2016年5月29日(日)、余震の残る熊本県で、あるイベントが開かれました。「3・11震災復興継続支援チャリティコンサート 朗読と音楽 チェルノブイリの祈り 」と題されたこの催しには、チェルノブイリ、福島、そして熊本の人々の、未来の子どもたちに手渡したい物語が詰まっていました。菊池ひかり保育園で行われた朗読と音楽のコンサートに参加してきましたので、その報告をお読みください。
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イベントが行われたのは、熊本県菊池市にある「ひかり保育園」の講堂でした=撮影・松中みどり
今回の地震で亡くなった方々への黙祷ではじまった公演は、「熊本に住む私たちだからこそ、分かち合える思いがある」という、演者の皆さんの強い意思で実現しました。
出演した4名は、みな熊本に縁の深いアーティスト。朗読家でシャンソンなど歌手活動もされている高杉稔さん、シンガーソングライターで、演劇やラジオのパーソナリティもされるされる星野ゆかさん、熊本大学の大学生でギタリストの山下紅弓さん、コンサート企画や演奏など様々な音楽に関する活動をされている松本洋一さん。それぞれの持ち味が存分に発揮され、美しく優しいハーモニーを作った舞台でした。
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公演全体の「案内役」であり、朗読と歌を担当した星野ゆかさん=撮影・松中みどり
「もし公演中に大きな揺れがあったら、係員の指示に従って安全を確保してください」公演の前にはこんなアナウンスも入りました。
熊本が現在進行形の被災地であり、ここに集まった観客の人々もまた、大なり小なり地震によって影響を受けた方々なのだということが、あらためて感じられました。静かに雨が降る中、2016年、大きな地震を経験した熊本の地で、朗読と音楽のコンサートが始まりました。
この公演の前半、舞台はチェルノブイリです。ベラルーシの作家であり、ジャーナリストでもあるスベトラーナ・アレクシェービッチは、チェルノブイリ原子力発電所の事故直後から現地に入り、300人にのぼる人々を取材、インタビューを重ねたそうです。原発の従業員、科学者、農民、兵士、職業も世代も様々な人々から聴きとられ、記録された「チェルノブイリの祈り」。事故から10年後に発表されました。読まれたのは、「孤独な人間の声」。「チェルノブイリの祈り」の冒頭に置かれた、最初の犠牲者とその遺族の、愛についての物語です。発電所の事故にまっさきに駆けつけた消防士とその妻の物語。
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「孤独な人間の声」を朗読する高杉さん=撮影・松中みどり
ひかり保育園に集まった私たちは、1986年4月26日におきたチェルノブイリ原子力発電所での爆発炎上事故の夜に、いざなわれます。
消防士である故ワシーリイ・イグナチェンコは、若い妻リュドミーラと結婚したばかり。祝日には必ず妻に花を贈る夫。ふたりは手をつないでいないと眠れないほどの深い愛で結ばれていました。普通の火事だと呼び出され、チェルノブイリ原子力発電所で消火活動にあたったワシーリイは、最初の犠牲者のひとりとなりました。
シャツ一枚で出動した夫が、チェルノブイリ原子力発電所の事故のあと、「高濃度に汚染された放射性物体」と呼ばれ、放射線症病棟で、たった14日の間に死んでいく。毎日様態が変化する夫の側を離れない妻。彼女は、妊娠していることを医療関係者に隠して夫を看護し、見守り続けました。彼女がどんなに彼を愛していたかが語られる「孤独な人間の声」は、美しく悲しく辛い物語です。
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朗読家の高杉稔さん=写真提供・星野ゆかさん
- 『私は毎日シーツを取り換えましたが、夕方にはシーツは血だらけになりました。
- 彼を抱き起すと、私の両手に彼の皮膚がくっついて残る。
- 「ねえあなた、お願い。ちょっと協力してね。手とひじでできるだけからだを支えてみてちょうだい。
- シーツを伸ばして上に縫い目やしわがないようにしたいの」。
- どんな小さな縫い目でもからだに傷ができました。……ぜんぶ私のもの。私の大好きな人……』。
事故から10年、妻がようやく語れるようになった夫の最期の14日間。これを、高杉稔さんが朗読されました。実は最初、これは女性の声でなければ読むのは難しいのではないかしらと思ったのです。新婚の妻の物語ですから。でも、朗読家の高杉稔さんは、見事な表現力でそんな懸念をすぐに吹き飛ばされました。高杉さんの緩急自在の声は、若い妻の悲しみ、怒り、絶望、そして愛を伝え、会場は深い共感の中で、ふたりの愛と酷い別れを追体験したのでした。圧巻でした。
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2016年5月29日、熊本は雨。普段は子どもたちが遊ぶ庭も、静かな雰囲気でした=撮影・松中みどり
後半の舞台は日本の福島です。
“原発事故後”、どうやって自分や子どもたちの心身の健康を守っていくかという情報や具体的な活動が、チェルノブイリ以外でも必要になってしまいました。残念なことに、スベトラーナ・アレクシェービッチが、「チェルノブイリの祈り」を書きながら以下のように感じていたことは、日本の福島で現実となったのです。
- 訪れては、語り合い、記録しました……何度もこんな気がしました。私は未来のことを書き記している……。
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朗読されたのは、原発に人生を変えられた人たちの声です=撮影・松中みどり
舞台の案内役、歌手の星野ゆかさんが私たちにこう語りかけました。
- 「2011年3月、日本にめぐってきた春は、いつもの春ではありませんでした。11日、東日本大震災が起きます。地震と津波、そして福島第一原子力発電所の事故。5年以上たった今でも、約10万人を越える人々が住んでいた場所に戻ることができません。「チェルノブイリの祈り」から15年後、日本を舞台にした新たな「未来の物語」が始まっています」
遠い国で、30年前に起きた原発事故から、5年前に日本で起きた原発事故。私たちは、深い気づきを促されました。チェルノブイリの妻の悲劇は、今この瞬間にも、福島で起きている物語ではないかという気づきです。
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イベントの案内役・星野ゆかさん=写真提供・星野ゆかさん
それから、ゆかさんが、福島から届いた詩を読みました。まずはじめに福島県の5児の母である佐々木るりさんの2012ナムナム大集会「表白」より、「忘れてしまいなさいと誰かが言う」。
- 忘れてしまいなさいと誰かが言う これからこの子に降る雨のことを
忘れてしまいなさいと誰かが言う これからこの子が吸う風のことを
忘れてしまいなさいと誰かが言う これからこの子が口にする食べ物のことを
そして忘れてしまいなさいと誰かが言う
この国はこんなにもあっさりと人を見捨ててしまえるという事実を。- (中略)
- 私たちを信じきって笑いかけてくる子供たちに、あやまっても、あやまっても
つぐなえない未来を押し付けてしまうこの情けない現実の中で
でも、それでも、
今、ごめんなさいから始めよう。
ナムアミダブツの風を受けて、原発はあかんと声を上げよう。
ナムアミダブツの光を受けてひとりひとりが輝こう。
忘れなさい 忘れなさいと誰かが囁くこの社会の中で
デモ、忘れない 福島!
もうひとつは、2012年に二本松在住の関久雄さんが、広島で、被災地・福島の話をする中で初めて書いた詩「うらやましい」です。関さんと以前お会いした時、詩の言葉で話すと自分の思いが伝わりやすいことに気がついたと話しておられました。今も福島のことを伝えるために詩を書き続けている関さんの初めての詩が、この「うらやましい」なのです。
- 私はみなさんがうらやましいです。
マスクをつけずに空気を吸えることが。
私はうらやましいです。
家族や友人や地域の人と別れずに暮らせることが。
私はうらやましいです。
普通に野菜や魚、お米が食べられ、水が蛇口から飲めることが。
山や川で遊び、グラウンドをかけ回り、
虫や犬や草や木にふれることができる。
春は山菜をいただき冬には薪(まき)で暖をとる。
落ち葉やわらでたい肥をつくり自然と共に暮らしていける
「当たり前の暮らし」がうらやましい。- (中略)
- 必ず地震は起きます。10年後かもしれないし明日かもしれません。誰の上にも放射能は降ってきます。
だから支え合う仲間とつながってください。
あなたとあなたにつながるすべての人を守るために、
福島の教訓を生かしてください。
朗読された物語や詩は、時に絶望的な気持ちになってしまうほどの、各地の深刻な状況を伝えていました。それでもなお、私たちには希望が残されていると感じさせてくれたのは音楽の力でした。
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オリジナルの曲を演奏する星野ゆかさん=撮影・松中みどり
星野ゆかさんのオリジナル曲が伝えるのは、人間にとって一番大切なものは、たとえばきれいな水や、太陽や、草花や、互いを思いあう優しい気持ちだというメッセージ。祈りのような歌が、優しい声にのってシンプルにすとんと、胸の中に入ってきました。
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バッハの「シャコンヌ」を演奏する山下紅弓さん=撮影・松中みどり
それから、ギタリストの山下紅弓さんは、演者の中では最年少ですが、素晴らしい演奏家です。日本のみならず海外でも活躍している山下さんのギターを聴きたくて、会場に足を運んだ方もおられたほど。その彼女のギターが、私はヴァイオリンでしか聴いたことのなかったバッハの「シャコンヌ」を奏でて、会場の空気を変えてくれました。荘厳なバッハの音楽に、ギターの持っている人間味というかあたたかみが加わって魅力的。人の心を洗い、慰める音楽の力が、聴いている人にも勇気をくれました。
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アインシュタインの手紙を朗読する高杉稔さん= 写真提供・星野ゆかさん
チェルノブイリから福島へ、時間と空間を超えて旅をしてきたこのコンサートで、最後に朗読された作品は、あの天才的物理学者アルベルト・アインシュタインが娘リーゼルに送った手紙でした。この手紙の言葉もまた、コンサートの中でふたつの原発事故を“体験”してきた私たちを励まして、勇気づける力をもっていたのでした。朗読家高杉稔さんが再び登場です。
「アインシュタインが娘リーゼルに送った手紙」
- 私が相対性理論を提案したとき、ごく少数の者しか私を理解しなかったが、私が人類に伝えるために今明かそうとしているものも、世界中の誤解と偏見にぶつかるだろう。
- 必要に応じて何年でも何十年でも、私が下記に説明することを社会が受け容れられるほど進歩するまで、お前に、この手紙を守ってもらいたい。
現段階では、科学がその正式な説明を発見していない、ある極めて強力な力がある。
それは他のすべてを含み、かつ支配する力であり、宇宙で作用しているどんな現象の背後にも存在し、しかも私たちによってまだ特定されていない。- この宇宙的な力は、愛だ。
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五弦コントラバスを演奏する松本洋一さん=撮影・松中みどり
この企画をされた松本洋一さんがおっしゃっていました。「朗読されるもののほとんど、特に“孤独な人間の声”は、深い悲しみと絶望に満ちています。でも、このイベントは、深刻な事故とそれに翻弄された人々のことを伝えると同時に、未来に希望をつなぐためのものです。辛い、ひどいことの中から生まれてくる希望や愛を伝えるには、音楽の力が必要でした」。
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松本さんのピアノは読まれる言葉に寄り添いながら、美しい音で聞いている人の心にも寄り添います=写真提供・星野ゆかさん
コンサートの終わりに、演者の皆さんからバトンを渡されたような気がしました。コンサートで人間の物語をきいた私たちは、チェルノブイリから、また福島から何を学ぶのか。私たちの物語は、今、紡がれています。その物語が、希望の物語になるかどうかは、私たち次第なのです。案内役のゆかさんが最後に紹介してくれた北米先住民族の言葉にあったように、「自然は子孫から借りているもの」。7世代先の子どもたちへ、きれいな水や、土や、空気をちゃんと返せるように、力を尽くしたいと思った一日でした。
このイベントの収益は3.11震災復興継続支援ということで、福島の子どもたちの保養などをおこなっている3つの団体に送られます。団体の詳細は下記をご覧ください。
- <佐渡へっついの家>
https://www.facebook.com/sado.hettsuinoie/
<ドルフィンキャンプ>
http://www.kidsdolphincamp.com/about/
<保養ネットくまもと>
https://www.facebook.com/groups/849122165201946/?fref=ts
この5月29日が初演だった「3・11震災復興継続支援チャリティコンサート 朗読と音楽 チェルノブイリの祈り 」は、これからも熊本の各地で開催される予定です。お近くの方も、これを機会に熊本へ足を伸ばそうという方も、ぜひ、下記のサイトをチェックして下さい。
- ★7月24日(日)午後3時~水俣市もやい館:水俣市牧ノ内3番1号
- https://www.facebook.com/events/1118939911491293/
- ★8月7日(日)午後2時~ 熊本市お菓子の香梅帯山店ドゥ・アート・スペース:熊本市中央区帯山7-6-84
- https://www.facebook.com/events/1662519470677742/?active_tab=highlights
- ★12月18日(日) 健軍ルーテル教会 熊本市東区新生2-1-3 *4月にこちらでの初演が予定されていましたが、地震のために延期となっていました。
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イベント終了後、挨拶される演者の皆さんです=写真提供・星野ゆかさん
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■「チェルノブイリの祈り」と「関久雄さんの詩」について~青空表現市~
■ひかり保育園に飾られていた詩
■原発を止めて欲しい
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