2023年6月21日(水)から7月9日(日)まで、東京・世田谷パブリックシアターで、7月22日(土)と23日(日)に兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホールで、音楽劇『ある馬の物語』が上演されます。ロシアの文豪トルストイの小説(原題『ホルストメール』1886年刊行)を戯曲化した『ある馬の物語』は、人間という愚かな生き物と思考する聡明な馬とを対比させ、人間のあくなき所有欲に焦点をあてながら、「この世に生を受けて生きる意味とは?」という普遍的なテーマを、詩情豊かにそしてストイックに問いかけてくる作品です。1975年に本国ロシアで初演されて以降、国際的に評価の高いこの作品が、白井晃さんの新演出で上演されます。
まだら模様に生まれついたばかりに不遇な運命をたどる馬「ホルストメール」役に成河さん、その馬の中に潜む才能を見出す公爵役に別所哲也さん、公爵や、まだら模様の馬の前に立ちはだかる美と若さの象徴ともいえる男性(牡馬)に小西遼生さん、そして彼らの運命を変えていくファムファタールともいうべき女性(牝馬)役に音月桂さんが扮します。音楽や身体表現の要素もふんだんに取り入れながら、馬の目線で人間の生きざまを映し出します。
アイデアニュースでは、成河さんと小西さんの対談インタビューを、上下に分けてお届けします。「上」の無料部分では、歌稽古が始まった段階で感じている、作品・戯曲のおもしろさについて伺った内容を紹介します。有料部分では、馬と人間との対比、馬の時間軸で描かれているからこその作品の魅力、所有というテーマと「役に立つということ」などについて伺った内容を紹介します。「下」の無料部分では、身体表現と演劇のこと、小西さんが演じる3役が体現している「所有の情熱的な面」のことなどについてお話ししてくださった内容を紹介します。有料部分では、小西さんが馬舎に実際に行って見学したときのこと、『十二夜』以来の共演であっても、ずっと同じ道を歩んできたという感覚があるというお話、ロシア戯曲の魅力、どのような舞台になりそうかということなどを伺った内容を紹介します。
ーー歌稽古が始まり、読み合わせはこれからとお伺いしていますが、いまの段階で感じている、座組み、作品などについてのおもしろみや、惹かれているところを教えていただけますか。
成河:一度取材日があって、白井さんも演出プランを話してくださったりして、みんな一気に熱が高まりました。僕らも集まってゆっくり話すのが初めてだったので、あのときの情報が基盤になっています。白井さんの話でどんな作品になりそうかよく分かりましたよ。
小西:確かに。
成河:相当アクティブな祝祭性のあるショーになる予感がしています。作品の根っこにあるのが、トルストイの持っている普遍的な問いかけなので、それをきちっと現代の我々が飲み込みやすくするような工夫を、白井さんはものすごく考えているなと思います。とてもフィジカルなものになると思います。
小西:ソンちゃん(成河さん)は特にね。
成河:いや、みんなですよ! だって、みんな馬を演じるんだから! 山田うんさんが振付担当に入っていますから。
小西:ソンちゃんのフィジカルな動きに、ト書があるからね(笑)。
成河:あるね(笑)。
小西:ト書の説明を見ていて、体大丈夫かな?と思うところも結構あるからね。
成河:原作小説や、ロシア上演版の戯曲を読んだときは、わりと逆のイメージだったんです。ホルストメールがずっと枯れたイメージで。でも、白井さんは「そっち選ばないから!」みたいな断固たる、「そんなことやってもしょうがないでしょ!」みたいな熱さがありますね(笑)。僕も、そうですよねと思ったので、エネルギーの塊をぶつけていくような、それでいて、すごく静かな世界に向かっていくんだなと思っています。
ーー台本を読ませていただきましたが、どうアクティブになるのか興味深いです。
成河:いま、ちょうど白井さんが上演台本として書き換えてくださっている最中です(※取材時)。もともとの戯曲の翻訳にはとても哲学的な描写がされているので、もっと分かりやすく、噛み砕いてくださった断片はもらっています。気構えて、頭をカチカチにして観るようなものにはならないと思います。
小西:ホルストメールという馬の物語が中心になります。ソンちゃんが演じるホルストメールの一生を描くので、若い頃から老年までを描いているところ、そのエネルギーの振り幅が結構あって、ただ静かな芝居には絶対ならないだろうと思っています。あと、馬が主人公の物語ではありますが、僕たち人間のことを考えさせられると思ったのが最初の印象ですね。この間、博多に馬に乗りに行ったんです。
成河:いいな。
小西:馬が生活している部屋をたくさん見せてもらいましたし、オーナーさんに生態系などいろいろなお話も伺ったのですが、人間の小学校みたいに、きちんと社会性があったり、群れで生きていたり。人間も集団の中で生活する生き物じゃないですか。群れというものの中での、ある一頭の馬の生きづらさが、とてもよく分かる!と思いましたね。
成河:おもしろいね。
小西:たとえば、群れに近づく新顔の馬は、いじめられたり、のけものにされたりするんです。この話も、まだら模様の馬が、見た目の奇異で判断されて不遇な一生を生きるわけじゃないですか。他人の価値観に人生が振り回されるということは、人間社会にもあること。馬の世界にもそういうものがあるんだなと思いました。
原作は、130年以上前に書かれたものですが、現代に通ずるもの、普遍的なものがあるところがとても興味深いなと。一方で、人間が馬を演じることは、ある種ショーとしてもおもしろいものに仕上がりそうだなと思いますね。
ーー白井さんとお話をされた中で、一番おもしろいなと思ったことはありますか?
成河:攻めてるなと思ったのが、音楽の使い方のコンセプトで、金管楽器4本で演奏するんです。それは白井さんに、いろいろな思いがあって、かなり攻めている。音楽劇とミュージカルとどう違うの?とお客さんは思っているかもしれませんが、歌で時系列が進行するミュージカルとは異なる形で、今回は“音楽劇”としてロシアの演劇の懐の深さの中で、群唱や独唱といった音楽が挿入されています。
ロゾフスキーさんからの楽器の指定はないんです。その音楽を、リズム楽器もなく、4本の金管楽器だけでやる。もしかしたら出演者がいろいろなリズムを作り出していくことはあるかもしれませんが、とても創作性の高いコンセプトで音楽をやるので、それがすごく楽しみです。
小西:音楽以外のことでいうと、3年前に公演が中止になって、白井さんがこの戯曲を今回改めてどうやるか考え直したというお話が心に残っています。この舞台は、現代に置き換えたら、なんなんだろうと考えたときに、工事現場だとおっしゃっていたんですね。3年前は東京2020オリンピックの開催が控えていて、今はその時に出来た競技場や様々な建築、改築の跡があって。その工事現場の作業員たちや、工事現場そのものが、この戯曲の舞台に重なると。
当初上演予定だった2020年と、いまとでは、間違いなく違うものができるとは思いますが、もとの戯曲は同じと考えたときに、意外と振り幅を大きく広げられる戯曲なんだなと思いました。お客さんも同じように、『ある馬の物語』で、このメンバーで、音楽劇でとなると、一体どんな作品になるんだろうと思っているんじゃないかな。だから、新しいものを見せることができる。想像が追いつかないでしょうから、びっくりしてもらえるような作品になるような気がしているので楽しみです。
ーーなにもわからずに来てもらっても、おもしろいのではないかと。
成河・小西:それが一番いいですね。
ーー戯曲自体のおもしろさについては、いかがですか。
成河:原作小説と戯曲には、さらに100年の開きがあります。戯曲自体はそんなに昔ではなくて、1970年代に記されています。一方、小説は19世紀、農奴解放を機に起こった、いろいろな事柄について描かれている。
僕は、この戯曲のおもしろいところは、ロシア演劇の懐の広さを感じさせるところだと思います。先ほども言いましたが、繰り返すリフレインの効果だったり、演劇ならではの効果を知り尽くしている国の人がそれを全部乗せしたみたいな戯曲になっていますよね。それは、うなりましたよね。ロシア演劇はリアリズムの発祥だというイメージをお持ちの方が多いと思いますが、「こんなに懐が深いんだ!」と戯曲からは思いました。
小説から考えさせられたのは、所有の問題です。戯曲にも出てきますが、ホルストメールのモノローグの中で、馬が人間をずっと観察して、非常に疑問に思う部分として、「僕の女」「私の馬」「私の国」というふうに、人間は全部に「私の」がつく。それが本当にどういう意味かわからない、というところがあります。小説では、そこだけが太字なんです。
いかにトルストイが所有についての問題を、いろいろな人とシェアしたかったのかということが、小説からありありと読み取れます。所有の問題は、現代の僕たちにおいても解決していなくて、むしろ無意識化して厄介なことを引き起こしている。けれども、出所がわかっていないようなことを、もう一度楽しく考え直す機会になるのかなと思います。
小西:楽しいかな?(笑)。
成河:楽しいでしょ!
小西:まあまあ重いけどね(笑)。
成河:だから、すごく考えますよ。自分にとって、「自分のもの」と言えるもの、つい言っちゃっているもの、そう思い込んでしまっているものは何かなということを、誰のものでもない「公共劇場」でやるから意味があるじゃないですか。それは非常に意味があると思いますよ。あくまで理念ですが、理念として誰のものでもない場所でこのことについて話し合うのは、非常に価値があると思います。
<取材協力>
成河ヘアメイク/大宝みゆき
小西遼生スタイリング/尾後啓太
※アイデアニュース有料会員限定部分には、馬と人間との対比、馬の時間軸で描かれているからこその作品の魅力、所有というテーマと「役に立つということ」などについて伺ったインタビュー前半の全文と写真を掲載しています。22日掲載予定のインタビュー「下」の無料部分では、身体表現と演劇のこと、小西さんが演じる3役が体現している「所有の情熱的な面」のことなどについてお話ししてくださった内容を紹介します。有料部分では、小西さんが馬舎に実際に行って見学したときのこと、『十二夜』以来の共演であっても、ずっと同じ道を歩んできたという感覚があるというお話、ロシア戯曲の魅力、どのような舞台になりそうかということなどを伺ったインタビューの後半の全文と写真を掲載します。
<有料会員限定部分の小見出し>(有料会員限定部分はこのページの下に出てきます)
■小西:所有を描いているにも関わらず、舞台として華やかさも持ち合わせている
■小西:ホルストメールが主軸の舞台の中で、人間としては公爵がおもしろい
■成河:「俺らはずっと馬だしな」みたいな目線の中で、時間の流れが豊かに
■成河:「役に立つ」ホルストメールと「落ちぶれた」公爵の対比が非常に美しい
<音楽劇『ある馬の物語』>
【東京公演】2023年6月21日(水)~2023年7月9日(日) 東京・世田谷パブリックシアター
【兵庫公演】2023年7月22日(土)~2023年7月23日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
公式サイト
https://setagaya-pt.jp/stage/1829/
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初日を観劇させていただきました。トルストイということで重厚な作品を想像していたのですがテンポがよくて軽快で楽曲も楽しくてとても面白かったです。「所有する側とされる側」の話の描き方が本当に面白く何度でも観劇させていただきたいと思いました。ハードな作品だと思うのでどうぞ千秋楽までみなさま安全に上演し続けていただければと願います