逃げ場なく物語にのまれる「ブラック メリーポピンズ」

心理スリラーミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮 アイキャッチ

世田谷パブリックシアターで2016年5月29日まで上演されている、韓国発の心理スリラーミュージカル「ブラック メリーポピンズ」を拝見しました(兵庫・福岡・愛知公演あり)。脚本・演出・音楽の全てをソ・ユンミ(서윤미)さんお一人が手がけ、韓国で人気を博したこの作品の日本初演は2014年7月。再演の今回は、初演に引き続き、演出を鈴木裕美さん、日本版オリジナルキャストの小西遼生さん、上山竜治さん、良知真次さん、一路真輝さんに、新キャストの中川翔子さんが加わり、独特な世界を紡ぎ出していました。(小西遼生さんのインタビューは⇒こちら

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

時代は1930年代のドイツ。4人兄弟久々の水入らずの再会、しかし穏やかとは言い難いピリピリとした雰囲気が漂う中、物語は始まります。

著名な心理学者だった養父グラチェン博士と、母代わりの家庭教師メリー(一路真輝)の庇護の元、ハンス(小西遼生)、ヘルマン(上山竜治)、アンナ(中川翔子)、ヨナス(良知真次)の4人は「兄弟」として仲良く育ちましたが、今から12年前に起こった屋敷の火災によって、育ての親である養父を亡くし、更には出火の際に命懸けで兄弟を救い出し、全身に火傷を負った家庭教師のメリーも、何故か事件の翌日に忽然と姿を消してしまいます。

■12年前のあの日にいったい何が起こったのか?

そして不思議な事には、兄弟四人全員の「火災前後の記憶」が、スッポリと抜け落ちていたのです。その後、それぞれの里親に引き取られ、次第に疎遠になっていった弟妹達を再び呼び集めたのは、今は成長して弁護士となっている長兄ハンス。その目的は、事件の再捜査を行う為。12年前のあの日にいったい何が起こったのか?自分達の埋もれた記憶を呼び覚まして真実を知る事でした。

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

姿を消したメリーは、火災の前夜にグラチェン博士とメリーが「ケンカしていた」という事件当時のハンスの証言もあって、警察から放火及び殺人をも疑われていました。事件後、ずっと真相を追っていたバルタ刑事(声:山路和弘)から、メリーの居場所と共に、疑惑の証拠として押さえていた小さな手帳を、ハンスは弁護士として、また事件の当事者として譲り受けていました。そこには兄弟達には知らされなかった、養父の衝撃的な記録が記してありました。その内容が呼び水となって、兄弟達の子供の頃の記憶が次々と蘇ってきます。…メリーは本当に犯人なのか? 何故失踪してしまったのか?

一見強引なようで、実は事件にまつわるある不安を抱えて成長し、真実を知る事でしか前へ進む事はできないと、懸命に「不安な自分」と対峙しようとするハンス。過去を明らかにする事に何故か怯え、封印したままにしたいヘルマンとアンナ。事件後、とある事がきっかけで神経不安症を患い、常に何かに苛まれている様子でパニックを起こすヨナス。冒頭でのそんな彼等の状態が、物語が進むにつれ、見え方や考え方が変化していく様に目を奪われました。

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

■物語の世界感を”隙無く”現す、無駄のない密な空間

舞台でまず最初に目を引いたのは、二村周作さんの手になる美術。物語が展開していくのは窓のない白地の部屋。奥には外界との繋がりを断つかのような、重々しい両開きのドア。ライティングの色調も相まって、最初はシンプルなホテルの客室かと思いましたが、徐々に無機質な青白い病室のようにも見え、舞台幅より八割方小さい部屋幅に、不釣り合いなくらい高く伸びる白い壁というその作りもあって、見る者にどこか圧迫感、閉塞感を与える部屋でした。

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

部屋の壁はカーテンのように見える、シフォン素材の布地で全面覆われており、場面によってはこの「壁」が風に煽られて、火災のシーンでは全てをなめ尽くす炎のように、他のシーンでは人物の不安定な心理状態を描写するかのように、全体が怪しく揺れて不定形に歪んで蠢いているような視覚効果を与えます。

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

そして「盆」と呼ばれる廻り舞台を多用した演出に加えて、小野寺修二さんによる、兄弟達の心理状態を表す、何とも不可思議な動きの振付。失われた記憶の迷宮を彼等がさまよう時、不安を煽る曲と共にこの盆が回り、まるでそこに立つ人物達が螺旋を描きながら深いどこかに堕ちていくように見えました。それと人物の心情を表す繊細な楽曲。

それらが融合し、物語の世界感を”隙無く”現していて、観客的には現実への逃げ場なく物語にのまれる様な、無駄のない密な空間がそこに在りました。

<ミュージカル「ブラック メリー ポピンズ」>
【東京公演】 世田谷パブリックシアター 2016/5/14(土)~29(日)
【兵庫公演】 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール 2016/6/3(金)~5(日)
【福岡公演】 福岡市民会館 2016/6/9(木)
【名古屋公演】 愛知県芸術劇場 大ホール 2016/6/17(金)

<関連サイト>
ミュージカル「ブラック メリー ポピンズ」オフィシャルサイト
小西遼生 公式ブログ(仮)
キューブ オフィシャルサイト 小西遼生

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■少年時代のハンスの小西さんが可愛い

■縦横無尽に観客を誘う上山さんのヘルマン

■ピーンと張ったまま緊張が緩まない良知さんのヨナス

■無意識下の心の闇を見事に体現した中川さんのアンナ

■舞台上にいない間の想いが伝わる一路さんのメリー

■彼等の行く先を信じたい、思わずそう思ったエンディング

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「メリーを覚えてる」という楽曲と共に展開される兄弟達の子供時代の回想シーンは、成長した12年後の4人と、なんら変わらない姿で演じられるのですが、これがまた不思議に違和感がありませんでした(笑)。ある意味、必見です! 四兄弟全員が全力で「子供」でした!

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

ミュージカル「ブラック メリーポピンズ」より=撮影・難波亮

■少年時代のハンスの小西さんが可愛い

「三揃え」はこの人の為にある!と断言したくなる程、バチッとスーツ姿のキマッた小西さんのハンス。事件の後、自分達を置いて消えたメリーに裏切られたと感じて、その傷を抱いて成長した彼は、この陰のあるところに独特の匂い立つような色気を感じるのですが、その少年時代は長じたその姿からは想像できない、天然で屈託のない、でも弟妹想いで責任感の強いところもある、とても「長男!」な可愛いお兄ちゃんでした。特に、兄弟四人揃ってソファに膝立ちになり、客席側にお尻をむけて、部屋の奥のメリーをにこにこ笑顔で見るシーンはとても可愛らしくて、まるでディズニー映画の描写の様でした。

■縦横無尽に観客を誘う上山さんのヘルマン

上山さんのヘルマンは、この作品ではムードメーカー。緊張した重いシリアスな演技から、コミカルな笑いまでと、縦横無尽に観客を誘ってくれます。そして、ヘルマン少年は絵を描くのが大好きな、やんちゃだけどお人よしな次男坊。妹のアンナに、派手に振り回されつつも(笑)、いざとなったら彼女を守る騎士(ナイト)であろうとする、そんなところも愛おしい少年でした。

■ピーンと張ったまま緊張が緩まない良知さんのヨナス

良知さんのヨナスは、ある意味兄弟達の中では一番真実の近くに位置する役どころ。舞台上のヨナスの、ピーンと張ったまま、緊張が緩むことのない様子を観ていると、何故彼だけが、長じて精神を病んでしまったのかが理解できるような気がしました。子供時代は物語を創る事が大好きな、感受性の豊かな少年で、お兄ちゃん達のやる事を、すこーし離れたところから観察しているような末っ子で、こんな子居そう!と思ったり。

■無意識下の心の闇を見事に体現した中川さんのアンナ

中川さんのアンナは、強い意志を持つ女性と感じられるのに、何かに怯えているような、一人の人物なのに輪郭が何故かブレて見えるような、無意識下で抱える心の闇が垣間見える人物像を見事に体現していたと感じました。少女時代は兄弟中最強の、怖いもの知らずのじゃじゃ馬ぶりで、兄達と弟を率いて何かしらやらかすガキ大将さながらのその様と、アンナの可憐な姿とのギャップが素敵すぎて凄すぎて!(笑) 特にヘルマンとのやりとりは微笑ましいやら可笑しいやらで、観客に明るい笑いを振りまくとともに、彼等のそう遠くない将来をも淡く予感させてくれるようでした。

■舞台上にいない間の想いが伝わる一路さんのメリー

そして、子供達にとってママのような、女神様のような存在の、いつも優しいだーい好きなメリー。幼い四兄弟達と楽しく語らうシーンは、幸せな一幅の絵のようにあたたかく感じられ、母を知らない兄弟達を、慈愛に満ちた風情でいつもやさしく包み込んでいました。上演中ほぼ出ずっぱりの兄弟達とは違い、一路さんのメリーは断片的な登場が多いのですが、舞台上に「居る」彼女からは、むしろ登場していない間の、語られていない彼女の苦悩や想いをこそ雄弁に語られているような気がして、観えるもの以上に伝わってくる深い人物像に涙を誘われました。

物語の核心のシーンで、メリーがこれまでやってきて、しかし後悔とともに封印しようとしていたある事を兄弟達から求められて、ハッとした表情を見せる場面があったのですが、あの短い時間の間、メリーの中ではどれほどの葛藤があったのだろう?と、思わずつり込まれてしまいました。

■彼等の行く先を信じたい、思わずそう思ったエンディング

「心理スリラー」を冠した作品なので、落ちつかない、不安定で重苦しい情景が大部分を支配しますが、兄弟の子供時代、メリーを母とも慕い、彼女を囲んで無邪気で幸せに暮らしていた頃の回想も登場して、そこが癒しといえば癒しです。しかし観客がそのシーンに和めば和む程、12年後の兄弟達の状態が更に痛々しく感じられ、一層彼等の物語に引き込まれてしまいます。

そんな、子供時代の微笑ましいシーンの中にも、兄弟が抱いていた、とある違和感の描写などもチラチラと織り込まれていて、大人の姿で天真爛漫な子供を演じつつ、かつ子供が抱く微妙な違和感を表現する、という、繊細な演出に見事に応えているキャスト陣の緻密な演技は素晴らしいものでした。

また作品中盤では、ハンスがメリーを訪ない、真実を問うシーンがありますが、過去など捨てなさいと突き放つように言い放ち、メリーが歌う「メリーの手紙」。このシーンの現すところには、思わずはっとさせられました。

物語の終盤では、全ての真実が明らかになり、兄弟達はその凄惨な記憶に苦しみ、思い悩みます。そして、最終的にある決断をするのですが、その時舞台上に現れた「新たな景色」がとても象徴的で印象に残り、彼等の行く先を、未来を信じたい、思わずそう思ったエンディングでした。

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