劇団スタジオライフの公演、The Other Life Vol.10『VANITIES』(ヴァニティーズ)が2019年11月14日(木)に中野ウエストエンドスタジオで開幕し、11月24日(日)まで上演中です。高校卒業を間近に控えたチアリーダー3人と、その後を、関戸博一さん、曽世海司さん、山本芳樹さんの、スタジオライフの中でも指折りの実力派が演じます。オールメールで演じる女性だからこそ、どこか虚構のファンタジーにも見え、妙な痛々しさがなく、前半はコミカルに、そして後半はぐっとシニカルに表現される舞台。ゲネプロのオフィシャルレポートと公演写真が届きましたので、ご紹介します。(文:横川良明さん)
大人になってから、学生の頃の友達と会うのが何だか怖かった。環境もバラバラになって、うまく話題が合わなかったり。誰かが華々しい人生を歩んでいるのを見て、みじめな想いをしたり。昔は無邪気に笑い合っていた相手に、そんな灰色の感情を抱いてしまう自分を見抜かれるのが怖くて、一生懸命、いつもよりケタケタと声をあげて笑っていた。
劇団スタジオライフの新作公演『VANITIES』を観て、そんなかつて芽生えた苦い焦燥をふと思い出した。本作は、ジョアン、キャシー、メアリーという3人の女の子による会話劇だ。3場によって構成され、第1場の舞台は1963年、彼女たちは高校卒業を間近に控えたチアリーダー。好きな男の子と、同級生の女の子の悪口があれば、何時間でも盛り上がれた。そして第2場の舞台は1968年。大学生になった彼女たちは相も変わらずボーイフレンドとの恋愛話に夢中。だけど、目の前には進路の2文字が横たわっていて、いつまでも一緒のままじゃいられないことも、なんとなくわかりはじめている。
真骨頂が第3場。時代は1974年。夢の街・ニューヨークで暮らすキャシーのアパートで3人が実に4年ぶりに顔を揃える。変わってしまった者、変わらない者、いつものように繰り広げられるマシンガントークは、言葉の端々に相手を突き刺す棘があって、その棘は毒となってじわりじわりと彼女たちの心を傷つけていく。
この三者三様の女性像が、実に巧みだ。そもそも彼女たちは、「女の子は容姿に優れ、男性に愛されることが幸せ」という伝統的な価値観に支配されている。そして、その価値観に基づいて構築された序列制度を勝ち抜いてきた自負もある。ハイスクール時代は、スクールカーストの頂点に立つチアリーダーに所属し、クイーンビーとしてもてはやされた。カレッジでも気品高き女子学生のブランドである女子寮でリーダーの役目を務め上げた。自分たちこそ花形であり、それ以外の女の子たちのことを顧みる発想なんてまるでなかった。これまでちゃんと成功してきたし、これからだって自分たちには祝福が訪れるはず。そう信じて疑わなかった。
だからこそ、大人になってからの彼女たちの姿が胸に突き刺さる。小さい頃から家庭に入ることに憧れ、学生時代からの恋人と結婚し、3児の母となったジョアンは、女性の幸せは妻となり母となることだと決め込んでいる。だから、独身のキャシーとメアリーに結婚の良さをうそぶき、家事や育児に追われて時間がないと愚痴をこぼしながらも、その様子さえ満更でもなさそうだ。
そんなジョアンとはっきり対立するのは、自由奔放なメアリー。カレッジ時代から古い慣習に反発心を抱くなど、先進的な考えを持っていたメアリーは、卒業後、ヨーロッパを放浪し、現在は画廊を営んでいる。手には高級ブランドのショッピングバック。郊外に居を構えるジョアンに対し、セレブリティなニューヨーク女子の生活を見せつけ、牽制する。けれども、画廊と言っても、彼女の営んでいるのはポルノ画廊。ジョアンはそんないかがわしい商売を営んでいるメアリーに眉をひそめる。
そして、最も優秀でリーダー格だったキャシーにも変化が生まれている。カレッジ時代、当時付き合っていた恋人と真面目に避妊をしていたが、その恋人は別の女の子と浮気をし、妊娠させてしまう。お利口さんの優等生だったがために、恋人を手放すことになってしまったキャシー。ずっと計画性を重んじて人生を歩んできたはずなのに、人生は計画外のことばかり起きる。「こんなはずじゃなかった」という人生に、キャシーは疲弊しているようにも見えた。
「ちょっと馬鹿話をしてみたかっただけ」曽世海司が見せる女のプライドと哀感そんな3人の女性の機微を、3人の俳優がこまやかに演じあげることで、なんでもない会話からいくつもの言葉に乗せられなかった感情がこぼれ出す。ジョアン役は関戸博一、キャシー役は曽世海司、メアリー役は山本芳樹と、スタジオライフの中でも指折りの実力派が配された。オールメールで演じる女性は、女性そのものと思えるリアルな身のこなしに驚かされる一方、どこか虚構のファンタジーにも見える。それゆえ妙な痛々しさはなく、前半はコミカルに、そして後半はぐっとシニカルに、観客は3人の女性たちに「かつての私」を投影できる。
自分の幸せを見せつけることでしか虚栄心を満たせないジョアンの空虚さを、関戸は努めて愛らしく振る舞うことで強調し、時折シャンパングラスに手を伸ばす仕草に、彼女の持つ不安定さを覗かせた。山本はハイスクール時代、カレッジ時代、そして大人になってからとどんどん移ろうメアリーの内面の変化を、声や表情、立ち居振る舞いから可視化させる。
そして何より秀逸だったのが曽世のキャシーだ。第3場は、キャシーが自分のアパートで友人を迎えるところから始まる。ティーパーティーの支度をし、友人の到着を待つ無言の仕草だけで、キャシーの心に広がる空洞が観客に伝わる。ジョアンのように殊更自分の幸せを自慢しなければ、メアリーのようにマウントをとったりもしない。ただ少し硬めの微笑みを口元に浮かべているだけ。でもその控えめな主張が、雄弁にキャシーの心模様を語っている。特に鮮烈だったのが、ラストだ。「ちょっと馬鹿話をしてみたかっただけ」と笑うキャシーの表情に、名状しがたい胸の内がすべて刻まれていた。それはもう嘘でも虚構でもなく、確かにどこかで自分自身が味わった虚しさ。架空のはずのキャラクターに、本物の人生を吹き込む。役者という生き物のすごみに思わずため息が漏れる名演技だった。
『VANITIES』は、和訳すると「虚栄心」。3場の彼女たちのやりとりは、友人に幸せだと思われたい虚栄心の表れのようなものだ。でも、そう考えれば、チアダンスに汗を流した日々も、名門女子寮でキャンパスライフを謳歌した日々も、彼女たちは階級だとか世間の目に対する虚栄心にがんじがらめだったように思う。
そしてこれは邪推かもしれないけれど、もしかしたらキャシーとメアリーが最後に明かした真実も、事実ではなくて、虚栄心から生まれた見栄だったんじゃないか、という気さえしてくる。
虚栄心で塗り固められた人生を、彼女たちは降りることもできず、今日も、明日も、生きていく。
The Other Life vol.10『VANITIES』は11月14日(木)から11月24日(日)まで東京・中野ウエストエンドスタジオで
上演。
(文:横川良明)
<The Other Life Vol.10『VANITIES』(ヴァニティーズ)>
原作:ジャック・ハイフナー
翻訳:青井陽治
演出:倉田淳
【東京公演】2019年11月14日(木)~11月24日(日) 中野ウエストエンドスタジオ
公式サイト
http://www.studio-life.com/stage/vanities2019/
<関連リンク>
Studio Life
http://www.studio-life.com/
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