映画評:大手メディアが報道できない「いのち」を取材、「ナオトひとりっきり」 | アイデアニュース

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映画評:大手メディアが報道できない「いのち」を取材、「ナオトひとりっきり」

筆者: 松中みどり 更新日: 2015年5月5日
見事な桜並木を眺める人はひとりもいない福島県富岡町=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

見事な桜並木を眺める人はひとりもいない福島県富岡町=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

こんな町の風景を見たことがあるような気がしました。昔読んだSF小説、いつか見た映画。でも、その中では主人公は誰もいない場所にいて、他に生き物もいないのですが、このドキュメンタリー映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」は違います。牛も、ダチョウも、猫も、犬も、ポニーも、イノブタも、鳥もいる福島県富岡町。ただし、ニンゲンは、ナオトだけ。他には誰もいない道を車で縦横に走り回り、動物たちに餌を与える男性の名は松村直登さん。電気もない、水道もない、話す相手もいない無人の町にたったひとり残ることを決意したナオトこと松村直登さんです。

福島第一原発から12キロの富岡町は、2011年3月11日の原発事故で全町避難、無人地帯になりました。直登さんもいったんは両親とともに町を出ましたが、放射能被害を恐れた親せきから受け入れを断られ、避難所もいっぱいで、結局富岡町に戻ります。そこはもう、他に人間は誰もいないSF世界のようなシュールな町。すぐ帰ってこられると思った飼い主が鎖につないだままの犬や、猫や、様々な家畜が、命の瀬戸際にいる町だったのです。

つながれたまま餓死した牛=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

つながれたまま餓死した牛=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

両親を避難させ、たったひとりで町に留まった直登さんは、動物たちに夢中で餌をやったと語ります。かつては「少しのエサで大きく育つダチョウのように、小さなウランで大きな電力が得られる原発」をうたい文句に、原子力発電所のマスコットだったダチョウにも食べ物を与え、やがて家に連れて帰るまでになりました。

ダチョウ園から逃げ出しさまよっていたところを直登さんに保護されたダチョウ=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

ダチョウ園から逃げ出しさまよっていたところを直登さんに保護されたダチョウ=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

直登さんは、ふるさと福島の原発建築に関わった後、しばらく関東で出稼ぎをしていました。バブル崩壊後に福島に戻り年老いた両親と富岡町で暮らしていた時に原発が事故をおこしたのです。建設業ですから、牛を飼ったこともありません。動物愛護の活動家でもありません。でも、たったひとりで富岡町に残ることを決めた直登さんは、同じく富岡町に残っていた夫婦から牛26頭とポニー1頭の世話を託されます。政府から殺処分命令が下されても、拒否。それ以来ずっと、牛の世話をしています。

牛たちに餌をやる直登さん=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

牛たちに餌をやる直登さん=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

プロの牛飼いではない直登さん、エサも十分手に入らないし、生存競争で痩せていく牛も出てきます。野生化した野良の雄牛が柵を乗り越えて入ってきて交尾をするので、お腹に赤ちゃんがいる牛もいます。ボランティアで牛の様子を見てくれる獣医・伊東節郎さんから、「あきらかに痩せている牛は、一頭だけで餌が食べられるようにしないと」「この仔牛の母親どれ?牛飼いじゃなくても、生かすためには親子関係くらいメモっておいてもらわないと」と叱られている場面。筆者はすでに直登さんの立場にたって見ていたので、「そりゃそうなんだろうけど、だってひとりきりで何もかもやっていて、大変なんだから・・・」と心の中で言い訳をしたのでした。

どの動物に対しても穏やかに温かく接する直登さんですが、特に、弱いもの、小さいもの、傷ついたものに向ける眼差しは本当に優しい。そこに心打たれます。愛情深い人なんだということが伝わってきます。愛情深いから、直登さんはこの町に残ったんだと、ドキュメンタリーを通して納得できました。

弱った牛になんとか食べさせようとしている松村直登さん=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

弱った牛になんとか食べさせようとしている松村直登さん=映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」より

震災から4年、政府は警戒区域の見直しを行いました。直登さんの自宅とその近くにある牧場は『避難解除指示準備区域』となり午前9時から午後3時までは出入りが出来るようになりました。ドキュメンタリーの中で何度も耳にする「必ず午後3時までに退出してください」という役場のアナウンス。現在も居住はできません。電気はようやく復旧していますが、直登さんはそれまでの約2年間、ロウソクでしのいだそうです。直登さんが通って牛の世話をしているもうひとつの牧場は『帰還困難区域』のままで、通行証がなければ出入りできません。

避難指示区域の概念図(2014年10月1日時点)=経済産業省の原子力被災者支援のページ(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/kinkyu.html)より

避難指示区域の概念図(2014年10月1日時点)=経済産業省の原子力被災者支援のページ(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/kinkyu.html)より

直登さんと、富岡町の生き物たちを一年近く見つめたドキュメンタリーが、「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」です。監督は中村真夕(まゆ)さん。「原発で町は潤ってきたが、また破壊された。これ以上、原発に翻弄されるのはうんざりだ」-松村さんの静かな暮らしの背後には、そんな彼の怒りと抵抗が感じられ、それに私は強く共感した。松村さんについては短いレポートは沢山あったが、一年を通しての取材はなかった(もちろんそれは取材者にも長期取材による被爆の影響があることが懸念されたからだった)大手メディアでは、この町で松村さんが住み、いのちが続いていることをあからさまに報道はできない。だからこそ映画として、この町で今、起こっていること、そしてそこに生き続けるいのちについて伝えたいと、私は松村さんに季節を追っての長期取材を申し込んだ」とサイトに書かれていました。直登さんと、ともに生きる動物たちの命を静かに深く見つめたドキュメンタリーです。

東京、福島、大阪などなど、全国で上映が続々と決まっているようです。筆者は大阪のシアターセブンに駆けつけて、猫のしろ、さび、ポニーのヤマ、犬のイシ、直登さんにスクリーンで会いたいと思っています。詳しい劇場情報は、下記公式サイトで確認してください。

映画「ナオトひとりっきり Alone in Fukushima」 公式サイト

http://aloneinfukushima.com

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<アイデアニュース関連記事>

「しろさびとまっちゃん」著者と、福島第一原発20km圏内へ(上) → https://ideanews.jp/archives/5100

モントリオール世界映画祭招待決定、「ナオトひとりっきり」中村監督インタビュー → https://ideanews.jp/archives/4738

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「しろさびとまっちゃん」福島原発20km圏内で生きる猫と松村さんの日々 → https://ideanews.jp/archives/1919

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【劇場情報】(2015年6月23日現在)

最新情報は「ナオトひとりっきり」公式サイトでご確認ください。 http://aloneinfukushima.com

上映終了
東京都 新宿K’s cinema
http://www.ks-cinema.com/

上映終了
東京都 アップリンク
http://www.uplink.co.jp/
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/37442

6/13~6/26
福島県 ポレポレいわき
http://www.polepoleiwaki.com/

6/20~
愛知県 名古屋シネマテーク
http://cineaste.jp/
http://cineaste.jp/i/

6/20~7/3
兵庫県 元町映画館
http://www.motoei.com/

6/20~7/3
京都府 立誠シネマ
http://risseicinema.com/

6/27~7/3 アンコール上映
大阪府 シアターセブン
http://www.theater-seven.com/
http://www.theater-seven.com/2015/movie_naoto.html

7月予定
神奈川県 横浜シネマ・ジャック&ベティ
http://www.jackandbetty.net/

未定
広島県 横川シネマ
http://yokogawa-cine.jugem.jp/

未定
新潟県 シネウインド
http://www.cinewind.com/

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アイデアニュース有料会員向け【おまけ】  小さな命をいとおしみながら、「ダチョウが自殺した」と。(松中みどり)

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<筆者プロフィール>松中みどり(まつなか・みどり) フィリピン支援ボランティア/英語講師/ライター 初めて行った外国がフィリピンで、以来かの国の人々の明るさ温かさに魅せられ、様々なNGOや支援活動に関わる。1994年からは山岳先住民アエタの教育支援主宰。コミュニケーションツールとしての英語を各地で教えている。動物好きの自称「ケモノバカ」。飼い猫は黒猫で親バカ度も加速中。 ⇒松中みどりさんの記事一覧はこちら

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