ミュージカル『マタ・ハリ』が東京公演を終え、2021年7月10日(土)から7月11日(日)まで、愛知・刈谷市総合文化センターアイリス大ホールで、16日(金)から20日(火)まで、梅田芸術劇場メインホールで上演されます。実在の女スパイであるマタ・ハリの愛と悲劇をフランク・ワイルドホーンの名曲で綴る韓国発のミュージカル。彼女をスパイへと導くフランス諜報局ラドゥー大佐、マタ・ハリに任務で近づきながら本当に愛するようになるアルマン。マタ・ハリと、ふたりの男との出会いが、物語を動かしていきます。物語の主要な人物だけでなく、戦場の無名兵士や、帰りを待つ女たちなど、ひとりひとりの人生にも光が当たる、極限の世界で必死に生き抜く人々の生き様に、胸が熱くなります。
2018年の日本初演から拝見していますが、今年の再演では、主要3役のダブルキャストによる違い、8パターンある組み合わせによる違いが、それぞれに面白く、東京公演で7パターンを拝見しました。名古屋公演では3パターン、大阪公演では8パターンの組み合わせが上演されます。今回は組み合わせによる違いにも触れてレポートしたいと思います。マタ・ハリ役は柚希礼音さんと愛希れいかさん、ラドゥー役は加藤和樹さんと田代万里生さん、アルマン役は三浦涼介さんと東啓介さんが演じています。
2018年に初演されたときは、マタ・ハリを演じた柚希さんの宝塚退団後のまさに当たり役と言える素晴らしい熱演、加藤さんが回替わりで対照的なラドゥーとアルマンを演じていること、大役に抜擢された東さんの歌声の魅力と若さ溢れる瑞々しさなど、初めて観る作品自体の引力に加えて、様々な驚きが印象的な記憶として残っています。開幕後評判を聞きつけて訪れる方々、リピーターが増え、チケットがどんどん無くなっていきました。そんな初演時から、待ち望まれた再演が発表になった今年。さらなる驚きの配役で、どんな世界を観ることができるのか楽しみが増えました。
そして開幕した再演では、新しい『マタ・ハリ』が生まれていて、興奮と衝撃でさらに引き込まれました。再演のハイライトは、初演キャストが役を深め進化させたことと、新キャストが役の新しい顔を生み出したこと。同じ役でこんなに違うのかと驚くとともに、物語はそれぞれに見事に成立していて、むしろ作品の魅力が増してることが嬉しくなりました。プログラムやご自身のSNSなどで言及されていますが、演出の石丸さち子さんが、キャストにあわせた演出をされた結果だと思います。
そして、8パターンの組合せによる違いを、カンパニー側が見どころとして押していることも新しいと思いました。最近の演目は、複数キャストでも、チーム制や固定の組み合わせのことも多いですが、これだけ違う役作りをする(動きもさまざまに違う)ダブルキャストが、日々入れ替わり、セッションを楽しむように芝居をする。しかも、全公演を通して3回しかない組合せが多く、敢えて挑戦的な企画だと思います。
『マタ・ハリ』は、「マタ・ハリ×ラドゥー」「マタ・ハリ×アルマン」「ラドゥー×アルマン」というふたりが相対する濃い人間関係が3つあります。その3人が絡み合う人間模様を描いているので8パターン生まれることになります。3人が同時に舞台上に立つのは、2幕後半でそれぞれの思いをモノローグ的に舞台上で同時に歌うナンバー「あなたなしでは」と、2幕ラストの山場の場面のみ。ふたりでの場面がそれぞれに積み重なった終着点として、3人が揃うという構造も面白いです。
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■可愛らしさと強さとの対比が印象的な柚希、艶やかで肝が座って格好いい愛希
■任務最優先で怒りが印象的な加藤、超エリート将校が想定外に狂う田代
■這いつくばって生きてきた痛みの三浦、温もりと無邪気さが母性をくすぐる東
■ぶつかり合う2人の関係は3役6人で12組。それぞれの印象をひとことで言うと…
■最も対極的なのは、陽×3の「柚希・田代・東」と陰×3の「愛希・加藤・三浦」
■マタ・ハリへの深い愛を滲ませる春風、男たちとの関係への想像を膨らませる宮尾
■“普通”がなんと幸せなのかを知った今の時世、3年前と違う「普通の人生」が響く
<ミュージカル『マタ・ハリ』>
【東京公演】2021年6月15日(火)~6月27日(日) 東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)※この公演は終了しました
【愛知公演】2021年7月10日(土)~7月11日(日) 刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
【大阪公演】2021年7月16日(金)~7月20日(火) 梅田芸術劇場メインホール
公式ホームページ
https://www.umegei.com/matahari2021/
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■可愛らしさと強さとの対比が印象的な柚希、艶やかで肝が座って格好いい愛希
まず、6人のキャストの印象をまとめます。柚希さんは宝塚の元男役トップスター、愛希さんは元娘役トップスターでしたが、おふたりともカリスマ性のある伝説の男役と娘役であり、ダンサーです。その時点で、マタ・ハリを演じるに納得の配役。マタ・ハリが踊る時の神々しさや神秘性など、発するオーラに魅せられて目が離せなくなりました。おふたりの個性が際立ってくるのは、特に芝居部分。ラドゥー、アルマンと関わっていくことで、違いが際立っていきます。
柚希さんは荘厳な踊りに圧倒されます。一転舞台を降りると、ピュアで少女のような可愛らしさと、闘い生き抜く強さとの対比が印象的。アルマンへの愛は純粋で、ラドゥーとは堂々と対峙します。
愛希さんは妖艶な“女”でありながら、肝が座って格好いい。さまざまな男たちを翻弄してきた艶やかさと、本物の愛に目覚めた揺らめきに魅せられます。
■任務最優先で怒りが印象的な加藤、超エリート将校が想定外に狂う田代
戦況が思わしくないなか、勝つために任務に厳しく、その任務のために利用しようとしたマタ・ハリの魅力に囚われて歪んでいくラドゥー。
加藤さんは、冷酷な任務最優先の男。怒りが一番印象に残ります。マタ・ハリに出会う前から、戦況に苛立っていて、マタ・ハリに対しては粘着質。すべて自分がコントロールできると思っていたはずが、思うようにいかず、崩れ落ちた結果がいたたまれません。
田代さんは、超エリート将校。真っ直ぐに任務に戦いに挑んでいて、想定外のところでマタ・ハリに魅了されて狂ってしまう。終始ちゃんとしようとしていて、自分を見失っていない冷静な時もあり、物語の終着点ではラドゥーも可哀想に思えました。最後に歌う「戦いが終わっても」は、特に見どころ聴きどころ。ふたりのそれぞれの傷跡に想いを寄せました。
■這いつくばって生きてきた痛みの三浦、温もりと無邪気さが母性をくすぐる東
ラドゥーの部下として暗躍する顔と、マタ・ハリを愛する顔の、ふたつの見え方に個性が際立つアルマン。三浦さんと東さんは、特に対照的なアルマンを演じていました。
三浦さんは、アルマンのすさんでいた背景が見える芝居が見事で、這いつくばって生き抜いてきたんだろうなと想像させます。そのしたたかさから、愛に転じていく様が鮮烈でした。闇や影が濃く映し出され、観ていて苦しくなる痛み。こぼれ落ちる涙の美しさも印象的でした。
東さんは、太陽ような温もりと無邪気さ、さびしそうな瞳が母性をくすぐりそう。物語を知っていても、マタ・ハリが幸せになれそうな気がするんです。初演で「歌声を持って生まれた人」だと思ったその歌声はさらに磨きがかかり、特に低音の艶が耳に残ります。
若き兵士ピエールが恐怖から飛行拒否をする場面、上官であるアルマンは彼と向き合います。ここの違いも面白いです。厳しいなかにも話を聞いてくれて、先頭に立って率いてくれる三浦アルマン。仲間であり、手を伸ばして一緒に跳ぼうと笑ってくれる東アルマン。恐怖を奮い立たせて飛び立とうと、アルマン、ピエール、兵士たちが歌う「英雄であれ」の聞こえ方も少し変わってきます。
■ぶつかり合う2人の関係は3役6人で12組。それぞれの印象をひとことで言うと…
「マタ・ハリ×ラドゥー」「マタ・ハリ×アルマン」「ラドゥー×アルマン」の3つ組み合わせについて。ダブルキャストなので、3×4パターン=12組あるのですが、その違いが面白いです。剥き出しの感情で、激しくぶつかり合う、相対するふたりがさまざまに異なるのだから、3人での8パターンが異なるのは当然の結果ですね。12組の組み合わせの印象をまとめてみます。
「柚希マタ・ハリ×加藤ラドゥー」直球の打ち合いで激しい攻防戦
「柚希マタ・ハリ×田代ラドゥー」生きてきた世界が違いすぎて絶対に合わない
「愛希マタ・ハリ×加藤ラドゥー」したたかなふたりの美しき頭脳戦
「愛希マタ・ハリ×田代ラドゥー」押したり引いたり互いに出し抜き合う
「柚希マタ・ハリ×三浦アルマン」マタ・ハリが女らしく柔らかに見える
「柚希マタ・ハリ×東アルマン」光と光が掛け合わさう強さ。癒し合うふたり
「愛希マタ・ハリ×三浦アルマン」影が濃くなる。痛みが呼応し惹かれあう
「愛希マタ・ハリ×東アルマン」影が光で幸せになれるはずのになれない哀しさ
「加藤ラドゥー×三浦アルマン」虎と龍の戦い。エネルギーの質が違うパワー戦
「加藤ラドゥー×東アルマン」巨大台風同士の戦い。歌声の重なりあいの豊かさ
「田代ラドゥー×三浦アルマン」主導権が行ったり来たり。わかり合えない
「田代ラドゥー×東アルマン」」マタ・ハリがいなければ、上手くいったかも
■最も対極的なのは、陽×3の「柚希・田代・東」と陰×3の「愛希・加藤・三浦」
観劇した7パターンのなかで印象に残ったことを記しておきます。メインの組み合わせであり、上演回数も多く、DVD発売される「柚希マタ・ハリ×加藤ラドゥー×三浦アルマン」と「愛希マタ・ハリ×田代ラドゥー×東アルマン」は、やはりバランスが考えられた組み合わせだと思いました。「柚希マタ・ハリ×加藤ラドゥー×三浦アルマン」は、物語が進むに連れて、3人のエネルギーが何乗にも掛け合わさって増幅していく力に圧倒されました。3つのエネルギーの柱が見えるような舞台です。観終えた後の疲労感が凄かったです。「愛希マタ・ハリ×田代ラドゥー×東アルマン」は歌声が豊かでバランスがいい。特に「あなたなしでは」は、3人の歌声の輪郭がくっきりと、そのうえで聴きごたえのあるハーモニーが見事で、ミュージカルとしての醍醐味を堪能しました。
そして、「柚希マタ・ハリ×田代ラドゥー×東アルマン」と「愛希マタ・ハリ×加藤ラドゥー×三浦アルマン」の2チームによる違いが対極的だと思いました。簡単に言うと、「陽と陰」の印象の違いです。人間は多面的な生き物ですが、「陽と陰」のどちらかが強い印象に分かれます。例えば、太陽のような人、月のような人、というのが分かりやすい形容だと思います。「柚希マタ・ハリ×田代ラドゥー×東アルマン」は「陽×陽×陽」、「愛希マタ・ハリ×加藤ラドゥー×三浦アルマン」は「陰×陰×陰」。他の組み合わせでは陽と陰が混じるのですが、この2チームは陽と陰が真っ二つに別れるため、対極に感じました。個人的にやみつきになりそうだと思ったのは、この「陰×陰×陰」。見えない影の下には何があるのだろうかと、覗いてみたくなる衝動に駆られました。
■マタ・ハリへの深い愛を滲ませる春風、男たちとの関係への想像を膨らませる宮尾
マタ・ハリの衣装係アンナを演じたのは、春風ひとみさんです。初演では和音美桜さんが演じましたが、舞台に立つマタ・ハリを理解し、常に支え励ますアンナを宝塚OGの方が演じると、マタ・ハリと深いところで繋がっている説得力が増します。ただそこにいるだけでも、マタ・ハリへの深い愛を滲ませていました。
マタ・ハリのパトロンであり、ドイツ将校ヴォン・ビッシングを演じたのは宮尾俊太郎さんです。宮尾さんが演じることで、2幕冒頭「寺院の踊り」に、新たにマタ・ハリと踊るダンスパートが作られました。ひび割れた巨大な6枚の鏡がとともに、柚希さん/愛希さん、宮尾さんが中心に踊るこの場面は、マタ・ハリと男たちとの関係性も想像が膨らみ、さらなる見どころに進化しています。
■“普通”がなんと幸せなのかを知った今の時世、3年前と違う「普通の人生」が響く
明日が見えぬ極限の中で、ごく“普通”の人生を過ごしたいと歌う「C’est La Vie ~人生なんてそんなもの」「普通の人生」が、こんなにも響くのは、やはり今の時世に観るからでしょう。大切な人達とただ笑い合ったり、家族とゆっくり過ごしたり、ペットと一緒に窓からの風に癒されてみたり、ひとりの時間を楽しんだり、散歩しながら季節の変化に気付いたり……普通すぎて物足りないと思っていた時間は、なんて幸せなのだろうかと知ってしまった今、この物語を観ることができたのは、なんというタイミングでしょうか。3年前にはわからなかったと自分を振り返りました。
物語のラストシーンで、マタ・ハリは“人生は素晴らしい”と歌います。望んだ普通の人生を送れなかった彼女が、晴々しく最後のステージに立つ姿は、本当に美しく格好いい。モノトーンの空が、青空に変わるように見える演出が鮮やかです。きっと、振り返ったマタ・ハリの瞳には、愛しいアルマンが映ったのでしょう。オルゴールの音が優しく耳に残りつづけます。
私も愛希×加藤×三浦の3陰のパターンが1番好きです^_^
それぞれの印象のひとことも興味深いのでこれからの観劇の参考にしようと思います。
7パターンご覧になられたとは、実に羨ましいです。
自分は二度劇場で一度配信で観ましたが、演者それぞれ魅力が引き立っていて、何度でも、どの方のでも観てみたいと思わされました。
詳細なルポ、ありがとうございます!
全組み合わせはなかなか観られないので、岩村さんの記事で深いところまで感じ取ることができて嬉しいです。