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音楽さむねいる:(10)“よしこの節”と“ぞめき” ~阿波踊りのBGM~

筆者: Koichi Kagawa 更新日: 2016年8月8日
連載:音楽さむねいる(10)

今年の夏はリオデジャネイロ五輪で盛り上がりそうだが、リオと言えば世界的に有名な“リオのカーニバル”がある。開催週は毎年異なるものの、毎年2月から3月にかけて、ある週の土曜日から翌週火曜日まで、観客とパレード参加者合せて約40万人がこのカーニバルの熱狂に酔いしれる。2月から3月と言えば、地球の裏側のリオデジャネイロではまさに夏真っ盛り。この熱い夏のイベントには、世界中から約90万人の観光客が訪れるそうだ。

Koichi Kagawaの 音楽さむねいる

Koichi Kagawaの 音楽さむねいる

■徳島夏のカルナバル

私の故郷は徳島県であるが、徳島の夏も負けてはいない。毎年旧盆の8月12日から15日にかけての4日間、徳島市が踊りのるつぼと化す“阿波踊り”がある。編み笠を前傾に被り、両手を高く掲げて優雅に踊る女踊りに、腰を低く落とし、団扇を巧みに振り回して豪快に踊る男踊り。それらの踊り子が約10万人、観客動員数がのべ100万人を超え、その内、県外からの観光客数が60万人以上と、規模で言えばリオのカーニバルと肩を並べるほどの祭りが繰り広げられる。徳島市の人口が約26万人と、リオデジャネイロ市の人口約632万人の二十四分の一ということを考えると、大変な規模のお祭りであることが理解できよう。従って、阿波踊りは徳島で生まれ、日本が世界に誇る夏の一大“カルナバル”だと私は思っている。

■夏を告げる鳴り物の音

徳島っ子は、大体梅雨入りの声を聞くや否や浮足立ち、「今年の阿波踊りはどの“連”(※1)がいっきょい(勢い)がええじゃろか」とか、「あの○×さんく(お宅)の何とかちゃんは、今年が阿波踊りの踊りぞめじゃわな」などと、阿波踊りにまつわることが話の端々に上がるようになる。それと同時に、徳島の古い街々では鳴り物の稽古が始まり、しっとりとした三味線の音色が雨に交じって流れ来て、それは良き風情を醸し出している。

私の実家は、さだまさし氏の小説『眉山』の舞台となった、その眉山(びざん)の麓にある。市街地にある山としては珍しく、原生林が生い茂る稜線が南北に伸び、それが急に鋭角的に落ち込んだ麓には、数多くの古びた社寺が立ち並んでいる。役行者が修業したと伝えられるその界隈は、いまだに深山幽谷の雰囲気を湛えている。しかし、そこから一歩足を踏み出すと、その昔芸妓を500人以上も抱えた遊郭の跡地が広がる。実家の近くにあるその場所には、大時代な唐破風を頂く玄関がある家が今も何軒か残っている。私が小学生の頃、夏の夕暮れ時にその傍を通りがかると、家の前に置いた縁台の上で上半身をはだけ、団扇で涼を取る老婆が何人もいたのを覚えている。そこが、昔の揚屋の名残りであったことは随分後年知ったのだが、弛んだ胸を露わにし、しわがれた声で話をするその老婆達が、子供心に何か凄まじい光景として映ったものである。そして、その奥からは芸妓さん達がさらう阿波踊り三味線の音が聞え、今年も踊りが近いことを教えてくれた。

元来、徳島というところは芸事が盛んな土地である。江戸時代の人々が好んで着た藍染の着物の染料である藍、所謂“ジャパン・ブルー”の全国市場を支配した徳島藩の豪商達が、夜な夜な豪遊をし、江戸や大阪から商売に訪れた取引先の接待のために、自然とお座敷芸が磨かれたという歴史がある。また、大阪を中心とした地域の伝統芸能である人形浄瑠璃も盛んで、当然義太夫節も流行したようだ。また、人形浄瑠璃の人形=木偶(でこ)の頭(かしら)の一大産地としても有名である。そのような背景を持つ土地柄だけに、三味線や唄いなどを稽古をする音がどこからともなく聞えて来て、実に趣のある街なのである。

■歌としての“よしこの節”

そんな中、徳島っこに一番馴染のある音曲は、やはり阿波踊りの歌である“よしこの節”と、そのお囃子の“ぞめき”であろう。阿波踊りと言えば“踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿保なら踊らにゃそんそん”という、あの有名な歌詞が思い出されよう。少々長いが引用してみよう。

~ ハァアラ エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

踊る阿保に見る阿呆 同じ阿保なら 踊らにゃそんそん

新町橋まで行かんか来い来い

ハァアラ エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

阿波の殿様蜂須賀様が 今に残せし阿波踊り

ハァアラ エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

笹山通れば笹ばかり 大谷通れば石ばかり

イノシシ豆喰うて ホウイ ホイ ホイ

笛や太鼓のよしこのばやし 踊り尽きせぬ阿波の夜

ハァアラ エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

ひょうたんばかりが浮きものか 私の心も浮いてきた 浮いて踊るは阿波踊り

ハッ ヤットサー ヤットヤット ~

※下線部は唄の部分。その他は唄ばやし。

これは所謂“正調よしこの節”と言われているものであるが、この他に、唄囃子と掛け声の様々なヴァリエーションがあり、これぞ唯一無二の“よしこの節”というものは存在しない。この歌は、それぞれの連によって違った歌詞のラインナップがあり、また、歌い方やテンポも連によって異なっている。

“よしこの節”の由来について、『デジタル大辞林』には次のように書かれている。

江戸後期に流行した俗謡。潮来節(いたこぶし)から出たといわれ、七・七・七・五の4句の歌詞で、内容・形式は都々逸(どどいつ)に似る。曲名は囃子詞(ことば)の一節から。節の起源は、舟唄であった“潮来節”がお座敷歌に変化したものであるとされる。

都々逸に似ているという指摘であるが、それは逆であり、初代都々逸坊扇歌が、江戸末期に上方で流行っていた“よしこの節”を基に、その七・七・七・五の形式を取り入れて完成したのが都々逸である(この経緯はウィキペディア「都々逸」の項に詳しい)。いずれにせよ、古来の短歌・和歌の五・七・七・五・七・七、俳句の五・七・五という音律に類似したリズムに、昔の人々は日々の労働の苦しさや豊穣の祈り、あるいは、恋愛の情を託し、ささやかに歌い繋いできたのであろう。だからこそ、この歌の形式が普遍性を持ち続け、日本の各地に伝播して行ったのではないか。

■伴奏としての“ぞめき”

“よしこの節”が阿波踊りの歌なら、伴奏の部分は“ぞめき”である。“ぞめき”とは“騒き”と書き、人が騒ぐことを意味する“ぞよめき”に通じ、喧噪や騒々しいことが転じて、人が浮かれ騒ぐことを意味する。“よしこの節”が、踊り手を動機づけるものであるとすれば、“ぞめき”はまさに踊り手を駆り立てるにふさわしい、非常に豪快な音楽を提供する。阿波踊りは、“よしこの節”と“ぞめき”の、静対動の対照のダイナミズムによって成り立っていると言えよう。

“ぞめき”を演奏するのは、旋律を受け持つ篠笛と三味線、そして、パーカッションである鉦(かね)、大太鼓、締め太鼓(肩から吊り下げる和太鼓)、鼓である。太鼓、締め太鼓、鼓はバチで鳴らし、鉦は撞木(しゅもく)という、小さな叩き木が付いた細い棒で鳴らす。連によってこの鳴り物の構成は異なり、“学生連”などは鳴り物を借りて調達するため、自ずとその数には限界がある。しかし、半プロになると、大太鼓だけでも5つ以上動員する“連も”多い。阿波踊りに参加する連の数は、半プロ・アマを合せると1,000を超える。大太鼓に限って言えば、それらの連が一晩で鳴らす大太鼓の数は、一つの連に平均5台として、5,000以上の大太鼓が一斉に鳴る計算である。繁華街から少し離れた私の実家でも、阿波踊りが始まると、大太鼓の音が足の下から地響きのように鳴り聞こえてきたものである。従って、私にとって“ぞめき”とは、耳で聞くものではなく、足で感じるものだという印象の方が強い。それだけ、迫力のある音楽なのである。

また、“ぞめき”は基本四拍子の曲であるが、途中で一小節だけ五拍子のリズムが現れる箇所がある。そこを挟んで、また四拍子に戻り、それを繰り返していく。加えて、テンポも自在に変化し、最初はあたかもウォーミング・アップをするかのようにゆっくりと滑り出すが、一旦興が乗ってくると、四拍子を刻んでいた鳴り物が一斉にツー・ビートを打ち、パーカッションの鳴動甚だしく、街中が数十万人の総ディスコと化すのである。そして、また再びゆったりとしたテンポに戻り、鉦が“シャンシャンシャン、シャシャンのシャン”という音で終了する。

阿波踊りでは、総勢300人以上が一斉に踊る大所帯の連もあり、先頭と後方の距離が長く、後ろにいる鳴物群の音が前方には聞えづらいという問題も生じることがある。そのような場合に活躍するのが鉦である。鉦は、“ぞめき”の緩急をつける時や、テンポを前方に伝える役割を担う。その鳴り方一つで、踊りの場面が変わったり曲が終了したりするため、鉦は、連というオーケストラを引っ張る指揮者のような性格の鳴り物である。

<比較的正調な”ぞめき”>

<テンポよく演奏する”ぞめき”>

※1 踊りのグループの一単位。現在33の“半プロ”の連があり、普段は定職を持っている人々が共通の趣向を持つグループを形成し、日夜踊りの鍛錬をしている。その他徳島内外の企業や学校の連、また、サークル的な性格を持ったものなど、無数に存在する。

<2016年の阿波踊り情報>(徳島県・徳島市観光協会のページ)
徳島市の阿波踊りの情報など
徳島市以外の情報はこちら
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<筆者プロフィール>Koichi Kagawa/1961年徳島市生まれ。慶應義塾大学法学部、並びに、カリフォルニア大学バークレー校大学院卒業。経営学修士(MBA)。1983年大学卒業と同時にシティバンク東京支店に入行。以後、今日まで複数の欧米金融機関でCOO等要職を歴任。現在、某大手外資系金融機関に勤務。幼少期からクラシックからジャズ、古典芸能、果ては仏教の声明に至るまで、幅広い分野の音楽に親しみ、作曲家とその作品を取り巻く歴史的・文化的背景などを通じ、「五感で感じる音楽」をモットーに音楽を多方面から考え続けている。 ⇒Koichi Kagawaさんの記事一覧はこちら

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