2016年1月11日から13日までの辺野古レポート、第2回は琉球犬の血を引くポンちゃんと一緒に見た沖縄です。「この日程で沖縄に参ります」と、Facebook友達に連絡したところ、「辺野古のゲート前を経験すると同時に、ゲート前で頑張っている沖縄の人たちが、何を守りたくて闘っているのかを見て下さい」と言って下さったのが、松葉孝雄さんでした。車で迎えに行くけど、犬がいても大丈夫?と言われ、もう大喜びで「ぜひ!」とお願いしました。「助手席は愛犬でご主人のポン様のもので、僕はポン様のお供、あなたは後ろに乗ってね」と言う松葉さん。会う前から大好きになりました。
■ポン様の後ろの席からながめた、緑の濃い豊かな森と、青い海
辺野古のゲート前をお昼頃出発、高江まで連れて行っていただきましたが、道中、長く住んでいる人でなければ知らない場所を案内してもらい、高江の平和運動の歴史についても教えていただきました。
ポン様の後ろの席からながめる景色は、緑の濃い豊かな森と、青い海。曲がり道の多い、アップダウンもきつめの山道を行くと、時折り見える海の色、白い砂浜。お天気が良ければもっと遠くの離島まで見えるということでした。このあたりはまた、沖縄の水源地でもあります。幾つも点在するダムのひとつ、羽地ダムの上流の道路脇で、滴り落ちる湧水を、松葉さん持参のポリタンクやペットボトルに満たしました。松葉さんはもう長いこと水道水を飲んでいないのだそうです。ここは、美味しいお水が汲めるというので人気のスポットらしく、お昼間は水汲みの車が並ぶそうですが、幸いこの日は誰もいませんでした。私もペットボトルを分けてもらい、心ゆくまで自然の恵みをいただきました。手のひらにうけた水を、ポン様もぺろぺろとなめました。
■水清く多様な動植物の宝庫の森、土が良い地で出会う陶芸作品の数々
水清く、多様な動植物の宝庫である森には、広大な「米軍北部訓練場」があります。この訓練場の中にヘリパッド(ヘリコプター着陸地帯)があり、地元の人々は騒音に悩まされ、墜落の危険にずっとさらされています。粘り強い反対運動にもかかわらず、あの悪名高いオスプレイも飛行訓練を始めてしまいました。美味しい湧水も、ダムも、オスプレイやヘリコプターが墜落事故をおこしたら台無しです。現に、2013年8月に、宜野座村のキャンプハンセンにアメリカ軍のヘリコプターが墜落しました。墜落現場の土壌からは、基準値を超えるヒ素などの有害物質が検出されたのだそうです。
道中、松葉さんの友人で、大宜味村で陶芸をされている人のお宅も訪ねました。8000坪という広大な敷地に、作品が並ぶ展示棟がありました。登り窯もふたつ、池や木々や畑に囲まれた不思議な空間は、基地や演習場からほど近いのに、全く違う場所にいる感じがします。シンとして、不思議な魅力に時を忘れてしまいそうです。土が良く、水も豊かなこの地でしか出会えない作品の数々に、しばし眼福にあずかりました。自然の恵みを最大限に生かして暮らしている芸術家の田場さん。またゆっくりお訪ねしたいところでした。
ヘリパッド反対の意思をはっきり示しているにも関わらず、工事が始まり、集落から近いN4地区にヘリパッドが完成してしまいました。これを建築する条件であった「北部訓練場の半分を返還し基地負担を軽減する」という約束は守られていません。今も人々は、これ以上の工事をさせないために、また基地反対の態度を示すために、テントを張り、車を置いて見張りを続けています。見学や、一緒に座り込む人大歓迎ということでしたので、辺野古に来た際にはぜひ、高江の方にも足を運んで欲しいと思います。
ポン様は、テント周辺にいる人たちとも仲良しです。
「ずっと助手席にいたら、つまらないよ」と、ポン様がとうとう車から降りました。元気いっぱい、高江橋から高江展望台への坂道を駆け抜けます。交通量の少ない道だから出来る散歩の仕方ですね。大きな工事車両や米軍の車が通ったり、路肩を占有する事態になったら、こんな風に市民や動物たちが自然を謳歌することはできないのです。
高江展望台からのながめです。海水揚水発電所が左手にあります。本当に美しいところでした。
■議員さんたちも来て人がたくさん集まる「水曜行動」の日、機動隊は来なかった
翌日、2016年1月13日、この日も早朝から辺野古のゲート前に行きました。13日は「水曜行動」の日。毎週、水曜日に集中して、たくさんの人が集まるのだそうです。市町村議員さんたちもゲート前にやってきます。人がたくさん集まれば、工事の車両を止めることが出来る。週に一度、この日は機動隊員もやってこないだろうと言われているのが水曜日なのです。2016年からは、木曜日も加えて週2日、機動隊を圧倒する数の人が座り込み、工事を阻止していこうと決意を新たに、早朝の会議が行われました。「週一日が二日になり、三日になれば工事はできなくなるぞ!」とみんなで声をあげました。
早い時間帯から人が集まってきました。12日には機動隊がやってきた7時を過ぎても、車の姿はありません。機動隊もいません。
- 座り込めここへ ここへ座り込め
腕組んでここへ ここへ座り込め
揺さぶられ 潰された 隊列を 立て直すときは今
ゲート前に流れるYasuさんの歌声は、全力で、直球です。すかっとしました。
議員さんたちもぞくぞくと到着、ゲート前には座りきれないほどの250名から300名が集まっています。この日も各地から、いろいろな人がそれぞれの思いを胸にやってきました。
読谷村で「MaMaぐるみの会」を立ち上げた真由美さん(右端)と、ママの会@大阪の皆さん。「子どもに残したいのは青い海と豊かな自然。自分たちの住んでいる町にオスプレイが来たらと思うと、他人事ではないと思います。命をかけて産んだわが子を戦争にやりたくないし、自分の子どもだけじゃなくて、“だれの子どもも殺させない”を合言葉につながっていきたい」と語りました。
■「蛙のうた」のアレンジで、宜野湾市長選のシムラ候補を応援
宜野湾市長選挙で、辺野古移設に反対する新人候補シムラさんを応援するために西宮・宝塚からやってきた女性たちは、
- チェンジ チェンジ シムラにチェンジ
- カエル カエル シムラがカエル
という童謡の「蛙のうた」のアレンジで、元気いっぱい歌を聞かせてくれました。
■「普天間飛行場を食べてなくしてしまえ!」という、美味しい「平輪(へいわ)ちんすこう」
座り込んでいる私たちに、差し入れとしてふるまわれたのは、普天間飛行場を模した黒糖アイシングの「ちんすこう」です。サクサクとしてとても美味しかったです。米軍機の騒音と危険におびやかされる日々、「普天間を食べてなくしてしまえ!」というアイデアで作られたという素敵なお菓子。
この特製「平輪(へいわ)ちんすこう」を持ってきたのは、社会福祉法人「若竹福祉会」総合施設長の村田凉子さん。「平和なくして福祉は語れない」と、話して下さいました。障がいのある人たちが、安心して暮らしていける社会であってほしいとも。このちんすこうは、若竹福祉会のみなさんがひとつひとつ手作りで作られています。3つ入りのちんすこうが5袋入って500円。たくさんあったら買ってお土産にしたかったのですが、「まだ準備中で、大忙しです」とのことでした。若竹福祉会のHPはこちらです→ http://wakatakehp.or.jp/
■「ミスター・ゲート前」の山城博治さん、底抜けに明るく、優しい
1月13日、私が一番うれしかったのは、「ミスター・ゲート前」こと山城博治さんにお会いできたことでした。悪性リンパ腫の治療・闘病生活を経て、新基地反対運動の現場に戻ってきた博治さんですが、あまり無理をすると体にはこたえることでしょう。風邪をひいたので大事をとって現場の指揮を代わったと、11日には聞いていました。でも、この水曜行動には早朝から「寒いから、家にあるもの全部着て、雪だるまみたいになってやってきました」とみんなを笑わせて、元気な姿を見せていました。底抜けに明るく、優しい人柄、初対面から「ああ、私はここに居ていいんだ、思い切ってやってきてよかった」と思わせてくれる笑顔。天性の魅力的なリーダー、博治さんはこの日もやっぱり見事な「ミスター・ゲート前」でした。
今日は機動隊もやってこないようだと判断、たくさんの人が朝から座りっぱなしなので、キャンプシュワブの前をデモ行進しましょう!と博治さんが提案。みんな、待ってましたと元気に練り歩きました。
ポン様だって、デモに参加いたします。
■勝利のラインダンス! 大変な現場でも、みんなで歌い、踊り、笑う。だから折れない
2016年1月13日、前日は1日4回も入ってきた工事車両が、この日は1台も入れず、機動隊も現れません。やはり、(ポン様も含め)たくさんの人が集まれば、工事を止めることが出来るのです。毎日毎日、早朝からの座り込みは、裏方仕事もやまほどあって、想像するだけでも大変です。それでも、博治さんをはじめとして、この場所に集い人たちが醸し出す雰囲気は、温かくて明るい。誰もが、できる時に、少しだけでも参加してくれたらいいんだよ、ちょっとだけでも一緒に座ってくれたら嬉しいよという空気が、「明日もこよう」「またきっと参加しよう」というみんなの気持ちにつながっているようでした。
博治さんのリードで、辺野古名物勝利のラインダンスが始まります!こんなに大変な現場なのに、みんなで歌い、踊り、笑います。だから続けられるのだと思いました。だから折れないのだと思いました。
■憲法9条のことをやるなら、沖縄に行きなさいと教えてくれる人があって。沖縄に来てホッとした
最後に、もうひとり紹介させてください。京都から来ている川口真由美さんです。
辺野古の現場で、彼女の心にしみる歌を何度も聞きました。聴く者の胸の深いところにしみこむ声で、反戦歌や応援歌を歌っています。まだゲート前に座っている人が20人くらいしかいない頃から辺野古の座り込みに参加。その前には高江にも行っていたそうです。なぜ、沖縄だったの?なぜ辺野古だったの?と聞きました。
「平和のことや憲法9条のことをやるなら、沖縄に行きなさいと教えてくれる人があってね。来てみたら、日本でこんなことがあるんやって思った。こんなんほっといたらあかんと思って、関西からこっちへ人を連れてきたりしてた。障害者の運動にずっと関わってきたことが大きいと思う。命をないがしろにする政策が次々出てきて、ひしひしと、戦争になる!って感じてた。あたし、のめりこむタイプなんですよ(笑)集団的自衛権のこととか、京都でやっても、あんまり反応なかったんやけど、沖縄に来てホッとした」。
「オリジナルの曲もあるけど、ここではみなさんが知ってる歌をうたうことが多い。コンサートとかと違うし、別にあたし、歌わなくてもいいねん。歌いに来ました、っていう感じじゃない。一緒に座ってるだけでいい」
それでも、ゲート前に座ったことのある人は、機動隊に排除され、工事車両を止められなくて悔しい思いの時に、真由美さんの歌声に救われたことがあるはず。「あの曲歌って!」とお願いしたくなる声の彼女は、声に興味があると言いました。
「声の出し方に興味があって、面白い声を出す人とか、いっつもじっと観察してる。鳥なんかも、場面によって違う鳴き方するやん、どうやってるのかなあって。反対派の人にも、基地の中の人にも、届く声、あの人の話を聞いてみようかなと思わせるような声が出したい。笑わせたり、楽しませて、そこからこちらの思いをじっくり聞いてもらいたい」
本当に素敵な真由美ちゃん、すっかりファンになりました。2月6日(土)、大阪で「戦争あかん!ロックアクション」サウンドデモがあり、真由美ちゃんも平和への思いをこめて歌います。詳しくはこちらをご覧ください→ https://www.facebook.com/events/211072185903452/
2月26日にはコンサートもあるそうですから、「川口真由美@まほろば おもちゃ楽団」をネットでチェックしてみて下さいね。
ゲート前で何度目かのマイクを握って、東日本大震災被災地の話などをしている私と、博治さんのツーショットを撮ってくれたのも川口真由美さんでした。博治さんが手にしているのは、岩手の漁師さんの津波被害にあった漁網を使った「漁網アクセサリー」。「すごくいい話だね。素敵だ」と褒めてもらいました。辺野古のゲート前に集まる人たちに、東北の話が出来てとても嬉しかったです。
■沖縄だけではない、邪魔なものを排除する政治の矛先は、いつ自分に向くか分からない
大きな自然災害で被災した人たちのことを二の次、三の次にして、福島の汚染水は「アンダーコントロール」だと言ったこの国の首相。普天間飛行場を抱える宜野湾市の市長選について、「安全保障に関わることは国全体で決めること。一地域の選挙で決定するものではない」とも言いました。福島から自主避難した人の補償打ち切りも、阪神淡路大震災被災者の「借り上げ公営住宅の転居強制」問題も、沖縄の人たちが何度も示した基地反対の民意を踏みにじるのも、根っこは同じだと感じました。
ポン様が教えてくれた沖縄は、人にも動物にも優しい、温かい人たちが、ただただ平和に仲良く生きていくことを願っているところでした。子どもたちに手渡したいのは豊かな自然、美しい海、おいしい水、緑の森であって、決して基地ではないということ。沖縄だけの問題では決してない、弱いものを切り捨て、邪魔なものを排除する政治の矛先は、いつ自分に向くか分からないということが、身に染みた沖縄の旅でした。
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「なんでここまで抵抗するのか、わかる?」 座り込み555日の辺野古レポート(上)
人にも動物にも優しく、ただただ平和に仲良く生きようと願う 辺野古レポート(下)
辺野古レポートを読んで下さった方、川口真由美さんが歌う「沖縄今こそ立ち上がろう」をお聴きください。
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