日本では「紅はこべ」というタイトルで知られた小説をもとにしたミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」が、2016年10月19日から東京・赤坂ACTシアターで、10月30日から梅田芸術劇場で上演され、そして、11月24日から11月29日まで東京凱旋公演が東京国際フォーラムで開かれます。日本では宝塚歌劇団で上演されているこの作品。今回は、日本で初めての「男女キャスト」による上演で、主人公であるパーシー(石丸幹二さん)とマルグリット(安蘭けいさん)、そしてショーヴラン(石井一孝さん)の三角関係が、よりクローズアップされる構成になっていました。
<ストーリー(公演HPより)>
1789年、王制に対する不満を爆発させた民衆が蜂起し、フランス革命が勃発。その後、ロベスピエールを指導者とするジャコバン党が権力を振りかざし、元貴族らが次々と処刑される恐怖政治が続いた。嵐が吹き荒れる混乱の中、無実の人々を断頭台から救おうと立ち上がったのは、イギリス貴族のパーシー・ブレイクニー。彼は仲間と共に「スカーレット・ピンパーネル」を結成し、知恵を絞った救出計画を秘密裏に敢行。その活躍ぶりは瞬く間に広まったが、女優を引退しパーシーの妻となったマルグリットでさえも正体を知らず、いつしか夫婦の間に大きな溝が生じていた。フランス政府特命全権大使のショーヴランは元恋人であるマルグリットに接近。ある取引をチラつかせながら心のうちを熱く、甘く語りかけ、ピンパーネル団の素性を暴こうと執念を燃やす。愛を疑うパーシー、愛を信じたいと願うマルグリット、愛を利用するショーヴラン。恐怖政治の嵐の中で愛憎が交差し、物語はスリリングな展開をみせてゆく…。
「The Scarlet Pimpernel(スカーレット・ピンパーネル)」の元になっているのは、ハンガリー出身でイギリスの作家、Baroness Orczy(バロネス・オルツィ)の小説。元は出版社に取り合われない「小説」だったものを「戯曲」化し、ロンドンで大ヒット。後年、小説として大ベストセラーになった作品なのだそうです。今回のミュージカルは、脚本・作詞のNan Knighton(ナン・ナイトン)氏、音楽のFrank Wildhorn(フランク・ワイルドホーン)氏のお二人によって、1997年にブロードウェイミュージカルとして誕生し、日本では2008年に小池修一郎さんの潤色・演出で宝塚歌劇団で上演。その後も2010年に上演され、2017年にも上演が決定しています。日本で初めての「男女キャスト」による上演となった今回は、潤色・脚本にGabriel Barre(ガブリエル・バリー)氏を迎え、宝塚版でお馴染みの「王太子ルイ・シャルル(後のルイ17世)救出」のエピソードは含まれず、その分主人公であるパーシーとマルグリット、そしてショーヴランたちのひととなりと三角関係がよりクローズアップされて、三者三様の想いが伝わりました。
また、宝塚での初演時に作曲された「♪ A Peace Of Courage(ひとかけらの勇気)」は、「♪ WHAT IS A HERO(悲惨な世界のために)」と改題。歌詞も“恨みの連鎖”を嘆き、“この悲惨な世界のために何ができるだろう”と、自問する、世の情勢により踏み込み、深く憂えているパーシーの歌として生まれ変わっていました。さらに、2幕で歌われる、ロベスピエールの「♪ NEW AGE OF MAN(新たな時代は今)」と、パーシーの「♪ I WILL GO ALONE(ここから先は)」の2曲が新たにワイルドホーン氏によって作曲され、その歌詞と曲調でロベスピエール、パーシー両人の心情が、ダイレクトに客席に伝わり、作品世界がより奥深く広がって感じられました。
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<有料会員限定部分の小見出し>
■夫、兄、ヒーロー、多種多様な声と姿を堪能できた、石丸パーシー
■二刀流で戦う姿はまるで「夫婦ピンパーネル」の安蘭マルグリット
■過ぎ去った時の「熱」が感じられ、憎みきれない石井ショーヴラン
■圧倒的オーラで崇高な「正義」を歌い上げた佐藤ロベスピエール
■少年のような純粋さと素直さを前面に感じた矢崎アルマン
■見返りを求めないピュアな友情が感じられたピンパーネル団
■革命政府を恐れず批判を口にする、きっぷの良い則松マリー
■最後の最後に合ったような、カーテンコールのドレスの色
<ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」>
2016年10月19日(水)~10月26日(水) 東京・赤坂ACTシアター (この公演は終了しています)
2016年10月30日(日)~11月7日(月) 大阪・梅田芸術劇場メインホール (この公演は終了しています)
2016年11月24日(木)~11月29日(火) 東京・東京国際フォーラム ホールC
http://www.umegei.com/the-scarlet-pimpernel/index.html
<アイデアニュース関連ページ>
「ピンパーネル団」、植原卓也・太田基裕・駒木根隆介・廣瀬智紀インタビュー(上)
「多数決で女の子に負けちゃって…」、植原・太田・駒木根・廣瀬インタビュー(下)
25周年・50歳の節目から「次」へ、石丸幹二さんインタビュー
清く正しくヅカ男子(1) 男心も奪うタカラヅカ
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時代の趨勢さながらに、勢いをつけて書き殴ったような荒い筆致も生々しい「三色旗」が緞帳代わりに舞台を覆う物語のオープニングでは、まず音楽が時代の黎明を告げるように穏やかに広がっていくような曲調で流れ始め、やがて高らかに響き渡る凱旋ラッパのような、人々を鼓舞する曲調へと変わってゆき、それと共に「三色旗」には、断頭台(ギロチン)と、その周囲で湧く民衆の姿と歓声、続いて着飾った紳士、淑女の優雅な舞踏の様子。…と、この時代の情景が走馬灯のように映し出され、その後場面は変わって、コメディ・フランセーズの舞台上。イギリス貴族パーシー・ブレイクニーとの結婚でイギリスへ渡るため、今日が女優“最後の舞台”と「♪ 夢物語」を艶やかに歌うマルグリット。一見革命とは無縁の、夢々しいシーンからドラマが始まりました。
■夫、兄、ヒーロー、多種多様な声と姿を堪能できた、石丸パーシー
イギリス貴族、パーシー・ブレイクニーことスカーレット・ピンパーネルを演じる石丸幹二さん。妻マルグリットと観客に向けて、様々な「顔」を見せる、パーシーの喜怒哀楽を見事に楽曲に載せていらっしゃいました。コメディ・フランセーズの名花、マルグリットをイギリスへ連れ帰り、結婚式の際に彼女と歌う「♪ あなたは我が家」では、物語のクライマックスもかくや!の、荘厳な盛り上がりをみせる曲調に恋の実った喜びを。結婚披露パーティーの最中に飛び込んで来た、友人サン・シール侯爵(田村雄一さん)が、家族共々公安委員会に捕まり、ギロチンの露と消えたという訃報を受けた際の「♪ 悲惨な世界のために」では深い哀しみと嘆きを。侯爵が捕まる直接の原因に、新妻マルグリットが関わっていたと判明した際の「♪ 祈り」では思いもかけない事実に怒りと悲しみを。ピンパーネル団としての自分たちの存在を世の人々の眼からそらすため、“ノンポリでお洒落にうつつを抜かす貴族”を演じるために、友人たちと共に女性のドレスをそのままアレンジしたと思しき、孔雀や錦鯉を連想させる華美で豪奢な床に届くジュストコールを身に着け歌う「♪ 男のつとめ」では、軽快で楽しげに、といった具合。因みにそのシーンの衣裳は、主人の友人たちの訪問を取り次ごうと、書斎に入ったブレイクニー家の執事ジェサップ(川口竜也さん)をして、キンキラキンの姿で本棚の前にたたずむパーシーへ冷静を保ちつつ取り次ぎながらも、台詞の端で思わず吹き出してしまったほどの破壊力でした(笑)。
2幕で、マルグリットへの疑念が氷解し歌う「♪ あなたはそこに」では、それまで抱いていた悲痛な想いから一気に開放されて、キラキラはじける少年のような明るさが舞台一杯に感じられて、この明るい洒落者の姿こそが、色々な顔を見せるパーシーの一番の本質なのだろうと感じました。個人的に特に印象に残ったのは、マルグリットとの会話の中で、それまでの冷静な語り口を吹き飛ばすように「僕がアルマンを見捨てると思うのか!」と、弾けるように発した声の強さと、パーシーが正真正銘のヒーローとして舞台上に存在している時の、深みと艶のある凛々しい声。グラパンを含め、パーシーはとても多面的に描かれているので、一人の人物を演じながらも、石丸さんの多種多様な「姿」を堪能できた美味しい「役」でした。
■二刀流で戦う姿はまるで「夫婦ピンパーネル」の安蘭マルグリット
コメディ・フランセーズきっての女優マルグリット・サンジュストを演じる安蘭けいさんは、美しさと芯の強さが前面に感じられ、そこに見え隠れする女性としての可愛らしさと、夫と元恋人双方に翻弄され、それでも自らで立とうとする、気丈なしなやかさが魅力的。出会って6週間で結婚を決めるほどの大恋愛でありながら、結婚式の直後にもたらされた報で公安委員会のスパイの疑いをもたれ、自分に対して様子のおかしくなった夫に、いつもの二人の間の空気に引き戻そうとエスプリの利いた会話を投げかければ投げかけるほど空回りし、その度にパーシーの中で彼女への疑惑が募り、二人の歯車がズレていく様がとてもよくわかり、話の筋を知っているにも関わらず、この夫婦の誤解が解ける日が来るのかと切なくなるほど。フランスへ一時帰国するという弟アルマンを心配しながら、彼と共に歌うのが、結婚式のシーンでパーシーと共に歌った「♪ あなたは我が家」のリプライズで、今の彼女を支える存在は、残念ながら夫ではなく弟であることがわかるシーンでした。
フランス政府特命全権大使としてイギリスを訪れた元恋人のショーヴランが、腹に一物持ちながらも彼女に対して一緒にフランスに帰ろうと甘く情熱的に口説くシーンでは、身体の奥から立ち登る「熱」に必死に抗うような様子がいかにも“触れなば落ちん”といった風情で、革命の闘士として理想に燃えていたショーヴランとの日々が、いまだ彼女の中で刺激的な記憶なのだと感じられ、今の彼女の境遇を考えると、靡いても不思議でないところに、しかしギリギリ踏みとどまらせた、彼女のパーシーへの絶ち難い「想い」も感じられて、マルグリットの抱く苦しさ、切なさがとても伝わってきました。物語の後半、公安委員会の手に落ち、弟と共に死刑を宣告され、刑場へ護送する馬車へと向かう彼女は、毅然と頭を上げて前を向く姿がとても神々しく見えて、他作品ながら「ベルサイユのばら」の王妃マリー・アントワネットのラストシーンを彷彿とさせました。
そしてこちらは余談ながら、物語の終盤ではショーヴラン率いる公安委員会の追手に対抗して、夫と共にフェンシングで大立ち回りするシーンがあるのですが、その様子が夫顔負けの二刀流!そしてパーシーと互いに背中を預けながら戦う凛々しい姿には、思わず往年の宝塚初演時の姿が思い出されて、“夫婦(めおと)ピンパーネルだ…!”と、内心唸ってしまう格好良さでした(笑)。
■過ぎ去った時の「熱」が感じられ、憎みきれない石井ショーヴラン
革命の闘志、マルグリットの元恋人、石井一孝さん演じるショーヴラン。マルグリットや、部下のメルシェ(青山航士さん)、クーポー(木暮真一郎さん)たちとのシーンでは普通にカッコ良く見えるのに、パーシーの、軽妙な語り口と周囲を煙に巻くすっとんきょうな「芝居」に対峙すると、途端に“まともな受け答えが可笑しい”キャラに見えてしまい、この辺りは、絶妙な「ズレ」で「お可笑み」を生み出す石丸さんとの息のあったコンビネーションに、流石!と思いながらも笑ってしまった次第。ショーヴランの持ち歌は「♪ マダム・ギロチン」、「♪ ハヤブサのように」、「♪ あの日のきみはどこへ?」と、聞き応えのある楽曲が目白押しですが、中でもマルグリットを情熱的に歌った「♪ あの日のきみはどこへ?」では、過ぎ去ったその時の「熱」が感じられて、彼女への執着は、ピンパーネル捕縛のために利用しようという要素だけではないことが伝わり、敵役ながら、どこか憎みきれない魅力を感じました。
■圧倒的オーラで崇高な「正義」を歌い上げた佐藤ロベスピエール
ジャコバン党のリーダー、ロベスピエールと、イギリスの王位継承者、プリンス・オブ・ウェールズの全く色の違う二役を演じるのは、平方元基さんと佐藤隆紀さん(Wキャスト 観劇回は佐藤さん)。恐怖政治渦中のフランス革命政府のリーダーとあって、ロベスピエールは大変硬質でブレない意思の強い人物として描かれていました。作中では恐怖政治という悪政を敷き、度々ピンパーネルに出し抜かれるショーヴランへの罵倒も飛び出す、高圧的でいけすかない男の印象でしたが、そのロベスピエールで一番印象に残ったシーンは、何と言っても2幕冒頭の「♪ 新たな時代は今」の歌。ワイルドホーン氏による楽曲が素晴らしいのは勿論、それに見事に応えて、佐藤さんはロベスピエールの持つ思想や理念を為政者としての圧倒的なオーラを持って歌い上げていました。正直、恐ろしく耳に残る楽曲と本当に鳥肌が立つほど素晴らしい、聞き応えのある歌唱で、革命の理想に燃えて突き進んできた、ロベスピエールの崇高な「正義」を感じられました。
一方プリンス・オブ・ウェールズは、やわらかい感じの、まだ「為政者」ではない故の「あそびや余裕」が感じられ、パーシーたちの度を越した、本人たち曰わくの「錦鯉」のような「お洒落」の輪にも加わる、史実のジョージ4世に近い遊び人な気質を持つ人物として描かれていました。こちらも余談ですが、ロベスピエールは2幕冒頭で朗々と余韻たっぷりに聞かせてくれた後、直後の舞踏会シーンでプリンス・オブ・ウェールズとして早変わりで登場するのですが、その登場シーンでは、あまりの早さと見事な役の切り替わりぶりに、客席からは思わず拍手が起こっていました。
■少年のような純粋さと素直さを前面に感じた矢崎アルマン
マルグリットの弟であり、ピンパーネル団の一員でもある、アルマン・サンジュストは矢崎広さん。姉の夫となった、義兄パーシーへの心酔ぶりは観ていて微笑ましく、設定も若いのか、ティーンエイジャーでは?と思わせる、少年のような純粋さと素直さが前面に感じられました。マルグリットとのやりとりでは、姉想いの優しい弟といった風情で、一方マルグリットの方も心配からか少し保護者的な要素が感じられたので、姉に秘密のピンパーネル団としての活動は、少年が男として独り立ちしていく過程のひとコマという捉え方も出来るのでは?と思いました。物語の後半では、姉と共に公安委員会に捕らわれた後の脱出の最中に、うっかりパーシーの名前を連呼してマルグリットがピンパーネルの正体を知るきっかけとなってしまったりと、ちょっとカッチリと決まりきらないところが、ある意味「天然」な魅力の好青年でした。
■見返りを求めないピュアな友情が感じられたピンパーネル団
パーシーの友人にしてピンパーネル団を構成する、デュハースト(上口耕平さん)、ベン(相葉裕樹さん)、ファーレイ(植原卓也さん)、エルトン(太田基裕さん)、オジー(駒木根隆介さん)、ハル(廣瀬智紀さん)。「英国紳士」としての矜持と理想を持ち、若さゆえの行動力もあって、パーシーと共に度々フランスに乗り込み、無実の人々の救出をはかります。彼らが歌う、ピンパーネル団のテーマソングとも言える「♪ 炎の中へ」は、躍動感があり、聞いていて勇気の出る楽曲ですが、殊に印象的だったのは、公安委員会に捕らえられたマルグリットとアルマンを救出するために、これ以上、君たちを危険に巻き込まないために自分独りで行くと決意したパーシーが歌う「♪ ここから先は」を複雑な表情で聞き入っていた彼らが、パーシーの決意を知り、それでもなお自分たちは共に行くのだと、ポツリと穏やかで自然発生的にアカペラで歌い始めた「♪ 炎の中へ」が、命の危険も顧みない、妥協も打算も見返りも求めない、ピュアな「男の友情」を感じられて、パーシーと彼らは、互いに支え、支えられて今日在るのだろうと、彼らの友情の来し方が察せられて心に残りました。
■革命政府を恐れず批判を口にする、きっぷの良い則松マリー
コメディ・フランセーズの衣裳・セットデザイナーでマルグリットの友人、マリー・グロショルツは則松亜海さん。革命政府を恐れ、誰もが彼らに逆らえない雰囲気の中で、恐れず公然と批判を口にする意志の強い、きっぷの良い女性で、ロンドンで夫とうまく行かない生活を送るマルグリットを陰ながら支えていました。間もなく彼女は同じ劇場で働いていたタッソー(長尾哲平さん)と結婚し、夫婦でピンパーネル団の活動に協力するのですが、後年、彼女の名を冠する某蝋人形館を彷彿とさせる彼女の技術で、一発逆転の展開となります。そしてまたしても余談ながら、そのシーンの直後、飛んできた彼女の「作品」を、戸惑いながらも後生大事に抱えて、アルマンと二人で逃げ回るマルグリットの様子が可笑しくて、そして可愛らしかったです(笑)。
物語のラストでは、和解したマルグリットとパーシー夫婦と、ちゃんと全員が無事のピンパーネル団を乗せた船がドーヴァー海峡を渡り、その洋上の雲間からは幾筋もの光の線が漏れているという、とても美しい光景で、これからの彼らの洋々たる前途を表しているようでした。
■最後の最後に合ったような、カーテンコールのドレスの色
カーテンコールではマルグリットは物語の中では身につけなかった真紅のドレスで登場。そしてパーシーは舞踏会のシーンで身につけていた、丈の長い真紅のジュストコール。物語の最中にはかみ合わなかった“二人のコーディネート”が、最後の最後にやっとバッチリと合ったようで、また、ドレスの色が“スカーレット(パーシーの色)に染まったマルグリット”というイメージをも抱かせて、二人の幸せぶりに嬉しい気持ちが増していくカーテンコールでした。主人公が大団円に終わるミュージカルは、やはり楽しくて好きだなと改めて感じた次第でした。