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音楽さむねいる:(7)“オペラ座の怪人”と“ファントム” 2つのミュージカル

筆者: Koichi Kagawa 更新日: 2016年6月14日
連載:音楽さむねいる(7)下

※Koichi Kagawaさんの連載「音楽さむねいる」第6回「“オペラ座の怪人”と“ファントム” 2つのミュージカル」の「下」です(⇒「上」はこちら)。

ここで宝塚歌劇団によるMY版『ファントム』に触れておこう。日本におけるALW版『オペラ座の怪人』は、全てが劇団四季による公演である一方、MY版『ファントム』は、宝塚歌劇団宙組が2004年に日本初演を果たして以降、花組が2006年と2011年に2回の公演を行っている。また、梅田芸術劇場の企画・制作による3回の公演もある。こうしてみると、『ファントム』の公演はいずれも阪急関連の団体によるもので、何となく関西の匂いがする。と言っても、それは大阪や京都のそれではなく、私にとっては六甲山を背負った宝塚市を含む阪神間丘陵地帯のものである。

Koichi Kagawaの 音楽さむねいる

Koichi Kagawaの 音楽さむねいる

■宝塚歌劇団の『ファントム』

私はこの『ファントム』を宙組と花組のバージョンで何度か見ている。宙組は言うまでもなく、初演メンバーの“ワオマリ”こと、和央ようかのファントムと、花總まりのクリスティーヌ。花組は、それぞれ春野寿美礼と桜乃彩音のコンビである。初演時の組ということもあるが、和央の抜群の歌唱力と、陰影を帯びたファントムの役作りが秀逸な、宙組の公演が非常に印象に残っている。私が今回このコラムを書くのに参考にしたDVDも(歌詞はアーサー・コピットの原文から翻訳)、この宙組のものである(※21)。

■最初は余り興味がなかった『ファントム』公演

2004年当時、私は『オペラ座の怪人』を題材にしたミュージカル、即ち、アンドリュー・ロイド・ウェーバーの大ヒット作には余り興味を持っていなかった。劇団四季も見たことがなかった。ところが、たまたまよく観劇していた宙組が、『オペラ座の怪人』“のようなもの”を演ることを知ったため、宝塚の先達と敬っているN氏にその感想を求めたのが、このミュージカルと出会うきっかけであった。私にこの作品の見聞記を語るその時のNのただならぬ興奮は、今でも覚えている。とにかく曲が良い、舞台構成が良い、そして“ワオマリ”の歌が良い、と三拍子揃った出来栄えに、普段は辛口で通っている彼の宝塚評が、今回は合成甘味料よろしく、甘口も甘口、大甘口であった。

宙組の公演は、5月から6月までが宝塚大劇場、所謂“ムラ”で行われ、7月と8月が東京宝塚劇場でのものであった。時節柄、歌舞伎座では恒例の納涼歌舞伎で『東海道四谷怪談』が打たれる時期である。私は、“まあ、西洋の化け物芝居”でもみてやるか、といった不埒な思いで、日比谷に足を運んだのだった。

■コンテンポラリーな演出

冷房のよく聞いた劇場に腰を下ろし開演を待つが、お気に入りのコンサートや演劇の演目が掛かる時に体験する、あの高揚感は全くと言っていいほど湧かなかった。オーケストラピットに入った楽団が「Overture」を演奏し、ミュージカルが始まる。“なるほど、オペラ座で上演されている歌劇を、この東京宝塚劇場で追体験させる腹なんだ”と、すぐに製作者の意図に察しがついた。そして、和央ようかの低くくぐもった声で例の挨拶が―“皆様、本日は東京宝塚劇場にようこそ…”何となく背筋が寒くなるのを感じた。

続いて、夜の漆黒に沈むオペラ座の屋根に、突如ファントムが現れる。黒いマントを翻しながら、ファントムが“僕の叫びを聞いてくれ”と絶唱すると、舞台の下から従者達が登場する。“待てよ、オペラ座の怪人に従者なんていたっけ?”詳しくは知らないが、これまで断片的に見聞きしていた怪人の物語とは、趣がずいぶん違うようだ。それにしても、19世紀のパリが舞台にも関わらず、随分現代的な歌を作ったものである。後から知ったのだが、この部分はモーリー・イエストンが、宝塚歌劇団の公演のために追加で作曲したものであるという。なるほど合点がいく。

白いバレエのコスチュームに身を包んだ“小鳥”達とファントムが、オーケストラの伴奏でゆっくりと踊る。突如音楽のテンポが速まると同時に、“小鳥”達は白い衣装を脱ぎ捨て、黒い夜の鳥に変身し、ファントムの周りで踊り始める。やがて従者達が鳥達と入れ替わりに再び登場し、ファントムのバックダンスを受け持つ。このダンスは、マイケル・ピータース(※22)振付けによる、マイケル・ジャクソンのスリラーにどことなく似ている。音楽もそうだが、全体的にコンテンポラリーな演出が目を引く。

■言葉を失うほどの美しい旋律

ファントムが舞台袖に引き込むと、舞台が明転し、クリスティーヌが歌う「Melodie de Paris」の明るい曲想から、このミュージカルが展開していく。“これは、どうも今まで私が持っていた怪人の物語からは大きく離れた内容ではないか?”楽しすぎるのだ。そして、曲全体が明るすぎるのだ。闇に蠢く怪人の恐怖が全く見えてこない。

新しいオペラ座の主、プリ・マドンナのカルロッタは、舞台係のジョセフ・ブケーにオペラ座の地下にある物全ての目録作りを命じた。地下に下りて行ったブケーはファントムと遭遇し、その顔を見てしまう。そして、ファントムは“掟”に従い、彼を殺してしまう。“やっとおどろおどろしさが出たか。”と、思う間もなく、舞台衣装を身にまとったオペラ座のキャストとスタッフが、“夜のために着替えをしよう”と歌い、オペラ座の観劇へと誘う。とにかく賑やかで派手なシーンである。

そして、物語が進行するにつれ、上記で紹介した、「Where in the World」、「Home」、「You are Music」、「My True Love」、「My Mother Bore Me」を歌う場面へと舞台が繰り広げられる。いずれも、私が想像もしなかったような美しい曲である。言葉を失うという形容が許されるのであれば、私はこれらの曲にそれを躊躇なく使用する。これらの曲と、それぞれのシーンについては既に詳述したのでコメントを省く。

いずれにしても、夏の暑い日、怖いもの見たさで訪れた宝塚歌劇団宙組の『ファントム』であったが、予想を良い意味で裏切り、人間的な情調を全体の基調とした仕上がりに感動し、劇場を後にしたことを覚えている。とりわけ、モーリー・イエストンの曲は感情表現に富み、和央ようかと花總まりが歌う歌は、胸が張り裂けそうな美しさに溢れていた。彼の曲は、この怪人の物語に新しい解釈をもたらし、舞台の推進力となっていた。それは、N氏が興奮して語った以上に、曲と歌詞、脚本と舞台構成、踊りと歌のそれぞれの美質が相乗効果を生み、最高のエンターテインメントとして昇華した作品であった。モーリー・イエストンの『ファントム』は、宝塚歌劇団という日本屈指のミュージカル劇団を得たことで、日本の観客から喝采を浴びたのである。

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■阪神間モダニズムと『ファントム』

■歌劇の聖地、宝塚

■阪神間モダニズムの象徴、宝塚ホテル

■宝塚ホテルに見るアールデコ ~ クリスティーヌの歌が聞こえる

■ファントムの気配

■宝塚歌劇へのオマージュとのノスタルジー

■ファントムは何処へ?

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<筆者プロフィール>Koichi Kagawa/1961年徳島市生まれ。慶應義塾大学法学部、並びに、カリフォルニア大学バークレー校大学院卒業。経営学修士(MBA)。1983年大学卒業と同時にシティバンク東京支店に入行。以後、今日まで複数の欧米金融機関でCOO等要職を歴任。現在、某大手外資系金融機関に勤務。幼少期からクラシックからジャズ、古典芸能、果ては仏教の声明に至るまで、幅広い分野の音楽に親しみ、作曲家とその作品を取り巻く歴史的・文化的背景などを通じ、「五感で感じる音楽」をモットーに音楽を多方面から考え続けている。 ⇒Koichi Kagawaさんの記事一覧はこちら

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