映画「with…若き女性美術作家の生涯」が生み出したもの:(2)観客が上映日時を決めるシアター | アイデアニュース

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映画「with…若き女性美術作家の生涯」が生み出したもの:(2)観客が上映日時を決めるシアター

筆者: 桝郷春美 更新日: 2015年7月23日

2015年5月30日、大阪・中崎町にあるミニシアター「天劇キネマトロン」で開催された「with…ネパールプロジェクト」キックオフ上映会では、『with…若き女性美術作家の生涯』の上映と、榛葉健監督と同劇場のオーナーでダンサーのJunさんのトークライブが行われた。この日を皮切りに8月末まで、「観たい時にロードショー」という上映の取り組みが天劇キネマトロンで行われている。

4人以上で申し込めば、観客が見たい日時に映画館が上映する。その収益と募金は全額、ネパール大地震の震源地近く、ゴルカ郡の山岳地帯の村にある学校再建に充てられる。

「『with…』の映画の力を生かして、海の向こうの他人事のように思える出来事をいかに近づけるか。世の中の多くの方々に、我が事のように感じていただける媒介の役割を果たしたい」。榛葉監督には、そんな一貫した思いがある。より多くの人々に観てもらえるようにするためには、どうすればいいか考え、ひらめいたのが今回の「観たい時にロードショー」の取り組みだ。このプロジェクトの成り立ちついて、榛葉監督に語ってもらった。

「通常ドキュメンタリー映画は、ある一定期間、劇場で公開ロードショーをします。しかし、評判が広がり出したころに公開が終わり、観ることができないケースが多くありました。『with…』の場合でも、ロードショーや上映会が終わった後に映画のことを知った方々から「観たかったのに残念」という声をよく聞きました。今までのロードショーは、劇場側がスケジュールを決めて、お客様に時間を合わせて観てもらう形でしたが、お客様の都合で好きな時に日時を選べる仕組みにすれば、より多くの方に観に来ていただけるだろうと考えたのです。その時、Junさんのことが思い浮かび、彼に相談してみようと思いました」。

Junさんはダンサーで、世界を旅するパフォーマーであり、また大阪・中崎町を拠点に大阪大空襲で焼け残った古民家を再生してカフェなどの芸術発信拠点を展開する「Salon de AManTO天人」グループのオーナーでもある。グループの一つ「天劇キネマトロン」も、築97年の元々印刷工場だった建物の内部を、廃材を出さないで作り変えて、ミニシアターにしたものだ。

「Junさんは、国内外の災害現場で支援活動をしている方です。東日本大震災が起きた時もいち早く、宮城県石巻や気仙沼大島に単身で支援活動に入り、その後も継続して天人グループのお客さんたちと一緒に被災地ボランティア・ツアーなどの活動を行っています。2013年、フィリピンで台風被害が発生した時も、彼はまた身一つで現場に入って、コミュニティ再生のための支援をしました。彼とだったら連携できるかもしれないと思い、すぐに相談しました。そうしたら『面白いですね、やりましょう』とニコニコしながら即答してくれたのです」。

榛葉健監督と天劇キネマトロン・オーナーのJunさん(画像右)=撮影・桝郷春美

榛葉健監督と天劇キネマトロン・オーナーのJunさん(画像右)=撮影・桝郷春美

そうして、キックオフ上映会を開催する運びとなった。定員25人のミニシアターは、場内にいる人々の体温が感じられるぐらいの小空間で、急きょ決まったキックオフ初日に、都合をつけてかけつけた観客一人ひとりの、受け身ではない鑑賞姿勢が相まって、濃密な空気に包まれた。上映後、榛葉監督による講演があり、その後の監督とJunさんのトークでは、ネパールの現在、支援先の学校再建などについて写真とともに紹介された。

『with…』ではこれまでも、上映と並行して「with…基金」を立ち上げ、上映収益を活用してネパールのパタン市のスラム街にあるラリット福祉小学校の校舎の増築工事や、ポカラ市にある貧困層対象の保育園の運営支援などを行っている。このほどの上映プロジェクトの収益と募金は全額、震源地に近いゴルカ郡の山岳地帯の村にある学校再建に充てられるが、「住民の方々が主体で、私たちはサポートさせていただくという関係で、一緒に学校作りをやっていこうと話しています」と榛葉監督から説明があった。

キックオフ初日、Junさんは震源地周辺のゴルカ郡ラプラック村への現地入りを数日後に控えていた。そこは山岳地帯に住む村民が、標高約2700メートルの高地に村ごと避難している。道路事情が悪い上に雨季が迫っており、帰路を閉ざされるのを恐れた海外の救助隊が早々に引き上げたために、支援が行き届かず孤立状態にある。約3カ月もの間、毎日、終日豪雨が降り続くモンスーンの襲来時期が間近に迫るこのタイミングで、Junさんは見放されようとしているその村に、単身で支援に向かおうとしていた。

「ラプラックは現在、日本でいえば山小屋に皆で疎開しているような状態です。それも限界集落を越えた更に向こうに3500人ほどの人口のうち、未就学児を含めて子どもが約900人もいるのです。子どもたちはネパールの未来なので、何とかしないといけない。子どもたちが次にどんな社会を作っていくかを踏まえて、日本の震災経験を生かした循環型のシステムの在り方などを紹介していけたらと思っています。そのような長期支援を念頭に置きますが、まずは緊急支援。雨季になると衛生状態が悪くなるので、それを解決しようと僕は行ってきます。激しい雨で道が崩落すると、雨季明けの9月まで、そこには誰も来なくなるでしょう。その間、一人でも多くの人が生きのびるために、どこまでできるか。高度で被災すると寒いので、暖をとれるように炭焼き窯を作ってこようと思っています。神戸で起きた震災の時に生まれた、優秀な釜の作り方がありますので、それを作ります。僕は外国の人なので現地の常識やルールには細心の注意を払ってお手伝いしないと、逆に邪魔になってしまう。緊急ですが慎重にならないといけないのです」。

そんな話をするJunさんからは、穏やかな口調ながらも、ヒマラヤの被災地へ向かう緊張感と覚悟が伝わってきた。

「with…ネパールプロジェクト」キックオフ上映会にて(画像中央がヒコイチさん)=撮影・桝郷春美

「with…ネパールプロジェクト」キックオフ上映会にて(画像中央がヒコイチさん)=撮影・桝郷春美

来場者の中には、ネパール・パタンから来日していたネパール人男性がいた。彼は、ヒコイチさんといい、由美さんがネパールで滞在していたホームステイ先の家の息子で、現在35歳。『with…』を観たのは今回が初めてだった。映画の感想について、「同じ屋根の下に、こんな素晴らしい方と一緒に住んでいたことが、今日の一番の気づきでした。あの時、僕は日本語ができず、由美さんと深くは話せなかったのですが、映画を観ながら、由美さんのような素晴らしい方には自分の人生を差し上げたいぐらいの気持ちになりました。これから自分が生きることに対して、もっと努力していきたいと思います」と流暢な日本語で話した。

ネパールの立場で今思っていることを問われると、こう語った。「震災が起きたのは、悲しい出来事ですが、ネパールにとってはいいチャンスでもあると思います。ネパール人は本当に心が温かいです。外国人が来ると、温かい心でみんな向き合う。しかし、ネパール人同士ではそれがあまり見えない。生活が苦しい中で足の引っ張り合いが多く、相手を傷つけてしまう。互いに足を支えて、倒れないようにしてあげたら誰も転ばないのに、それがネパールではなかなか伝わらない。しかし、今回地震があったことで、どれだけ互いが大事か気づき、人間としての心の目が開くと思います。多くの亡くなった方々に対する悲しみを心に持ちながら、いいネパールを作っていく方向に進んでいきたいです」。

日本に対しては、こんな印象を語った。「私は日本が好きです。大学から15年ぐらい行き来していますが、日本は自分を磨いてくれるところだと感じます。ネパールでは、そこに日本人がいるだけで、みんなの心に花が咲くのです。それは、日本の方がネパールに対してサポートしてくれようとする心が伝わるから。相手の心に花を咲かせるうちに自分の心も芽吹く。ネパールと日本は、そういう心のつながりがあると思います」。

由美さんはネパールに滞在していた時、ヒコイチさんにピアノ曲「エリーゼのために」を教えたという。その時のことを由美さんは『ネパール滞在日記 パタンの空より』(絵・文 佐野由美/(株)シーズ・プランニング発行 p.87)で、こう綴っている。「不思議だな。やっぱり、言葉は違っても、いい音楽やいい絵に魅かれる心は同じ。人の心は、『いいもの』に対する『感動』でひとつになる、言葉(=記号)を越えて。ヒコイチはシャイで今まで、少しお互い遠慮していたけれどもとても打ち解けた。」

トークイベント終了後、来場者とともに併設されているカフェへ移動した。この日、それぞれが感じた何かは、すぐに明確に言語化できるものばかりではなかった。上映空間を共に分かち合った人々と同じテーブルを囲んで、その場に漂う余韻を手がかりにゆっくりと言葉を重ね合わせていくことで、映画上映とトークで感じた言葉にならない何かをすうっと、自分の身体の中に落とし込んでいく感覚を味わった。

連載3に続く。<8月6日(木)掲載予定>

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<アイデアニュース関連記事>

映画「with…若き女性美術作家の生涯」が生み出したもの(1)
→ https://ideanews.jp/archives/6182

観客が上映日時を決めるシアター、「with…」が生み出したもの(2)
→ https://ideanews.jp/archives/6451

家なき地に迫る豪雨と雪、ネパールの被災地は今 「with…」連載(3)
→ https://ideanews.jp/archives/7117

「立ち位置の意識」が遠くのことを身近にする 「with…」連載(4)
→ https://ideanews.jp/archives/7989

映画×美術 終わらない物語がここにある… 「with…」連載(5)
→ https://ideanews.jp/archives/9105

背中から伝わった生きるエネルギー 「with…」連載(最終回)
→ https://ideanews.jp/archives/10147

From Kobe to the World: The “Reality” of Art that a Young Artist Pursues in Her Life
→ https://ideanews.jp/archives/13012

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映画「with…若き女性美術作家の生涯」ネパール支援特別ロードショー

〈期間〉2015年8月末まで

〈上映会場〉「天劇キネマトロン」大阪市北区中崎西1-1-8
http://amanto.jp/groups/tengeki/httpamanto-jpgroupstengekiaccess/

〈予約・問い合わせ〉

電話:06-6371-5840(カフェ天人〈あまんと〉)

専用メール:with☆amanto.jp(メールアドレスの☆部分は@に変更してお送りください)

〈申し込み方法〉

希望日時、代表者名、連絡先(電話、メール)、参加人数(4人~25人)を伝え、空いている日程の中からスケジュールを決める。上映可能時間は午前11時半から、午後10時まで。上映時間60分。

※スケジュールに「with上映会」と表示されている日時であれば、既に予約済みのグループに同席する形で、個人参加も可能。
→ http://amanto.jp/index.php?cID=152

〈入場料〉

1500円+募金

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ドキュメンタリー映画『with…若き女性美術作家の生涯』公式サイト
http://with2001.com/

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アイデアニュース有料会員向け:ヒマラヤ山脈で曼荼羅を学んだヒコイチさん

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<筆者プロフィール> 桝郷春美(ますごう・はるみ)福井県小浜市出身。京都市在住。人生の大半を米国ですごした曾祖父の日記を読んだことがきっかけでライターの道へ。アサヒ・コム(現・朝日新聞デジタル)編集部のスタッフとして舞台ページを担当後、フリーランスとして雑誌やウェブサイトに執筆。世の中と表現の関わりを軸に、舞台、映画、美術などジャンルを問わず、人物インタビューや現地取材に取り組んでいる。英語での取材・執筆も行う。 ⇒桝郷春美さんの記事一覧はこちら

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