福島第一原発から12キロの富岡町は、2011年3月11日の原発事故で全町避難、無人地帯になりました。そんな故郷に住み続けている松村直登さんと、同じく富岡町で生きている動物たちを記録したドキュメンタリー映画「ナオトひとりっきり」。この映画を撮った中村真夕監督から、「『「ナオトひとりっきり』がモントリオール世界映画祭のドキュメンタリー部門に招待された」という連絡が、2015年6月24日にありました。ウイキペディアによると、モントリオール世界映画祭は、2008年に「おくりびと」が最優秀作品賞をとった映画祭で、毎年8月下旬から9月初頭にかけてカナダのモントリオールで開かれる国際映画製作者連盟 (FIAPF) 公認の国際映画祭です。
筆者が中村監督にお会いしたのは、2015年6月20日(土)。この日は、神戸の「元町映画館」で「ナオトひとりっきり」が上映される初日で、中村真夕監督のアフタートークが予定されていました。映画本編については、アイデアニュースでも紹介しています(大手メディアが報道できない「いのち」を取材、「ナオトひとりっきり」 → https://ideanews.jp/archives/2725)が、監督にはお会いするのは初めてです。中村監督は、この日、名古屋で映画上映前に挨拶をしてから移動、神戸でも上映後の挨拶というハードスケジュールの中、少しお話しする時間もいただきました。
この日は、まず映画本編を見たお客様と一緒に、1年後のナオトを撮影した短編映像を鑑賞、それから中村監督のお話、質疑応答という充実の内容でした。淡々した語り口の中村監督のお話はとても興味深く、会場からの質問も相次いで、予定時間をオーバーするほどでした。
〈ナオト1年後の春〉短編映像
2015年4月に撮影された映像です。映画本編にも印象的に登場した富岡町・夜の森地区「桜のトンネル」、見事な桜が、今年も咲いています。今話題のドローンで撮影した桜。この短編では、その美しい姿を鳥になったような目線で見ることが出来ます。でも、どこまでも桜だけ。それを愛でる他の人の姿はなく、ただ「ナオト」こと松村直登さんがいるだけ。「ミツバチもいねえ。メジロ、ヒヨドリも来ねえ、スズメさえいねえ」とつぶやくナオトさんでした。
ドローンが撮影したもうひとつの光景は、富岡町沿岸部に延々と置かれた除染廃棄物の黒い袋。「仮置き場」と言いながら、広大な敷地に何十万袋と置かれている黒い袋を上から眺めると、この町に人が帰ってきてまた暮らし始めるところをうまく想像することが出来ません。圧倒的な映像の力でした。桜と除染廃棄物の袋。同じ町の光景です。
本編を何度も見ているので、実際に会ったことはないのに、ナオトさんに牛やポニーを託した半谷さんご夫妻が映ると「あ、お元気そう」と思ったり、ダチョウがナオトさんの手からエサを食べるシーンに「前よりなついているみたい」と思ったり。ナオトさんと動物たちは相変わらず家族のように暮らしているのでした。電気は復活していますが、上下水道はやっぱりまだ復旧していません。
震災から4年以上の月日が流れても、変わったのは除染が進み、廃棄物がどんどん出ていることだけでした。巨大な焼却炉はあっという間に建ったのに、仮設住宅にいる人たちが次に住む場所の工事は先送り。ナオトさんは、「無駄な税金だ、いまさら拭き掃除して取れるのか?そんなことで取れるものは雨風でとっくに取れてるって」と言います。「草刈ったって、またすぐ生えてくるっぺ。やっぱり見捨てられてるんだ。ゼネコンがドル箱にして工事して、それだけだ。昔の町には戻れない」
映像の最後はまた、桜と黒い除染廃棄物の袋を、鳥の目になって見下ろす映像で締めくくられました。
〈中村真夕監督のお話〉
フリーのディレクターとしてドキュメンタリー番組や震災関連番組を作っている中村真夕さんは、2013年、新しい視点の番組を作りたいと福島のリサーチを始めます。そこで、海外のメディアの記事に出ている「ナオト」のことを知り衝撃を受けました。警戒区域にひとりで住んでいるこの人物を長期で追いかけてみたいという希望は、上司から「健康被害が出ても困る」という言葉で却下されます。それなら自分だけでもやると、海外で免許を取ったペーパードライバーだった彼女は免許を取り直し、レンタカーを借りて福島県富岡町に通い始めるのです。2013年の夏から2014年春の約8か月の記録がドキュメンタリー映画「ナオトひとりっきり」になりました。
ナオトさんの最初の印象は、「緑にあふれた場所で、動物たちとほのぼのと暮らしているんだ」というものでした。プロの牛飼いでもないし、動物愛護の活動家でもないナオトさんは、動物と対等に、同じ目線で暮らしているように思えたと監督は言います。初めから、「動物のために、自分が残って世話をしなければ」なんて思ってたんじゃなくて、たまたま、避難所生活も堅苦しいなあ、あんまり歓迎されていないなあと思ったヒト科のナオトさんが、家に帰ってみたら、他の人間は誰もいない。でもおなかを空かせた動物たちに出会っちゃった。エサをやったり面倒を見たりしているうちに、だんだんと自分のしていることを客観的に見るようになったのではないか。地震や津波は天災だけれど、少なくとも原発事故とその後のごたごたに関しては人災で、そこをうやむやにしたくない。故郷を潤した原発ではあるが、その原発が故郷を破壊した。これ以上原発に翻弄されたくないとナオトさんは思うようになったんだろうと語る中村監督の言葉は、とても腑に落ちました。
ナオトさんと動物たちを撮るため富岡町に通い続けるうち、牛や猫の出産に立ち会った中村監督。この場所で、命が続いていくとはどういうことなのか。答えは出なかったけれど、「放射能汚染されていても、ここで生きるヒトと動物たちのいのちは穢れないものではないか」と感じます。そんな思いで、今もナオトさんと動物たちを見つめています。
「父の実家が福井県」という中村監督は、東京経済を支える福島の原子力発電と同じ図式を、関西経済を支える福井の原子力発電所に見ていました。原発を14基も引き受ける代わりに交付金で潤い、幸福度ランキングで「日本で一番幸せな県」になった福井県。中村監督は、もし福島と同じことが福井で起きたらどうなるのかという危機感がないのが気になり、もう原発事故は過去のこととして人々の目をそらし、忘れさせようとする戦略があることを憂いています。オリンピック誘致であったり、日本の良さをアピールして海外からの旅行者を呼びこむキャンペーンであったり、たった4年しかたっていない「過去」を、なかったことにしようとする流れが怖いと話す中村真夕監督でした。
〈質疑応答〉
Q: 今後、ナオトさんたちはどうするのか?町はどうなると思うか?
A: 本編では、野生化した野良牛が来て、仔牛が生まれて・・・ということがあったが、その野良牛がいなくなって、その後仔牛は生まれていない。だから、今いる牛の寿命が尽きるまで、10年か、12年かこのまま面倒を見ていくことになる。そのうち、老人たちだけが町に帰ってきて、チェルノブイリの村のようになるのではないか。老人たちが亡くなるまでは何とか暮らせるように、必要最低限の物資を運ぶ配送業者だけがやってくる町。
Q: ずっと富岡町にいるナオトさんの体は大丈夫なのか?
A: 今のところ大丈夫らしい。ホールボディカウンター検査をすると、「被爆のチャンピオン」という結果が出ているらしいが・・・。ここに居続けることが、彼の反抗であり活動なのだろう。
Q: 取材で一番大変だったことは?
A: 車で通うしかないから、海外で免許を取ったペーパードライバーだったのに自分で運転していったのが一番大変だった。上下水道もないところなので、ちかくの飯場のようなビジネスホテルで寝泊まりした。まわりは出稼ぎ労働者の男性ばかりだった。
Q: 取材の妨害のようなものは?
A: ナオトさんが面倒を見ている牧場のひとつが帰還困難区域にあるので、メディアが入れる回数が限られていたり、カメラを回していると止めろと言われたりすることはあったけれど、基本的には「こちらは悪いことはしていない。隠すのは、そっちが悪いことをしているのだろう」と議論して乗り切った。
Q: 遠方にいる私たちだが、ナオトさんはどんな支援を望んでいるのか?
A: NPO法人「がんばる福島」を立ち上げたので、そちらに寄付をしてもらえたら有難い。時間がたつにつれ応援は減ってきたが、牛1頭を生かしておくだけでもとても大変なこと。
NPO法人がんばる福島 公式ツイッター https://twitter.com/GBR_fukushima
警戒区域に生きる~松村直登の闘い~ http://ganbarufukushima.blog.fc2.com
ときぶーの時間 http://blog.goo.ne.jp/tokigootokiboo
〈補足〉
まさに目の回る忙しさで日本各地の映画初日に駆けつけ、話をする中村真夕監督。神戸でのアフタートークの前後に少し話をさせていただきました。この日、名古屋から神戸に移動した中村監督に、上映場所によって反応に違いがあるかどうかをまず聞きました。名古屋では地元の高校生がたくさん来て大入り満員だったそうですが、東京や大阪ではもう少し高めの年齢層の観客が多いらしいです。福島県いわき市での上映では、映画館も被災しているし、見に来ている人も被災者で、家畜の殺処分に関わった人や同意した人も来ていてとても生々しかったということでした。年齢に関係なく、たくさんの人に見てもらいたいとはいえ、「やはり若い世代にもっと見てもらいたいですね。これからの人たちに、自分ならどうするか、考えてもらいたいです」と話されました。
殺処分に関して、ナオトこと松村直登さんはどう考えているかを聞きました。「松村さんも、希望の牧場の吉沢さんも、殺処分に同意した人たちを責めたりすることはありません。ギリギリの苦しい決断だったと分かっているし、そんな風に追いこまれてしまった状況が酷いのであって、誰も好んで自分の家畜を殺したかったわけではないから」
短編映像の中で、早産だった猫の「しろ」と子猫たちのことを聞くと、「大丈夫でした。3匹生まれた子猫もちゃんと育っているそうですよ」ということだったので安心しました。ナオトさんが「自殺した」と映画の中で話していたダチョウや、早産だった猫に、放射能の影響があったのではないかと心配だったのです。「ダチョウのことは分かりません。死んだとき私はその場にいなかったし。ダチョウに出会ったからって、軽トラに乗せて家に連れて帰ってくるというところがナオトさんらしいけども。逃げ出したので、また連れて帰ってきたら暴れて、自分の頭を蹴って死んでしまったそうです」とのことでした。「猫たちは元気にしていますよ」という言葉にホッとしました。
原発事故の恐ろしさや、そのことで苦しんでいる人たちと動物たちのことを忘れて、経済優先の日々が始まっています。「忘却のスピードが早すぎるのではないか、原発事故に関してはそれではいけないんじゃないかと思う。どんなことも水に流し、立ち直りが早いというのは日本のいいところでもあるけれど、過去から学ぶという姿勢がドイツなどに比べて、あまりにもないのが心配だ」という中村監督の指摘が、心に残っています。これからも日本各地で上映が予定されている「ナオトひとりっきり」、公式ホームページで劇場情報を確認して、ぜひお近くの映画館に足を運んで下さい。
<アイデアニュース関連記事>
「しろさびとまっちゃん」著者と、福島第一原発20km圏内へ(上) → https://ideanews.jp/archives/5100
モントリオール世界映画祭招待決定、「ナオトひとりっきり」中村監督インタビュー → https://ideanews.jp/archives/4738
映画評:大手メディアが報道できない「いのち」を取材、「ナオトひとりっきり」 → https://ideanews.jp/archives/2725
「しろさびとまっちゃん」福島原発20km圏内で生きる猫と松村さんの日々 → https://ideanews.jp/archives/1919
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【劇場情報】(2015年6月23日現在)
最新情報は「ナオトひとりっきり」公式サイトでご確認ください。 http://aloneinfukushima.com
上映終了
東京都 新宿K’s cinema
http://www.ks-cinema.com/
上映終了
東京都 アップリンク
http://www.uplink.co.jp/
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/37442
6/13~6/26
福島県 ポレポレいわき
http://www.polepoleiwaki.com/
6/20~
愛知県 名古屋シネマテーク
http://cineaste.jp/
http://cineaste.jp/i/
6/20~7/3
兵庫県 元町映画館
http://www.motoei.com/
6/20~7/3
京都府 立誠シネマ
http://risseicinema.com/
6/27~7/3 アンコール上映
大阪府 シアターセブン
http://www.theater-seven.com/
http://www.theater-seven.com/2015/movie_naoto.html
7月予定
神奈川県 横浜シネマ・ジャック&ベティ
http://www.jackandbetty.net/
未定
広島県 横川シネマ
http://yokogawa-cine.jugem.jp/
未定
新潟県 シネウインド
http://www.cinewind.com/
アイデアニュース有料会員向け【おまけ的小文】 なぜ「ナオトひとりっきり」というタイトルなんですか? (松中みどり)
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