから南に約10キロ離れたトロールハウゲンに居を構えたのは、彼が42歳の1885年のことであった。入り組んだフィヨルドに面した美しいこの田園地帯をこよなく愛したグリーグは、以後毎夏をここで過ごし、作曲に専念した。

1896年、グリーグが53歳の時に作曲したのが、「トロールハウゲンの婚礼の日」を含む『抒情小曲集 第八集 作品65』である。この『叙情小曲集』は、1867年の第一集から1901年の第十集発表まで、グリーグが30年余りをかけて作曲したピアノ曲集で、全66曲から成っている。ライプツィヒ音楽院で教育を受け、ロマン派の強い影響下にあったグリーグであったが、帰国後はノルウェーの民族音楽、民族楽器に傾倒していった。この『叙情小曲集』は、彼が21歳から58歳にかけて作曲された作品であるが、その第一集と第二集には、すでに「民謡」と題された曲が収められており、グリーグの作品における民俗音楽への萌芽が見て取れる。続く第五集では、「ノルウェーの農民行進曲」、第六集には「郷愁」、第八集の「農民の歌」、第九集の「水夫の歌」、そして、第十集においては、「昔々」という名のスウェーデン民謡とノルウェー舞曲による3部形式の曲がそれぞれ収められており、『叙情小曲集』では、一貫して民俗音楽に対するグリーグの思い入れが随所に現れており、大変興味深い。

「トロールハウゲンの婚礼の日」は、彼の家があったトロールハウゲンでの素朴な婚礼の様子を描いた曲である。歌や踊りで結婚式を喜ぶ村人達の様子が、明るく叙情性に富む旋律と快活な調子で力強く表現されており、一度聴いたら忘れることができない印象を与える。この曲は、妻ニーナに献呈されたものであると同時に、グリーグ夫妻の銀婚式に合わせて出版されたという経緯がある。

ノルウェーの代表的ピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes)の華麗な演奏

■ 「トロールハウゲンの婚礼の日」の特徴ある様式

前述したように、「トロールハウゲンの婚礼の日」は、その地域の村人の結婚式の様子を音として表現したものであり、2拍子の軽快な舞曲風の音楽で始まり、ゆっくりとした中間部を挟んで再び舞曲で終わる3部形式の曲である。舞曲の速度指示は、“Tempo di Marcia un poco vivace”(行進曲の速さでやや活発に)となっている。しかし、面白いことに強弱はP(ピアノ)から始まり、10小節の反復部ではpp(ピアニッシモ)と指示されている。それだけを見るとおよそ活発な行進曲ではない。しかし、結婚式の晴れやかな祝宴に向かう新郎新婦、それに続く村人たちの厳かな歩みと、やがて始まる祝宴を予兆するかのような曲想で、奥ゆかしい出だしとなっている。

21小節目では、f(フォルテ)で四分音符と八分音符が行進曲風の短いメロディーを刻み、その3小節目では再びppに戻り、冒頭の舞曲を終了する。その後間断なく、十六分音符がせわしなく常動曲風の音を刻みつつ曲は音階を次第に上げて行き、全音符と四分音符が力強く四度の和音を響かせて、華麗なクライマックスを構成する。

その直後、“a tempo”(元の速さで)に戻り、fff(フォルテッシシモ)で冒頭の舞曲を繰り返すことわずか8小節。曲は“Poco tranquilo”(少し穏やかな調子で)の指示により、ゆっくりと静かに、簡潔で抒情的な部分に移る。ここは、ピアノの右手と左手が同じ旋律をユニゾンで弾き、あたかも夫婦がお茶を飲みながら昔話をしているかのような、静かで穏やかな時間が流れていく。この旋律を、転調部分を含め2回繰り返すと、曲は再び冒頭の舞曲風の音楽に戻る。その後、冒頭の舞曲の変奏を右手が十六分音符、左手が八分音符を再び常動曲風に刻み、やがて左手から右手に4度の和音をゆっくりと繋ぎ、最後は3つの和音をフォルテッシシモで叩いて終わる。

スウェーデン語で“妖精の棲む丘”を意味するトロールハウゲン(グリーグ夫妻が名付けたとも言われる)の自然を愛し、結婚して数十年を経てもこのような素晴らしい曲に寄せて妻を想うグリーグとは、心優しい作曲家であったに違いない。結婚式を挙げる私の友達も、グリーグ夫妻のように何年も慈しみあい、穏やかな日々を送って頂きたい-そのように思わせる、優しく叙情豊かな結婚式の曲である。

※1 Felix Mendelssohn (1809年2月3日-1847年11月4日) 、ドイツの作曲家、指揮者。作品に、『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』、『交響曲一番~五番』、『弦楽のための交響曲一番~十三番』等がある。

※2 Richard Wagner (1813年5月22日-1883年2月13日)、ドイツの作曲家、指揮者。ロマン派における歌劇、楽劇に大きな足跡を残す。楽劇『ニーベルングの指環』、『パルジファル』、『ローエングリン』、『タンホイザー』、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』、『さまよえるオランダ人』、『トリスタンとイゾルデ』等が有名。

※3  Edvard Grieg (1843年6月15日-1907年9月4日)、ノルウェーの国民的作曲家。劇音楽『ペールギュント』や『ピアノ協奏曲 イ短調』などが有名。

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