2023年3月8日(水)に、舞台『鋼の錬金術師』が大阪・新歌舞伎座で、3月17日(金)に東京・日本青年館ホールで開幕しました。本公演は、エドワード・エルリック、ロイ・マスタング、ニーナ・タッカーがダブルキャストです。8日には、一色洋平さん、蒼木陣さん、小川向日葵さんが、9日には、廣野凌大さん、尻引結馨さんが、17日には和田琢磨さんが初日を迎えました。8日と9日の公演の様子をお届けします。
幕の両端をフレームのように囲む金属板は、機械鎧(オートメイル)であるエドの右腕と左脚、アルの全身を包む鎧、そのメンテナンスに使用されるウィンリィの工具、あるいはナンバー66や48の鎧をも想起させます。それぞれのキャラクターに紐づく要素が、「一枚の金属板の上にある」という状況、全体を形作るパーツの一つ一つが元はひとつに繋がっているようだなと感じながら、いざ開幕。
■演劇だからこその魅力を。世界に寄り添う一色エド、しなやかな心の廣野エド
物語の中では、キャラクターたちがそれぞれの命を生き、時にその命を終えていきます。エドワードとアルフォンスの視点で彼らの旅路を辿りながらも、それぞれのキャラクターたちの姿が鮮烈に思い出される舞台でした。
一色さんのエドには、まずその身体表現に目を奪われます。オープニングのしなやかに鋭く、美しい動きには「エドは常人ではない」という説得力があります。漫画やアニメで描かれるような、「人間離れした」技なのです。片足で立ち、角度をつけながら一瞬静止して、そのまま倒れ込むシーンでは「2次元作品を観ているのだろうか!?」と思うほど。気を許している相手といるときのふわっと脱力した佇まいと、技を決める時のメリハリなど、身体の動きと内面の動きが連動しており、喜怒哀楽が、一挙手一投足から伝わってくる感覚がありました。「俺がエドだ!」というよりは、「アルフォンスと一緒にいてこその自分だ」という雰囲気のある、世界に寄り添うようなエドでした。
廣野さんは、登場した瞬間からその佇まいが「エドだ!」という感じでした。錬金術を使うわけでなくても、例えばふと座っている瞬間にも「ああ、エドだな」という雰囲気なのです。その目から炎がいつも飛び出してきそうな、熱い心を持っているエドだなと感じました。心が常に動いているエドで、その心の動きが声色を通して伝わってくる感覚がありました。一幕のタッカーとのシーンで爆発させる怒りには、心震わされるものがありました。アルフォンスと一緒にいるときには、「頼ってついてこい!」というトーンで、「弟を守らなきゃ」と、リーダーシップたっぷりのエド。世界とぶつかりながらも、飄々と軽やかに生き抜くしなやかな心を感じるエドでした。
眞嶋さんは回想シーンの中で、幼少時代のアルフォンスを演じ、全編を通しては鎧姿のアルの魂として声を当てています。スーツアクターとして鎧姿のアルを演じているのは、桜田さんです。アルの、声と動きがピタリとシンクロしているからこそ、どことなく感じる声と身体の距離感に、アルが背負う哀しみを感じます。鎧姿でエドよりも大きい身体ながらも、動きや声から感じられる愛らしさや可愛らしさに、幼少期の回想シーンでエドと一緒に無邪気に走り回っていた面影を感じます。
岡部さんのウィンリィは、とてもキュートでこの作品全体を照らす太陽のような存在です。どの瞬間も全力で生きていることが感じられる、パワフルで芯のある温かさが魅力です。ヒューズに「エドたちは大事なことを相談してくれない」と本心を打ち明けるシーンでは、彼女の内面も描かれます。「焔の錬金術師」ロイ・マスタングは、蒼木さん。正統派のカッコ良さと洗練された佇まいはもちろん、「無能!」と呼ばれるシーンのギャップある表情にも注目です。技を炸裂させるヒーロー的な魅力溢れるシーンも見どころでしょう。佃井さんは、リザ・ホークアイ役を聡明な印象できりりと表現。ロイの名台詞「雨が降って来たな」を受けて、「…そうですね」と返すシーンが好きでした。
アームストロング役の吉田さんが登場した瞬間、その存在感に思わず会場の気持ちが全体的に前のめりになるような空気感がありました。パワーもコミカルさもパーフェクト。星さん演じるスカーとの対決シーンの迫力も見どころです。岡本さんのヒューズからは、口調や佇まい一つ一つから、ロイのブレーン的な存在であるキャラクターと共に、周囲への愛に満ちた人物像、人間らしい魅力が伝わってきました。
ハボック役を演じている君沢さんは、二幕冒頭に登場する、元殺人鬼の魂である「ナンバー66」の声も担当しています。全く違うキャラクターでありながらも、どちらにも根っこのところにお茶目さとユーモアを感じたのは、ご本人の魅力でもあるのかなと感じました。エドとアルの護衛を任される原嶋さん演じるデニーと、瑞生さん演じるマリア・ロスの息ぴったりコンビには、双子のような面白さがありました。醸し出す雰囲気が似ていて、舞台に登場すると、空気感が彼らならではのトーンに切り替わり、重くなりがちなシーンの中でも、客席の緊張がすっと緩む時間になっていると感じました。原嶋さんは、エドが人体錬成を失敗した時に遭遇した「真理」も演じています。人間らしい可愛さのあるデニーとは全く異なり、異次元の存在としての凄みと恐怖を感じさせる面にも注目です。瑞生さんは、二幕でパニーニャ役としても登場。しなやかに舞台上を駆け回る姿には、人間離れした野生的な魅力がありました。
阿部さんのマルコーには、温かみがありました。賢者の石に携わってきた研究者でもあり、それが「悪魔の研究」であることを知っているからこその苦悩や深みが佇まいや声から静かに伝わってきて、エドやアルに接する姿からは父性のようなものも感じます。第一部の終盤では、歌声を聴くこともでき、「賢者の石」のキーマンであることが改めて示されます。マルコーの印象は、大石さん演じる、歪んだ卑屈さを持つタッカーと対照的でした。
大石さんのタッカーは、真面目な「普通の人」に見えるところにこそ、その行動から明らかになる内面の闇の重さがずしりと心にのし掛かります。キメラの正体をエドに気づかれたと悟った瞬間の視線から感じる鈍色のぎらつきには、彼の行動と同じくらいに目を背けたくなるものがあります。大石さんは、二幕終盤に、機械鎧(オートメイル)の凄腕職人ドミニクの役でも登場します。頑固一徹さがありつつも、生命に向き合う真っ直ぐさは、救いのないタッカーと対照的でした。
小野さんは、エドとアルの師匠イズミと母親トリシャの二役です。どちらの役でも、回想シーンでの登場なので、幼き日のエドとアルとの関係性が伝わってきます。母を喜ばせたくて錬金術を磨く無邪気なエドたち、そして母を蘇らせたいという強い覚悟でイズミに弟子入りする彼ら。彼らの生みの母であるトリシャをもどこかに彷彿とさせる、厳しくも愛あるイズミ。兄弟にとって、イズミは錬金術師としての彼らの生みの母なのだと感じました。
ホムンクルス役には、ラストの沙央さん、エンヴィーの平松さん、グラトニーの草野さん。どこか「人ではない」ことによる不穏な存在感があり、こちらの視線さえも操られているのだろうか?と感じられる魅力を放っており、目が離せません。沙央さん演じるラストの「ふぅん」というアクセントや、グラトニーの「食べていい?」は、一度聞くと臓腑に染み渡るように、身体の中で響き続けます。エンヴィー平松さんには、その変幻自在さに、シーンに登場していなくてもあらゆる場面で跋扈しているかのような不気味さがありました。
星さんのスカーは、アームストロングと戦うというように、物語を進める具体的なアクションシーンも多いのですが、スカーが登場すると、別の時間が流れるかのような感覚になる点が、とても印象的でした。スカーが現れると、舞台にイシュヴァールの風が吹くような雰囲気があるのです。イシュヴァールそのものを象徴する存在でもあるようで、残酷な戦いの記憶と復讐心を抱えているはずなのですが、スカーの佇まいには、どことなく詩的で美しさを感じました。星さんの声も、とても魅力的です。
キンブリーとリドルの二役を演じるのは鈴木さん。キンブリーとしての毒々しい美しさは、第一幕終盤の歌唱シーンに最も現れているかもしれません。その後、スカーの悪夢にも登場します。圧倒的な雰囲気で場を支配しており、柔らかで優雅な恐怖を感じました。リドルも鈴木さんだと、観劇後に気づき、そのギャップにも驚きました。ウィンリィの祖母であるピナコ役には、久下さん。ピナコの登場シーンは、そこまで多くはないのですが、その笑顔が、作品全体を照らすような、大きな光となっています。彼女自身が、旅を続けるエドとアルのふるさとになっているのだと感じます。
ヒューズの妻、グレイシア役には斉藤さん。ヒューズの口から繰り返し「愛する妻が」と、語られる役でもあります。非日常のシーンが多いこの作品の中で、最も日常的な、しかし人が生きる上でとても大切である、愛に溢れるシーンを担っている存在かもしれません。
ニーナは、小川さんと尻引さんのダブルキャストです。ニーナがそれぞれに溌剌としており、アレキサンダーと戯れる姿、エドとアルを「お兄ちゃん」と慕うシーン、「パパ遊んで」と何の疑いもなく父であるタッカーに無邪気に話しかけるシーン。どのシーンでも、彼女たちがとても愛らしいからこそ、タッカーがより残酷に映りますし、エドとアルの心に、深い傷を残したことが胸に迫ります。
キング・ブラッドレイ役には、辰巳琢郎さん(※琢郎の琢は点の入る旧字体です)。登場シーンでの、場を制圧する存在感が印象的でした。大総統ブラッドレイとしての圧倒的な存在感を示しながらも、それは決して動的なものではなく、ひたひたと静かに近づいてくるような感覚です。
■エドワードに注目が集まる、迫力のオープニング。テーマ曲「鋼の絆」と列車に乗って
舞台は、「青の団」によって列車が乗っ取られたという知らせを、アメストリス軍が受け取ったシーンからスタートします。解決にあたるのは、焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐とその部下のリザ・ホークアイ中尉とジャン・ハボック少尉。乗客名簿を見たロイはこう言います。「思ったより早く帰れそうだ。鋼の錬金術師が乗っている」と。舞台は列車内へと切り替わり、周囲の騒ぎにも気づかず眠っている、赤いマントを着た少年が。「チビ!」と嘲られた瞬間、一瞬前まで眠っていたとは思えぬ瞬発力で相手をボコボコに。「誰だ!」と悔しがる相手に彼は一言。「錬金術師だ!」と。このセリフを合図に、生バンドがテーマ曲「鋼の絆」を演奏します。テーマ曲は、本作の脚本・演出を手がけている石丸さん作詞、音楽監督の森さん作曲の、舞台版ならではのオリジナル曲です。一気に作品の世界観へと旅させてくれる高揚感あふれるメロディーと、ひとつ一つの言葉を噛み締めながら何度も聴きたくなる歌詞。本番では、森さんが歌っていらっしゃいますし、製作発表会時の、エドワード役の一色さんと廣野さんの歌唱の様子は、YouTubeにもアップされています(https://youtu.be/XI3MUm8BmUs)。
テーマ曲が流れた頃にはもう、客席は舞台上の列車の中。なぜこれほどにも爽快な疾走感と共に、作品の世界へと誘われるのだろうか?と考えたところ、いくつか理由があるように思いました。1点目は、エドワードへと、視点が自然に流れる構造。ロイのセリフの中で「鋼の錬金術師」という言葉を受けて場面が切り替わり、赤いマントの少年が登場します。まず戦い、高い身体能力と戦闘力を示したところで、「誰だ」と問われて初めて自ら「錬金術師だ!」と名乗るわけです。姿は見えずとも、まずロイのセリフを通し、聴覚で「鋼の錬金術師って、すごいんだな」とイメージさせる。そして実際に「すごい活躍」を視覚を通して目撃させ、観客に強烈な印象を残した後で「鋼の錬金術師だ」と自己紹介するという登場をしているのです。スムーズかつ強烈に、エドワードに視点が誘導される状態になった観客は、エドワードの姿をそのまま追うわけです。
このシーンの後、エドワードは、列車の上に登って、駆け出します。「どこへ?」と問うまでもなく、私たちは、気づいた時にはもう、エドワードと同じペースで走り出しているのです。物語の中へと。このシーンには、もう1点、とても好きなところがあります。舞台上にいるエド自身が実際に前に進んでいるようにも見えるのです。彼自身が、自分の足で懸命に走っている。そこだけを見ると、進んでいるようにも見え、走っても走っても、同じ場所でもがいているようにも見えるのです。でも、列車の中に目をうつすと、そこでは、アルフォンスたちが動き、さまざまな変化を繰り広げていることに気づきます。ある人にとって、時間が止まっているように感じられても、別の人にとってはそうではなく、それぞれの時間が流れているものです。そして、共に歩んでいることに気付けなければ、人は孤独でもあるのだと。
■「影」あるゆえの立体感ある物語。一つの生命体としての作品
舞台『鋼の錬金術師』の一幕は、この作品全体のキーアイテムである「賢者の石」を兄弟たちと追いながら展開します。オープニング後のシーンで、彼らは生体錬成に関する知見を求めて、人語を話す「合成獣(キメラ)」の製造に成功した、綴命の錬金術師ショウ・タッカーに会いに行きます。兄弟がこの旅をしている理由は、タッカーへの説明の中で提示されます。母親を蘇らせたくて、禁忌と言われている「人体錬成」を行ったこと。錬成は失敗に終わり、それだけではなく錬金術の「等価交換の法則」に則って、その過程でエドは腕と足を片方ずつ、アルは全身を失ったこと。兄弟は、肉体を取り戻すための旅に出ていることが示されます。そのために必要なのは、「生体錬成」「人体錬成」の術を知ること、そして「賢者の石」を手にすること。いずれも、「命」に関わり、安直に触れてはならないものです。
物語が進む中で、これらの要素を巡って、兄弟の思いとは別に、様々な人の思惑が登場します。研究成果を得るために錬金術を使用し、他者の命を犠牲にすることを厭わない者、ある「計画」のために賢者の石を量産してホムンクルス(人造人間)を製造する行為、失われた部族の生き残りとして、復讐のために殺戮を繰り返す者、人間でありながらも自らの信念に基づいてホムンクルスに加担する者…。この作品を観ながら物語の旅をするにあたっては、観客はまずは兄弟たちの視点に入るのが自然なのではと思います。そこに、私たち自身の価値観や倫理観、感情が投影されながら、様々な感情を抱くでしょう。例えば私にとって、タッカーの物語はショックに近い衝撃でした。タッカーは、兄弟たち自身に、「人体錬成」を行ったという罪を再び突きつける存在でもあります。オープニングに登場する、颯爽と無邪気にも見える少年たちの輝く姿からは一転して、彼らの影ある内面に焦点が当てられます。
この後、一幕は、「スカー」とよばれる傷の男による連続殺人、その背景となっているイシュヴァール人殺戮の物語、ホムンクルスを操る”お父様”と呼ばれる存在による「計画」、「賢者の石は、悪魔の研究だ」と語るドクター・マルコーの言葉の謎が明かされていきます。一幕の終盤には、キンブリー、マルコー、ラストによる歌唱シーンがあります。この作品に歌が登場するのは、テーマ曲を除くとこの「賢者の石」の1曲です。三者三様の賢者の石への欲望や思いが交錯する三重唱により、物語のキーアイテムとしての「石」がクローズアップされます。
一幕と二幕の繋がりがとてもスムーズで、第一幕から二幕へと兄弟たちが駆け抜けていくシーンで終わります。2階から観劇すると、丸いスポットライトが二つ、ステージ上から客席に向かって駆け出してくるのがわかります。まるで彼らが、私たちに向かって駆け出してくるようでもあり、彼らの存在を受け止め、感じながら第二幕へと旅は続きます。
第一幕は「賢者の石」を軸に物語の世界観が描かれ、キャラクターたちが生きる世界の描写色が強く、冒険譚のようなスピーディーな展開が魅力であるとするならば、第二幕は、キャラクターたちの内面によりスポットが当たる印象でした。ウィンリィの兄弟への想い、家族や周囲への愛に溢れるヒューズ、アルのエドへの疑念からの兄弟喧嘩、兄弟が師匠イズミ・カーティスと過ごした幼き日々の思い出など、兄弟を中心とした時間が緩やかに流れていきます。その中にも、大総統キング・ブラッドレイの圧力、悲しい別れ、ロイの誓い、スカーとキンブリーの因縁、イシュヴァールの物語など、それぞれのキャラクターを取り巻く世界が描かれていきます。「兄弟の物語」として、個人を深く描く視点から、兄弟を取り巻く人々それぞれが繋がっていく、広い視点での物語へ、そしてまた個人へと、曲線を描くような時間の流れの中で、兄弟はドミニク一家と出会います。
第一幕のタッカー家族のエピソードと、第二幕のドミニク一家のエピソードが、ちょうど対になっているように感じました。タッカーが落とした物語への重い影の中に、ドミニク一家が大きな希望の光として登場するかのようでした。影に包まれた物語の中、光となるのは、熱い心と確かな絆を感じさせ、時にコミカルなやりとりも交えつつ兄弟を支えるロイ、リザ、アームストロング、ヒューズ、ハボック、ブロッシュ、ロスらのアメストリス軍、ハートウォーミングで作品全体のムードメイカーでもあるようなウィンリィとその祖母ピナコ、母親のような愛情を感じさせるイズミらの存在です。
登場人物たちの心の陰影が、描かれる世界そのものの陰影にも連動するかのように揺れ動く物語。キャラクターたちがそこにまさに生きていると感じられたのはもちろんのこと、舞台そのものもまた生きており、私たちの心の陰影を生み出しているのだと感じました。
■「パネル」という、もうひとつの舞台の呼吸を感じて。舞台から私たちへと続く時間を生きる
この舞台に鮮烈さを与えている要素、さまざまなシーンに登場する「長方形のパネル」が挙げられます。このパネルは、5〜6枚ほど連なる形で、作品の中に何度も登場します。アームストロングとスカーが対決する場面ではそれぞれの技のパワーを、スカーがエドたちを追いかけるシーンでは、投影される映像の変化により移り変わる景色となり、場面の変化を表しています。ラッシュバレーで、エドの銀時計を盗んだパニーニャをウィンリィやエドらが追いかけるシーンでも、似たような役割を果たしています。また、ドミニク家では、家の壁となり、崩落する橋にもなります。
パネルを動かしているのは、パネルの背後に位置する「人」です。まるで、パネルそのものも生きているかのように、同時にさっと左に傾いたり、自在に動いたり。このパネルは、場も時間も動かしており、パネルそのものも「もうひとつの舞台」になっていると感じました。舞台とは、多くの人が、見えるところでも、見えないところでも、絶妙に呼吸を合わせているからこそ成立するものでしょう。「個」が集まって、時にそれぞれに呼吸し、時に呼吸を合わせるからこそ、ひとつの総合芸術としての「舞台」が成立するのだとしたら、まさにそれを象徴している存在であると感じました。
またこの物語の中には、何度か時計が登場します。タッカーのシーンでは、タイムリミットをつげるような急かされる音として。スカーが雨の中、エドとアルを見つけるシーンでは、時計塔が登場し、その前に傘をさした街人たち(久下さん、斉藤さん、真鍋さん、辻さん、田嶋さん、三小田さん、榮さん、丸山さん、島田さん、近藤さん)がスローモーションで行き交います。その中に、錬金術師を狙うスカーが、同じく、スローなペースで紛れ込んでいきます。同じ舞台上にエドとアルもいるのですが、時間のペースを変えることで、スカーはまだ遠くにいて、兄弟とは別のシーンにいることがわかりますし、スカーが兄弟を見つけた時に、時間は同じスピードで流れ始めます。二幕後半の、ドミニク家への場面転換の際にも、美しく緩やかに時間が流れるシーンがあり、病院の屋上へと走るエドをアルが追うシーンでも場所と時間が循環します。シーンとシーンの間の場所と時間がとても美しく、日常でも、自分が認識しているシーンの間の時間を見つめたくなりました。
舞台空間とは、狭くも広がることもできるものでもあり、刻一刻と一瞬を刻み続けることも、ただ一瞬を点で存在させることも、永遠という何か循環するような時間を流すこともできる場なのだと、改めて感じた作品です。
ラッシュバレーで、ウィンリィはエドの銀時計の蓋を開けてしまいます。刻まれた文字は、彼の誓い。止まってしまった時間をポケットに入れて、エドは旅をしていたのです。スカーにとっても、イシュヴァールの記憶は、止まってしまった時間でしょう。彼らに限らず、人は誰しも、その人にとっての「止まった時間」と共に歩んでいるようなところもある気がします。その時間はただ一方向に流れているものではなく、いろいろなものを含んでいます。エドとアルが乗っている列車は、舞台の外へも走り続けており、私たち一人ひとりの時間と合流します。そうやって、一人一人の中で流れている時間が、命と呼ばれているのかもしれません。
<舞台『鋼の錬金術師』>
【大阪公演】2023年3月8日(水)~3月12日(日) 新歌舞伎座(※公演終了)
【東京公演】2023年3月17日(金)~3月26日(日) 日本青年館ホール
公式サイト
https://stage-hagaren.jp
【配信公演】各3,700円(税込)
公式サイト
https://stage-hagaren.jp/streaming/
【配信公演詳細】
■ライブ配信&見逃し配信
・2023年3月12日(日)17:00 大阪千秋楽公演
・2023年3月26日(日)17:00 東京大千秋楽公演
・販売期間:
大阪千秋楽公演:2023年3月5日(日)12:00~3月19日(日)21:00
東京大千秋楽公演:2023年3月19日(日)12:00~4月2日(日)21:00
・配信期間:
ライブ配信…各公演開始時間~ライブ配信終了まで
見逃し配信…各公演ライブ配信終了後の翌日18:00~1週間
大阪千秋楽公演:2023年3月13日(月)18:00~3月19日(日)23:59
東京大千秋楽公演:2023年3月27日(月)18:00~4月2日(日)23:59
■アーカイブ配信
・販売期間
大阪千秋楽公演:2023年4月3日(月)12:00~4月16日(日)23:59
東京大千秋楽公演:2023年4月10日(月)12:00~4月23日(日)23:59
・視聴期間:ご購入から1週間
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