音楽さむねいる:(19)人形と音楽 (1)人形浄瑠璃の世界 | アイデアニュース

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音楽さむねいる:(19)人形と音楽 (1)人形浄瑠璃の世界

筆者: Koichi Kagawa 更新日: 2017年3月11日

『国言詢音頭(くにことばくどきおんど)』より「五人伐りの段」

作者未詳

『寿式三番叟』

作者未詳

Koichi Kagawaの 音楽さむねいる

Koichi Kagawaの 音楽さむねいる

3月3日は雛祭りということで、毎年この時期、それに便乗した商品のプロモーションや様々な行事が企画されている。イベントという点では、3月14日のホワイトデーの方が盛んになってしまった感があるが、女の子の健やかな成長を祈念するこの行事は、毎年早春の風物詩として我が国の歳時記にその名を留めている。今回は雛祭りに因み、人形と音楽の関係、あるいは、音楽における人形について俯瞰してみたい。まずは、日本における人形と音楽の話。これは日本の伝統芸能の範疇に入るため、一旦音楽そのものを離れて、日本の民俗学の周辺を逍遥することとなる。

■ 雛祭りの伝統

元々雛祭りは、天皇がその臣下を集めて行っていた宮中行事である五節会(ごせちえ※1)の一つ、“上巳(じょうし)”の節句に由来する祝い事である。旧暦で桃の花が咲くこの季節は、冬から春へと季節が移ろうと同時に、災厄をもたらす邪気が入り込みやすい時期であると古くから信じられていた。特に、奇数の重なる五節会は、“陽”が兆す嘉すべき日である半面、“陰”をもたらす脆弱性を孕んだ日であるという。そのため、平安時代の宮中では、上巳の節句の3月3日には、新しく生まれた春を言祝(ことほ)ぎ、厄を祓うために“上巳の禊(みそぎ)”と呼ばれる儀式が行われていた。晋から隋の時代の中国が起源と言われるこの行事には、人形が使われていたことにその特徴がある。雛祭りは、人形を使った厄払い=祓の儀式に、平安時代の宮中で貴族の子女が用いて遊んでいた人形遊びが合体し、“小さい”や“愛らしい”といった意味である“雛”の字を当て、“雛遊び”、“雛人形”という形式へと発展していった。現在も日本各地で行われている“流し雛”は、禊や祓を雛人形に託した古い風習の名残りである。

古来日本では、厄災は川に流す、あるいは送るということでその消滅を促す考えがあり、それは上方落語のネタでも有名な“風邪の神送り”や、今でも農村地方に残る“虫送り”という風習に名残を見ることができる。特に、人を模った人形=形代(かたしろ)で自分の体を撫でる、もしくはそれに息を吹きかけ、自分の身代わりとして川に流すことで無病息災を祈念する伝統は、現在でも神社の加持祈祷に多く見られる(※2)。

雛祭りは、人形を使った厄払い=祓の儀式に、平安時代の宮中で貴族の子女が用いて遊んでいた人形遊びが合体し、“小さい”や“愛らしい”といった意味である“雛”の字を当て、“雛遊び”、“雛人形”という形式へと発展していった。現在も日本各地で行われている“流し雛”は、禊や祓を雛人形に託した古い風習の名残りである

■ 傀儡と“えびす舞”

さて、ずっと時代が下って室町時代。人形は祓や遊戯の道具から、呪術や祈祷を司り、あるいは諸国の謂れ因縁を物語る存在になっていった。いわゆる人形芝居である。そこには、傀儡(くぐつ)師の果たした役割が大きい。

兵庫県西宮市に鎮座する西宮神社は、別称西宮戎神社と言い、関西では“えべっさん”の名で親しまれる恵比須神の総本社である。この神社の一角に、傀儡師たちが始祖と崇める百太夫(ももだゆう、ひゃくだゆう)を祀る百太夫神社がある。この西宮神社のある一帯は、平安時代に散楽(※3)などを行う流浪の集団が定住した散所民(※4)であったらしい。ここを根城にしていた散民たちは、それぞれが持つ珍奇な芸を披露することでわずかな日銭を稼ぐ、底辺の生活を強いられた人々であった。しかし彼らは、その逞しい生命力と創造性を発揮し、新しい芸能の潮流を形作って行ったと思われる。異形の人々が集い、妖しげな物売たちが市を成し、猥雑で活気に満ち溢れたバザールの雰囲気が支配する散民所の情景が、今鮮やかに蘇ってくる。そして、この場所で、不思議な人形を操る傀儡師たちが、恵比須神のご利益を人々に説く人形芝居、いわゆる“えびす舞”を演じたのが人形浄瑠璃の原型とされている。

個人的なことであるが、私はこの西宮神社のすぐ前の中学校に通っており、毎年有名な“開門神事福男”が行われる表大門、通称“赤門”を見ながら毎日通学したものである。まさに、人形浄瑠璃発祥の地で少年時代を過ごしたことになる。また、蛇足ながら、私の誕生日である一月十日は、全国のエビス神社最大の祭事“十日エビス”の本宮でもあり、その総本山のお膝元で住んだことは、私と恵美須神とが、何かの深い因縁でつながっているのではないかと感じることがある。

■ 戎神社の謎

この“えびす舞”であるが、傀儡師たちが各地を回り、恵比須神のご利益を説きながら信仰を広めていく上で、非常に分かりやすく簡易な方法であった。そのため、恵比須信仰は瞬く間に全国各地に広まって行ったことは想像に難くない。また、信仰を広めるだけではなく、人形劇そのものも独立した芸能として演じられ、それが東は大阪、西は淡路を経て阿波などに伝えられていく過程で、それぞれの地で独自の発展をしていった。例えば、私の故郷徳島では“阿波人形浄瑠璃”と呼ばれる人形浄瑠璃の一形態が盛んであり、『傾城阿波の鳴門』の登場人物である十郎兵衛に因んだ“十郎兵衛屋敷”という古い武家屋敷で、阿波人形浄瑠璃が昔から上演されている。また、市内のある高校では、1956年に創設された民芸部の部員たちによって、阿波人形浄瑠璃を継承する努力が長く続いている。

では、なぜ戎神社の境内が散所となったのであろうか?ここまでお読みいただいて、お気付きになったと思うが、私は二種類の漢字を“エビス”に充てている。神社としては“戎”、神としては“恵比須”である。この他にも、東京の地名では“恵比寿”があり、エビス神社は、“蛭子神社”、“夷神社”、“恵美須神社”、“恵毘須神社”と記すことがある。しかし、エビスの謎を解くには、特に“蛭子”という表記に着目する必要がある。これは、“エビス”と読む以外に“ヒルコ”とも発音され、“ヒルコ”とは、イザナギ、イザナミが産んだ第一子のことである。

『古事記』、『日本書紀』によれば、“ヒルコ”は生まれつき環形動物の蛭(ヒル)のよう足が萎えており、神としての素質に欠けるという悲しい理由で、両親が葦の舟、即ち『日本書紀』における“天磐櫲樟船(アメノイワクスフネ)”=別名“天鳥舟(アマノトリフネ)”に乗せて淡路島から海の彼方へ流してしまった。そして、その子が摂津の国の浜に漂着し、土地の人がそれを“ 夷三郎(えびすさぶろう)”と名付けて育て、やがて神格を持った“夷三郎大明神”、あるいは、“戎大神”として祀られるようになったと伝えられている。この摂津の国の浜が、今の西宮神社が鎮まる場所であるという。因みに、“夷”も“戎”も、古代中国の異民族のことである。

■ 戎神社と“まれびと”

この西宮の社の成り立ち自体、流されて漂着した者を神と崇めることにその由来があり、散所に集まってきた流浪の衆もまた、諸国を流れ流れて“漂着した”民であった。また、淡路から流された“ヒルコ”が祀られた戎神社から、逆にその淡路、そして阿波へと、傀儡師が恵美須神のご利益を説いて下って行ったことは興味深い。これは、折口信夫(※5)の言う“まれびと”を想起する話である。

即ち、在所の人々は、海の彼方から時を定めて訪れる異郷の民、即ち“まれびと”が発する言葉や立ち居振る舞いに霊的な力を感じ、彼らが演じる音曲・諸芸によって信仰心が芽生え、次第に“まれびと”を神と崇める心を育んでいった。この“まれびと”は、“ヒルコ”のような高貴な出自の者が辿る“貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)”(※6)だけではなく、時代が下るにつれ、巡遊伶人や旅芸人、果ては“ほかいびと”(乞食や忌み衆)などがその役割を担った。とりわけ、人形を介した神のご利益の流布は、神が人形に憑依し、御託宣を述べるシャーマニズムの一形態であったのではないかと想像できる。そして、それが他の芸能と結びついていく過程で、社との結びつきが弱体化し、神の性格を次第に排除しつつ、一方で猿楽から能、そして歌舞伎へ、もう一方で人形芝居から人形浄瑠璃・文楽へと進化していったと考えられる。いずれにせよ、傀儡師たちの諸芸は、いま私たち日本人が目にする日本芸能の源流の一つを構成しているのである(※7)。

※アイデアニュース有料会員(月額300円)限定部分では、俗に“三業”と言われる演者たちについて、また、自ら命を絶つことを美意識の中心に据えた世界に類を見ない物語について、そして90歳まで現役を務めた-不世出の太夫、七代目竹本住大夫について説明します。3月11日夕方にアイデアニュースに掲載する「人形と音楽(2)」では、チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』について、3月12日朝に公開する「人形と音楽(3)」では、ストラヴィンスキーのバレエ『ペトルーシュカ』について解説します。

<有料会員限定部分の小見出し>

■ “三業”の成立と浄瑠璃の隆盛

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<筆者プロフィール>Koichi Kagawa/1961年徳島市生まれ。慶應義塾大学法学部、並びに、カリフォルニア大学バークレー校大学院卒業。経営学修士(MBA)。1983年大学卒業と同時にシティバンク東京支店に入行。以後、今日まで複数の欧米金融機関でCOO等要職を歴任。現在、某大手外資系金融機関に勤務。幼少期からクラシックからジャズ、古典芸能、果ては仏教の声明に至るまで、幅広い分野の音楽に親しみ、作曲家とその作品を取り巻く歴史的・文化的背景などを通じ、「五感で感じる音楽」をモットーに音楽を多方面から考え続けている。 ⇒Koichi Kagawaさんの記事一覧はこちら

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