『交響曲第一番』より「第三楽章」(1897年)
ミリイ・バラキレフ(※1)(1837年1月2日-1910年5月29日)作曲
『交響曲第五番』より「第二楽章」(1888年)
ピョートル・チャイコフスキー(※2)(1840年5月7日-1893年11月6日)
■ 悲しみを歌うとき
絶望の淵に突き落とされた時や悲しみに苛まれた時、もし歌があったなら、人は必ずしも短調の暗く悲しい調べを口ずさむことはなく、むしろ幸せだった遠い昔を懐かしむような、甘く切ない旋律に包まれたいと願うのではないだろうか… そんな風に思うことがある。確かに、悲しみや絶望を連想させる題名がついた曲には、その名前とは裏腹に、美しく郷愁をそそるような曲想を持ったものが少なくない。
例えば、“嘆きのセレナーデ”と俗称されるトセッリ(※3)の『セレナーデ』を聴いてみると良い。その題名から連想されるイメージとは異なり、自己の不幸を内面に閉じ込め、心の底から嘆き悲しむような悲愴感はこの曲には感じられない。逆に、不幸な境遇を客観的に俯瞰するかのように、自分を一旦突き放し、その悲しみを周りの風景の中に同化させ、美化してしまうような達観した姿勢が読み取れはしないだろうか。
同様の趣の曲に、有名なカルディッロ(※4)の『カタリ』がある。これは、別名“つれない心”というように、カタリという女性に袖にされた悲しみを自分の心から解放し、外の世界に向けて叫ぶように歌い上げた名曲である。こちらは、ラテン系の恋愛にまつわる曲ゆえ、トセッリのセレナーデとは異なり、かなり情熱的である。しかし、この曲も決して内向きの悲壮感はない。逆にさらりとした哀愁が、捨てられた男の深い嘆きを象徴しているようである。
■ ロシアン・メランコリック・スウィート
このように、“悲しみ”や“嘆き”を表わしている主題を持っている、あるいは、作曲者がそのような経験をしているにも関わらず、抒情的で優しい曲想をもつ作品は古今東西あまた存在する。しかし、同じ趣の曲であっても、その雄大さと抒情的な点においては、ロシアの大作曲家の作品に比肩するものは恐らく皆無ではないか。
“目を閉じれば、春遅いロシアの大地に遠く沈む夕日が残雪や空を赤く染め、起伏に富んだ平原に陰影を作る。そんな風景が、自分がかつて見た故郷の夕景色と同期し、限りなく郷愁をそそる…”
ロシアの大作曲家の作品群には、そんな想いをもたらしてくれる名曲の数々がある。このシリーズでは二回に渡り、バラギレフ『交響曲第一番』から第三楽章、チャイコフスキー『交響曲第五番』から第二楽章、そして、ラフマニノフ『交響曲第二番』から第三楽章を紹介する。これらに共通するのは、哀愁を湛えつつも限りなく耽美で、詩情豊かな美しい旋律である。私はそれを、“ロシアン・メランコリック・スウィート”と呼んでいる。メランコリー(憂鬱)が曲の基底にありながらもそれを直接吐露することはせず、主題となる旋律に敢えて甘く優しい衣をまとわせることによって、作曲者の苦悩や悲しみをより凝縮し、洗練されたものに仕立て上げる作曲様式(作曲家が意図して用いたか否かは別にして)のことである。このようなメロディーを得た彼らの作品は、人々の魂を揺さぶる力を持ち、クラシックの世界だけではなく、映画やドラマ、CM等にも引用され続けている。そして、たとえその曲名や作曲者が誰かは知らずとも、世代を超えた名曲として我々の心に深く浸透しているのである。
■ “おいでおいでをする”旋律
そもそも、音楽を文章で表現することは決して簡単なことではない、と言うか、どだい無理なことである。だが、表現の工夫次第で、そのニュアンスに近づくことはできよう。例えば、チャイコフスキーの作品に見られる、あの甘美な旋律を極めて短く表現したもので、私が最も感心したのは、“曲がおいでおいでをしている”、という表現である。この名言を使ったのは、作曲家で指揮者の故山本直純氏である。私が中学生の時愛読していた彼の著書の中で(名前は残念ながら覚えていないが)その言葉を見つけた時、その的確な比喩に思わず手をたたいて納得したものだった。そう、彼らの曲に共通するあの“ロシア的な”美しさは、まさに聴衆に対して“おいでおいで”をしているように聞こえて来はしないだろうか。
私は山本直純氏のような直感的な天才はないが、代わりに“ロシアン・メランコリック・スウィート”という言葉を長年使い、それらの曲を鑑賞してきた。それを表現する言葉は何であれ、我々を魅了し続けるのは、ロシアの作曲家の作品に共通する独特の“節回し”であるように思える。
■ “五人組”とバラキレフ
1956年のクリミア戦争敗北により、汎スラブ主義による対外的拡張政策が頓挫し、内政や農業政策の改革等国内政治に軸足を移していたロシアにあって、民族的な音楽創作を標榜する集団が現れた。いわゆる“五人組”である。オペラ『イーゴリ公』や交響詩『中央アジアの草原にて』を書いたボロディン(※5)、交響組曲『シェヘラザード』で有名なリムスキー・コルサコフ(※6)、モーリス・ラヴェルにより管弦楽曲に編曲されたピアノ曲、『展覧会の絵』で知られるムソルグスキー(※7)が有名である。彼らの陰に隠れて目立たないが、音楽理論に精通した“五人組”のまとめ役として活躍し、2つの交響曲、2つの交響詩を始めとする数々の作品を残した作曲家にバラキレフがいる。因みに残る一人は、“五人組”の中では最も知名度が低いが、本業である軍務の傍ら数々の美しい作品を残したキュイ(※8)である。
バラキレフの残した二つの交響曲のうち、第一番は完成までに33年も要しており、遅筆の作曲家として知られるになった。しかし実際は、遅筆ではなく個人的な事情からの作曲活動の中断であった。いずれにしても、1897年に上梓されたこの交響曲は、その第三楽章にバラキレフ独特の美しい旋律が示されている。
■『交響曲第一番』第三楽章にみるバラキレフの“憂鬱”
『交響曲第一番』の第三楽章は、木管楽器が短い導入部を提示して始まる。その直後、ハープのゆっくりとした伴奏を従えたクラリネットが、甘美で感傷的な主題を演奏し、それが中断しながら他の楽器へと引き継がれ展開していく。一度聴いたら決して忘れることのないこの旋律には、バラキレフが、国民楽派における民族主義的作曲指向よりも、ロマン派のより強い支配下にあったことが認められる。そこには、やがてラフマニノフやチャイコフスキーに受け継がれていく、“ロシアン・メランコリック・スウィート”の萌芽が認められる。即ち、バラギレフの『交響曲第一番』第三楽章は、彼らの音楽に共通するメンタリティーを橋渡しする役割を果たしているというのが、私の見立てである。では、バラキレフにおけるメランコリックとは何であろうか?
<イーゴリ・ゴロフスチン指揮、ロシア国立交響楽団演奏: そもそもバラキレフの作品の演奏自体がが少ない中、比較的まとまっていて録音も耐えられるものがこれ。20分35秒辺りから第三楽章が始まり、34分24秒辺りから連続して第4楽章が始まる。>
1958年の春、21歳のバラキレフは脊髄炎に罹り、その後遺症としての頭痛、神経質、うつ状態が晩年まで続く。そんな中、“五人組”の作曲家たちはバラキレフの権威主義的な指導を拒み、自立して創作活動を目指していく。反対に、バラキレフの妥協を許さない性質から、彼はそんな現実を受け入れることができず、次第に“五人組”から距離を置くようになる。それに追い討ちをかけるかのように、彼の父親が亡くなり経済的な支えが途絶えてしまう。バラギレフは、彼の妹たちと家計を支えるために音楽を捨て、鉄道員として働かざるを得なくなり、全ての音楽活動を休止する。
■ ロシアン・メランコリック・スウィートの嚆矢バラキレフ
また、当時のロシアを取り巻く国際情勢では、ニコライ二世の治世下において極東の南下膨張政策が採られ、それを阻止する日本と衝突。日露戦争へと突入していく暗い世情を見逃せない。また、国内においては、日露戦争のさなか、後述する“血の日曜日”事件が発生し、労働者のストライキが頻発する。これにより、ロシア帝国は弱体の一途を辿り、やがて第一次世界大戦の導火線が点火されようとしていた。風雲急を告げる国内外の状況の中、バラキレフは楽団から身を引いており、隠遁者のような生活を送っていたらしい。この間、王室礼拝堂の音楽監督を引き受けるものの、彼の出版社とは仲違いをしたり、“五人組”の一人、リムスキー・コルサコフの作曲生活25周年記念のコンサートは欠席するなど、その自己主張の強さによって、親しいもの、特に“五人組”とも絶縁することになる。それでも晩年、作曲活動に復帰し、交響曲第一番や第二番を発表するも、残念ながら人々の関心を得ることはなかった。このことにより、彼は極度に消沈し、自殺まで企てたとも伝えられている。
このようなバラキレフ自身の問題と、ロシア帝国切迫した政情を背景に書かれた『交響曲第一番』第三楽章であるが、作曲者自らが置かれた状況をどこか達観し、昔を懐かしむかのような甘美な旋律で貫かれているのが実にいとおしい。彼の晩年の不幸を考えた時、それでも“ロシアン・メランコリック・スウィート”の嚆矢として果たした彼の役割は、決して看過すべきではないと思う。
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