2020年3月から様々なエネルギーが渦巻く舞台を観劇してきました。コロナ禍でやむを得ず中止になった舞台が数えきれない程ある中、それぞれに幾多の困難を乗り越えて、上演できた舞台も沢山あります。元来劇場はさまざまな思いが集まる場所ですが、そういうときに結集するエネルギーの強大さに震える感覚を何度も体験しました。
その状況は、2021年になっても続いていて、まだ先は見えず、今もなお、断腸の思いで開幕を迎えられない作品もあります。そんな状況のなかで、ミュージカル『イリュージョニスト』コンサートバージョンの幕が、1月27日(水)から29日(金)に、三日間だけ上がりました。幾多の山を乗り越えて辿り着いた世界初演の舞台。携わった多くの方々の気概を、その双肩に担いだキャストの皆さんの気迫に、息が詰まるような時間でした。
緊急事態宣言下で、事前に販売していた分はそのままでいいとはいえ、収容人数は50%を目指すことを求められ、作品の権利上配信も行われず、5回のみの公演を観られた人はもしかしたら6000人もいなかったのかもしれません。そのひとりとなれた幸運を噛み締めながら、劇場を訪れました。
ミュージカル『イリュージョニスト』は、世界初演の日英合作新作オリジナルミュージカルです。原作は、ピューリッツァー賞受賞作家スティーヴン・ミルハウザーさんによる短編小説と、その映像化である映画『幻影師アイゼンハイム』です。ウィーンを舞台に、天才幻影師と公爵令嬢の禁断の愛、傾国の危機が迫るオーストリア皇太子の苦悩、嘘の真実に翻弄される人間模様を、巧みなストーリー展開と華麗なトリックで描き話題となった作品が、初ミュージカル化されました。メインキャストは、海宝直人さん、成河さん、愛希れいかさん、栗原英雄さん、濱田めぐみさん。日本のミュージカル界から実力派が集まりました。
この物語のテーマは「真実とは何か」。観客を興奮の虚構の世界へ導くイリュージョニストによるショーは、果たしてどんな技を用いて、どんな幻影を見せているのか、どこからどこまでが嘘で、本当の真実は何だったのか。1度目に観劇したゲネプロと、2度目に観劇した千秋楽の舞台では、登場人物への印象がかなり変化しました。おそらく未来に上演されるであろうミュージカルバージョンで、新鮮な驚きを持って観ていただきたいので、今回は重要な部分には触れずにご紹介したいと思います。
千秋楽の挨拶で、キャストの皆さんが様々な思いを吐露されていましたが、海宝さんの「生涯忘れないと思います」という言葉に、皆さん大きく頷いていました。何としてもこの舞台を開けるんだというカンパニーの強い思いが伝わってきました。何よりも、クオリティの高い、新しいミュージカルの誕生を、観客のひとりとして堪能できたことが、この上ない喜びです。
<ストーリー>(公式サイトより)
舞台は19世紀末、ウィーン。栄華を極めたハプスブルク帝国の斜陽。イリュージョニスト・アイゼンハイム(海宝直人)は、興行主ジーガ(濱田めぐみ)と共に世界中を巡業していた。ウィーンでの公演中、偶然にもアイゼンハイムは幼い頃恋心を寄せ合った公爵令嬢、ソフィ(愛希れいか)と再会する。だが、ソフィはオーストリア皇太子レオポルド(成河)の婚約者となっていた。傾国の危機を救うために、過激な思想に傾倒する皇太子。ソフィはそんな皇太子の熾烈な正義感に疑念を抱いていた。ひそかに逢瀬を重ね、変わらぬ愛を確かめ合うアイゼンハイムとソフィ。だが、二人の密会を知った皇太子は、怒りのあまり剣を手にソフィの後を追う。その夜、ソフィは死体となって発見される。事件の真相を探るウール警部(栗原英雄)は、様々な証言から徐々にソフィ殺害の深層に近づいて行く…。目の前に見えているものは果たして真実か?それとも虚偽なのか?
ミュージカル『イリュージョニスト』は、紆余曲折を経ての開幕となりました。当初の発表では三浦春馬さんがアイゼンハイム役として出演し、2020年12月上演の予定でしたが、三浦さんがお亡くなりになり、当初皇太子役を演じる予定だった海宝直人さんが新たなアイゼンハイム役に、さらに成河さんが皇太子役の新キャストとして加わり、2021年1月18日(月)開幕に変更されました。しかし、カンパニー内に新型コロナウイルス感染症の陽性者が確認されたことから稽古を一時中断。演出内容を変更してコンサートバージョンにて、1月27日(水)から29日(金)の上演となりました。
クリエイティブスタッフも錚々たる布陣で制作されています。英国の演劇プロデューサーでウエストエンドのヒットメーカーとしても名高いマイケル・ハリソンさんと、梅田芸術劇場が共同で企画されました。脚本は、アウター・クリティックス・サークル賞の脚本賞にもノミネートされたピーター・ドゥーシャンさん、作詞・作曲はロンドンで最も注目される若手作曲家マイケル・ブルースさん、演出はミュージカル『タイタニック』、『グランドホテル』、『パジャマゲーム』など、日本でも定評のあるトム・サザーランドさん、振付・演出補はスティ・クロフさんが担当しています。さらに日本からは、翻訳・訳詞は市川洋二郎さん、オーケストレーション・音楽監督は島健さん、美術は松井るみさん、イリュージョンはHARAさん、照明は吉枝康幸さん、音響は山本浩一さん、衣裳は前田文子さん、ヘアメイクは冨岡克之さん(スタジオAD)らが参加しています。
世界中で舞台上演が難しい状況のなか、本作品に関わるイギリス、アメリカ、日本のすべての方々の力を結集し、ついにワールド・プレミア公演の開幕となりました。
舞台空間の間口には大きな無機質の灰色の飾り枠があり、ステージ前方には艶やかに光るゴールドシェルがいくつか設置してあります。ステージ奥の高いところにはオーケストラがいます。ステージ中央には少し高さのある長方形のステージがあり、その三方を囲むように置かれた幾つもの椅子にキャストがいて、基本的には常にステージ上にいます。メインキャストの主な芝居は中央のステージを中心に進行していきます。一座の団員や民衆などを演じるアンサンブルは、中央ステージを囲むように様々な動きで物語を表現していきます。コンサートバージョンとはいえ、セリフも楽曲もカットせずに上演され、作品の世界観を存分に味わうことができました。
セリフを交わすところも、主にキャストが舞台正面に向かって発していていましたが、感情がぶつかり合う場面など、要所要所では向き合って演じるなど、ビジュアル的には大きな変化がなくとも、緩急のある見え方で物語にどんどん引き込まれました。印象的な演出は、白と赤の2色の花びらが降り注ぐところです。なぜ二色なんだろうか、真実と虚構を描いているその対比を象徴しているのだろうか、その答えは出ませんでしたが、ミュージカルとなった場合にその演出は変わるのか、とても興味深いです。また、おそらく作品の見どころになるであろう大掛かりなイリュージョンが、今回は見られませんでしたが、照明や衣裳を使って表現しており、想像が膨らみました。
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<有料会員限定部分の小見出し>
■物語の重要なキーとなる小道具。ノート、剣、ロケットなどが物語を繋ぐ
■アイゼンハイムの孤独や執念を、情熱と冷静さを巧みに操りながら演じた海宝
■自信家で権力者のレオポルドの激昂や苛立ちを、リアルに息づかせた成河
■皇太子から手放したくないと思われるに相応しい公爵令嬢を好演た愛希
■一番普通の人、ウール警部を演じた栗原。疑いの心を映すソロナンバーに納得
■一座を率いる興行師を演じ、冒頭から観客を物語に一気に誘った濱田
■ダークで妖しげな世界観。不協和音がむずがゆく耳に残ったナンバーの数々
■ “考えること”を提示した『イリュージョニスト』。ミュージカルとしての上演に期待
<ミュージカル『The Illusionist -イリュージョニスト-』>
【東京公演】2020年1月27日(水)~1月29日(金) 日生劇場(この公演は終了しています)
公式サイト
http://illusionist-musical.jp/
<キャスト>
海宝直人、成河、愛希れいか、栗原英雄、濱田めぐみ
新井海人、池谷祐子、岡本華奈、伽藍琳、工藤広夢、斎藤准一郎、杉浦奎介、仙名立宗、染谷洸太、常川藍里、當真一嘉、湊陽奈、安福毅、柳本奈都子
<スタッフ>
脚本:ピーター・ドゥーシャン
作詞・作曲:マイケル・ブルース
原作:
ヤーリ・フィルム・グループ制作映画「幻影師アイゼンハイム」
スティーヴン・ミルハウザー作「幻影師、アイゼンハイム」
演出:トム・サザーランド
振付・演出補:スティ・クロフ
翻訳・訳詞:市川洋二郎
オーケストレーション・音楽監督:島健
美術:松井るみ
イリュージョン:HARA
照明:吉枝康幸
音響:山本浩一
衣裳:前田文子
ヘアメイク:富岡克之(スタジオAD)
指揮:森亮平
歌唱指導:鎮守めぐみ
音楽監督補:松田眞樹
歌唱指導補:柳本奈都子
美術助手:平山正太郎
振付助手:青山航士、徳垣友子
演出助手:加藤由紀子、隈元梨乃
舞台監督:二瓶剛雄
企画・制作:梅田芸術劇場
主催:梅田芸術劇場・アミューズ
後援:ブリティッシュ・カウンシル
<関連リンク>
公式 Twitter
https://twitter.com/Illusionist2020
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■物語の重要なキーとなる小道具。ノート、剣、ロケットなどが物語を繋ぐ
その中で、物語の重要なキーとなるのは小道具でした。アイゼンハイムのイリュージョンの“種”が書かれている大きいノート、皇太子の剣、アイゼンハイムがソフィに贈ったロケットなどが物語を繋いでいき、際立って記憶に残りました。さらに、衣裳の美しさがシンプルな舞台にひときわ映えていました。前田さんの衣裳はそのフォルムが特に美しいといつも感嘆しますが、今回もそのラインの美しさに魅了されました。特筆したいのは、アイゼンハイムの白いシャツ。高い襟や、空気を孕んだ柔らかな形が秀逸です。纏う海宝さんを特に魅力的に見せていました。白と水色を用いたソフィのドレスや、ジーガの赤黒金銀を用いたコートなど色彩も美しく、黒のコートを着ることで一瞬で一座の団員が民衆になるなど、見せ方も見事でした。
■アイゼンハイムの孤独や執念を、情熱と冷静さを巧みに操りながら演じた海宝
初演キャストとして、その大役を成し遂げた皆さんには、ただただ拍手を贈りたいです。海宝さんは、いまや日本のミュージカル界を代表するトップの歌声を持つ俳優のひとり。その磨き上げた歌唱力を存分に発揮して、ソフィへ抱き続けたまっすぐな愛情と、それゆえの熱情が渦巻くアイゼンハイムを熱演していました。海宝さんの魅力は、何かしらの闇を抱える役のほうが色濃く出るんじゃないかと思っているのですが、アイゼンハイムの持つ孤独や執念などを、情熱と冷静さを巧みに操りながら演じていました。これまで劇団四季の舞台や、小中劇場で主演はされていますが、大劇場では『イリュージョニスト』が初主演舞台となりました。今後すでに発表されている作品も含めて、活躍がますます楽しみになりました。
■自信家で権力者のレオポルドの激昂や苛立ちを、リアルに息づかせた成河
オーストリア皇太子レオポルドを演じたのは成河さんです。原作映画ではミュージカル『エリザベート』などでもよく知られるルドルフ皇太子をモデルにしていると言われています。ルドルフというと美しく繊細なイメージが強いですが、レオポルドは自信家で権力者。全ての者を見下していて、自分の思い通りにならないことに激昂したり苛立ったり。人物をリアルに息づかせているのは、成河さんのさすがの芝居力ならでは。細かな芝居に目が離せなくなります。
■皇太子から手放したくないと思われるに相応しい公爵令嬢を好演た愛希
公爵令嬢ソフィを演じたのは愛希さんです。公爵令嬢としての佇まいの美しさに目を奪われました。環境に身を任せるだけでなく、選んで行動する強さも持った女性であり、アイゼンハイムから長年思い続けられ、皇太子から手放したくないと思われるに相応しいソフィを好演していました。舞台の中心で主人公として存分に輝ける実力と華やかさを兼ね備えながら、主人公の相手役としても輝ける、舞台で自由自在に羽ばたく姿に惹きつけられます。
■一番普通の人、ウール警部を演じた栗原。疑いの心を映すソロナンバーに納得
この物語で一番普通の人、ウール警部を演じたのは栗原さんです。観客とともに、驚いたり悩んだり。アイゼンハイムへの好意、職務に忠実な姿、その狭間の苦労。次々に起きる出来事に対して正直な反応を重ねていきます。<疑い>は、音階が細かく動く不安定なメロディが疑いの心を映し出し、栗原さんの丁寧に積み上げられた歌と芝居に納得させられます。
■一座を率いる興行師を演じ、冒頭から観客を物語に一気に誘った濱田
一座を率いる興行師ジーマを演じているのは濱田さんです。アイゼンハイムの才能を見出し育ててきた人物です。冒頭から、観客はジーガの手で物語の世界へ一気に誘われます。クールでエキセントリックな人物でありながら、共に過ごしてきた身内であるアイゼンハイムへの愛情も持っている、その両面を自由自在な歌と芝居で存分に表現していました。
■ダークで妖しげな世界観。不協和音がむずがゆく耳に残ったナンバーの数々
ミュージカルの醍醐味とも言える音楽は、一度聞いてすぐに覚えられるというわけではないですが、ダイナミックなナンバーが多く、全体的にダークで妖しげな世界観。不協和音がむずがゆく耳に残ります。それぞれに聞き応え十分なソロナンバーもあり、さまざまな色合いも楽しめました。いくつかご紹介します。
ウール警部が「真実は虚しいだけだ」と歌いはじめる幕開きのナンバー<真実>は、とても不安定なメロディで、これからはじまる物語を予感させます。続いてジーガが観客をショーに引き込む<嘘の世界で>は、軽快さとけだるさが絡み合う不思議なナンバー。イリュージョンの世界へ足を踏み入れる準備は万端です。
ショーに皇太子とソフィが来ていることを知ったアイゼンハイムが、焦る思いを制して自らを鼓舞するナンバー<完璧なトリック>は、メロディにその感情の流れが緻密に表現されていて、アイゼンハイムの高まる感情と共に、物語が動くイリュージョンの場面へと突入していきます。海宝さんの力強い圧巻の歌声で、一気に引き込まれました。
アイゼンハイムと再会して彼への思いをソフィが歌う<サヨナラはもう>。愛希さんは、諦めと苦悩を歌声のなかに細やかに織り込み、再燃する彼への思いを自制して決別しようと強く歌い上げます。
アイゼンハイムのイリュージョンの種を解明しようとする皇太子が歌う<全ては解明できる>。ゲームを楽しむようなはじまりから、不穏な展開へと進んでいくと、同じメロディながら、軽快だった音が次第に猛々しく不穏な音へと変化していきます。成河さんの艶やかな高音が生まれながらの皇太子感をより感じさせました。
物語の後半で、アイゼンハイムが歌う<幕切れ>というナンバーがあります。そのなかの「拍手の音を思い出に刻む時だ/上げろ幕を記憶に刻み付けよう/観客の心に刻み付けよう」という部分が胸に迫りました。物語としてもクライマックスに向かうところ、海宝さんの歌声が全身に響いてテンションが上がるのですが、舞台を上演・観劇するのが困難な今において、この歌詞にも気持ちが動きました。
■ “考えること”を提示した『イリュージョニスト』。ミュージカルとしての上演に期待
劇場を後にして、作品に思いを馳せながら、今もイリュージョンは続いているような感覚です。何が真実で、何が嘘か、誰にとっての真実か、嘘なのか。改めて考えれば、答えが出ないことの方が多いでしょう。そもそも舞台は虚構の世界。その中で私たち観客は真実を見出しています。観客に“考えること”を提示した『イリュージョニスト』。今後、英国や世界での上演が行われるようですが、近い未来に日本でも、本来のミュージカルとしての上演を期待して待ちます。