ドキュメンタリー映画『with…若き女性美術作家の生涯』をめぐる連載は、今回が最終回。これまでの連載を振り返り、榛葉健監督と主人公の佐野由美さんについて、筆者がライターとして、人として実感していることを最後につづりたい。
一本の映画にまつわる人々を連載で書き続けたのは、遠くのことを身近にたぐり寄せるきっかけになればとの思いからだった。2015年4月25日に起きたネパール大地震を受け、榛葉監督は「『with…』の映画の力を生かして、海の向こうの他人事のように思える出来事をいかに近づけるか。世の中の多くの方々に、我が事のように感じていただける媒介の役割を果たしたい」と話した。
そんな榛葉監督の想いと、若き美術作家・佐野由美さんが主人公の『with…』という映画を広く紹介したくて記事を書こうと思った。だけど、それだけでいいのか?と疑問が浮かんだ。果たして、私自身は、遠くのことを身近にたぐり寄せることを実践できているだろうか? そう自らに問うた時、それができているとは到底思えなかった。世の中の事であっても、他人事としてではなく、自分の事として考えていく。そのことに、もっと向き合う必要があるのではないか。書き手の前に、一人の人間として。そこで『with…』を通して出会った人たちの現在進行形の活動を書いて伝えることで手がかりを探し出し、つづりたいと思った。書いて終わりにはしたくなかった。
連載では、榛葉監督の話を起点に、ネパール人のヒコイチさんの生の声を伝えることで遠くにあるネパールを近づけ、『with…』を上映している天劇キネマトロンのオーナーのJunさんのネパール・ラプラック村での活動の記事を書くことで支援の一助になりたかった。連載の折り返し時点で、山本愛さんのネパールのダリット(被差別カースト)との出会いなどの話を聞き、自分の立ち位置を意識することが、遠くのことを身近にたぐり寄せる手がかりになると気づいた。地元の奈良県河合町で仲間と自主上映会を開いている藤村保季さんと谷和典さんの活動を紹介したのは、彼らが、今いる場所で自分たちにできることを形にしているからだ。連載では、そうして回を重ねるにつれ、読者との距離を縮められたらと思った。
自分の事として考える手がかりについて明確な答えはなく、私自身も話を聴き、記事を書きながら模索していた。そんな答えのないことを、それでも考えたいと思ったのは、かつて東日本大震災の被災地の取材現場で、榛葉監督の背中から教わったことが起点にある。
震災からちょうど一年経った2012年3月11日、私は、宮城県南三陸町での撮影に同行させてもらった。深夜、暗闇の中で、津波ですべてが流された地に榛葉監督と一緒に立った。そこで監督がこう話した。「ここに立つと、失われたものの大きさが昼間の何倍ものエネルギーになって降り注いできて、打ちのめされそうになる。強烈な孤独感です。傷みを抱えている方々の苦しさや切なさ、大切な人を失った孤独感は、そんなことでもしない限り近づけない感じがしています。その当事者の傷みをきちんと理解して表現したい」。
カメラを持たないところででも、体を張って当事者の心の痛みに近づこうと努める監督の姿勢に、これが現場に立つ覚悟なのかと圧倒された。足元がぬかるみ、辺りは家の基礎がむきだしになった土地。極寒に身体が震え、踏ん張って立っていないと吹きさらしの風に持っていかれそうになる。目の前には、漆黒の海が広がっていた。少しでも気を抜くと、見えない何かに押しつぶされそうな恐怖感があった。そんな風に感じてしまう気の弱い自分に、負けそうになるのを必死でこらえながら、私もその場に立ち続け、監督のその一言一言をかみしめた。その体験は、強烈なイメージとして私の体の中に入り込んでいき、以来、表現することの原体験となった。
私が同行させてもらったのは、ドキュメンタリー映画「うたごころ」の撮影だった。この作品は、東日本大震災で被災しながらも、ひたむきに生きる一人の女子高校生と家族の姿を描いたもので、榛葉監督はこの映画で当事者の側に立ち、被災者の傷みや今も続く現実を「見せ物にしない」姿勢を貫いている。「私は彼女たちと同じ立場に立つことはできないけれど、対岸の火事として見過ごす人間にはなりたくない。彼女たちの気持ちを受け止め、寄り添える心を持っていたい」と監督は話した。他人事を我が事にするための表現とは何か、痛切に考えさせられた。
榛葉監督は「大災害の中で、若い女性がどう生きていったのかという点で『with…』と『うたごころ』は連続性があります」と話す。「由美さんは、社会の中で苦しみながら生きる人たちの現実をどう伝えていくかを真剣に考えていた人。映画を作ってから14年経った今も『with…』の上映活動を続けていますが、それは私の役割だと思っていますし、これからもずっと続けていきます」。
今回『with…』連載をめぐって、主人公の佐野由美さんに直接は会えていない。ただ不思議なことに、ふと気づけば、実はすでに出会っていたのではないかと感じるようになった。ネパールのスラム街に単身で身を投じ、そこに生活者として自身を浸らせ、子どもたちとの関わり合いの中で現実を見つめた由美さん。そうして感性を研ぎ澄まし、人間の本質を見つめて表現しようとした彼女の姿勢と、私が南三陸町で目の当たりにした榛葉監督の背中が、重なって見えるようになった。『with…』を通して由美さんに出会ったことで、いつしか私は、心の芯のところで由美さんの存在を感じるようになった。今も日常でふとした時に、由美さんのことが思い浮かぶ。弱気になった時、しっかり生きないと、と気持ちが奮い立つ。そういう意味でも『with…』は、また観たくなる映画だ。
2015年2月、由美さんの生まれ育った神戸・長田で開催された「佐野由美作品展」に行った。由美さんがネパールで描いた作品の中に「バザールの少女」という三部作がある。絵には由美さんのメッセージも書かれている。そのうちの一枚には「学びたい。でも一番大切なのは、食べていくこと」という内容を表す英語が記されている。絵の隅に細字で書かれたその言葉を見つけたある人は、自分の心境と重ね合わせて感じ入っているように見えた。絵の向こうにある作者の眼差しと、観る人の心が感応して、ネパールとか日本とかといった括りではないところで、感覚的につながっているように感じられた。
人はなかなか分かり合えない。しかし、『with…』を通して出会っていく人たちが、佐野由美さんの存在を介して気持ちでつながっていく温かな空気を、これまでの取材を通して確かに感じている。そして私は、そんな瞬間を味わいたくて、人に出会って、書いて伝えることを続けているのかもしれない。
少しでも近づきたい。由美さんの生きるエネルギーに。そのためにできることは、今を懸命に生きていくこと。私は、紙とペンをもって言葉で表現することで、これからも佐野由美さんと心で響き合っていきたい。
連載おわり
※この連載に関する英語の記事を執筆し、アイデアニュースに掲載する予定にしています。また、連載を1冊にまとめた電子書籍を発行する予定です。
- <映画「with…若き女性美術作家の生涯」ネパール支援特別ロードショー>
- 【期間】2015年11月末まで延長
- 【上映会場】「天劇キネマトロン」大阪市北区中崎西1-1-8
- → http://amanto.jp/groups/tengeki/httpamanto-jpgroupstengekiaccess/
- 【予約・問い合わせ】電話 06-6371-5840(カフェ天人〈あまんと〉)
- 【メール】with☆amanto.jp(メールアドレスの☆部分は@に変更してお送りください)
- 【申し込み方法】希望日時、代表者名、連絡先(電話、メール)、参加人数(4人~25人)を伝え、空いている日程の中からスケジュールを決める。
- 【上映可能時間】午前11時半から、午後10時まで。上映時間60分。
- ※スケジュールに「with上映会」と表示されている日時であれば、既に予約済みのグループに同席する形で、個人参加も可能。
- → http://amanto.jp/index.php?cID=152
- 【入場料】1500円+募金
◆ドキュメンタリー映画『with…若き女性美術作家の生涯』公式サイト → http://with2001.com/
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<筆者プロフィール> 桝郷春美(ますごう・はるみ)福井県小浜市出身。人生の大半を米国ですごした曾祖父の日記を読んだことがきっかけでライターを志す。アサヒ・コム編集部のスタッフとして舞台ページを担当後、フリーランスのライターに。おもに人物ルポを中心に取材・執筆に取り組む。
<アイデアニュース関連記事>
映画「with…若き女性美術作家の生涯」が生み出したもの(1)
→ https://ideanews.jp/archives/6182
観客が上映日時を決めるシアター、「with…」が生み出したもの(2)
→ https://ideanews.jp/archives/6451
家なき地に迫る豪雨と雪、ネパールの被災地は今 「with…」連載(3)
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「立ち位置の意識」が遠くのことを身近にする 「with…」連載(4)
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映画×美術 終わらない物語がここにある… 「with…」連載(5)
→ https://ideanews.jp/archives/9105
背中から伝わった生きるエネルギー 「with…」連載(最終回)
→ https://ideanews.jp/archives/10147
From Kobe to the World: The “Reality” of Art that a Young Artist Pursues in Her Life
→ https://ideanews.jp/archives/13012
<アイデアニュース有料会員向け>
「with」のあとに続く「…」について、榛葉監督に聞いた。筆者も、自分なりの言葉を考えた。
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