スタジオライフ公演『ヴェニスに死す』が、2021年9月1日から9月8日まで、シアターサンモールで上演されました。主人公の大作家・アッシェンバッハは、コレラが流行するヴェニスを一刻も早く立ち去らなければいけなかったが、彼はヴェニスから離れたくなかった。そこには、恋しきタッジオがいるから――。AteamとBteamのWキャストで上演されたこの作品のうち、Ateamのゲネプロの様子を、オフィシャルレポート(文:横川良明 写真:ATZSHI HIRATZKA)で紹介します。レポートの回に出演したのは、アッシェンバッハ役が笠原浩夫、タッジオの母・クラウディア役が山本芳樹、アッシェンバッハ・ダッシュ役が曽世海司、タッジオ役が馬場良馬(トキエンタテインメント)、ヤシュー役が松本慎也、長女役が遊佐航(トキエンタテインメント)、次女役が伊藤清之、女家庭教師役が関戸博一、市井の人々役が船戸慎士、大村浩司、藤原啓児のみなさんです。AteamとBteamの両方の本編を収録した2枚組DVDの先行予約が2021年9月20日(月祝)23:59まで、オンラインで実施されています。DVDの一般発売は2022年2月です。
人の心はいつも天秤が揺れている。片方の秤には規律と道徳。もう片方の秤には欲望と背徳。どちらの秤が重いかは、人それぞれ。そして、何かの拍子で秤の重さが逆転することもある。
スタジオライフがコロナ禍の 2021 年に上演を試みた『ヴェニスに死す』は、感染症対策によって接触の禁じられた現代を反射するような、愛と恍惚の物語だった。
おそらく文学にそれほど馴染みがない人でも、タイトルは聞いたことがあるであろうトーマス・マンの名作小説『ヴェニスに死す』。それは、ドイツを代表する国民的作家、グスタフ・フォン・アッシェンバッハが執筆業で疲弊した心を休めるために訪れたヴェニス(ヴェネツィア)で、ポーランド人の美しき少年・タッジオに恋をする物語だ。
トーマス・マンがこの作品を発表したのは 1912 年のこと。つまり実に 100 年の時を超え、『ヴェニスに死す』は世界中で読み継がれていることとなる。中でも、マーラーの『交響曲第5番の第4楽章(アダージェット)』が心に残るルキノ・ヴィスコンティ監督による映画が最も有名だろうか。タッジオを演じたビョルン・アンドレセンの美しさは、当時の観客を大いに魅了した。
そんな世界的傑作に、スタジオライフが挑む。同劇団での上演は 1997年の初演以来、24年ぶりとなる。その背景にコロナ禍があることは間違いないだろう。なぜなら、アッシェンバッハが訪れたヴェニスではコレラが流行していた。疫病の蔓延するその街を、本来ならばアッシェンバッハは一刻も早く立ち去らなければいけなかった。だが、一度は街を出ることを決めながら、あるアクシデントを口実に再び舞い戻る。彼はヴェニスから離れたくなかったのだ。そこには、恋しきタッジオがいるから――。
■地位と名声を得た大作家が、制御できない恋心に翻弄されながらも威厳を保とうとする
『ヴェニスに死す』が 100 年もの間、愛され続けているのは、アッシェンバッハの命を懸けた最後の恋にどうしようもなく共鳴してしまうからだろう。齢は 50 をこえ、貴族に列せられるまでになった大作家が、恋をしたことで我を失う。それまで模範的に生きてきたはずが、放埓の波に身を委ねる。その姿が、愚かで、だけど人間らしくて、いとおしい。観客それぞれの心の中にある道徳と背徳の天秤をしきりに揺さぶるから、つい吸い寄せられてしまう。
今回、アッシェンバッハに扮したのは、劇団員の笠原浩夫。タッジオを客演の馬場良馬が演じた。比較的しっかりした体格の笠原がアッシェンバッハを演じることで、地位と名声を得た大作家が制御できない恋心に翻弄されながらも威厳を保とうとする、その理性と本能の格闘が色濃くにじみ出る。ミュンヘンでは黒ずくめの服だったアッシェンバッハは、旅立ちと共に白のスーツに着替える。もう黒く塗り固めた世界には、戻れない。もう彼はタッジオに出会ってしまったのだから。
強く心をとらえられたのは、アッシェンバッハが化粧を施される場面だ。大の男の頬に塗られたピンク色のチークは見る人によっては笑い種かもしれない。けれど、きっと多くの観客にはそうは見えないはずだ。紅をさした瞬間のアッシェンバッハの高揚が、舞台上から観客の胸めがけて飛び込んでくる。規範意識という名の足枷から解放された喜びに、じんわりと体が熱くなる。タッジオをつけまわすアッシェンバッハは不気味かもしれない。でもその狂気より、初恋のような懊悩にシンパシーが湧いてくる。そんな人物造形だったと思う。
■もうひとりのアッシェンバッハを登場させ、アッシェンバッハの心の動きをより鮮明に
本作は、決して会話で心象風景が描写される作品ではない。舞台という表現方法の限られた場でアッシェンバッハの葛藤を伝えるために、演出の倉田淳がとった方法は、アッシェンバッハ・ダッシュというもうひとりのアッシェンバッハを登場させることだった。アッシェンバッハ・ダッシュを演じたのは、劇団員の曽世海司。アッシェンバッハ・ダッシュは影となってアッシェンバッハを監視し、時に鋭い言葉で揺さぶりをかける。アッシェンバッハ・ダッシュが規律と道徳の役割を引き受けることで、欲望と背徳の道へ突き進もうとするアッシェンバッハの心の動きをより鮮明に映し出した。ここが、今回の舞台化における大きな特徴のひとつだ。
■多くない台詞の中で、人の心を惑わす微笑みで神聖な雰囲気を漂わせるタッジオ
馬場良馬の演じたタッジオは、どこかビョルン・アンドレセンを投影したような神聖な雰囲気を漂わせていた。決して台詞は多くない。その中でタッジオを成立させるために最も必要なのは、あの人の心を惑わす微笑みだ。特にオレンジを手渡す場面は、数少ないアッシェンバッハとタッジオの直接的なコミュニケーションのシーンとして強く印象に残った。
■アッシェンバッハがどんなに願っても手に入れられない、無邪気なヤシューの若さ
そして何より惹きつけられたのが、ヤシュー役を演じる劇団員の松本慎也だ。夏の海辺でタッジオと無邪気にはしゃぐヤシューの若さは、まるでアッシェンバッハの倒立像のよう。アッシェンバッハが失ったもの、アッシェンバッハがどんなに願ってももう手に入れられないものがそこにある。その健康的でよく引き締まった肉体が、アッシェンバッハの心を無残に引き裂き、同時に観客に陶酔をもたらす。
なんともせつなく胸をかきむしるのが、タッジオとヤシューの最後のやりとりだ。あのまばゆい戯れは、ひと夏の蜃気楼だったのだろうか。ヤシューの胸の内を想像すると、甘酸っぱいとも苦いとも言えない感情が痛みを伴いながら喉の奥の方で広がっていく。そして、そんなヤシューが鮮烈であればあるほど、タッジオの孤高の神秘性も際立つ。
■息をひそめるような震えを生むラストシーン。ビッグタイトルを掲げるにふさわしい舞台
映画と同じ、あの有名なラストシーン。暗転した瞬間の、息をひそめるような震え。そして客電がついたあとの夢から覚めたような不思議な心地は、この『ヴェニスに死す』だからなし得るものだろう。それをしっかり味わわせてくれたという意味で、今回の舞台化はそのビッグタイトルを掲げるにふさわしい作品だと感じた。
スタジオライフ『ヴェニスに死す』は9月8日(水)までシアターサンモールにて上演。なお、本作はAteam、BteamのWキャストで上演されており、本レポートはAteamによるものとなる。
(文:横川良明 写真:ATZSHI HIRATZKA)
<スタジオライフ『ヴェニスに死す』>
【東京公演】2021年9月1日(水)~9月8日(水) シアターサンモール(この公演は終了しています)
原作:トーマス・マン
脚本・演出:倉田淳
公式サイト:
http://www.studio-life.com/stage/venice2021/
<スタジオライフ『ヴェニスに死す』DVD>
AteamとBteamの2チーム本編収録(2枚組DVD)
価格:¥8,500(税込)
送料:¥400
オンライン先行予約受付期間:
2021年9月4日~9月20日(月祝)23:59
下記オンライン予約専用フォームで受付
http://www.studio-life.com/dvd_form/ticket.php
先行予約特典:舞台写真使用のオリジナルポストカード(商品発送時に同梱)
商品発送:2022年1月を予定
一般発売:2022年2月を予定
DVDに関するお問い合わせはこちらのアドレスまで→ order@studio-life.com
<Ateam>
アッシェンバッハ:笠原浩夫
タッジオの母・クラウディア:山本芳樹
アッシェンバッハ・ダッシュ:曽世海司
タッジオ:馬場良馬(トキエンタテインメント)
ヤシュー:松本慎也
長女:遊佐航(トキエンタテインメント)
次女:伊藤清之
女家庭教師:ミヤタユーヤ/関戸博一
市井の人々:船戸慎士
市井の人々:大村浩司
市井の人々:藤原啓児
<Bteam>
アッシェンバッハ:笠原浩夫
アッシェンバッハ・ダッシュ:山本芳樹
タッジオの母・クラウディア:曽世海司
ヤシュー:馬場良馬(トキエンタテインメント)
タッジオ:松本慎也
長女:遊佐航(トキエンタテインメント)
次女:伊藤清之
女家庭教師:ミヤタユーヤ/関戸博一
市井の人々:船戸慎士
市井の人々:大村浩司
市井の人々:藤原啓児
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