2016年3月3日、アイデアニュースでは、株式会社ピーエーエス(PAS)さんの補装具をオーダーした古池玲乃愛(レノア)ちゃんのことをご紹介しました。→「オーダーメード補装具でもっと快適に もうひとつの家族の物語」
この記事にあるように、PASのエスリーム技術開発者で、作業療法士の野村寿子さんによる魔法のような「採型・採寸」、「仮合わせ」を経て、いよいよ、レノアちゃんのためだけに作られた補装具が完成しました。
その最終チェックと、レノアちゃんの成長の様子をレポートします。
「重度障害児」というカテゴリーに入るレノアちゃんは、お話したり、自分の足で歩いたりすることはないと思われているお子さんです。でも、お母さんの敦子さんは、レノアちゃんは今後、いろんなことがどんどん出来るようになると信じています。
ひと月前の「採型・採寸」の時にあったばかりなのに、レノアちゃんはなんだか背が伸びて、すっきりとした大人っぽい顔立ちになったような気がしました。特にあごの線がシャープなのは、食事がちゃんととれて、言葉を話す準備が出来てきた証拠。前回は咳が出ていて少し体調が悪かったのですが、今回は元気いっぱい、期待に胸をふくらませてやってきたのです。
レノアちゃんと「指談」(指で相手の手のひらなどに〇や☓や数字やひらがなを書いて、想いを読み取ってもらう方法)の活動などを通して知り合ったSさんは、お母さんの敦子さんに知ってもらいたいことがありました。
PASの一般向け製品p!ntoと出会ったことで、自宅介護中のお父さんの丸くなった背中が改善され、肩甲骨まわりが柔らかくなったこと。その快適でありながら正しい姿勢が、体調を良くし、食べる力をつけ、食道発声の訓練にも大きく貢献したこと。Sさんは、自分たち家族が経験したことを、必要な人に伝えたいと思っていました。
「野村さんとレノアちゃんが出会ったら、どんなに素敵なミラクルが起きるだろう、良い姿勢で可能性は広がるよ」
Sさんとお父さんのことは、こちらの記事を参照してください→「疲れていなかった頃の自分に戻れるクッション「p!nto」 ある家族の物語」
野村さんと出会ってから2ヵ月、Sさんの予想を超える速さで、レノアちゃんは変わっていきました。まだオーダーメード製品が完成する前から、ミラクルは始まっていたのです。
前回の採型の時に、野村さんが、レノアちゃんが普段使っているバギーをもっと座りやすいように「改造」しました。それだけで、レノアちゃんの体の揺れが少なくなり、よだれの量が激減しています。お母さんの敦子さんも、一般製品である「p!nto」の女性向け製品「p!nto beauty」を自分用に購入して使いはじめています。そして、こんな写真が敦子さんから送られてきました。
繰り返しになりますが、話したり歩いたりはもちろんのこと、「座ることさえ難しい」、ほとんど寝たきりで過ごすことが、レノアちゃんの「重度障害児」としてのカテゴリーです。だからこそ、彼女が今まで使っていたバギーや椅子は、ベルトなどで体をきつく固定するタイプ。それでも姿勢を保つのが難しかったわけです。それなのに、自分から「p!nto beauty」に座りたいと言い、このように普通に座ってみせたレノアちゃん。一般向け製品とはいえ、p!ntoシリーズは、野村さんの技術が反映された製品なのだと改めて思ったしだいです。
株式会社PASのホームページで、野村寿子さんが開発された「3次元立体構造システムエスリーム技術」は、こんな風に書かれていました。
『私たちは、障がいによる姿勢の悪さは仕方のないものと考えてきました。そして過剰な筋緊張や反り返り、変形があるから座ることができなかったり、痛みがあるのだと考えてきました。その結果「安定した姿勢」と「頑張って行う訓練」とは一致しないものだと考えられ、変形した姿勢を保つだけの座位保持装置が作られてきました。私自身、肢体不自由児施設に勤務していた時には、そのことに矛盾を感じていなかったかもしれません。しかし実際に自分で座位保持装置を作るようになり、『快適さと機能性は同時に求めるべきもの』ということがわかりました。快適な椅子は安定して体を支えながらも体の動く方向を明確にします。そして日常の活動を援助するだけでなく、呼吸や代謝、表情、コミュニケーション、意欲にまで明らかな変化をもたらします。適切な座位保持装置によるポジショニングの効果は、私の治療経験の中で最も効果の高いものです』。
この日、レノアちゃんが乗ってきたのは、いつも私が見慣れているものより大きなバギーで、まだ野村さんの「改造」を受けていないものでした。そのためか、レノアちゃんの体に少し緊張と張りがあります。体に合っていないものに座ると、どうしてもそうなってしまうのだそうです。
体を包み込むように作られたオーダーメードの座位保持装具に座って、体の土台が支えられたレノアちゃん。これでお尻や骨盤が安定したとはいえ、「左肩が前に出て、右の方を向く」、いつもの得意なポジションで座っていました。そこで、野村さんがレノアちゃんの左肩や腕に静かにさわると、緊張が取れてどんどん柔らかくなるのが分かりました。そして、苦手な左側を向くことが出来るようになったのです。
「右から左を向くときには頭を一度まっすぐにして、クッションに頭をあずける。それから左を向くと、楽に出来るよ。上手、上手」と、体の動きを知り尽くした野村さんからアドバイスをもらって、レノアちゃんの笑顔がはじけました。
株式会社ピーエーエス(PAS)さんの製品には、レノアちゃんのように身体障害者手帳を持っている人が、「補装具費支給制度」を利用してオーダーをする「福祉機器」以外に、p!ntoやp!nto beautyをはじめとする「一般向けプロダクト」があります。詳しくは会社のホームページをご覧ください。→ http://www.pas21.com/product/
一般向け製品のラインナップの中でも、筆者が特におすすめしたいものがあります。「p!ntoモールドシート」という車椅子に乗せるタイプのクッションです。
オーダーメード製品は、身体障害者手帳を持っているレノアちゃんのような人が、「補装具費支給制度」を使って作るもの。1割の負担で手に入れられます。障害者手帳は持っていないけれど、車椅子を利用している方が「介護保険制度」を利用してレンタルできる製品が、「p!ntoモールドシート」です。オーダーメード製品と一般の方が使う「p!nto」や「p!nto beauty 」との、ちょうど間に位置する製品と言えるでしょう。車椅子に乗っている人が、オーダーメード感覚の座り心地を手に入れられるのがこのモールドシートです。
いろいろなタイプの車椅子で使える「p!ntoモールドシート」。ホームページに乗っていた利用された人の声を参照してください。
『座っただけで猫背が伸びる気がします。背中が丸くなるとお腹のところが圧迫して窮屈なのが気になっていましたが、モールドシートに座るとお腹のところが広がってすっきりします。そして動きやすい。車椅子が漕ぎやすいし、漕いでいる時のお尻の痛みが楽です。背中の支えで体が安定しているので、デコボコ道の車椅子の揺れのときも安心して座っていられます』
『モールドシートに座って一番最初に感じたことは息がしやすいということです。姿勢が呼吸に大きく影響しているのですね。呼吸がしやすいと話がしやすいしご飯も食べやすくなります。不安感がなくなって安心して座っていられるから長時間座った時の負担が減ります。それに手がとても動かしやすいので、作業効率が良くなりますね。 私自身少し座っただけで肩と腰がとても楽になったのが驚きです』
あるとき、野村さんがこんなお話をしてくれました。
「人の体は、生卵みたいです。皮膚という殻に包まれていますけれど、中身は柔らかくて水分が多くて、曲線です。だから固い直線の椅子に座ったり、電車で揺られるだけで、体を守ろうと緊張して負担がかかります。立ってるだけ、座っているだけであちこちが痛くなったり疲れるわけです」。
障害の有無に関係なく、日常生活を送る中で疲れていく人の体。PASの製品で、姿勢が整います。その人の置かれた状況や体の状態に応じて、必要な製品は違ってきますが、快適な姿勢が機能的な動きにつながることは、誰にとっても同じ。緊張のない楽な体であれば、出来ることが増えていく。そんな明るい可能性を体現しているのが、レノアちゃんなのです。
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■レノアちゃんが、歩行器で歩いています!
■野村さんとレノアちゃんの指談の練習
■満開の桜も、レノアちゃんを祝福していました
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■レノアちゃんが、歩行器で歩いています!
筆者は行くことが出来なかったのですが、こうしたオーダーメード製品を完成させるまでの流れの中に、洋服の仮縫いのような「仮合わせ」という段階があります。レノアちゃんと会った野村さんをはじめとするPASの技師さんたちがみな、「体幹が出来ているし、素直な体だから、歩行器で歩けるのではないか」と言い、仮合わせの時に歩行器を用意して待っていてくれたのだそうです。そのときの、レノアちゃんの様子が、この映像です。
レノアちゃんの成長ぶりには学校の先生も感激して、次の運動会では、歩行器で出場するという話になっているとか。食事のスピードも上がってきて、嚥下機能もどんどん上がっているレノアちゃんです。
■野村さんとレノアちゃんの指談の練習
年間300件を超える採型をおこなう野村さんは、手の感覚が人並み外れていますし、センスも良いので、あっという間にレノアちゃんの〇と☓が分かるようになりました。オーダーメード製品の色などを決める時、ご本人の思いが、指談でよりはっきり分かるといいですね。
■満開の桜も、レノアちゃんを祝福していました
レノアちゃんが、家族や友人、理解してくれる周りの人たちとともに進む道は、平坦ではないと思います。でも、この笑顔をみていれば、全てはいい方向に進むだろうと思うのです。いずれは自分の歩行器を手に入れて、自分の足で歩く日が来る。お話もどんどん出来るようになる。レノアちゃんの可能性は明るく広がっています。